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2章 俺のイジワルな皇子様
51 ロルビィのいない夏
しおりを挟む「ユキトはロルビィ君のお世話はちゃんとしてるの?」
スワイデル皇国の皇帝皇后陛下は仲が良い。執務室も同じ部屋で机を並べて行っている。
久しぶりに呼ばれたと思ったら、これは仕事の内容と取るべきか私事と取るべきか。
皇后サクラはふぅと頬に手を当てて溜息をついた。
ユキトはサクラに似ている。銀髪と紫の瞳は父親譲りだが、誰もが振り向く様な綺麗な顔と優しげな雰囲気は母譲りだ。ただ、本当に優しいのは皇后サクラで、ユキトは冷めた性格をしている。
「ロルビィ君が皇都を今日出発するの知ってたのかしら?」
「………え?」
やっぱり!と少し責めた眼差しで息子を睨んだ。と言っても睨んだ顔は愛らしく、スグル皇帝はそんなサクラをにこにことしながら見守っている。
「忙しそうだからお伝え下さいって此処に挨拶に来たわよ?」
ユキトはロルビィが何となく苦手だった。
見た目がガリガリで病人みたいだとか、魔力が大きすぎて怖いだとかいうのはあまり気にならない。それよりも、最初から何となく苦手なのだ。
視界に入るとザワリとする。
言いようのない焦燥感に襲われて、冷静な判断が難しくなる。
だから近くにいるのは分かっているが、基本無視していた。
休憩にお茶をしたりすると話しかけて来たりするので、お茶は辞めて書類や本を読んだりする事にしている。そうしておけば話しかけて来ない。考え事をしたい時や、ゆっくりしておきたい時は自室に戻って休憩する事にしていた。流石に王族の居住区まで入って来ない。
だからここ数ヶ月喋っていなかった。
「ユキトは十二歳ね。もう魔力は安定したはずだから分かるわよね?」
何を?と聞く前に理解した。
ズズズと音を立てるかのように消え去る魔力に。実際は音なんて立っていない。スワイデルは魔力無しの方が多い。しかもこの魔力は大きすぎて、それなりに魔力保有量が多くないと感じ取れない。それほどに強大な力だが、これに気付いた人間はあまりいないだろう。
「あの子が来てからずっと皇都に自分の魔植を張り巡らせていたのよ?此処に来た理由は留学目的になってるけど、明らかに誰を守る為に来たのか分かりやすいわよ?ユキトはちゃんと理解しているのかしら?」
最初の頃にそんな事を言っていたが、守って欲しいなんて言っていない。
皇都に魔植を潜ませていたのも勝手にロルビィがやった事だ。
そもそも何から守っているのかさっぱり分からない。
「私は魔力があまり無いからそこら辺はあまり分からないんだが、魔工石の張り替えも皇宮は終了した様なので、ほんの少し出掛けて来ますと言っていたよ。カーンドルテ国の聖女は入れない様にして下さい、だそうだ。」
「カーンドルテの聖女ですか?」
父である皇帝が苦笑いしながら付け足した。基本子供の事はサクラが管理している。
カーンドルテの聖女はここ数年顔を出していない。聖魔法師で治癒が得意なはずなのに病気療養中という噂しか出て来ない。
「何故聖女に気を付けなければならないのか尋ねたのだけれども、教えてくれなかったわ。まだ八歳なのにほんと大人の目をしてるのだもの。心配だわ。」
目?あまり近付いてみたことが無いし、眼鏡をしているのでどんな目をしてるのか見たことがない。顔も薄らぼんやりとしか覚えていなかった。ガリガリのチビで大きな紫眼鏡という印象しかない。
だいたい嘘か真か判断出来ない神の領域よりも、明らかに王族であるカーレサルデ殿下を相手にした方が有益じゃ無いだろうか。
そんな思考が顔に出ていたのか、サクラはふぅと溜息をついた。
「ちゃんとロルビィちゃんに向き合いなさい?」
「母上はロルビィが神の領域だと信じているのですか?」
不服そうなユキトにサクラは母の顔を捨てて言った。
「神の領域が本物かどうかが問題ではいのよ?リューダミロ王国がロルビィ・へープレンドを神の領域として預けて来たのが問題なの。彼の国は神の領域を信じている国。その国が後ろ盾となってやって来てるの。カーレサルデ殿下は神の領域を守る為について来てるのよ?」
お前の考え方は逆だと教えられる。
「それに自分よりも四つも歳下の子に対して冷たすぎるんじゃ無いか?」
父親にまで諭されて、ユキトは渋々頷いた。
「…………善処します。」
頭の硬い息子に苦笑する二人を残して、ユキトは執務室を退室した。
今日は ゼクセスト・オーデルド博士の研究室で魔導回路の接続テストを行う予定だった。皇宮に張り巡らせた魔工石内部の回路を使って映像機能と音声機能を取り込んだが、個人特定する為の追跡機能を追加した。
これで犯罪検挙率が上がるし、抑止にもなると考えていた。
研究室に辿り着き中に入ると、だだっ広い部屋には既にオーデルド博士が待っていた。
部屋の真ん中には二年前に掘り出された巨大な魔石が浮かんでおり、ユキト自身で作り上げた魔法式が帯状となってクルクルと魔石の周囲を回っていた。
ここをそのまま管理室にして、管理する職員を採用していく予定だ。
「あ、もうご両親の呼び出しは済みましたか?」
本当は朝一で行う接続テストだったが、急な呼び出しに一時中断していた。
「ロルビィの話だった。」
「あ~、カーンドルテに行くって言ってましたね。」
「カーンドルテに行ったのか?」
聖女に気を付けろと言いながら、自分はその国に行ったのか?
