翡翠の魔法師と小鳥の願い

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2章 俺のイジワルな皇子様

49 ロルビィの困惑

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 ロルビィは熱を出して寝込んでいた。
 赤ちゃんの頃から発熱は多い。成長と共に減って来たが、無理をすると直ぐに熱を出す。
『ロルビィ様、いくら国賓であろうと節度は守って頂かないと困ります。エリンは此方で対処致しますので、今日はお帰りを。』

 ロルビィは言い訳をしたかったが、ユキト殿下の眼差しが思いの外強く、言う事が出来なかった。
 ロルビィはユキト殿下がそろそろ午前の講義が終わるだろうからと、教室を出るのを確認しに行っていただけだった。
 なるべく疲れないようにユキト殿下の行動範囲を把握して、最小限に動いている。
 庭園を横切って歩いていたら、背中に強い衝撃を受けた。
 息が止まるほどの強打と、飛ばされて前に倒れたがレンレンがすかさず受け止めた。
 学院に魔植を出されるのは困ると言われていたので、レンレンは許可無しに出ないようにしてあったが、主人の負傷に防御と威嚇の為出て来た。
 それが騒ぎとなり、どうやら近くにいたが見ていなかったハルト殿下と、騒ぎに駆けつけたユキト殿下が間に立った。
 レンレンの視覚からエリンが背中を蹴ったのだと理解しているが、それを誰かが証言してくれないだろうかと見回したが、誰も見ていなさそうだった。
「ほら、これがあの子供じゃない?」
「自分が神の領域とか言ってるホラ吹き。」
「夢見過ぎ。」
「なんでリューダミロはこんな子を……。」
「殿下達の迷惑も考えて欲しいわ。」
 等など好意的ではない意見が多く、ロルビィは口を閉ざした。
 ユキト殿下もハルト殿下も顔には不快さを出していなかったが、自国の貴族子息を負傷させたロルビィに警戒心露わにしていた。
 言い訳を言わせない眼差しと雰囲気に、ロルビィは血の気が引く思いだった。
 帰れと促され、仕方なくトボトボと王宮の方角へ歩き出した。
 王宮からソルトジ学院までは距離がある。特にロルビィの小さな身体と、僅かな体力では時間がかなりかかる。
 毎日頑張って通うのはユキト殿下となんとか交流を持ちたいが為だったが上手くいかなかった。

「ほら、エリンは保健室に行こう。治療してもらってお詫びにお昼をご馳走するよ。」

 少しだけ振り返ると、ユキト殿下に手を引かれて嬉しそうに笑うエリンと目が合った。
 馬鹿にされたように笑って目を逸らされた。
 トコトコと歩いて離宮に向かい、休み休み持たされたお弁当と飲み物を少し食べては帰って行った。
 帰り着く頃にはどうやら熱が出て来たらしく、フラフラになっており駆け寄って来た侍従達に慌ててベットへ連れて行かれた。
 咳き込み、吐いて寝て、起きた時は既に真っ暗で、ベット横のオレンジランプがチラチラと点けられていた。

「ロルビィ気が付いた?」

 うつ伏せにされて、着せられた寝巻きの上を捲り上げられているところだった。
 覗き込んで話しかけたのはトビレウス兄で、服を捲ってロルビィの背中に手を添えているのはカーレサルデ殿下だった。

