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1章 俺のヘタレな皇子様
39 黒龍ワグラとの対面
しおりを挟む麓の村を出発しレンレンを使って霊峰を探索していく。レンレンをめいいっぱい広げて移動するという原始的な方法だが、緑魔法師の魔植使いの自分ではこれしか出来ない。
幸いな事にレンレンはかなり大きく成長した魔植なので、探索範囲がかなり広い。
それでも幾つもの山々が連なるフィガナ山脈はかなり広い。そこで俺は一つの可能性を考えた。霊峰にいるとされる黒龍の周りには、黒龍の魔力があるので魔獣や魔植の繁殖に偏りが有るのではと。俺の予想では黒龍を恐れて少ないと見た。
レンレンで探索し少ない方へ進む。
丸一日進み夜を過ごす。
以前ハルト殿下に温室に案内された時に貰った、灯りを灯す魔植をポウと照らす。
影に蠢く魔獣達はレンレンの腹の中に納められていくので、俺は何の心配もなくテントを張った。
いつもは夜になればユキト殿下へ通信を飛ばしていたが、フィガナ山脈は力場がおかしいので通信が出来ない。
最後に見た殿下の悲しそうな顔に、早く霊峰を探そうと心に誓う。もうこの誓いも何度目だろうか。
目を瞑ると疲れているのかあっさりと眠りに落ちていく。
それは遠い記憶。
久しく忘れていた昔の記憶だ。
『真白はいっちゃんが好きねぇ。』
『俺も混ぜてよっっ!』
親戚のおばちゃん達がいつも仲のいい俺達を揶揄っていた。弟の日向は遊びに混ぜてと文句を言うが、いつも従兄弟の兄ちゃんは何故か俺を優先してくれた。
長男で元々面倒見が良かったから、人に甘える事もなくいた所為で、甘やかしてくれる従兄弟の兄ちゃんの事を俺は大好きだった。
「真白、アイス買いに行こう。」
近くのコンビニまでそこそこ距離があり、それよりも近い小さなスーパーに歩いてよくオヤツを買いに行っていた。
兄ちゃんは俺より八歳年上で、俺から見たらもう大人の様な感じだったけど、近くに子供が少なく近所同士だったので、よく相手をしてくれていた。
夏も冬も関係なく、俺達はスーパーでオヤツを買ってお喋りしながら歩いていた。
小学生のお喋りなんて今思えばつまらなかっただろうに、兄ちゃんは何故か楽しそうに話を聞いて返事をしてくれていた。
俺が笑いすぎてジュースを吹いてしまい、口からジュースがたらりと垂れた。
兄ちゃんは笑いながら真白は子供だなぁって言いながら、俺の口に手を伸ばして、指で拭ってくれた。
その手をペロリと舐めとったのを見て、俺はその時何でか恥ずかしくなった。
自分が子供と言われたのが恥ずかしいのか、ジュースを吹いたのが恥ずかしいのか、兄ちゃんが指を舐めたのが恥ずかしいのか、分からなかった。
ただ長袖から出た兄ちゃんの白い指が長くて、その指を美味しそうに舐めた兄ちゃんの顔が目から離せなかった。
「一瑶(いちよう)兄ちゃん…………。」
うっすらと太陽が上りテントの中が明るくなり出して目が覚めた。
兄ちゃんは子供の頃に死んでしまったので、高校生になる頃にはすっかり忘れてしまったいたが、最近よく思い出す。
たぶん一瑶兄ちゃんはユキト殿下がかぶるのだ。年上で、男性なのに妙に綺麗なとことか、優しい話し方が似ている気がする。
少し恋愛方面で気があるとこも同じなのだ。
プルプルと頭を振って煩悩を仕舞うと、テントを手早く片付け霊峰探しを続ける事にした。
朝食は簡単に王都の出店で買って亜空間にしまっておいたパンにする。中にクリームが入っていて、買った時のまま少しあったかい。
「……………おっ!」
レンレンの探索に何かがぶつかった。
かなりの広範囲に結界が張られており、中に入るには結界の許可を取るか、ぶち破るしか無い。
「とりあえず近付くか。」
レンレンを伸ばし飛ぶ様に近付きギリギリで降り立つ。
入れるだろうか?
入り方が分からないので素直に歩いて入る事にした。
樹々が生い茂り、人が誰も近付くことのない場所だ。草や枯れた枝など腰まである雑草類をレンレンで取り除いて進む。
生い茂る草木が頭を超え、レンレンはついぞトンネルを作る事になっているが、いくら山の中とはいえこんなに草が生えるだろうか?
進んでいいものか疑問に思いながらも、どんどんトンネルを作っていく。
洞窟かと思えるほど暗いトンネルだったが、目の前が薄らと明るくなってきた。
漸く出口になるのか?
