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2章 俺のイジワルな皇子様
54 逃亡
しおりを挟むシゼ達は魔法陣に入っていた人達が倒れ出し、まるで命を吸い取られたかの様に干からびていくのをどうする事も出来ずに見守っていた。
さて、どう動くべきか……。
シゼが逃げても良いだろうかと思案し出した時、地響きをたてて地下が揺れ出した。パラパラと土埃が起き、ひび割れる壁や柱を見つめる.
『撤退。』その二文字の通信が肩に乗ったレンレンから伝わり、シゼはテレセスタを抱いたまま立ち上がった。
「え?」
死んでいく仲間と、地響きを立てて揺れ出した部屋に、テレセスタは恐怖を憶えてシゼにしがみついていたのだが、急に起こった浮遊感に驚いた。
「舌噛むから歯を食いしばって。後、腕を首に巻いといて。」
ヘラヘラ笑っている印象が強い人物なのに、意外と強い口調で言われて、言われた通りに歯を食いしばり首に腕を巻いてしっかりと抱き付いた。
シャリン…という音を立てて腰に下げた細身の剣が抜かれ、シゼは走り出した。
魔法陣を取り囲んでいた物言わぬ神官達が、虚な目で飛びかかって来た。
「ロルビィ様、殺生の許可を。」
シゼに抱き付いたことによって、肩に乗っていた小さな桃色の花を付けた魔植の声が、テレセスタにも聞こえた。
『許可する。』
その声はロルビィのものだった。
小さな子供の声とは思えない程の、冷静で冷たい声に、テレセスタは身震いした。
「一応身バレした時のため了解取っとかないとねぇ~。」
のんびりと言いながらもシゼは走り続けている。とてもテレセスタを抱き抱えたままとは思えない速さと身のこなしだ。
神官達が剣や槍を持って襲いかかるのを、躱して切り捨てていく。
細身の剣とは思えない切れ味で、人が縦に横にと分かれていくのを、テレセスタはカチカチと震えながら見ているしかなかった。
シゼの剣は不思議なことに人を斬ったとは思えない程綺麗だった。血の一滴すら刃につかず、刃こぼれもしていない。
切先は淡く光り、水滴を垂らしている。
一振り二振りする毎に、水滴が迸り血を洗い流す。
シゼの水魔法による保護魔法なのだが、常時剣に魔力を纏わり付かせるのは魔力操作に長けていないと出来ない。
シゼは身体強化、身をなるべく隠す為の鏡波魔法、剣を保たせる為の保護魔法を同時にかけて疾走していた。
まず神殿から出て逃げる算段をつけなければならない。
「神殿には馬いる?」
走りながら質問するシゼに、テレセスタは少し思案した。此処にはテレセスタも来たばかりで勝手は分からないが、何処も似た作りであろうと考える。
「裏手に荷運び用の荷馬車などあるかもしれません。」
シゼは頷き其方に向けて走り出した。
裏手に向けて走ると、神殿の裏側は土地が低くなっていたのか二階になっていた。
シゼは勢い良く明るくなる外へと通じる廊下に出ると、外通路の手摺りに足を乗せ、思いっきり飛び降りた。
タンっと足がたどり着いた先は木の枝だった。
神殿の裏手は高い塀が囲っていて、祭りで不審者が入り込まない様に扉はしっかりと鍵で閉じてあった。
それをチラリと見たシゼは面倒臭いとばかりに木の枝に飛び降り、次の枝へと着地した。そして高い塀に着地し、神殿の外に出たのである。
塀の外で降ろされたテレセスタは足も身体もガクガクと震え、腰を抜かして立てなくなった。
シゼは小さい幌馬車と若い馬を見繕って繋いでいた。
テレセスタに近寄り肩をトントンと叩く。
シゼが涙目の榛色の瞳を覗き込んだ。
「魔力多そうだけど、ちょっと分けてくんない?」
「へ?」
グイッと引かれて唇が合わさる。
クチュリと舌が入り込み、口を器用に開かれる。
舌の付け根を舐められ、舌を巻き取られる様に吸われてテレセスタは震えた。
先程までとは違った震えに、テレセスタは困惑した。
背中がゾワリとする。
初めての感覚にキュウと目を瞑った。
「ん……、あんがと。此処で待ってて。ロルビィ様拾ってくるから。」
テレセスタは素早く去っていく薄茶色の髪を、困惑したまま見送った。
ロルビィは地下の魔法陣も地上の魔女サグミラが立つ魔法陣もレンレンの蔦でぶっ壊した。
そのまま魔女を殺す。
二度とユキト殿下を殺さない様に……。
二度と自分達の前に現れない様に、この世から不安の芽は摘み取らなければ。