「カーレサルデ殿下に治療してもらうからね。」
 
「まだ上手くは出来ないんだが、少しは効果あるはずだ。」

 ほんのりと背中が暖かい。カーレサルデ殿下は聖魔法師の治癒系だ。

「背中怪我してましたか?」

 暖かい魔力にほぅと息を吐いて聞いた。

「誰かに殴られたのか?紫色になっている。……………骨は大丈夫だが、ロルビィの身体は弱いんだから、何かあったら直ぐに呼んでくれ。」

「熱が出ただけかと思ったら、カーレサルデ殿下が怪我してるって言うから慌てて見たんだよ?」

 短い髪が漸く生え出した頭を、トビレウスはゆっくりと撫でた。

「これで良い。後は安静だな。明日は寝ておけ。」

 どうやら治療が終わったらしい。ズクズクといたんだ背中もボウとする熱も無くなっていた。

「ロルビィ、疲れてるだろう?ちゃんと寝るんだよ。おやすみ。」

 穏やかに出て行く二人を見送り、ロルビィはまた眠りについた。






 生まれ変わって漸く会えたユキト殿下は、相変わらず綺麗だった。
 銀のふわふわの髪にアメジストの瞳。綺麗な卵形の輪郭に均等に配置された目鼻立ちは、どんな人間よりも美しかった。銀の睫毛は長く、まだ幼い顔のせいで人形のように感じた。銀の髪は短かかったが、まるで綿毛のようだった。
 ユキト殿下が生きていると、感動した。
 涙が滲み出て、眼鏡が隠してくれるのを感謝した。
 魔導具の眼鏡のおかげで左右均等に見れるようになり、謁見の間のユキト殿下をドキドキしながら凝視してしまった。
 ああ、ユキト殿下だ!
 目の前に走って行きたかった。
 色付き眼鏡なのを良いことに、遠慮なく見ていると、一瞬目があったように感じた。
 ユキト殿下はまた笑いかけてくれるだろうか?
 あの優しい笑顔で俺の話を聞いてくれるだろうか?
 期待に胸が膨らんだが、謁見の間では話す事が出来なかった。

 離宮に案内され、どうしても話したくて追いかけた。
 護衛に護られながら歩き去る背中を追いかけると、立ち止まった。
 漸く話せると思って胸が高鳴った。
 また笑いかけてくれると思っていた。
 ユキト殿下は前回の記憶も一瑶兄ちゃんの記憶も無いから、どう言えば分かりやすいだろうかと悩み、結局そのまま伝える事にした。

『此処は皇宮で護衛は沢山いる。君に守られずとも私は君より強いつもりだが?』

 予想外に冷たく返され、冷や汗が出て来た。何か間違えたんだと思ったが、どうしたら良いのか分からず思考が止まってしまった。
 後でパーティーがあるので迎えに来ると言われ、さっさと立ち去られてしまった。
 追いかけたけど、ロルビィの小さな足では全く追いつけず、ユキト殿下の後ろについていた護衛に隠れて殿下の姿は見えなくなってしまった。
 躓いて転んでバタリと倒れる。

「………っ、いったぁ~。」

 既に小さくなったユキト殿下の姿を見送りながら、歓迎されていなさそうな気配に悲しくなってきた。

 なんとか会話をしてユキト殿下と仲良くなろうと思った。
 会話が増えればまた以前のように仲良くなれると思ったのだ。
 ユキト殿下は忙しそうで、授業を受けるか空いた時間に課題をやるか公務の資料に目を通すか、という忙しい分刻みの生活をしていた。
 邪魔したら悪いと思い、少し休憩をとっていそうな時に話しかけるようにしてみた。
 ユキト殿下の休憩時間は決まっていないので、遠いけど頑張って学院に通ってユキト殿下を観察した。
 話し掛けると笑って返事してくれるのだが、これは違う笑顔だと理解した。
 外向きの笑顔。
 他人をいなす為の笑顔を向けられ、その度にロルビィはへこんだ。
 自分の会話は望まれていない。
 そう感じてはいても、やっぱりもう一度仲良くなりたくて、頑張って張り付いて、今や自分でもストーカーだなと思っていた。
 レンレンを使いユキト殿下の行動は全て把握済みなのだ。
 勿論皇都に魔女サグミラが入れば分かるように、レンレンに常に見晴らせているが、今のところ動きが無かった。

 人の目につかないよう動いてるつもりでも、ロルビィの動きは遅いので誰かしらに見つかって、学院生にあまり良い印象を与えていないようだった。
 暫くするとエリン・キトレイが来るようになった。

「学院生でも無いのに入り込むな。」
「何しに来たんだ。」
「嘘つき。」
「皇太子殿下に取り入ろうとするんじゃない!」

 概ねこんな事を延々と言われている。
 同じ歳なのにお前もだろうと言い返したいが、エリンはスワイデル皇国の侯爵家の人間。リューダミロ王家の伝手で来ているので、出来れば諍いは起こしたくなかった。
 なので無視し続けた挙句、背中を蹴られたのだ。俺の方が頭一つぶんチビなので、さぞかし蹴りやすかった事だろう。


 何も上手くいかない。
 いや、スワイデル皇国には来れたので上手くいってるけど、ユキト殿下と仲良くなれない。
 過去に戻ったのだから、もう一度好きになってもらえるとは思っていなかったけど、少しは期待してたのだ。
 だって一瑶兄ちゃんの時も、前回のユキト殿下の時も良い雰囲気になってたし、同じ人なのだから、同じ魂なのだから、好きになってくれる筈と思ってしまった。

