翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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2章 俺のイジワルな皇子様

65 パルのお悩み相談室

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 ピツレイ学院の生活は至って順調だった。
 ただ一つを除いては。
 ユキト殿下は優しい。まるで前回のユキト殿下の様に微笑みながら自分のくだらない話しを聞いてくれる。
 もしかしたら一瑶兄ちゃんの様に意地悪だけどかっこ良くて、でも優しい人になるのかと思ったら、ユキト殿下はやっぱりユキト殿下だった。
 周りの評価も優しくて頼り甲斐のある人物に見られている様で、よく話しかけられては手を貸している。
 それは、いい。
 自分の好きな人が素晴らしい人なのだ。
 でも、一つだけ、悲しい事がある。
 魔力譲渡のペアだ。
 前回の学生の時、自分は魔力譲渡なんて関係のない学生生活を送っていたので、全く考えていなかったけど、ピツレイ学院は魔法特化の学院だ。魔力を使い過ぎればペアになった人間と魔力譲渡をして補う。
 まだまだ子供で精通もきていない自分が、魔力譲渡を出来るはずもなく、勿論ユキト殿下とペアになれるわけでもない。
 だから、ユキト殿下は別の生徒とペアを作ったのだ。
 ペアは何人いてもいい。
 婚約者や既に既婚者は他にペアを作ることは無いが、特に特別な関係の人がいなければ何人ペアがいてもいいのがリューダミロ王国の常識だった。
 ユキト殿下はペアが多かった。
 ユキト殿下が誰でもいいと言ったその日に大勢の候補者が連なり、その中でも特に魔力が多い生徒と書類上ペアを組んでいた。
 このペアから恋人になり結婚なんて発展する事も多々あるので、皆んな次期スワイデル皇帝のユキト殿下とペアになりたがった。
 そりゃ自分は無理だと思う。
 こんな、こんな、貧相な身体じゃ………。
 ロルビィは自分の身体を見下ろして溜息をついた。
 魔法演習やら討伐訓練の後にユキト殿下が誰かと消える事が多くなった。
 口には出して行かないけど、ロルビィだって理解している。
 邪魔はしてはいけない。
 その時ばかりはレンレンを少し離して、距離をとって守らせている。
 レンレンを通して見えてしまうので、見たくないから距離を取らせているのだ。
 ユキト殿下はかっこいいしとっても綺麗だ。
 銀の髪は短めに切っているが、フワフワと広がり羽毛のようだ。シミ一つない白い肌に、紫の綺麗な瞳。銀の睫毛は長くて、鼻も程よく高くて唇もスッと厚すぎず綺麗で、身長高くて、脚長くて、筋肉もついてて………等々心の中でユキト殿下を褒め称える。
 前は鍛錬の後一緒にお風呂にも入ったりしてたのに、最近は全く入らなくなった。
 前回のユキト殿下の様に一緒に寝てほしくても、一緒に寝たのなんて一番初めの討伐訓練の時のみで、その後は班に誰かしら人を入れて二人きりになる事が無くなった。
 魔力譲渡をしなきゃだから班に誰かを入れるのは仕方ないけど、入って来れた生徒はずっとユキト殿下にくっついているので、ロルビィが側に寄る事が出来なくなった。

 木陰のベンチに座ってロルビィは足を抱えて待っている。
 本当は帰っていいと言われているし、また明日と挨拶もしている。
 でももう一時間以上ユキト殿下は出てきていない。
 ロルビィはそういう行為をした事がないので、どのくらい時間が掛かるのかよく知らない。
 他の人を観察すると二時間から三時間って感じがするので、このまま待つと陽が暮れるので先に帰るように言ったのだろうと思う。
 ユキト殿下は王宮に住んでるし、ロルビィは公爵邸に帰るので帰った方がいいのだとは思う。
 でも帰りたくなかった。
 少しでも離れると、もっと離れてしまいそうで怖い。
 
 以前視察で暫くいなかった時も怖かった。
 震えてこのまま帰って来ないんじゃないかと、死の知らせが気やしないかと毎日怯えて、トビレウス兄に心配を掛けた。
 でも今は少し違う。
 物理的な距離ではなく、心が離れそうで怖い。
 茜色に染まった空を見て、帰ろうと思った。立ち上がると影が揺らめきレンレンが頭を出した。頭と言っても桃色のレンゲ草に似た花の部分なのだが、最近レンレンは花の部分を出してきて意思疎通を図るようになっていた。
 寄り添う様に花が横に並ぶ。
 今はロルビィの身体ほどもある大きな花だが、生徒は下校してしまって誰もいないので、こうやって並んで帰っても大丈夫だ。