魔女はロルビィを見たが、過去に戻った事によって自分達は初対面の筈だった。
余裕で殺せる。
そう思ったのに、何故か魔女サグミラは身を翻し神殿の中へ逃げ出した。
魅了魔法に掛かったばかりの民衆とは違い、聖女オッルが従えて来た神官達は深く魅了に掛かっていたのか、ロルビィに向かって襲って来た。
眉を顰めてロルビィは神官達を薙ぎ払った。
死にはしないだろうが、大怪我だろう。
此処は神殿だ。治癒師もいるので治すだろう。
追いかけようと階段を駆け上がろうとして、ロルビィはグラリと身体が傾いだ。
「………あ、れ…?」
階段に倒れ込んだロルビィを捕まえようと、魅了された神官達が襲いかかってくるが、レンレンが容赦なく蔦で薙ぎ払っていく。
ロルビィは自分の身体が小さく弱い事を失念していた。
熱も出したばかりで、一度治癒師に治してもらったが再度不調がきたのかもしれない。
そう導き出したが、腕に力を入れても身体が思う様に持ち上がらなかった。
魔女サグミラが逃げてしまう………。
共有したレンレンの目からサグミラが神殿の奥にある秘密通路を使って逃げていくのが見えた。
追撃しようとレンレンに意識を飛ばそうとして、眩暈によって視界が途切れる。
ああ、こんな時に、なんて使い物にならない…………!
絶好の機会を逃したのだと、ロルビィは悔しくて涙を溢した。
「ロルビィ様!」
シゼが走って来た。
倒れたロルビィを軽々と抱え、元来た道を走り出す。
「このままカーンドルテ国から逃げますからね!聞いてませんよ!こんな大事!」
シゼの文句を聞いているのかいないのか、ロルビィは涙を流しながら呟いた。
「………聖女を殺せなかった。」
ギョッと目を見開いてシゼは驚く。
「何しに来てんですかーー!」
単なる偵察と聞いてついて来たのに、カーンドルテ国の象徴とも言うべき聖女の命を狙っていたと聞いて、シゼはブルリと震えた。
「神の領域こっわっっ!」
それでも大事なリューダミロ王国の神の使いなのだ。シゼはロルビィを無事に連れ帰る義務があると気持ちを奮い立たせ、混乱した神殿を駆け抜けた。
テレセスタが待つ幌に着いた頃にはロルビィも泣き止んでいた。
呆然としたテレセスタの顔を見て、一緒に幌に入り込んで首を傾げる。
「あ、ちょっと急ぎすぎて抱えて此処まで来ちゃったんですよね。揺れすぎかも。」
シゼが覗き込むと、テレセスタはハッとして顔を覆った。
ロルビィはシゼの肩に止まったレンレンを回収して、レンレンが見た過去の映像を拾った。
チューしとる…。
なんかもう当たり前の様にテレセスタは口から魔力を譲渡していた。本人はよく分かっていないかもしれないが、キスした事に呆然とし、本人を前にして恥ずかしがっているのだろう。
シゼはなんでか落ち着いてさっさと馬車の業者台に行ってしまった。
走り出した幌馬車の中に、亜空間からいくつかクッションと毛布を取り出しテレセスタにも分け与える。
グラグラと揺れる身体を横たえた。
「既成事実………。」
呟いた声は誰にも聞こえなかった。
その後熱を出したロルビィは、シゼとテレセスタが看病しながら、人里を避けながらもスワイデル皇国へ向けて突き進んだ。
ロルビィがカーンドルテ国の聖女を殺害しようとしたのは事実なので、なるべく人に会わずにスワイデルに入る為、町も村も全部避けて走った。
スワイデル皇国へ向けて進む人間も少ないのが救いで、素知らぬ顔で幌馬車を進めて行った。
カーレサルデ殿下からあらゆる薬を貰っていたらしく、亜空間から出してくる薬と出来立てのご飯に、二人は驚いていた。
亜空間収納は誰にも言わないでくれと言われて、神の領域ならばあっても不思議ではないとシゼは考えたが、知られない方が都合がいいだろうと考え頷いた。
来た時は強行突破で二週間掛かったが、帰りは休み休みで四週間も掛かってしまった。
綺麗な水入り、なんならお湯まで入った大きな桶も出してくる為、三人とも清潔を保つことが出来たが、ロルビィの熱は一向に下がらなかった。
漸くスワイデル皇国の最初の街に入った。
此処はカーンドルテ国に対する防衛の街で、身分証明が無いと入れないのだが、それはロルビィの身分で余裕で入れた。
シゼはなるべく高くて安全な宿を取り、スワイデル皇宮に向けて手紙を書いて早馬を出した。
無理して進むよりも迎えに来てもらった方が安全だと思ったからだ。
