翡翠の魔法師と小鳥の願い

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2章 俺のイジワルな皇子様

50 トビレウス困惑

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 ロルビィは六歳になった。
 ユキト殿下が十歳になる歳だ。カーンドルテ国が魔石発掘場を狙って侵略戦争を仕掛け、魔女サグミラが皇宮に入り込み皇后サクラと魔力保持者を殺した年だ。
 ユキト殿下は魔力暴走を起こして皇宮の一部を壊し、魔女サグミラの所為でトラウマを抱えた。
 まずはそれを阻止しようと思っていたのに、いつまで経っても魔女サグミラは来ないし、カーンドルテ国が軍を動かしたという動きもなかった。
 黒龍ワグラの話では、時間遡行を繰り返す度にユキト殿下の人生は少しずつ変化して行ったという。もしかしたら、今回は大幅に変わってしまったのだろうか?
 魔女サグミラがスワイデルに来ない可能性も出て来た。

 今は夏の長期休学に入った。
 ユキト殿下は最近ハマり出した魔導具開発に勤しんでいる。
 前回同様ゼクセスト・オーデルドを招き入れ、魔力回路の権威者として博士号を取ったゼクセスト博士と共に魔力回路を作り上げていた。
 近々皇都は魔工石で覆う大規模な工事に入るという。数年掛かりの工事だが、まずは皇宮からと既にあちこちで工事が始まっていた。
 魔石発掘場で巨大な魔石を発掘し、それを使って魔力回路を張り巡らせると、密かにレンレンを使って情報を仕入れていた。
 同時に魔導車や魔導通信機も作って普及したいと意欲的だ。
 ユキト殿下はトラウマを持とうが持つまいが、やる事は変わらないのだなと思った。
 付き纏うのは嫌がられるので、王宮の研究棟の近くの木陰でレンレンの目を使って見ている。遥か遠くに窓辺にいるユキト殿下を見つけては、嬉しくなって足をパタパタと動かした。
 今回のユキト殿下は髪を伸ばしていない。銀色の髪は短めで、耳飾りもつけていなかったし、魔銃も作っている気配は無かった。

「はぁ~暑い。毎日毎日よく飽きないな。」

 ついて来たカーレサルデ殿下がジュースを飲みながらぼやいた。殿下の世話をする為ついて来た侍従も汗だくだし、俺達も汗だくだ。
 
「カーレサルデ殿下は離宮に戻って下さい。こんなとこにいたら熱中症になりますよ。」

「………熱中症?」

 ボヤーと半目になってカーレサルデ殿下が問い掛ける。

「うーんと、暑くて汗かきすぎて体内の水分が減ると怠くなったり頭痛くなったりと体調不良になる事です。」

 既になってそうなカーレサルデ殿下に、うろ覚えの知識を教えた。
 侍従は侍従服をきちんと着こなしているので、汗だくでカーレサルデ殿下に扇で風を送っている。彼も大変だ。
 
「ごめんなさい、今思いつきました。」

 レンレンに命じて氷花を出す。
 シュルシュルと蔦を伸ばして白い花が咲くと、氷の粒を降らせ出した。
 亜空間収納から昔旅用にと入れていた手桶を出す。亜空間内部の荷物は過去に戻ってもそのまま持って来れていた。ロルビィと言う神の名で得た能力だからかもしれない。
 手桶に氷の粒を溜めてカーレサルデ殿下の前に置く。
 あと二つ作って、自分の前と侍従の前にも置いてあげる。

「どうぞ!」

「何するんだ?」

「足を入れます。」

 靴も靴下も脱いで裸足を氷の粒が入った桶に突っ込むと気持ちが良い。というか冷たい。

「…………………………知ってるか?貴族は裸足を見せるのは閨の時だけだぞ?戦時でもない限りこんな所で裸足になる奴はいないんだぞ?リューダミロでは魔力譲渡の時は許されている。」

 侍従はこくこく青い顔で頷いていた。
 
「そうなんですか?誰も見てないしいいですよ。」

 カラカラと笑いながら言うと、はぁ~と長い溜息をついてカーレサルデ殿下は扇を持った侍従に振り返った。

「すまないがトビレウスと交代して来てくれ。」

 此処から離宮までは少し離れているのに、侍従は走って行ってしまった。
 暫くするとトビレウス兄が小走りに走ってくる。今日は課題をやらなきゃならないからと離宮に籠っていたのに呼び出されてしまった。夏の休暇中はトビレウス兄とカーレサルデ殿下が交代で付き添いをしてくれていた。

