翡翠の魔法師と小鳥の願い

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2章 俺のイジワルな皇子様

53混乱するフィーゼノーラの花祭り

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 テレセスタは式用に白い長衣を渡されたので、それを上から被り指定の場所に辿り着いた。
 そこは地下で薄暗く、ランプの灯りが壁側に等間隔に点けられているだけだった。
 他にも数人同じように神官服に白い長衣をきた人達が立って待っていた。
 床の上には大きな魔法陣。
 魔法陣を使う人間はあまりいない。複雑で専門に学んだとしても理解するのに時間が掛かる。独自に組んだとしても正常に発動する割合はかなり低い。
 複雑怪奇な紋様にテレセスタは何の為の魔法陣だろうと首を傾げた。
 最近スワイデル皇国ではこれを魔法式と言ってあらゆる道具に組み込み魔石を燃料にする便利な道具が普及し出していると聞いたが、考えついている人間の頭の中こそ理解出来なさそうだ。

 案内した神官から魔法陣の中で待つように言われ、集まった白衣の人間達は固まって魔法陣の中央に待機した。
 皆一様に不安気な顔でいる為、説明も無しにここに集められなのは自分だけでは無いと理解する。
 
 聖女の祈りは神殿前の広場で行われる。午後からまだ陽が高いうちに祈りが捧げられるのだが、案内された部屋は地下で薄暗く、時間の感覚が分からなかった。
 時折わぁと言う歓声が聞こえるが、上で何が行われているのかテレセスタは知らない。一度も本殿の花祭りに参加したことがなかった。花祭りの日は各地の地方神殿でも祭りを行うので、テレセスタは其方の運営を手伝うしか無い。
 初めて王都の本殿の花祭りを観れるのかもと思ってたのに、こんな地下にいては全く楽しめなかった。
 いつまでここにいたらいいのだろう………。
 ふぅ……と溜息をついた時、ぐぃと腕を引っ張られた。
 びっくりして声を上げようとして、誰かに口を塞がれる。さっと顔が青褪めたのが自分でもわかった。

「しーーー………。」

 聞き覚えのある声に、え?と後ろを振り返る。
 一緒に王都へやってきたロルビィの従者だった。少し伸びた薄茶色の髪が頬に掛かり、覗き込んだダークブラウンの目が意外と近くにあって驚く。
 肩に緑色の塊が乗っているが、これは何だろう?
 緑色の塊から桃色の小さな花がピョコリと咲いた。

『テレセスタは出せた?』

 花から子供の声が聞こえるが、ロルビィのように思える。

「出しました。気付かれてはいませんね。どうします?このまま見張りますか?」

『うん、俺は上で式典を見る。』

 二人の緊張した声にテレセスタは大人しく黙っていた。
 あの魔法陣の中にいるが何となく不安だった所為もあるが、この従者の手が優しかったのもある。襲われるわけでは無いと感じたのだ。
 見張を続けると言っていたが、何をしているのだろう?
 首を傾げると、従者が口に当てていた手を離してくれた。

「ごめんな。ロルビィ様がテレセスタを魔法陣から出しとけって言うからさ。」

 小声で謝られたので、黙って頷いた。
 神官達が魔法陣を囲んでいるのだが、柱の影に入ってるとはいえ、全く気付かれない。
 先程も魔法陣の中にいたテレセスタを引っ張り出す為に、この人は近付いた筈なのに、誰にも見咎められなかった。
 何でだろうと前方を見ると、何かが自分達の周りに薄く揺蕩っているのに気付いた。
 結界?でも結界は聖魔法師の能力で、聖魔法師は稀有だ。カーンドルテ国では聖女くらいしか現れない。
 じゃあ何だろうと触ろうと手を伸ばして、従者の手がそれを止めた。

「俺の能力。水の膜で景色を歪めてるから触ったらダメだ。」

 教えられ、成程と頷いた。
 こんな能力もあるのかと驚く。テレセスタは火属性だが、カーンドルテ国は魔法の訓練をするという感覚がない。ただ魔力が多いものは神殿に集められるだけだけど、こうやって魔法を覚えるのも楽しそうだと感じた。

