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2章 俺のイジワルな皇子様
57ちょっと優しいユキト殿下
しおりを挟む八歳の時カーンドルテ国から帰って演習場で魔物寄せの薬をかけられてから、何故かユキト殿下から学院に行く必要はないと言われた。
それから二年間、何故かずっとユキト殿下といる。
ユキト殿下はソルトジ学院の専門学部に進学し、卒業研究も終了して卒院するだけとなっている。学院には通わず王族としての公務を片付けるか、皇宮内にある研究所で魔導具の開発ばかりやっていた。
その合間に俺の勉強を見ている。
割とスパルタに。
ユキト殿下お手製の問題集とテストを延々とやらされ、俺は十歳でソルトジ学院中等部卒院の権利を取ってしまった。
でも延々と勉強は続いている。
今もユキト殿下はやり終えたテストを採点している。それをジッと待つ俺。
バツが一つつくと、「ぴっ」となく俺をユキト殿下はチラリと見てふっと笑った。
ユキト殿下は初めての頃に比べれば表情も柔らかくなった。と言ってもたまに笑うだけ。
この雰囲気は前の前、一瑶兄ちゃんに似ている。ちょっと辛口でたまに優しいとか、突き放してるのかなと思いきや側にいて助けてくれるところが似ている。
真白の時、夏休みの宿題を仕方ないとばかりに手伝ってくれたり、俺だけ連れ出しておやつ買いに行ったり、何かを話してくれるわけではないのに一緒にいる時間が結構あった。
俺は子供なものでつまらないお喋りばかりしてたのに、返事がないからちゃんと聞いてるのかなと見上げれば、優しい顔で笑っていた。
今のユキト殿下はとりあえず一緒にいてくれるって感じだ。たまーに笑う。作り物めいた笑顔じゃなくて、本物の笑顔で。
だから、もっと一緒にいれば仲良くできないかなって期待していたりする。
「ロルビィ、ここと、ここ。やり直し。それから追加でこの問題も解くように。」
テストの採点でバツが二つついた。
バツがつくとその分野の問題を、ユキト殿下は即席で問題を作って出して来る。ちゃんと解けるようになるまでその繰り返しだ。
俺は暗記ものは得意だ。得意というか、レンレンがいるので自動的に書物に記されているものは頭に入って来てしまうのだ。ほぼパーフェクトで終わる。それに気付いたユキト殿下は暗記ではどうもならない算術が必要となる科目を集中的に教えるようになった。
式は分かる。ただの数式なら解ける。
だけど今やってる魔法式を活用した魔導構築学が難しかった。あらゆる分野を網羅し、どの魔法式を使うか考えて解き明かし、魔導を物体に発動させる………というわけの分からない分野だ。ユキト殿下が大好きな分野。
これを使って魔導具を発案している。
俺は何故これを学ばされているのか分からない。
中等部程度の学問ではないはず……。
しかし折角一緒にいてくれるのだから、俺は大人しく習っている。嫌だと言って追い出されたくない。
「昼食を軽く取ったら武道場に行くよ。それは宿題にしなさい。」
そう言って手早く勉強道具を袋に詰めると、それを持ってサッサっと立ち上がった。俺も慌てて立ち上がる。
荷物を受け取って亜空間に収納した。
亜空間は家族や近い人間にしか言っていなかったが、レンレンが何処にいるのかという話になりユキト殿下には亜空間の存在に気付かれた。
なので今ではユキト殿下しかいなければ亜空間を普通に使っている。他に人がいるとユキト殿下はさり気無く荷物を持ってくれる。
こういう所も一瑶兄ちゃんと似ているなと思う。魂が一緒だと性格は似るんだろうか?前回のユキト殿下は穏やかで優しい性格だったが、それが特別だったのかもしれない。
運動前なので昼食は軽く済ませ、武道場に到着した。
ユキト殿下は毎日必ず剣技の練習もやっている。身体強化を使って振るう剣技は舞のように美しい。
今回のユキト殿下は髪を短くしている。
前回の長髪も似合っていたけど、今回のユキト殿下は身体を動かしている所為か筋肉質で大きく見えるので、短い髪がとても似合っていた。
長い銀髪を編み込めないのは残念だけど、俺は自分の髪をそろそろ結ぼうかと思っている。
漸く胸の辺りまで伸びたのだ。
亜麻色の真っ直ぐな髪は毎朝髪を梳いてくれるトビレウス兄が褒めてくれる。
俺はかなり健康的になっていた。そのお陰で髪も綺麗に伸びるようになったのだ。パサパサだったのに艶々と輝くようになった。