治療院から治癒師を呼んで治癒してもらいながら、皇都からの迎えを待つ事にした。
長い夏季休学が終わって次の学期が始まっても、ロルビィは帰って来なかった。
リューダミロ王国から預かった人間を放置するわけにもいかず、捜索を出す準備をしていたところ、カーンドルテ国側の防衛の街から早馬が届いた。
皇帝スグルは急いで迎えの馬車と護衛兵を整えたが、ユキトは同行を求めた。
直ぐに許可が下りた為、ユキトは馬車に乗り込みロルビィ達が待つ街まで急いだ。
指定された宿には共として連れて行ったというシゼと言う男が今か今かと待っていた。
来たのが皇太子と気付いて少し眉を上げたが、取り乱すことなくロルビィの部屋に案内した。
発熱と疲労が続いており、毎日治療院から治癒師に来てもらっているのだが、なかなか熱が下がらないという。
起きた時に会ってどうかと言われたが、一度顔を見ると言って部屋に案内してもらった。
部屋はカーテンを閉めて眠りやすい様薄暗くしてあった。
大きめのベットに横たわる身体は小さい。
八歳で何故こんな長旅に出たのかとも思うが、リューダミロ王国側が許可したのだから仕方がない。
あの国は神の領域は絶対だ。
ロルビィが言い出せば全てを肯定しかねなかった。
スワイデル皇国に来た時よりは少し身長も伸びて髪も生えていた。今は薄いながらもちゃんと短く綺麗に切っている。
いつもは眼鏡を掛けているので分かりずらいが、今は閉じた瞼が露わになっていた。
一度ロルビィの瞳を見てみるといいとゼクセスト・オーデルド博士から言われたが、瞼はキュッと閉じられていた。
熱の為か小さく口から息をしていた。
はっはっと言う息遣いに、熱が高いのだろうと考え、まだ暫くは動かせなそうだと判断した。
「………………んぅ…。……はぁ、はぁ。」
魘されているのか、苦しげに息を吐いている。
「ユキト、でん、か………。」
名前を呼ばれてドキリとした。
ロルビィは度々熱を出していたが、直接見舞いに行った事は無かった。
見舞いの品を適当に侍従に送らせていただけだ。後日ロルビィはお礼を言って来るが、自分で選んだものでも無かったので、適当に返事を返していた。
何故ロルビィは自分に拘るのか理解できなかった。
身分や顔で寄って来る人間は大勢いるが、ロルビィもその内の一人で、神の領域というリューダミロ王国では重宝される身分を笠に着て近寄ったのかとも思っていた。
こんな子供のうちから国や親の言いなりになって来させられたのかと思ったのだが、ロルビィの自分に対する執着は、ロルビィ自身のものなのだと考え直した。
スワイデル皇都を出た時の、自分を中心に取り巻いていた緑の魔力が、波が引くかの様に流れ去った時、自分の中の心が傾く様な不安定な気持ちが信じられなかった。
いつの間にかロルビィの魔力が傍にある事を、自分は無意識に許していたのだと気付いた。
守られて安心して、無くなったら急に不安になって、まるで幼子の様だと痛感した。
ロルビィの額から流れる汗を手のひらで拭った。濡れた前髪を掻き分け、滑らかな額を露わにする。
「…………ごめ、なさ………。」
なんの夢を見ているのだろう。
ユキトと名を呼び、何故謝るのか。
そんなに自分は酷い事をしただろうか。
無視すると言っても、言葉は不快さを出さない様に丁寧に断っていた。話し掛ける隙を与えない様にした。
それだけのつもりだったが、こんな小さな子供にすることでは無かったと、今更ながらに後悔し出す。
近くには汗拭き用の布巾が置かれていたので、それを取って汗を拭った。
濡れた髪もついでに拭いていると、ロルビィが、ん、ん、と言いながら眉を顰めた。
起きるのか?と思い手を止めた。
薄っすらと瞼が開いた。
薄暗闇の中、一筋の光を放つ様に緑色の光が見え出した。
翡翠だ……。
輝く光は宝石の様で、熱で潤んだ瞳はゆるりと光を流し輝いていた。
生まれつきないと言われる右目は真緑で、まるでこちらを観察するかの様に見ているが、左の瞳は美しかった。
好きな色だと思った。
おそらく左目の方がロルビィの感情そのままの目なのだろうと思い、左目を見て話しかける。
「もう少し体調が整ったら帰るから、ゆっくり休むといい。」
ロルビィはよく分からない顔で惚けた様に見ていたが、頷いてまたゆっくりと瞳を閉じた。
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