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2章 俺のイジワルな皇子様
52 カーンドルテ国
しおりを挟むシゼがスワイデル皇国に入ると、時間が勿体無いとばかりにロルビィ達はカーンドルテ国へ向かった。
現在の魔女の動きを知りたかった。
前回はユキト殿下が十歳の時にスワイデル皇国に来ていた筈なのに、今回は未だ動きがない。もう二年経つ。何処かで大きく流れが変わったのだろうと判断し、カーンドルテ国へ偵察に行く事にした。
ユキト殿下へも挨拶をしたかったけど、忙しそうで声を掛ける事が憚られた。
以前のユキト殿下はもう大人で温和な人柄だってけど、今のユキト殿下は他人にも自分にも厳しく感情を表に出さない人だ。
最初の頃は生きている事が嬉しくて、付き纏いすぎてやんわりと外面の笑顔で距離を置かれた。俺もそこら辺はちゃんと理解している。ちゃんと鬱陶しがられていると分かってる。でも視界に入れておかないと不安でならなかった。レンレンで皇都を覆って監視して、ユキト殿下の周辺から目を離さない様にしていたけど、肉眼で見守りたかった。
流石に三年経てば皇宮の中が安全な事は理解した。
魔女サグミラがいないなら、こちらから出向き消せば良いのだと思った。
ユキト殿下を殺したアイツは許せない。
リューダミロのロワイデルデ殿下が魔力に飲まれて狂ったのとは違う。魔女サグミラは他者の魔力を奪う事を、他者の命を屠り恐怖する人間を見て喜びを感じている。
ユキト殿下が苦しむのを楽しんでいた。
出会う前に殺そう。
「怖い顔ですねぇ~。」
シゼのそばかす顔がのほほーんと覗き込んできた。
「とても八歳児の顔ではないですね~。実はスラム上がりとか盗賊上がりとかかと思っちゃいます。」
ここはカーンドルテ国の聖地。聖女信仰を祀る聖教会の本殿を見下ろす丘の上だ。
聖教会の本殿はカーンドルテの王都の中にある。遠くからでも一目で分かるくらい大きい。なんなら王宮とたいして変わらない。
魔女サグミラの国なので聖教会は国王よりも国の実権を握っているのかもしれない。
シゼの案内は要領がいい。
サクサクと疲れる事もなくここまで来る事が出来た。
カーレサルデ殿下から体調を崩したり熱を出したりしたら飲む様にと薬を渡されたが、今のところ使わずに済んでいる。
「聖女について何か分かった?」
シゼに聖女について調べてきてもらった。
お昼頃に着いてこの丘で待っていたが、夕刻前には戻ってきた。
「えー無視ですかぁ?………いいですけどねっ。聖女はですね、病気かどうか確認は出来ませんでしたが、ほぼ一つの宮に引き篭もっているのは確かですね。周囲の人間に異常がないかですが、人の入れ替わりは激しいです。特定の役職ではなく、神官だったり侍従や侍女だったり………。魔力の有無ですが、いなくなっているのは魔力有りの人間ばかりです。ロルビィ様は何か知ってたんですか?」
シゼは不思議そうにしながらもザッと見聞きしてきた事を教えてくれた。
「短時間で調べられる程、人の入れ替わりは知られてたの?」
「いえ、国民は知りませんね。聖教会の事務室に入って名簿を片っ端から見たんですよ。」
「………え?事務室?関係者でもないのに見れるもん?」
そんなわけありませんよーとシゼは笑い飛ばしている。
「とりあえず宿をとってきたので、今日はそこに泊まりましょうか。」
シゼの案内でカーンドルテ国の都に入った。
丘を下り空が赤くなりかけた頃に王都に入る。木と石で組み上げ泥で固めたような家と、石を綺麗に積み上げた家が建ち並んでいた。道は踏み固められて舗装され、王城と神殿近辺だけ石畳になっている。
王都とは名ばかりの貧しい印象があった。
だが、市場は活気があり、飲食店や道具屋は多少あるようだ。
「リューダミロやスワイデルに比べたら田舎って気がする………。」
俺の何気ない呟きにシゼが案内人よろしく知っている事を教えてくれる。
「ま、発展はしてませんね。知ってますか?カーンドルテ国には貴族がいないんですよ。みんな平等にカーンドルテ国民なんです。」
王政なのに貴族なし?