 この膜の中に入っておく必要があるのだろうなとは理解するが、従者はテレセスタを大人しく入れておく為かしっかりと抱き締められている。
 テレセスタの性格は大人しく淡白な性格をしている為、こんなに人と触れ合ったことがない。友人同士でも割と冷めた対応なので、肩を組むことも手を繋ぐこともない。
 なのでこんなに人の体温を感じる程の触れ合いに、テレセスタはドキドキと心臓が早まった。
 本来ならば神殿に侵入した者を突き出さねばならないが、テレセスタにはそれができなかった。
 ただただ大人しく捕まり邪魔しないように縮こまる自分自身に、テレセスタは顔を赤らめ首を傾げる。
 
 私は何をやってるんだろう…?

 頭上からフッと笑う気配に、何故か笑われたのだと感じチラリと見上げる。
 一瞬だけダークブラウンと視線が合い、テレセスタは慌てて下を向いた。
 
 ?????

 テレセスタの頭の中は混乱しまくっていた。











 ロルビィは本殿前の大広間に集う民衆の中に紛れ込んでいた。
 踏まれないようレンレンを使い、小さい身体を足の波の中進んでいく。
 神殿内部に入る前に長く広い階段があり、階段上に聖女が現れるのだと聞いて、階段前の生垣を囲う煉瓦の上に立ち上がった。
 ここまで来るのにもそれなりの距離があり、ふうふうと息を吐いて一息吐く。
 広場いっぱいに人がひしめき合っている。
 態々国の端からもやってくるとあって、カーンドルテ国の聖女信仰は熱い。
 人々がオッル様!オッル様!と叫ぶのに気付き、聖女の名に疑問が湧く。
 聖女の名前はサナミルと言うのではなかったかと。
 隣に同じように立つ少年へ尋ねた。

「聖女様の名前はオッルと言うの?サナミルじゃ無いの?」

 少年ははぁ?という顔をして、教えてくれた。今代の聖女はオッル様であり、サナミル様は次代の聖女なのだと言う。
 ユキト殿下が十歳の時来た聖女は、おそらく三十歳程度の女性だったと言っていた。そして、ロルビィがサクトワ共和国で会った聖女はサナミルという名の自分よりも年下の少女だった。
 姿は変わってもどちらも魔女サグミラ。
 では今の聖女オッルも魔女サグミラだろうか?それとも次代の聖女サナミルが魔女だろうか?
 それに………、とも思う。
 ロルビィの予想ではカーンドルテ国の人間は魔女サグミラの魅了魔法に掛かった人間が多くいると思っていた。
 少なくとも神官はほぼ虚な操り人形であると予測していたのだが、神殿内部の治癒師も、他の忙しなく働く神官達も、皆綺麗な目で聖女を敬う善良な人々だった。
 今周りにいる民衆も、一様に聖女の名を讃え、聖女を信じる敬虔な信徒ばかり。操られている様な事もなく、人々は祭りを楽しんでいた。
 魔女サグミラはどうしたのか………。
 レンレンを神殿内部に這わせ内情を探ると、ちょうど聖女が立つであろう階段上の場所の真下に地下があった。
 白い長衣を被った魔力のありそうな神官達が集められ、魔法陣に立たされている。
 その中にテレセスタを見つけ、シゼを走らせた。
 上手くテレセスタを回収したのを見て、ホッと安心する。
 前回最後にシゼに縋り付いて泣いていたテレセスタ。いい雰囲気になっているとは思っていたが、テレセスタは死んだシゼを抱えて何度も名を呼んでいた。
 トビレウス兄にスワイデル皇国へ急ぐ様背中を押され、あの時シゼの遺体にも泣くテレセスタにも何もしてやれなかった。
 リューダミロ王国に死んだ人々に全て償えるとは思っていないが、自分が知っている情報でどうにか出来るのなら、幸せにしてあげたい。
 カーンドルテ国に来るのなら、なんとかテレセスタも連れて帰りたかった。