「ロルビィ、これにもう一度氷を溜めろ。」

 偉そうに命令されて、前回の青年になったカーレサルデ殿下とおんなじだなぁと感心しながら氷を溜める。
 前回も俺の事神の領域とか言いながらも、敬う姿勢は無かったもんな。
 
「なんだいこれ?」

「氷です。足入れると涼しいです。」

 へぇ~と感心しながらトビレウス兄は裸足になって足を入れた。
 それを見てカーレサルデ殿下も裸足になって漸く足を入れる。
 
「はぁ、気持ちいい………。」

 気持ち良さそうに呟くくらいなら早く入れたら良かったのに、侍従さんは暑い中付き合ってくれてたのに申し訳なかった。

「トビレウス兄には裸足見せて良いんですか?」

「ああ、いいんだ。」

「なんの話?」

 トビレウス兄もどうやら貴族は裸足になってはいけないという謎の常識を知らなかったらしい。

「え?良かったのかな???」

 トビレウス兄も困惑していた。

 そんなこんなで暑いスワイデル皇都を過ごしていたが、結局魔女サグミラが来る事はなかった。





 



 ロルビィは八歳になった。二年経っても来ないのでカーンドルテ国に偵察に行く事にした。
 ユキト殿下は前回の様に引き籠る事もなく精力的に魔導具開発が進むおかげか、皇都の魔工石の工事もかなり進んでいる。
 それによって安全性が高まっているようなので、状況を確認する為にもカーンドルテ国に行ってみようと思い立った。
 
 茹だる様な暑さの中、堂々とユキト殿下のいる研究棟へ入る。棟の中は空調が効いていて涼しい。風魔石を使って魔導具を取り付けてあった。
 今日は眼鏡の調整をしてもらう予定だ。
 俺の魔導具眼鏡はゼクセスト・オーデルド博士が作ってくれた特注品なので、今でもたまに調整を頼んでいる。成長と共に見え方もサイズも変わるので、調整は必須だった。
 入って行くと、今日はユキト殿下は公務でいないと言われガッカリすると、オーデルド博士から飽きませんねと笑われた。

「はい、これでいいですよ。つけて見て。」

 眼鏡を渡されつけて見る。
 どう?と聞かれ、良いですと答える。博士は腕が良いので調整も一回で終わってしまう。もっと時間掛けてくれたらユキト殿下を待っとけるのにと思わないでもない。

「本当は僕の研究は身体補助補装器具が専門
なのに、ユキト殿下の魔導具の所為でなかなか手がつけられず、義眼の研究も個人的に進めてるから待っていて下さいね?」

 申し訳なさそうにオーデルド博士は言ってくれるが、ユキト殿下との共同開発は多岐に渡るので忙しいだろうと思う。
 
「いいですよ。この眼鏡でも充分見えるので。」

「まぁ、君の左目に合わせるなら大きめの翡翠が合うだろうし、翡翠の緑属性付きとなると値段が張りますね。」

 翡翠の緑属性付きの魔石かぁ……いくらするんだろう?そこら辺の安い石で作ってもらわなきゃかな……。そもそも義眼を特注するだけでもかなりのお値段なのだ。

「働ける様になったら魔石探すので、研究はゆっくりでいいです。」

 とほほ、と項垂れる俺に、申し訳ありませんね、と博士は謝ってくれた。
 はいこれ、と言って別に注文していた魔導具を受け取る。
 通信魔導具だ。
 今カーレサルデ殿下はリューダミロ王国に夏の長期休学で帰省しているので、アーリシュリン兄の所に持って行ってもらうよう魔導通信機を渡していた。
 向こうと此方に一台ずつないと使えないので、自分の方の通信機を注文していたのだ。まだ一つ一つ作るのに時間が掛かるらしい。
 お礼を言って受け取った。代金はムルエリデ・ロクテーヌリオン公爵持ちだ。今年の夏はトビレウス兄も帰ってしまったので、スワイデルにいるのは俺一人になった。心配したアーリシュリン兄が安全確認の為に通信魔導具を所持するようお願いしたらしい。