「この国って王様と聖女と国民と神官しかいない変な国なんです。」
「それで国として成り立つの?」
「あらゆる機関を教会が執り行っているんです。政治は国じゃなくて教会が握ってるんですよ。」
それじゃあ王様の意味はないんじゃないか?魔女は何故カーンドルテ王を存在させてる?
「ふーん………。じゃあ、シゼは誰がこの国のトップだと思う?」
シゼはうーんと上を見上げた。
「聖教会のトップかな?聖女は若い女性ばかり代替わりも激しいから、教皇でしょうか?」
シゼは人混みを気にして小声で答える。
シゼは質問に答えたのに、ロルビィは楽しそうに目を細め否定した。
「残念、悪の親玉は聖女でしたっ!」
宿屋の古ぼけた木のドアを開けながら、ロルビィはシゼの方へ向いて笑った。それは子供の様に無邪気でもあり、疲れた果てた知恵者の様でもあり、小さな身体には不似合いな笑顔だった。
シゼはゾッとして辺りを窺う。
聖女の国で、国の象徴とも言うべき聖女をこんな城下町の街中で悪と断じたロルビィの言葉を、誰かが聞いてはいないだろうかと顔色を変えた。
喧騒とドアの軋む音がロルビィの子供の声を掻き消し、誰も聞いていない事にシゼは安堵した。
「神の領域、やっば………。」
ロルビィは何を知っているのか、ここに何をしに来たのか教えてくれていない。
ただこの小さな背中には何か重たい物が乗っかっていることだけは、なんとなく理解出来た。
一夜明け、ロルビィ達は聖教会本殿にやってきた。祈りの間は全ての人間に解放されているので、記帳に名前を記入して入るだけだ。シゼが適当な偽名を書いていた。
中は普通の教会である。本殿というだけあって教会は大きい。人々が祈りを捧げる為の椅子がずらりと左右に並び、中央を真っ直ぐ進むと司祭が立つであろう壇上と、壁には聖女と思わしに髪の長い少女と草花の彫刻が置かれていた。ステンドグラスから入る光はあるものの、中は薄暗くひんやりとして静かだった。
ロルビィは中を一瞥した後、受付にいる神官に話しかけた。
「すみません、テレセスタ・マールゼステって人を探してるんですが。多分地方で神官見習いをしている人なんですけど。」
対応したのは若い神官だった。ロルビィとシゼの姿を確認して、不思議そうな顔をした。
「名前だけでは分かりませんね。どの地方神殿勤めかは分かりますか?」
ロルビィは困った顔をした。普通の八歳児よりも小さく見えるロルビィ相手に、神官は丁寧に話してくれるが、あまりおかしな事を言っては疑われるかもしれない。
「この子が少し遊んでもらってお世話になった人なんです。どうしてももう一度会いたいって聞かなくてですねぇ~。」
シゼが人当たりよく間に入った。
「ああ、孤児の世話もしますから慣れておりますので。ちょっと待ってください。」
神官が受付の奥の部屋に引っ込んだ。調べてくれるらしい。
「ちょっとロルビィ様!事前に言っててくださいよ。誰ですかそれ?」
コソコソとシゼが注意する。
「あーー、ごめん。急に思いついて、ここなら分かるかなぁって。聖女の祭りはまだ数日あるから行けるかなぁって。」
「思いつきで動かないで下さいよっ。」
コソコソとやり取りしていると、奥から神官が戻ってきた。
神官はテレセスタ・マールゼステの居場所と簡単な地図を手書きで渡してくれた。
「ここなら半日もあれば行けますね。」
シゼが受け取りお礼を言って立ち去る。
カーンドルテ王都のすぐ隣の地域を管轄する神殿だった。
半日馬車に揺られながら移動して町に入る。
