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2章 俺のイジワルな皇子様
56 スワイデル皇国に帰って
しおりを挟む帰りは王家所有の豪華な馬車だった。
漸くここで、まだ魔導車が普及してないのだと気付く。
そうだ、王都の道もまだ石畳だ。あまり街に出る事も無かったので気付かなかった。
前回の生でスワイデル皇都に来た時は、アスファルトでは無いが、セメントで固めた様な道だった。歩道も建物も魔工石で覆われて、日本を彷彿とさせる街並みだった事を思い出した。まだそこまで発展していないのだ。
豪華な馬車の旅は揺れもなく快適で、まだ微熱が続いていてがずっと寝て過ごすことが出来た。夜は必ず宿に入り一番いい部屋で謎にユキト殿下と同じ部屋に寝ることになったが、ベットは別々で少しガッカリした。
今のユキト殿下は寡黙だ。
真面目でやんわりと張り付けた様な微笑みを浮かべているが、一線をずっと引かれている。
それでも馬車の旅はずっと近くにいる事が出来た。
熱でウツラウツラと眠って、起きたら必ず側にいた。目を開けるとなんでか目が合って、紫色の目が俺を見ているのが不思議で見つめ返してはまた眠るを繰り返していた。
笑顔も、優しい眼差しも、楽しいお喋りも無かったけど、一緒の空間に拒否されずにいる事が出来て嬉しくて、この旅が終わらなければ良いのにと思っていた。
まぉ、そんな事もあるはずも無く、皇都に着いたら直ぐに離宮に運ばれて、帰って来ていたトビレウス兄とカーレサルデ殿下に出迎えられ、ユキト殿下との楽しい旅は終わった。
ユキト殿下が楽しんでた様には見えなかったけど、多分責任を感じて来てくれただけだろうけど、凄く嬉しかった。
カーレサルデ殿下の治癒はそこら辺の治癒師と違い効き目が良い。
長く続いた熱も徐々に下がり、起き上がれる様になった。
皇都に着いて一週間程経ったある日、面会許可の下りたシゼが申し訳無さそうに入室して来た。
「あーー、良かったです!もう、死んじゃったらどうしようかと思ったじゃないですかぁ~。俺の首飛びますよ!?」
ジゼって前も今もあんまり変わらないなぁと思う。話しやすいけど。
ユキト殿下も一緒だったら良かったのにと思わないでは無いけど、前回のユキト殿下は十歳の時の恐怖がトラウマになっていたので、今のユキト殿下の方が本当の殿下なのだろうと思っている。
「ごめんごめん。ついカッとなって暴走気味になったら熱出ちゃった。シゼのお陰で帰って来れたよ。」
えー良いですよ~その為に着いてったようなものだし~、とシゼはあっけらかんとしていた。
「あ、で、テレセスタなんですけど、あの子どうしたら良いですか?あの国に置いておけないんで連れて来ましたけど?」
良かった。テレセスタをどうしたのか気になっていたのだ。
「シゼが公爵邸に連れ帰ってくれる?向こうには通信機で言っておくから。」
良いですよ~、とジゼはまた軽く返事をしていた。テレセスタの事は自分には関係ないと思ってそうだ。
「シゼ、ちゃんと面倒見てやってね……。」
シゼは片眉をあげて首を少し傾げた。まぁ、何でそんなにテレセスタに拘るのかと思っているのだろうな。
「絶対だよ?」
「………えぇ?はぁーい、なんか怖いなぁ~。神のお告げっぽい~~。」
ジゼは眼鏡を掛けていないロルビィの翡翠の瞳に慄きながら返事をした。
俺はふふと笑って誤魔化しておく。
「それともう一つ。ピンクブラウンの髪に、灰色の瞳のパルって人知らない?男なんだけど。」
今回シゼが公爵邸にいた。
シゼは孤児で六歳の時に孤児院で魔力があると判定された。魔力持ちの孤児は国に登録され、貴族や商家等の財力がある家が引き取って育てる事が多い。学を与え魔力操作を学ばせて私兵として雇用したり、飛び抜けて何かしらの能力が有れば養子にしたりする。
シゼはあちこちの貴族の家を転々としていたらしい。
将来を押し付けられるのが嫌いで、反発ばかりしてピツレイ学院に十六歳で入れられそうになり脱走。問題児扱いになっていたところをロクテーヌリオン公爵が引き取ったらしい。学院は自主退学させ、家の使用人として雇ったところ、気に入ったのかシゼは漸く脱走しなくなったと本人が説明した。公爵邸は割と自由だし給料を貰って生活するのが楽しいらしい。
そんな話を聞いてパルがいないよなと思ったのだ。
「知らないですねぇ~。探します?」
探して見つかるだろうか?でも探してどうする?