「レンレン、俺はユキト殿下の側にいてもいいのかな?」

 隣に並ぶレンレンに不安を漏らす。
 レンレンは喋れない。だからただ聞いて欲しいだけだ。
 レンレンはロルビィの前に出て、頷く様に花をコクコクと縦に振った。

「そっか…………。」

 ありがとう……と呟いてロルビィは一人馬車乗り場へ向かった。







 公爵邸の次期公爵夫人の部屋にはいつも三兄弟が集まっている。特に用がある訳でもなく、夕食後の一時間程度ほぼ毎日集まって他愛も無いお喋りをしていた。
 その時間はムルエリデ・ロクテーヌリオン公爵も気を利かせて席を外してくれる。
 給仕はロルビィ付きの従者パルがやってくれるので、三人のお喋りは他人に聞かせてはいけない様な内容でも遠慮なく飛び交っていた。

「どうやったら精通ってするんだろう………?」

 ブフッと長兄トビレウスは飲んでいた紅茶を吹いた。

「なんだ、まだだったのか?」

 アーリシュリンはロルビィの小さな身体を眺めて、まだまだそうだなと追い討ちをかけている。

「……………なんで精通?」

 八歳歳下のロルビィにはまだまだ早いと思っていたトビレウスは、とりあえずそう思った理由を聞かねばと、吹いた紅茶を拭きながら問いかけた。

「だって、精通したら魔力譲渡出来るかなって…………。」

 トビレウス、アーリシュリン、パルは納得顔であ~と顔を引き攣らせた。
 ロルビィはユキト殿下が大好きだ。
 しかし歳も下だし、体格も小さく子供だ。とてもではないがユキト殿下と魔力譲渡する姿を想像出来なかった。
 学院の様子をなんとなく三人は予想した。
 
「魔力は使ったら使っただけ上達するし、魔力容量も少しずつ広がるからね。でもロルビィにはまだ早いんじゃないかな?」

「そうだぞ!魔力譲渡するからと言って恋人同士と決まった訳ではないんだ。」

 そしてそう言ったトビレウスとアーリシュリンは、側に控えた従者を見やった。
 二人ともこれ以上の言葉が見つからない。
 困った時のパル頼みだった。
 二人の視線を受けて、パルがにっこりと微笑む。

「ロルビィ様、あまり焦ってはいけません。私は皇太子殿下にお会いした事が無いのではっきりとは言えませんが、きっとロルビィ様の年齢を気遣っておられるのだと思いますよ。」

 無難な回答でなんとかパルは終わらせようと考えた。
 話に聞いた限りでは皇太子殿下は体格に恵まれているらしい。虚弱児で産まれ、病気になりがちだった主人の小さな細い身体では受けきれない可能性が高いと思っている。
 どう考えたってロルビィが受ける側だろうし。

「精通したらいいかなと思ったんだけど。」

「ロルビィ様の精通も平均よりは遅い可能性が有りますよ。まずは身体を作る事に専念すべきです。」

 まだまだ幼い主人へ言い聞かせる様に諭す。
 パルから見たロルビィは知識が豊富ではあるが、心が追いついていない子供という感じだった。ただ好きな人に一途で、早く追い付きたいと思っている。
 そしてその兄達はまた違った性格をしている。
 アーリシュリンはアーリシュリンで公爵様を襲う気満々でやり方を聞いて来るし、トビレウスは歳下のカーレサルデ殿下に押されてしまって、ほぼやられているのではと思っている。恥ずかしがって明かしてくれないが……。
 パルは何故かこの三人兄弟の恋の指南役にされていた。
 こうやって集まっては相談され、パルも頼られると嫌ではない。
 恋の話とは面白いし、自分の事でなくとも嬉しく温かくなる。

「一度皇太子殿下を見てみたいですね。話はしなくてもいいので、遠目でも。」

 パルのちょっとした好奇心だった。パルはまだスワイデル皇国の皇太子殿下に会った事がない。一度見てみると何かいいアドバイスが出来るのではと思ったのだ。
 じゃあ、明日お弁当持って来るっていう理由で来てよとロルビィに言われた。
 パルはそれを快く了解したのだった。







 翌日二人の訓練を見てパルは呆気に取られた。
 昼前の授業は演習場での訓練だったが、ロルビィと皇太子殿下が一対一の模擬戦を行なっていた。
 広い演習場では何ペアか模擬戦が出来るはずなのに、二人の攻撃範囲が広すぎて彼等しかやっていない。