町は王都とさほど変わらない気がした。町の範囲が狭くなっただけの、発展の遅い町という感じだ。
遅くに着いた為、宿に泊まりまた神殿に行く。
今度はシゼが神官に尋ねた。
「すみません、テレセスタ・マールゼステという人はいますか?」
今度はちゃんと返事がすぐに帰ってきた。
教会裏の集合墓地にいると教えられる。
勝手に行っていいと言われたので、ロルビィとシゼのみでそこに向かった。
そこは墓地といっても墓石も何もない広場だった。
奥の方に掘り起こされたばかりの場所に、一人の少年が佇んでいた。
カーンドルテ国では珍しくもない赤茶色の髪の神官服を着た少年だ。
ロルビィは迷いなくその少年に近づいた。
「テレセスタ・マールゼステ?」
突然話しかけられ、少年はビクッと肩を震わせた。
振り返る榛色の目の平凡そう少年が、話しかけてきたロルビィとシゼに怪訝な顔をしている。
「そうですけど………?」
お互い初対面。
ロルビィはテレセスタの事を知っているが、それは前回の事で青年になっていたテレセスタだ。
今のテレセスタは十代前半程度の少年だった。
「ここで何をしてるの?」
ロルビィは気にせず話しかけた。
ここは墓地だと言われたが、ロルビィが知っている墓地とは違い、何も知らなければただの空き地に見えた。
「ここは集合墓地なんですよ。他国は一人一人埋葬されると聞いていますが、我が国は集合墓地が基本です。同じ穴に一定期間の死人を並べて埋葬するのです。」
テレセスタの表情は悲し気で乏しい。
「ご両親ですか?」
テレセスタは驚いた顔をした。ゆっくりと頷き怪訝な顔をする。何故こんな小さな子がそんな事を聞くのかと不思議そうだ。
「他にご家族は?」
いないと首を振りながらも、テレセスタはますます顔が強張った。
「ちょっとロルビィ様!急にそんな聞いては失礼ですよ!」
シゼが注意するが、ロルビィはテレセスタが丁度家族を亡くしたばかりなら、チャンスではないかと思った。
テレセスタは身寄りがなく神官見習いをしていて、そのまま神官になったと言っていた。
「行くところが無いなら一緒にリューダミロ王国に来ない?」
テレセスタは目を眇めてロルビィを見た。
「いえ、聖教会本殿に呼ばれているので………。」
ロルビィが小さな子供と言うこともあり、テレセスタは遠回しに断る事にした。どう見ても身なりがいい。平民のフリをしているようだが、貴族の子、しかも他国だ。他国の貴族と揉めるのは得策では無い。それが子供といえど、使用人らしき男もいる。
「失礼します。」
お辞儀をしてテレセスタは去ってしまった。
それをロルビィとシゼは見送る。
「怪しまれちゃったかな?」
「そりゃー突然過ぎて怪しいですよ。知り合いだったんじゃないんですか?」
「え?初対面かな?」
えー!?とシゼが納得いかないと文句を言う。何しに来たんですかー!?と騒ぐシゼを無視して、ロルビィは思案する。
「とりあえず本殿に行くと言うテレセスタを尾行するとして、……シゼはテレセスタを見てなんかビビビっときた?」
「ビビビとは何ですか?」
「ううーん、可愛いぃーとか?」
シゼがますます変な顔をする。
「言ってる意味が分かりません!」
そっかーじゃあしょうがないかぁ~と言ってロルビィは歩き出した。
「既成事実が必要なのかな?」
ポツリとロルビィが呟いた声は、シゼには届いていない。
ロルビィの意味不明な行動に、シゼはもうっと腹を立てながらも、ついて行くしかなかった。
テレセスタは困っていた。
五歳か六歳の時、多めに魔力があると分かると同時に教会へ連れて行かれた。