前回リューダミロ王宮でパルに最後に会った時、彼は裏切りを仄めかし、次には自殺していた。何をやったのか俺は知らないのだ。
何故裏切ったのか、何故逃げもせず自殺したのか分からない。
裏切ったと言った人間を側にまた置くのは大丈夫なんだろうか………。
でも、パルの事を嫌いにはなれない。
今また生きている皆んなを見ているからそう思うのかもしれないが、パルの裏切りを止める事が出来れば、何かしら原因が有り、それを解決してやれば良いのではないだろうかと思う。
彼の明るさは好きだった。
俺のユキト殿下を思う気持ちは俺のものだと思わせてくれた。
だから信じたい。
「うん、探してみてくれる?見つかったら連絡をくれないかな?」
「了解です。」
シゼには臨時給金出すからと言って、テレセスタを連れて帰ってもらった。
テレセスタはオロオロとしつつも大人しくシゼについていったが、シゼについていく姿が雛鳥の様だった。
まだ十三歳と言ってたし、親もいないんじゃ、頼れる人が出来たらついていってしまうのも仕方ない。
「関係は取り持ったんだから、後は本人次第だよなー。」
バイバイと去っていくテレセスタに手を振ったら、嬉しそうに振り返してくれた。
夏季休学明けから既に一ヶ月以上経ってから、漸く俺はソルトジ学院に通い出した。一応小学部に在籍しているのだけど、あまり通えていない。
今回の様に体調不良もあるし、ユキト殿下を追いかけてて行ってない時もあるからだ。
そんな人間に友達が出来るはずもなく、俺は基本一人で過ごしている。
同学年には エリン・キトレイがいる。
学院に行くと何かと絡まれるのが鬱陶しい。
エリンは前回はハルト殿下が好きで、ユキト殿下の事はボロクソ言ってたはずなのに、何でか今回はユキト殿下が好きらしく、それがまた鬱陶しい。
エリンはユキト殿下とハルト殿下の幼馴染という関係にあるらしく、よく三人で話しているのを見かける。
ユキト殿下も他人にはあの他所行きの笑顔で対応するが、エリンには普通に笑ってお喋りする様なのだ。
俺には全くお喋りしてくれない。
前回は優しく笑って俺の無駄話を聞いてくれたのに、今は話し掛けれる雰囲気じゃなく話し掛けられないでいた。
エリンはユキト殿下と話す時はこれ見よがしに俺の方をチラリと見る。あまりにもイラッとした時は両殿下がいない時に、レンレンを使って足を引っ掛けて転ばせている。取り巻きの子供達が囲んでいるので多少怪我しても大丈夫だろう。
エリンは以前俺を蹴ってレンレンに襲われそうになり驚いた経験があるからか、直接何かをしてくる事はない。
ただ学院の授業ではグループ学習が多い。
実習がある様なのは特に五人から六人の班を作らされるのだが、俺は何処にも入れずにいた。
入れないのは教師も分かっているのだが、スワイデル皇国の人間でもないし、皇族があからさまに対応しているわけでもないので、基本放置されている。
他国の客人をそれで良いのかと思わないでもない。
今も外の演習場で班分けして体力作りや剣技の練習をやっているのだが、俺はぼっちだった。
俺は虐められているんだろうか……。
精神年齢はかなり上のはずなのに、こんなお子様だらけの集団の中でぼっちとは、かなり恥ずかしい。
しかし何処に声かけてもエリンから圧力が掛かっているのか、誰も混ぜてくれないのだ。
エリンは侯爵家子息で皇族に覚えめでたい人物だ。そんな人にはまぁ逆らえないよなぁと諦めている。
隅っこの木陰に移動して、他の子達の練習風景を眺める事にした。
態々少し離れて座ったのに、エリンが取り巻きを連れて近くに寄って来た。
「わぁ、一人でいる奴がいる!」
誰の所為で一人になってると思ってるんだと思いながら、くすくす笑うエリン達に目を向けた。眼鏡で見えないだろうけど。
「今日の授業内容知らないの?」
「…………いや、久しぶりに来たから知らない。」
さも聞いて下さいと言わんばかりなので、とりあえず聞いてみた。
子供達のこういう時のくすくす笑いって嫌だよなと思いながらも、教える気があるなら早く話せよと心の中で毒吐く。
「今日は弱い魔獣使って逃げる練習するんだよ。」