 ーーーォォォドオォォーーンーーー

 地響きを立ててロルビィの魔植が地面を抉った。右手から何本もの魔植の蔦が生え、それが手を離れるごとに数を増やし太さを増して、皇太子殿下へ向けて鞭の様に襲いかかる。
 皇太子殿下は片手剣を扱っていた。
 そんな剣でロルビィの魔植が切れるのかと思うが、殿下は魔力を練り上げ魔法式を発現させていく。帯状に練られる魔法式は皇太子殿下特有の魔力と思われるが、それが魔法陣の派生系と気付けるのは魔力に精通した者だけだろう。
 帯状の魔法式の中には複雑怪奇な式が練り込まれている。
 普通ならば紙に書き起こし何度も何度も試行錯誤して作られるべき魔法式だが、それを頭の中のみで考え展開して行く皇太子殿下の頭脳は超人的だった。
 強化された剣で魔植の蔦は断ち切られ、切られた先から炎が燃え広がる。火の粉が舞い、熱風が渦を巻いてロルビィに襲いかかるが、ロルビィの魔植が囲い守る様に地面から生え、葉を茂らせ全てを塞いでいる。
 次々と起こる攻防に、全員唖然と眺めているだけだ。

「………力技と頭脳戦?」

 パルの呟きは寄ってきたトビレウスとカーレサルデにも届いた。

「毎度こうなんだよ。」

「私もこの二人との模擬戦はしたくないかな?」

 ロルビィの魔植からポッポっと白い花が咲き、氷の礫が皇太子殿下に降り注ぐが、炎の魔法式が全てを溶かし、逆に眩いばかりの火の粉が塊となってロルビィに襲いかかる。
 炎の塊となった火の粉はロルビィの手前で魔植に阻まれた。
 ドロリと粘液を垂れた醜悪な斑点模様の葉っぱが、全てを受け止めてしまう。

「むぎゃっっ!」

 ロルビィは守る為に出てきた葉っぱによって視界が遮られ、死角から現れた皇太子殿下にあっさりと捕まってしまっていた。

「はい、終わり。」

 ぎゅうと抱き込まれたロルビィは悔しそうにうううと唸っている。

「流石にロルビィとやると魔力がごっそり減るね。」

 そう言って皇太子殿下は辺りを見渡すと、小柄な少年が走り寄ってきた。頬を染めて期待に顔が輝いている。
 にっこりと笑って皇太子殿下が頷くと、バァと顔を綻ばせるとても可愛らしい男子生徒だ。
どうやらこの後の魔力譲渡の相手が決まったようだが、殿下の腕の中のロルビィは不服そうにしている。

 成程ね……………。

 ロルビィはいつもこのやりとりを見て嫉妬しているのだろう。
 パルから見て皇太子殿下は和かな笑顔の理知的な人物に見える。噂でも頭がよく性格もいい、公平な人物と聞いている。
 ロルビィに対しても優しい歳上と言った感じだ。
 パルは持ってきたお弁当を丁寧な仕草で持ち直し、ロルビィ達の方へ近付いた。
 皇太子殿下の今の様子だけではなんとも判断が出来ないので、ちょっと揺すってみようと考える。

「ロルビィ様、流石です。素晴らしい模擬戦でしたね!昼食をお持ちしましたよ!」

 パルは態とらしくロルビィの手を握り微笑んだ。そして殿下の腕の中にいたロルビィを引っ張ると、軽く抱きしめる。

「あ、パル来てたんだ!どうだった?」

 ロルビィのどうだったは模擬戦のどうだった?ではない。ユキト殿下の様子はどうかという話だが、側から見るとロルビィがパルに模擬戦の出来を褒めてもらいたそうにしている様に見える。
 そして尋ねられたパルはというと、ゾワリとする感覚に背筋を震え上がらせていた。
 ピリピリと泡立つ感覚に皇太子殿下を見やるが、殿下の顔は微笑んでいる。
 この感覚は勘違いか?と思う程に優しげな笑顔だ。
 少し離れた位置にいたトビレウスが、ヒェッと言っているのを聞いて、これは勘違いでは無いなと思い直す。
 トビレウスの魔力についてパルは知らなかったが、他人の感情に鋭い様子からそれに関わる能力が有ると思っているので、そんなトビレウスが悲鳴をあげていると言う事は、この感覚は間違いでは無いのだろうと思う。
 
「はい、お二人の戦いは素晴らしかったです。」

 そおっとロルビィから手を離した。
 
 …………やばい、やばい人だ、この人。

 パルもニコニコと笑顔を崩さない様に努めながら、お弁当をロルビィに手渡した。
 ロルビィがユキト殿下をパルに紹介してくれたが、本音は紹介して欲しくなかった。
 名前を覚えられたく無い。
 
「君がロルビィが言っていた最近ついたという従者か。ロルビィをよろしく頼むよ。」

 顔も声もとっても優しげで、表情も穏やかなのに、とっても怖かった。
 おそらくこれは自分のみに向けられているので周りの生徒もロルビィでさえも気付いていない。そう出来てしまうユキト殿下にブルリと震える。
 小さな主人の貞操を守るべきか、己の命を守るべきか………。
 いやいやいや、ロルビィを守らねば、と思い直し、早く自分の魔力を解放したいと願うパルだった。
 

















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