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2章 俺のイジワルな皇子様
48 ユキト殿下四歳から始まる。
しおりを挟むあぁ、知っていたよ。
来てくれるかもしれないけど、私の命は間に合わなかった。
心の痛みが酷すぎて、身体は思いの外痛くなかった。
キラキラと降りしきるガラスの破片を、目に入るのも厭わずに見上げて倒れた。
キラリと光を反射した緑の破片を握り締め、チクリと感じた痛みは破片が刺さった痛みなのか、心に刺さった棘なのか、もう分からない。
会いたい。
会いたい。
白み始めたカーテンの光で目が覚めた。
いつも朝はしっかりと目が覚めるのに、今日はやけに目が重い。身体も怠く、起き上がるのが億劫に感じた。
布団を跳ね除けようとして上に重たい物が乗っていることに気付いた。
何だろうか、これは…………。
魔鉱石か鉄を使った魔導具の様だった。おそらく火魔石が嵌め込まれているが、最近魔力が使える様になってきた自分には判断がつきにくい。
四歳の手には重たかった。その塊と一緒に、小さな塊が沢山入った袋が落ちていた。
ザラザラと全て出すと、紫銀色、緑銀色、紫緑銀色の三種類がある。紫緑銀色は二つしかなかった。その二つが妙に特別に思えて手に取った。
会いたい……………。
だれに?
さっき迄夢を見ていた様な気がするのに、全部忘れてしまった。
こういうのを焦燥感と言うのだろうかと、四歳で既に神童と呼ばれるユキト・スワイデルは考えていた。
サイドテーブルに置いてあった鈴を鳴らす。
侍従がやってきたので、これらが入る程度の時間停止付きの箱を持ってくる様言いつけた。時間停止付きの箱はあまり存在しない貴重な物だが、何故かこれは大切にしなければと思ったのだ。
大きい方の魔導具は重たいので侍従に入れさせ、自分で保管箱を決めてそこに置かせた。習いたての保護魔法をかけて一先ず安心する。
手のひらには二つの紫緑銀色の小さな塊。
「これを常に身に付けておきたいのでネックレスに出来るか?」
侍従は細いチェーンと留め具で出来ると言って暫く預かり、直ぐに戻ってきた。
チェーンにぶら下がった二つの紫緑銀色を見て、首に下げる。
あまり感情が動かないと自分でも思っていたのに、これを握り締めると酷く安心する事が出来た。
八歳になり父から不思議なことを言われた。
暫く前からリューダミロ王家から第二王子と神の領域を預かって欲しいと打診されていたらしい。神の領域の実兄がお目付役として来るらしいが、その実兄もまだ十三歳らしい。
「何故そんな子供ばかり?」
しかも神の領域とはお伽話じゃないのか?
魔法大国ならではの言い回しだろうか?物凄く魔力が高い子供だとか?
「カーレサルデ第二王子はハルトと同じ歳だからソルトジ学院の小等部に留学と言う事になるんだが、神の領域は冗談ではない様なんだよ。本当に黒龍を呼び出したらしい。」
執務室に呼び出されておかしな話しを聞いているのは自分一人。と言う事は彼等の対応をするのはこの国の皇太子である自分がやると言う事だろうと判断する。
「…………そう、ですか。いつまで滞在予定で?」
せいぜい一年か二年かだろうかと尋ねる。
「………それがねぇ、その神の領域の子供の判断次第の様で、もしかしたらユキトがピツレイ学院に行っても一緒かもしれない。」
「決定事項なんですね?」
にこりとスグル皇帝は笑顔になる。
ユキトは溜息を吐きつつも了承した。
「その神の領域とやらは何歳です?」
同じ歳くらいならば入学の手続きをしなければならない。
「五歳だ。」
幼児ではないか。子守りをしろと言う事だろうか?仕方なくそれも了解し、ユキトは来たる訪問日に向けて宿泊用の離宮と入学手続きを行なった。
神の領域の子供は侍女を数名雇って子守りを任せる事にする。ユキトは飛び級制度を繰り返し今中等部の卒業用の研究課題を書いている。来年には高等部へ上がり、ピツレイ学院に行く前に専門部まで卒業するつもりだ。その邪魔をされたくなかった。
執務室を出て、資料を眺めながら名前を読み上げる。
「カーレサルデ・リューダミロ、トビレウス・へープレンド、ロルビィ・へープレンド…………………。ロルビィ……ロル、ビィ………。」
喉に何かがつかえた様にいつの間にかその名を繰り返していた。
繰り返せば何かがわかる様な気がして、でもユキトには何も分からなかった。
九歳になり件の三名がリューダミロ王国からやってきた。
カーレサルデ第二王子を先頭に、へープレンド辺境伯爵家の子息が並んだ。
カーレサルデ第二王子殿下は幼いながらも、黄色の波打つ髪とオリーブ色の感情を読ませない瞳は流石王家の血筋と思わせた。
トビレウス・へープレンドは派手ではないが上品そうな顔立ちに落ち着いた表情をした小柄な少年だった。亜麻色の髪に深緑のような緑の瞳は父親譲りと調査書に書いてあった。
同じくロルビィ・へープレンドもそう書いてあったが、顔はよく分からない。何故なら小さな顔面に大きな眼鏡を掛けていたからだ。紫がかったガラスは痩せた身体には重たそうだった。亜麻色の髪も成長が芳しくないとして最近漸く薄く髪の毛が生えてきたとあった。それを隠す為に帽子の着用許可を取り付けてあったので、本日の謁見はセーラー帽子を被っていた。
眼鏡はスワイデル皇都に入って直ぐに、ソルトジ学院で教師をしているゼクセスト・オーデルドと言う教師が依頼されて作ったらしい。早速着用していたが、なんとも奇妙な子供だった。
あれが神の領域か………?