「身体強化はもう習ったからな。」
「お前出来んの?」
そう言われてはたと気付く。この授業に出ているのは魔力保有者ばかりだった。
リューダミロ王国は十六歳の誰もが魔力を安定させた年に学院に入って魔力操作を習うのだが、スワイデル皇国は幼いうちから身体に魔力を循環させる訓練をする。その事によって早く魔力を身体に馴染ませれるし、身体を鍛える事によって武力にも繋がる。魔力があまり無かったり、元々ない人間は他の座学を選択出来るのに、魔力がある人間は強制的にこの授業を選択させられていたらしい。
俺も身体強化は使える。しかし使わない。何故なら魔力があっても身体が弱く耐えられないからだ。
身体強化をするなら身体を鍛える必要がある。急激な筋肉の使用とそれを支える骨が必要だ。
今の身体は脆弱過ぎて、身体強化を使えば骨が折れそうだ。よくて酷い筋肉痛かもしれない。
今この演習場には同じ八歳児がいるわけだが、一番小さいのは俺だった。頭ひとつ分は小さい。
グイッと引っ張られて演習場の中央に連れられてしまった。
「何?」
エリンとその仲間達はニヤニヤと笑いながら小さな小瓶を取り出した。
俺を囲み小瓶の中の液体をかけられる。
背が小さいものだから頭からかけられてしまった。
「わっ、ちょ!何すんだよ!」
眼鏡もだらりと液体がかかってしまった。
「これ魔物寄せの薬。ちょっと持って来てもらったんだぁ!」
エリンは嬉しそうに笑いながらそう言った。
「魔物寄せって………。今から魔獣使う練習あるんじゃなかったっけ?」
「だからだろっ!お前ユキト殿下とどこか行ってただろう?そのくせ学院が始まったら休むとか、ふざけてるのか?」
少しは頑張れよ!と言って散り散りに皆んな逃げ始めた。
俺ははぁと溜息を吐く。これで俺が何処かに行こうものなら魔獣ももれなくついてくるという事だろう。
後はどのくらいの数の魔獣が来るのか次第だろうか。
建物の奥の方からカラカラと鉄格子の入れ物が運び込まれて来た。入れ物の中には犬か狼っぽい魔獣が入れられている。
「おーい、離すぞーー!!!一応魔封じをかけられたやつだが足は早いからなぁ~。」
口には噛みつかない様に口輪をはめられている様だったが、四本の手足は太く強靭そうだ。
ガシャンと音がして扉が開けられる。十匹程度はいそうだ。子供相手にこの訓練いるのだろうか。
「げぇ……………。はぁ、レンレン。」
あまり良くないとは思うが、大人しく怪我するつもりはない。俺はレンレンを呼び出した。
地面からブワリと緑の蔓が生え、ロルビィの周囲を取り巻いた。
午前の講義中、走って来た護衛兵が慌てて講義室に入って来た。中央で話をしていた教師は何事かと驚くが、護衛兵はそのまま私のところに飛ぶ様に走って来た。
小声で手短に報告を受け、慌てて立ちあがる。
教師に断りを入れ、ユキトは走り出した。
ロルビィの学院での様子は報告を受けていたが、今まで問題を起こす事はなかった。
いかんせん身体が弱く休みがちな所為で一人になる事が多い様だが、学力に問題がないので担当教師に相手をする様言っておいたはずだった。
ロルビィはリューダミロ王国から預かった人間だ。神の領域だろうが無かろうが関係ない。
学院は広く小学部が使う演習場は敷地の端っこにある為、時間が掛かってしまった。
演習場に近付くと、教師共々生徒達が外に逃げて来ていた。
何故教師までここにいるのかと苛つく。
報告ではロルビィはまだ中にいるはずだ。
「ユキト殿下!!助けて!!」
演習場の中に注意を向けていた為、エリンが近くにいるのに気付かなかった。
何でここにと思ったが、エリンとロルビィが同じ歳だったのを思い出す。魔力保有者として同じ選択授業を受けていたのだろう。
「エリン、何があったんだ?」
「魔獣を避ける身体強化の授業で、あの子が急に魔獣を殺し出したんだ!怖いっ!」
エリンは黄緑色の瞳に涙を浮かべて縋り付いてくる。背中を撫でて大丈夫だと安心させた。
「中の様子を確認する。………ついて来い!」
エリンには安心させる様に微笑み、周りにいた兵士に呼び掛けた。