 そろそろ聖女が出てくると周りが騒ぎ出し、ロルビィは思考を階段上に戻した。
 わああぁーーという歓声と共に、立派な神官服を着込んだ神官達と聖女らしき人物が、奥の神殿から出てきた。
 聖女は頭から白いベールを被り、長くゆったりとした白のドレスを着て全く姿が分からなかった。
 以前の魔女サグミラは白のドレスは一緒だが、体型を強調する様な布地の少ないドレスを着ていた。胸元はギリギリまで大きく開き、肩まで出し、腰は細く、ほっそりとした手足を出す事を厭わないドレスだった。
 聖女オッルは別人だろうか?
 ロルビィがそう悩んでいた時、聖女が前へ出て来た。上段ギリギリに立ち、手を広げる。
 階段には乗ってはいけないらしく、そこで人波はとまっているが、後ろから後ろから人が押し寄せて来た。
 ロルビィは流されない様煉瓦の上から落ちない様に花壇の土の上に乗り、植木に埋もれる様に流れに逆らった。
 聖女の祈りが今から始まるのだと誰かが叫んだ。
 聖女を讃える声と怒号の様な歓声が、ロルビィの耳を塞ぐ。
 ロルビィはジッと聖女オッルを見つめていた。
 聖女オッルから魔力が流れ出て、聖女はゆっくりと視線を巡らせ出した。
 ロルビィは眼鏡越しに聖女の視線を追う。
 ああ、魔女サグミラだと、その魔力から判断した。だが、その魔力は非常に弱かった。
 眼鏡の縁に指をかけ、カチャリと外す。
 閉じた瞼を開いてもう一度聖女オッルを見た。
 右目のレンレンがグンと視力を上げて、聖女オッルとその周囲の神官達の顔を鮮明に見せてくれる。
 聖女オッルはゆっくりとベールを上げた。
 顔の感じから二十歳くらい。小さめの目に薄い唇、丸い鼻の女性だった。
 瞳は黒く、視線が合った者達は虚に聖女オッルを恍惚と見つめ崇めていた。
 地下の魔法陣から魔力が流れて来ている。
 魔法陣にいる神官達は魔力が低いものから青褪め震え出し倒れていった。干からびたミイラの様に変貌する姿に、彼等は聖女の祈りの糧になっているのだと理解する。
 聖女の瞳は魅了魔法を放っていた。
 聖女の祈りとは集まった人間達を魅了魔法にかける儀式。
 ロルビィは聖女オッルは魔女サグミラだと、認識した。

「見つけた……………。」

 魔女サグミラを睨み付けるロルビィの瞳は、深く暗く輝き出した。左目の翡翠の輝きは爛々と光り、右目はレンレンが擬態した眼球なので瞳孔がグラリと揺らいだ。瞳孔だった部分は瞳の中で円を描き見開かれ、辺り一体に張り巡らせた視界をロルビィの中に送り込んで来た。
 
 地響きを立てて地面が揺れ出す。
 真っ先に逃げ出したのは後方にある民衆だった。まだ魅了魔法に掛からずに済み、意識もはっきりしているので直ぐに動き出したのだ。
 前方にいた人々は一呼吸おいて我に帰った。距離もあるしまだ魅了魔法に掛かったばかりと言う事もあり、覚醒が早かった様だ。
 広場は大混乱となり、逃げ惑う人々は流血沙汰になるのも構わず逃げていく。
 前方に残っているのは小さな子供のロルビィだけ。
 羽織ったマントがはためき、薄い亜麻色の髪が風に揺れていた。
 緑色の蔦が地面から幾本も現れ、ロルビィを守る様に、又は威嚇する様に取り囲む。
 聖女オッルと視線がぶつかる。
 翡翠色の光が魔女サグミラを捉えた。


 







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