本日の謁見は周知させる為に周辺貴族も呼ばれている。皆この三人の子供達をまじまじと見ていた。特に神の領域などと言う御伽話のような少年を。
だから凝視していたのは私だけではなかったはずだ。
なのに目が合っていると感じた。
眼鏡で視線は分からないが、なんとなく見られている感じが有る。
カーレサルデ殿下が七歳児とは思えない応答をスグル皇帝と交わしており、本来なら其方に注視すべきだが、何故私を見つめているのか分からず困った。
無理矢理視線を外し、カーレサルデ殿下の方を見る事にする。
「滞在期間は我が国の皇太子ユキトに責任を持って対応させる。不都合な点は全て彼を通して欲しい。」
「よろしくお願いします。ユキト皇太子殿下。」
「此方こそよろしくお願いします。何なりと申して下さい。」
お互い挨拶が終わり謁見は終了した。
そのまま三人とついて来た使用人と護衛を引き連れ、用意しておいた離宮へ案内する。
其々の部屋へ入るのを確認してから、離宮を離れた。
「殿下。」
後ろをついて来ていた護衛が声をかけきた。何事かと振り返ると、後方に追いかけて来たロルビィ・へープレンドがいた。
「何か不足分があっただろうか?」
彼等は貴賓だ。笑顔を張り付けて尋ねる。
ロルビィ・へープレンドは五歳と調査書に書いてあったが、通常の五歳児より小さく感じた。産まれた時に虚弱児だってらしく、未だに成長が遅いらしい。
小さな手が握ったり開いたりしながら、何かを言おうとしているようだ。
眼鏡が紫色なのでよく分からないが、調査書では瞳の色は緑と書いてあったが、左目は青紫から濃い紫に見え、右目は濃い紫色に見えた。なんとなく彼の兄と同じ瞳なのだろうと想像した。
神の領域と言われる存在なのだから頭は正常だと思っていたが、頭の方も成長が遅かったのだろうか?