それもこれもユキト殿下が俺の健康面の改善を考えてくれたお陰だった。
食事と運動量を計算して、長期にわたって改善していった。
たまにお風呂で裸にむかれて身体チェックをされるのが恥ずかしいが、自分でも肉がついてきた身体を確認出来てかなり嬉しい。
身長は平均より小さいけど。
前回の身体よりは筋肉もつかないけど、二十歳になる頃にはだいぶ近付けるのではないかと期待している。
なので勉強よりは体力作りの方が好きだ。
今も武道場の真ん中で剣の訓練をしているユキト殿下と離れて、端っこの方でせっせと柔軟から基礎体力作りまでをやっている。あまりやりすぎてもいけないと言われているので、ユキト殿下がつけてくれた侍従にメニュー表を見てもらいながらやっている。
何でこんな急に面倒を見てくれるようになったのか分からないが、カーンドルテ国も聖女も動きがない今、俺自身が強くなるに越したことはないので、有り難くお世話になっている。
また倒れて魔女を逃さないように、ユキト殿下に近付けないようにしなければ………。
ロルビィからヒンヤリと立ち上がった魔力に、レンレンがザワリと揺らめいた。そこに存在するわけではないのに、地面が揺れる感覚に、ついてきた侍従や護衛が青くなって身構える。
ペシーンと手袋が飛んできた。
「……いてっ!」
飛んできたのはユキト殿下の汗を吸った手袋だった。
「ロルビィ、殺気を急に出すんじゃない。」
冷たい目で睨まれてしまった。
むぅ、と頬を膨らまして近くにいた侍従に手袋を返す。
汗で滑るので交換する所だったようだ。俺が急に魔力を漏らしたので止める為にやったのだと分かるが、何も投げつけなくてもいいじゃないか。
侍従と護衛に謝りながら、今日のメニュー消化に戻りつつ、ユキト殿下の訓練姿を眺めた。
……………うん、かっこ綺麗!
午後の訓練終了後、ロルビィを離宮に送っていった。
二年前魔獣の死骸と血溜まりの中に佇むロルビィを見つけ、何故ロルビィが魔物寄せの薬を被っていたのか調査した。
教師は知らなかったと言っていたが、八歳の子供達にやる訓練にしては連れてきた魔獣が強すぎる事に疑念を持ち問い詰めた。
教師はキトレイ侯爵家に脅されていた。
エリンに言われるがまま少し強めの魔獣を連れて来ていた。魔物寄せの薬を被ったロルビィに全て引きつけられたから被害は無かったが、それが無ければ魔獣の鋭い爪で子供達が大怪我をする所だった。魔力が不安定で身体強化も碌に使えない子供に連れて来ていい魔獣ではない。
その教師は解雇した。
ロルビィに魔物寄せの薬を被せた犯人だが、十中八九エリンだろうが証拠を得る為に、他の生徒を個別に聞き取りをした。
最初は皆口を開かなかったが、キトレイ侯爵家と縁の薄い家から攻め入ったところ、直ぐに口を開いた。王家の皇太子が調査しているというのも効いたのだろう。
エリンはソルトジ学院を自主退学させ領地に戻させた。領地にも小学部と中学部の学校があるはずなので、そちらに通うよう通知し、ロルビィからエリンを遠ざけた。
いくらロルビィの魔力が桁違いだと言っても、その身体は細く軽かった。今にも折れそうな小さな身体に、このまま学院に通わせるのは危なそうだと感じ、学院には席だけ置いて、自分で面倒をみることにした。
両陛下とハルトには笑われた。
何でだ。
二年経つとロルビィも少しは健康的になってきた。まだまだ平均よりは身長も体重も少ないが、熱を出すことは少なくなってきた。
また研究棟に戻りゼクセスト・オーデルド博士の研究室を訪れる。
ロルビィを帰してからは博士に依頼した研究をするようにしている。
主に魔力回路の効率化と魔導車の改造、魔工石管理室の構築、後は博士の得意分野義眼の制作を依頼しているのだが、やる事が多すぎて博士は家に帰っていない。隣の部屋をバストイレ付きの寝室に改装して扉で繋げたので問題ないはず。
物凄く文句を言われるが、研究の虫なので問題ないはず。
ノックをすると眠たそうな返事が返ってきた。
扉を開けると小さな部品を弄っているオーデルド博士が顔も上げずに進捗状況を伝えてきた。
「基本的な構造は出来上がってますけど、神経と神経回路をつなげる部分が心配ですね。もう少し魔法式組んで齟齬を無くした方が良さそうです。」
「分かった。魔法式はもう一度組み直してみよう。眼球の大きさは?」