 離宮に持ち帰って早速通信機を使ってみる。魔石に手を乗せると光り出した。
 どのくらいで繋がるんだろう?
 暫く様子を見ていると、画面が光り出した。

「えーと、ロルビィ?」

 音声と共に画面にアーリシュリン兄が映った。

「お久しぶりです。」

 アーリシュリン兄は相変わらず美人だ。輝く金髪と真紅の大きな目が画面いっぱいに映る。

「背は伸びたか?ちゃんとご飯は食べてるか?髪が伸びたな!足りないものがあったら送るぞ!?」

 矢継ぎ早の質問に大丈夫ですよと笑って答える。
 アーリシュリン兄が言う様に、ロルビィは少し背が伸び、髪も切り揃えれるくらい伸びた。だから帽子も室内では要らなくなったのだ。

「あ、でも少し旅費が欲しいです。あと旅について来てくれる大人が一人いるといいんですけど。」

 今離宮にいるのはリューダミロ王国が付けてくれた使用人達だ。誰かついて来てもらうにしても誰がいいのか分からなかった。

「旅?何処に行くつもりだ?」

 アーリシュリン兄の声がやや不穏だ。カーンドルテ国の聖教会にを見てみたいと言うと、反対された。トビレウス兄は今十六歳だ。ちょうど成人しているのでついて来てもらったら駄目かと聞いたら、違う声が反対しだした。
 
「え?カーレサルデ殿下もいるんですか?」

「ちょうど公爵邸に着いたばかりだったんだ。」

 通信魔導具の画面が動いた。今までは机に置いてアーリシュリン兄が覗き込んでいたが、通信機を起き上がらせたのか部屋の中が見渡せ、アーリシュリン兄はソファに座って遠退き部屋の中を見渡せる様になった。

「あ、ありがとうリディ。」

 アーリシュリン兄が持ってくれた人物にお礼を言っている。リディって確かロクテーヌリオン公爵の愛称………。仲良いな。良かった良かった。アーリシュリン兄十歳、公爵二十二歳、犯罪臭がするが問題ないだろう。
 アーリシュリン兄が少し下がったことによりカーレサルデ殿下も映ってくる。

「トビレウスは戦闘向きじゃないし、品があるから犯罪に巻き込まれたらどうする。」

 なんでトビレウス兄の意見を無視してカーレサルデ殿下が反対してるんだ。
 え~………、でも八歳が一人で彷徨くわけにはいかないし、どうしようかと考えながら画面をのぞいていて、二人の後ろに映っている人間に気付く。
 身を乗り出して画面を覗き込むと、向こう側の二人が何だ何だと狼狽だした。歳も一緒だし気が合うんだろうな。前回もお友達?魔力譲渡仲間?だったらしいし。

「そこのドアのとこに立ってる人に頼んでいいですか?」

 俺が指定した人物は、まさか自分が指名されるとは思っておらず、え?という間抜けな顔をした。まだまだ少年っぽさがあるが、そばかす顔に薄茶色の髪とダークブラウンの瞳。懐かしいシゼだった。