待っていると漸く口が開いた。
「これを貴方に言ってもきっと意味がわからないと思うのですが、約束を守りに来ました。貴方を守る為に、ここに来ました。」
やや舌足らずだが、きちんとした言葉だった。ただ内容の意味が分からない。
私を守る為に追随していた護衛達が少し馬鹿にするように笑ったのを感じたが、特にそれは咎めなかった。私自身も何をこの子供は言っているのかと感じたからだ。
「此処は皇宮で護衛は沢山いる。君に守られずとも私は君より強いつもりだが?」
思ったよりも冷たく言ってしまったが、他国の貴賓に守る為とウロウロされては困るので、強めに拒否した。
幼児は大人しく子守りと一緒に離宮に籠ってて貰わなくては困る。
ロルビィは小さな口を開けて、ハッと息をついた。拒否した事に気付いたようだ。
五歳児なので周りも見れずに言い募ると思ったが、意外と空気を読めるようだ。
大きな眼鏡で表情は見えないが、これ以上何かを言うつもりは無いようだと判断した。
「では、後程パーティーに出席する為にお迎えに上がります。」
それを退去の挨拶にして立ち去った。
後ろから小さな足音がしたが、戻ったのだろうと思い気にならなかった。
その後ユキトは纏わりつくロルビィに辟易していた。
何故かいつも近くにいるのだ。
ユキトは中等部の卒業資格を早々と取得し、今は高等部へ中途入学した。上へ学年が上がるほど難しくなっていくのがソルトジ学園だ。なるべく早く進みたいのに、纏わりつくロルビィが鬱陶しかった。
追い返しても、離宮へ連れ戻してもいつの間にか近くてコッソリこっちを見ている。
その様子は他の生徒にも見られている。
ロルビィは目立つのだ。大きな紫レンズの眼鏡とガリガリの小さな手足。髪は生えていなさそうでずっと深く帽子を被っている。
話しかければ子供らしい愛らしさもない。
高等部では九歳の自分でも少し浮いている存在なのに、この小さな子供は浮きまくっていた。
何より高等部へ来る人間の中には、魔力を保有し既に安定したものばかりになる。魔力持ちが少ないスワイデル皇国だが、将来有望な魔力持ちはソルトジ学院へ入学する。
そんな魔力持ちの彼等からすると、ロルビィの魔力は化け物に写る。
最近安定し出した私でも感じる異常な魔力に、度々ドキリとさせられる。
しかも調査書通り右目に魔植を飼っていた。身体の中に魔物を飼う少年を皆畏怖した。
「ユキト殿下!大変です!」
此処は高等部。皆十六歳から十八歳が通うのだが、問題が起きると何故か年下の私に声をかけてくるようになっていた。
「どうしたんだ?」
面倒だという気持ちはおくびにも出さず聞き返す。王族なので対応するしかない。
「すみません、直ぐそこの庭園でハルト殿下とエリン様と例の子供が言い争いになって………。」
ロルビィがいつもいるのは普通だが、ハルトとエリンがいるのは珍しい。分かったと返事して現場へ急いだ。
エリン・キトレイは確かロルビィと同じ歳だったはずだ。お互いまだ小等部にも入学していないので関わりはない。キトレイ侯爵家は私かハルトの婚約者にしようと動いてはいるが、害がないので放っておいた。幸いエリンは私に懐いているし、ハルトとも仲がいい。私としては黄緑色瞳が気に入っている子だった。
現場は人だかりが出来ていた。
私が到着すると、生徒達が道を開けてくれる。
目にしたのは座り込んで怯えるエリンと、それを庇うように立つハルト。そしてその前方に魔植を従えて立つロルビィだった。
ロルビィの周囲から緑色の蔦が伸び、ロルビィを守るようにうねっている。
「化け物!来るな!なんでスワイデルに来たの!?ユキト殿下に付き纏うな!!……………ひぃっ!?!!」
庇うハルトの後ろからエリンが叫ぶと、ロルビィの魔植がグワリと膨らみ質量を増した。これでは魔力を持たない者でもロルビィに恐怖を覚えるだろう。
私が両者の間に立つと、ロルビィがあっと小さな声を出し、エリンは私の登場に喜んで立ち上がった。
「ハルトとエリンは何故此処に?小等部は午前で終わりだったよね。」
私は二人を庇いロルビィを見ながらハルトに質問した。
「エリンが兄上とお昼を食べたいというので、聞くだけでも聞いてみようと来たのですが、ちょうどロルビィ様と鉢合わせて。エリンが何か言ったようなんですが、喧嘩になったようです。」
ハルトが目を離した隙に喧嘩にでもなったのか?エリンは思いついたら走って行って行動してしまうので、有り得そうだった。
「別に高等部に入り浸ってるって聞いてたから注意しただけだよ!?そしたら攻撃して来たんだ!!」
エリンは肘を擦りむいていた。
それを確認して、ロルビィに向き直った。
「ロルビィ様、いくら国賓であろうと節度は守って頂かないと困ります。エリンは此方で対処致しますので、今日はお帰りを。」
ロルビィはもじもじしながら、でも……と何か言いたそうにしたが、有無言わせず帰した。これ以上騒がれても困るし、ロルビィの魔植は強力すぎる。
小さな背中が帰って行くのを確認して、エリンの手を握った。
「ほら、エリンは保健室に行こう。治療してもらってお詫びにお昼をご馳走するよ。」
にっこり笑ってそう言うと、エリンは顔を輝かせた。こうしておけば後々問題にならずキトレイ侯爵家と争うこともないだろう。
黄緑色の大きな瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
緑は昔から好きだ。だからエリンの黄緑色の瞳も嫌いじゃない。潤んで輝けば更に良い。
エリンの手を引いて保健室へ歩き出しながら、そんな事を考えていた。
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