 そうしたらこんな悪夢ももう見ないと思った。

 振り返ると真っ赤な血の海。
 多くの人がボロ雑巾のように血の中に倒れていた。
 ユキト殿下の紫色の瞳が、ガラス玉のように俺の顔を写している。
 瞳の中の俺は怯えて泣いてぐしゃぐしゃで、助けられなくてごめんなさいと泣いていた。
 緑色のガラスの破片がパラパラと降って来て、倒れた人達も、アーリシュリン兄もロクテーヌリオン公爵もシゼも、転がった金の頭も、全部全部破片が切り裂いていった。
 血の海の中、ユキト殿下が『待ってたのに……。』と呟いた。
 ごめんなさい。
 約束したのに、守ると言ったのに、ごめんなさい。
 ボロボロと泣きながら、謝り続ける悪夢。





「…………ぃ!……ビィ!ロルビィ!!」

 ハッと目を覚ますと、暗闇の中必死に名前を呼ぶトビレウス兄と目があった。
 
「大丈夫か!?苦しいのか?」

 様子を見に来てうなされていたので起こされたらしい。
 カーレサルデ殿下もついて来ていたようで、タオルで顔を拭いてくれた。
 疲れた時や精神的に参った時は、よく悪夢を見る。今日は色々とまいってしまい、酷く鮮明な夢を見てしまった。
 何でもないと首を振ると、トビレウス兄は心配そうに顔を曇らせた。

「辛い事があったら言って欲しい。心配なんだよ?」

 トビレウス兄の優しさが嬉しかった。へープレンドの家族は皆俺に優しい。
 得体の知れない子供だろうに、家族として、末の弟として、年相応に可愛がろうとしてくれる。
 嬉しくて少し笑うと、困った顔をして手のひらを額に乗せてきた。
 ほんのりと魔力が流れてくる。
 魔力譲渡とは違う、トビレウス兄の魔力だった。
 優しい魔力に眠気が出てくる。

「暫くこうしてるから寝るといいよ。」

 そう言って優しく微笑まれ、俺は頷いて目を閉じた。








 カーレサルデがロルビィ達について来たのは、恩返しのつもりだった。
 大好きなロワイデルデ兄上が聖属性と闇属性の二つの属性に悩まされ、折角の魔力量も二つの属性が相殺しあって魔法が行使できない。闇属性を消すこともできずに、悩む兄を見て、どうにかしてあげたかった。
 突然現れた神の領域を名乗るロルビィは、黒龍を呼び出し解決に向けて動いてくれた。まだ自分より小さい子供が、神と等しいと思える程の魔力を持って黒龍と対話する姿に、感動と共にロルビィに恩返しをしなければと思った。
 黙って見ているのは性分ではない。
 名乗り出て自分もスワイデル皇国に行くと言った。
 ロルビィとトビレウスだけでは優遇してもらえない可能性もあるので、リューダミロの王族が行けば対応が変わると考えた。
 絶対にこの二人に不自由はさせない。
 その意気込みでついて来たのだ。

「はぁ、同じ歳ならもっと一緒に動けるのだがな。」

 私の呟きに、トビレウスが目線を上げた。
 深緑のような瞳は穏やかで、六歳上と言うこともあって落ち着いている。

「カーレサルデ殿下が一緒に来てくれただけでも大違いですよ。ありがとうございます。」

 笑って頭を撫でてくる。
 いつもはロルビィの小さな頭を撫でる手が、今は自分の黄色い髪を梳きながら撫でている。今日はここで寝ようと思いますが、部屋に一度送りましょうか?と聞かれ、首を振った。

「私もここで寝る。」

「え?ここで?」

 王族だけどいいのかなぁ………?成人前だからいいのか?等と言いながらも真ん中にいるロルビィの横にトビレウスは入り込んだ。
 カーレサルデはロルビィの反対側、トビレウスの横に入り込む。

「そっちは狭くなりますよ?」

「いい、狭くない。」

 ぎゅうぎゅうと詰めて入り込む。
 仕方ないなぁと腕を伸ばして落ちない様に支えてくれるので、トビレウスの肩に頭を乗せて寝る事にした。
 これでヨシ…………。
 なんとなく不思議な達成感と共に、カーレサルデ達三人は眠りについた。   





















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