「大きさはピッタリです。普通眼球が無い状態で放置すると空洞が狭まり頭蓋骨も歪みますが、魔植が代わりに入ってたのが良かったようですね。………………良かったですね。可愛い顔が歪まなくて。」
「………………。」
オーデルド博士は顔だけ上げて無言のユキトを見て笑った。
「今日も言えませんでしたね?眼鏡外してって。」
ユキトの紫色の眼がスウッと細まる。
それを見てオーデルド博士はまた手元を弄り出した。
最初にロルビィの左目を見た時から、ユキトは翡翠の目が頭から離れなくなってしまった。
ゆるりと開いた翡翠色は熱に潤み、雫が溢れ落ちるかと思えるほど光を湛えていた。
その瞳を受け止めたいと、何処にも行かないように手のひらの中に入れておきたいと思ってしまった。
ユキトは昔から宝石のカットされた翡翠のようにキラキラと光を放つ緑が好きだった。石も綺麗だと思えるものは買い集めている。
だからというわけでは無いが、ロルビィの左目は何度でも見たい。
しかしロルビィは右目に入った魔植の所為で視力が不安定な為、無粋な眼鏡が手放せない。
日中に一緒にいても紫レンズの眼鏡ははめたままだし、アレがあると翡翠の瞳が全く見れない。
まぁ、だから?ちょっと狡いが成長の度合いを見るとかいう理由で、鍛錬の後に一緒に浴室に入っている。
決してやましい気持ちがあるわけでは無い。
風呂なら眼鏡を外すから、ちょっと見れないかなと始めた事だった。
翡翠の瞳は何度見ても美しい。
最近肉付きが良くなってきたロルビィは、瞳に似合う可愛い見た目になってきた。
派手さは無いが端正で整った顔だし、ほっそりとした身体は愛らしい。
まだまだ痩せてはいるので、浮いた肋が目に入るが、それが最近何かと目につく。
洗ってやると言ってロルビィの肌に泡を滑らせ、肋の波を骨の形に合わせて撫でてみた。
ロルビィの細い身体は前から両手で挟み込んでしまえそうなほどだ。
親指で肋骨を撫でて、鎖骨に上がり、首を上って耳朶を掴むと、ロルビィは恥ずかしそうに震えていた。
頬を染めて恥じらう顔を俯けて、どうしていいのかわからないように握り拳を作って我慢している。
ゾクリと下半身に熱が溜まりそうになり、慌てて手を離して泡を流してやった。
ロルビィはまだ十歳だ。こんな小さな子に何やってるんだと、何とか気持ちを落ち着かせた。
何とか下半身も立ち上がらずに落ち着いたが、ムラムラが治らず、思わずロルビィの小さなモノを見てしまう。
ロルビィは髪を洗っていて、私に見られているとは気付いていない。
下についた小さなモノが腕を動かす度にプルプルと震えているのを、私が見ているとは思いもしないだろう。
はぁ、私は病気か?
私は身体を鍛えているし大きい方だ。
ロルビィは小さいので私の半分くらいにしか見えない。丸いお尻なんて私の片手でスッポリと包めそうな程だ。
冷たい水で頭を流していると、寒くないですか?と心配そうに翡翠色の瞳で見て来る。
右目の魔植が冷めた目で、何かやったら殺すとばかりに威圧を放って来るので、私も平常心でいられる。そういう意味では有難い右目だが、少し鬱陶しい。
懐から小箱を出すと、オーデルド博士が手を止めた。
「まさか………、もう出来たんですか?」
頷いて箱を開けた。
中には眼球の瞳孔と虹彩にあたる色のついた部分に似せた、翡翠の魔石を入れていた。
オーデルド博士は急いで真新しい手袋を嵌め、慎重に翡翠の魔石を手に取る。
オーデルド博士は白目に当たる奥の部分を作っていたが、目の中心にある翡翠の部分はユキトが作っていた。
筋肉の伸縮や光の屈折など、本物の眼球に似せて魔法式を組み込み、ロルビィの左目と遜色ない視力を出せるように作っている。
翡翠の魔石はユキトが今まで集めた中でも一番透明度の高い美しい石を選んだ。勿論緑属性がついたものを使っている。
サイズはオーデルド博士が眼鏡の調整をする時に測ったので問題ないはずだ。
「むむむむ、負けていられません。」
オーデルド博士は魔石を丁寧に箱に戻し、また作業に戻ってしまった。
私は魔導車の改造をやるべく別の部屋に移動するが、他の作業員に指示しつつも先程思い浮かべたロルビィが頭から離れず、今日の作業は早めに終了した。
思い浮かべたのは翡翠の瞳かロルビィの白い肌か…………………。
いや、ほんとに、どうしようか。
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