演習場の入り口は物見台の下にある通路から入る様になっている。もしくは反対側の森に模した広大な土地からだ。森には野生の魔獣や魔植もいるので、演習場近辺は魔物除けの魔導具を設置してある。
中に入り生暖かい風が流れ込んできた。
「ゔっ………!」
誰があげた声か分からないが、皆んな絶句した。
辺りは血の海だった。
魔獣の血と肉が凄惨に散らばり、演習場の中央には小柄な人影がポツンと立っていた。
森から大型の魔獣が走り出て来たが、人影にたどり着く前に地面から生えた植物らしきものがスパンと切って倒してしまった。
緑の蔦には棘が生え、ついた葉っぱは鋭利な刃の様に鋭く尖っていた。
魔物避けがあるはずなのに、次から次へと森から魔物が湧いて出てくる。
それをロルビィの魔植は切ったり旋回して突き破ったり飛ばしたりしながら、主人を守るべくうねって倒している。
「ロルビィ………。」
ロルビィは眼鏡を取っていた。
何処を見ているのか分からない緑色の右目と、確かにこちらを見ている翡翠色の左目が、ユキトを捉えた。
ロルビィは眉を垂らして、目を彷徨わせた。何を言うべきか悩んでいる様だった。
小さな手を前で組み、モジモジと困った顔になる。
「……………あの、大丈夫ですか?」
突然のロルビィの質問に、思考が停止する。何故自分の方が大丈夫かと問われるのだろうと。
「……………は?」
ロルビィはハッとして慌て出した。
「あ、血が………えと、いっぱいあるので。」
「学院の演習で魔獣退治には出ている。このくらい平気だよ。」
血を怖がるとでも思ったのだろうか?
自分より小さな子供に心配されるなど言語道断。
「あ!そか、そうですよね………。」
そうだったぁと何に納得しているのか分からないが、ロルビィは赤い顔であたふたしだした。
「とりあえずこちらに来てもらって良いかい?」
なるべく小さい子に言い聞かせる様に声を掛ける。
今まで相手がリューダミロ王国の客人として扱い過ぎたのかもしれないと思い、少し和らげた方がいいと考えた。
ロルビィは小さく首を振った。
「いえ、その、魔物寄せの薬が頭から掛かっているので…………。」
魔物寄せ?だから森から出てくるのか?
しかし魔物除けの魔導具を超えて来るほどの量を浴びていると言うことになる。
後ろの兵士にありったけ解除薬を持ってくる様言い付けて、ロルビィの方へ歩み寄った。
足に粘つく血溜まりが、一体どのくらいの魔獣を倒したのか想像するだけ恐ろしい。
この量が演習場の壁を越え学院に入っていったとしたら、大惨事になるところだった。
ロルビィの前に着くと、翡翠色の瞳が見上げて来た。
エリンと同じ歳とは思えない程小さい。
身体も細く、痩せているので目が大きく見えた。
ハンカチを出して顔を拭いてやる。
使役している魔植が強いおかげで血を浴びてはいないが、魔物寄せの薬が確かに頭からかかっている様だった。
「魔物寄せの薬は何故かかってる?これは一滴でも効果のある薬だし、市場には出回っていない。」
髪を拭いてやりながら聞くと、ロルビィはまた困った様に俯いた。
後ろから解除薬を持って来た兵士が近付いて来たので、一旦会話を止める。
大瓶に入れられた薬を塗り込める様にロルビィにかけながら、半分程使った。残りを兵士に戻し地面に満遍なく巻く様言い付ける。
「浴室に行くから。」
「あ、はい、………へぇ!?わぁ!」
歩き出そうとしたロルビィを抱っこした。ロルビィは小さいし歩くのが遅い。それを知ってて今まで後をつけて来るロルビィを置いて来ていたのだが、ロルビィがあまりにも軽くて今後は待つ様にしようと考え直した。
軽い。物凄く、軽い。
身体は細く、夏でも長袖を着ているから分からなかったが、袖から出た腕は折れそうに感じた。
カーンドルテ国から帰国後も暫く熱を出していたので、更に痩せたのかもしれない。
そのまま演習場に備え付けられた浴室へ突っ込み、護衛兼見張の兵士を置いて演習場の片付けの指揮に向かった。
応援ありがとうございます!
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