カーンドルテ国は魔力が一定量以上有ると、聖教会へ神官としてお勤めをしなければならない。
成人前まで神官見習い、成人してからは神官となるが、魔力がある子供を作る為にも結婚し夫婦となる者が多い。
自分もきっとそうなるのだろうなと思いながら、神殿で神官見習いとして働いていた。
僅かに出る給金は両親の元へ送られ、自分は少しだけお小遣いをもらって暮らしていた。テレセスタがこの神殿で働いていたのは、遠くに行ってしまわない様両親が止めてたからだ。
幼い頃からたまに会うだけの両親。子供の給金を当てに暮らす両親に、あまり情はなかった。ただ実の親だからと、大事にしていただけだ。
そんな両親もあっさりと流行病で死んでしまい、集団墓地に埋められた。
両親が死んで悲しみはないけど、たった一人になった不安がテレセスタの心を覆った。
あんな両親でも少しは心の支えになっていたのだろうかと、過去を振り返りながら墓の前で佇んでいると、見知らぬ子供に話し掛けられた。
リューダミロ王国に来ないかと言われても困る。やんわりと断ったはずなのに、その子と従者らしき男の人は何故かテレセスタに纏わりついてきた。
しかも熱が出たと言い出した。
その子はスワイデル皇国の皇都から来たらしいが、生まれ付き身体が弱いらしく、無理な旅に熱を出したと言う。
しかも今はカーンドルテ国の王都に向かう馬車の中。
「君、大丈夫?」
何処から出したのか氷の粒を袋に詰めて頭を冷やしている少年に話し掛けた。
亜麻色の髪に大きな紫色レンズの眼鏡が特徴的な小さな少年だ。
五歳くらいかと思ったら八歳だと言う。
「さっき持ってきた薬飲んだから大丈夫。」
隣に座る従者にもたれ掛かり、少年ことロルビィはぽやんとした声を出した。
カーンドルテ国では病人や病気になった人は神殿を頼る。治癒師に治療してもらう為だ。
「着いたら一緒に神殿を案内しますので。」
何故だか同じ馬車に乗り込み隣に座ってきたロルビィを、見捨てることもできずに神官見習いとして神殿に来るよう勧める。
「神殿に治癒師がいるはずですから、見てもらいましょう。お金を取られるけど大丈夫でしょうか?」
こんな病気がちの子供を見捨てることは出来ない。
紫色のレンズが光り表情は読めないが、ロルビィはよろしくお願いしますと返事をした。
聖教会本殿に着くと、正面扉から入り到着した旨を神官に話し掛ける。ついでにロルビィとその従者を治療してほしいと頼んだ。
二人は奥の治療部屋へと案内され、私は別の部屋へと案内される。
本殿勤務の年配の神官に、呼ばれた理由を聞かされた。
近々行われる聖女の祭りフィーゼノーラの花祭りの手伝いをするように言われた。
フィーゼノーラとは初代聖女と言われる人の名前だ。当時の国王と結婚して、国を癒し豊かにしてくれた尊いお方だと言い伝えられている。
花祭りでは式典の途中で聖女が祈りを捧げる時、一陣の風が舞い集まった人々に花を降らせる。昔はもっと降っていたらしいが、最近聖女オッル様は体調が思わしく無く、花は少しだけになってしまっているのだとか。
体調不良で魔力が思うように操れない為、魔力が豊富な人間を集めて補佐してほしいと言うことだった。
勿論聖女様の助けになるのならばと、喜んで引き受ける。
テレセスタは神殿の宿泊部屋へ案内され、荷物を下ろす頃には案内してきたロルビィ達の事などすっかり忘れていた。
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