「ええ、付き添いの子が迎えに来て、2時間くらい前でしょうか?」
両親やオーデルド博士には言っていったのに、自分が知らなかった事に何故だか苛ついた。
自分が避けていた所為とは理解していても、それなら何かやっているでも良いから、無理やり言っていけば良さそうなものだ。
魔法式を弄りながら悶々としていると、オーデルド博士がクスリと笑った。
「そんな不機嫌になるなら避けなきゃいいのに………。」
オーデルド博士の呟きは、紫色の剣呑な瞳に押し込まれた。
「オーデルド博士はロルビィの顔を覚えてるか?」
オーデルド博士は変な顔しながら、覚えてるに決まってるでしょう、と返事した。
「眼鏡の調整をしてるのは誰だと思ってるんですか?」
それもそうだった。
「じゃあ眼鏡無しの顔も知ってるのか?」
「知ってますよ。割と可愛い整った顔してますよ。もう少し肉がつかないとなりませんけど、目がとても印象的ですね。」
また目か……………。
皆んなロルビィの目を知ってるのか?知らないのは私だけか?
「どんな目をしてるんだ?」
「…………まさか知らないんですか?」
信じられないと言いたげにオーデルド博士は驚いている。ここに来て既に三年の月日が経っている。知らない方がおかしいのかもしれないと、ユキトは漸く思った。
ふい、と目線をずらすユキトにオーデルドは顎に手を当てて考え込む。
「ロルビィ君は右目が生まれ付きありません。右目には使役している魔植が入って、目に擬態しています。だから右目は魔植の色である緑色です。本来の彼の目は左目の方がです。一度見せて貰うと良いですよ。ユキト殿下は翡翠を集めていたでしょう?」
「何でそこで翡翠が出てくるんだ。」
ユキトは緑色が何となく好きだった。
本来ならば公式の場に出る時つける飾りは、自分の紫色の瞳か銀髪に合わせて衣装に合わせる。しかし、装飾品を選ぶ際、何となく翡翠だったり、それに近しい緑の輝きを放つ宝石を一緒に買い込んでしまうのだ。
今では魔導具で儲けたお金は一部そこに消えている。
特に誰に教えたわけでも無いのに、何故博士が知っているのか。
「物に執着しないユキト殿下が収集してるって聞けば、誰でも興味惹かれて話題にしますので。」
こっそり買っていたつもりが、周知の事実になっていた事に、ユキトはやや頬を染めた。
ま、一度眼鏡無しで話してみると良いですよ、と言ってオーデルド博士は作業に取り掛かったので話は終わった。
ユキトは十二歳とは思えない程精力的に今日の公務をこなし、空中回廊に足を運んだ。
星空の下には皇都が一望出来る。
最近魔工石の普及で犯罪が減って来た。
夜間の警備も強化され、夜も街灯が夜道を明るく照らし、夜間営業の飲食店が増えたことによって皇都民が出歩くようになった。
もっともっと安全な国を作りたい。
ユキトの発想がどこから来るのか自分自身でも分からないが、それを実行するだけの実力と立場があった。
ただただ理想に向かって突き進む人生を苦に思う事はない。
やりたい事をやっている達成感もある。
なのに、なのに何かがいつも足りない。
何かが面白く無い。
そんな中に落ちて来た一つの雫がロルビィだった。
静かに波打つ湖畔に石が投げられたような、そんな騒めきにユキトはいつも苛立っている。
何よりあの魔力…………。
首から細い鎖を引っ張り出す。
長い鎖の先には二つの魔導具と思わしき塊。縦長で先が細くなったそれは、細い方が緑銀色で太くて端が平たくなった方が紫銀色だった。
四歳の頃はまだ魔力が発現していなかったので気付かなかったが、十歳頃から魔力が安定して何となく他人の魔力が読めるようになって来た。
だから、それに気付いて心が騒めく。
紫銀色は自分の魔力。
緑銀色は…………、ロルビィの魔力だと気付いた。
これはお守りだった。
何かが足らないと心が騒めいた時に、服の上から握りしめると落ち着いた。
肌身離さず首から下げている、大切なものだった。
何故ロルビィの魔力がこれに込められているのかわからない。
ロルビィが四歳下というなら、私の布団にこれが転がっていた時は産まれたばかり。
これが神の奇跡とでも言うのだろうか?
これがあるからロルビィはここに来たのか?
ロルビィはどんなに無視しても邪険にしても追いかけてくる。
病弱ならば大人しく部屋におれば良いものを、真夏の日差しの中でも木陰に陣取って外から見ている。
青白い肌も細い手足も小さな背も、無理をすればすぐに倒れると聞いている。
諦めたら良いのに………、と苛立ちながらも今日もいるのかといつの間にか探してしまう程、毎日追いかけてくる。
今日からカーンドルテ国に向かったのなら暫くは帰って来ないだろう。
下手したら学園の夏季休学中は戻って来ないかもしれない。
いつも纏わり付く様に感じる緑色の魔力を今日は感じない。
音を立てて立ち去り、今は静寂だけが取り囲んでいる。
「……………静かだな。」
ずっとあったものが無いという感覚が、こんなに不安だとは思わなかった。
鬱陶しいと思っていたのに、いつの間にか平気になっていた。
何の魔力も感じない暑い昼下がり、窓から差し込む熱気が暖かいと感じてしまうほどに、ユキトの心は冷えていた。
何故こんなに寂しいのかと、自分自身でも分からずに、ユキトは頭を振って自室に戻っていった。
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