「シゼか?」

 ロクテーヌリオン公爵の声がして、どうやらシゼは手前に来るよう呼ばれたらしい。
 
「成人してますよね?」

 トビレウス兄とあまり変わらなかったはずだ。

「十七ですね。」
 
 シゼは一つ上だったのか。

「シゼは少し前に入った使用人だ。魔力もあるし戦闘も出来るが、連れて行くならもう少し年上が良くないか?」

 ロクテーヌリオン公爵が違う人物を紹介しようとしたが、是非シゼがいいとお願いした。シゼも軽く構いませんよ~とか返事している。相変わらず対応が軽い。

「話しやすそうですから、彼でお願いします。」

 俺の一声で決定した。
 シゼは必要な旅費と旅準備をして直ぐにスワイデルへ向かうことになった。
 







 カーレサルデはふうと息を吐いた。
 危うくトビレウスが危険な旅に出る事になりそうだった。
 カーンドルテ国は危険だ。
 ロルビィは魔女の存在を知っているのだろうか。カーレサルデは魔女の存在も魅了魔法についても、ロワイデルデの二属性について教わった時に聞いていた。
 ロルビィは全てを見て来たかの様に、いろんな事を知っている。
 ロルビィは去年からソルトジ学院の小等部に通っているが、全ての教科において高得点を取っている。ユキト殿下を追い掛けるのは学校が終わってからやっている様だ。ユキト殿下はそろそろ高等部を修了し、専門部に進む。私も飛び級制度を利用して高等部に急いで進んでいる。
 夏季が終われば途中編入で高等部一年に入る事になっている。トビレウスと同じ学年だ。そしたらゆっくりと高等部は卒業するつもりでいる。
 飛び級制度………素晴らしいな。
 ピツレイ学院も十六歳入学にこだわらず、魔力が安定しているという診断書を提出すれば、先に入学出来るようにしたらいいのだ。
 今回はその提案書を持ってリューダミロへ帰って来た。
 ロワイデルデ兄上は今二属性を聖属性のみにする処置をしに、霊峰に行っているらしい。黒龍ワグラ様から処置をするので暫く霊峰へ身を置く様言われ、単身向かってまだ帰って来ていない。
 暫くは帰って来れないだろうと国王から教えられた。
 会えなかったのは残念だが、神自ら対応して下さるのだ。こんな喜ばしいことはない。
 
 リューダミロ王宮には顔を出して提案書も出したし、通信魔導具も王宮と公爵家に届けた。
 ロルビィとの通信がちょうど入って来たので通信状況も確認出来たし、さて帰ろうとロクテーヌリオン公爵に挨拶をして帰る事にした。
 帰ると言っても王宮にではない。
 へープレンド領に行くのだ。
 来る時に途中でトビレウスと別れたが、戻りはへープレンド領に寄るからと言って来たので待っているだろう。
 カーレサルデはトビレウスが気に入っていた。だから頭を撫でるのも、一緒のベットに寝るのも、裸足を見るのも特別だ。神の領域であるロルビィは問題外。あれは人と同定義に値しないから、見たのはトビレウスだけである。
 深緑の静かな瞳で見つめて、髪をゆっくりと梳きながら撫でる手は優しい。
 カラカラと光りながら溶け出す氷の中に入れた足は、白くてほっそりとしててゆらゆらと水の中に揺れていた。
本当は同じ桶でもいいのにと思っていた。冷たい水の中で足を擦り寄せて暖かい体温を感じたかった。
 ロルビィがいない今、一緒にいてくれる時間が増えるはずだ。
 だから一緒にいなければ。
 トビレウスが聞いたら首を傾げて、そうなの?と言いそうな主張を頭の中で述べながら、カーレサルデはご機嫌で帰って行った。
 




 カーレサルデ殿下は本当にやって来た。こんなど田舎に。
 これでも人数は押さえて来たと言って、使用人と護衛兵もいたのだが、とにかく王族なので人数が多い。
 帰省の時は途中で別れたので気にならなかったが、こんな小さな屋敷では対応出来なかった。
 最近漸く近くの街に大きな宿屋が出来たので、そちらに移動願った。
 ロルビィが神の領域と認定されてから、へープレンド領主が慈善事業の様に行っていた療院に、王家は新しい経理担当者を派遣してくれた。お陰で経営は順調になり、看護師を雇い、治療に訪れた人々が街に滞在するなどして、少しずつ活気のある街になりつつある。
 だが領主の屋敷の修繕は後回しになっていた。領主一家が気にしていないのと、子供達が家を出ている為、別に手直しは要らないだろうという判断だったのだが、今回は流石に皆焦っている。

「来たぞ。」

 王家の馬車が不釣り合いな程の田舎に、カーレサルデ殿下はやって来た。
 来ると知っていたトビレウスは平然と出迎えたが、トーリレステは頭を抱えた。何故来たのか分からないが、さっさとトビレウスと共にスワイデル皇国に送り出そうと決意する。
 トビレウスはいずれこの領を継ぐので少し仕事を手伝わせようと思っていたが、何時迄も王族をこんな何もない様な所へ置いておけない。

「トビレウスはカーレサルデ殿下と一緒に明日出発しようか。」

 トーリレステはトビレウスに早く行けと圧をかけ、カーレサルデはにっこりと笑った。

「じゃあ、今日はもう遅い。明日ゆっくりと出発しよう。」

「え?でも仕事の手伝いは………?」

 言いかけたトビレウスの腕をカーレサルデは掴んだ。
 トビレウスには人の感情が見える。
 最近気のせいかなとは流して来たが、どうにも気のせいではない様で、笑顔で引き攣った。
 黄色、ももいろ…………、桃色…。

 ポワポワとカーレサルデ殿下から浮かぶ色に、トビレウスは天を仰いだ。

 …………何で、桃色?





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