ザクっと最後の一振りで視界が広がる。
サワワッと見えるのは青草の生えた草原だった。風に揺れて波の様に草が流れ、草原の真ん中には屋敷が一軒建っていた。
草原の広さはかなりありそうだ。
「絵の中みたいだ。」
歩いて屋敷に近付く事にする。
青草は柔らかく、撫でるように足元を擽ぐる。
大きな二枚扉の玄関に到着し、扉についたノッカーを持ってコンコンとノックをする。
扉はギィと音を立てて勝手に開いた。
「おう、幽霊屋敷。」
失礼な感想が出てしまった。
失礼しまーすと言って入る。
何処に進めば良いのだろうと悩むと、奥からピィ!という甲高い鳥の鳴き声が響いた。
パタパタと羽音が響き、べちんと胸元に何かが張り付く。思わず優しく受け止めた。真白の時に飼っていたピィがよくこうやって飛んできたからだ。鳥としておかしな着地の仕方だが、ずっと鳥籠に飼われているせいかピィは飛ぶのが下手だった。
胸元にはオレンジ色の小鳥がへばりついていた。
ピィとは違うが色合いが似ていた。
横目で見上げる黒くて丸い目がそっくりだ。
「もしかしてピィ?」
時空の神がピィは同じ世界の眷属に預けると言っていたので、いてもおかしく無いと思ったのだ。
ピィは器用に足を使って肩までよじ登り、首元に引っ付いてきた。こんなとこまでそっくりだ。
「来たか。」
奥から男性が一人出てきた。
長いストレートの黒髪が動くたびにサラサラと流れ、金色の瞳の中には猫の様な縦長の瞳孔があった。
ピィがピーピーと鳴いている。
怒っているわけではなく、何か言っていそうだ。
男性は小さく頷き、こちらへ来いと言って先に歩き出した。
この人が黒龍だろうか?龍じゃなくて人だ。
案内されたのは普通の一階にある応接室だった。背の高い窓は解放され、風に流された白いカーテンが陽に透けて清々しい。
ソファを勧められて座るが、肩に止まったピィはそのまま肩に居座っている。
それを男性はジッと見つめていた。
テーブルには来るのが分かっていたとばかりに、お茶とお菓子が置かれていた。
食べていいのかな?少し小腹が空いた。
考えている事がバレているのか、どうぞと勧められるのでありがたく頂いた。
「さて、私が会いたがっていた黒龍だが?名をワグラと言う。」
「あ、俺はロルビィです。」
ロルビィから見た黒龍ワグラは、綺麗だけど暗い印象があった。見た目は自分より少し上な程度だが、表情は乏しく機嫌が悪そうに見える。
話を続ける様に視線のみで促された。
「俺はこの世界に来たらピィとの約束通り幸せになる姿を見せよう思ってたんです。でも、色んな人から神の領域と言われて、俺には何か使命があると言われました。でも、使命と言ってもよく分からなくて………。俺は家族とスワイデル皇国のユキト皇太子殿下が幸せになって欲しいです。ユキト殿下を守りたいです。その気持ちは俺の意思なのかどうか不安になって、貴方に確認に来ました。ピィがここにいると言う事は、貴方は時空の神の眷属なのでしょう?」
一気に言った。ずっと聞きたかった事だ。何度も頭の中で考えていた。
ワグラはロルビィが何を聞きたいのか知っていた。だが、黒龍ワグラといえど、あの時空の神の思考は計り知れない。
顎に手を当てワグラは考えた。
ワグラにも確実では無いが予想している事がある。
「私にもあの神が何を考えているのかは理解出来ない。ただこれは確実に言える。時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテはあの場所で魂の大河を管理している。歯車を回し大時計で時を操り上空に広がる魂の流れを管理している者だ。」
ただ現状は魂が行き場を失い、大河はせめぎ合っている。本来なら大河で魂は洗われ次の世界へと流されるべきなのに、次の世界が減ってしまい行き場を無くして溢れているのだ。
ごく最近、と言ってもロルビィ達の魂の概念でいけば遥か昔だが、世界が二つ消失した。とても大きい世界だった。
一つは龍が生きる国。
一つは真白がいた様な科学が発展した国。
「私達は龍の国にいて、戦争で管理者を失いその責任を問われて、今この世界を管理する様いい使っている。元はお前達と同じ大河を流れる魂の一つだ。」
時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテは次の世界を作りたがっている。大量の魂を受け入れる世界を。
長くこの世界を管理し、気づいた事がそれだった。
「最近世界が三度時間遡行をした。人の進化から考えると僅かな時間だが、三度過去に戻されている。おそらくこの世界の為に。」
それを確信したのは今目の前にいるロルビィと小鳥の存在の所為だ。
態々あの時空の神が、呼び出して力を与えこの世界に落とした。しかも過去に戻る様、魔力を持つ自分の名前を貸し与えてまでして仕向けている。
「俺に過去に戻させて何かさせたい?」
「恐らくこの世界をより命の溢れる世界にする為に。」
そんな事を言われても、ロルビィにはどうしていいか分からない。
世界とか魂とか全く知らない事だった。
あの時そんな話は一切出ていない。
あの神はただ小鳥の願いを叶える為、と言う言い方をしたのだ。
「魂には縁(えにし)がある。同じ世界同じ時でまた会いたいと思える程の結び付きが出来ると、魂同士白い線が結ばれる。魂の大河に入るとその線を辿って魂は流れ出す。相手を探し手繰り寄せ、何度も生まれ変わり縁を結ぶ毎に白い線はより太くはっきりとしてくる。」
まるで赤い糸の様だと思いながら、ロルビィはその説明を聞く。運命の恋人だとか言われるやつだ。
「小鳥、ロルビィ、ユキト・スワイデルは繋がっている。」
「え?」
ピィは分かる。自分が前世真白の時に飼っていたインコなのだから。でもユキト殿下も繋がりがある?
「それは、誰でしょう?」
黒龍ワグラはそこまでは自分には見えないと言った。ただ、その縁を頼りにお前と小鳥が呼び出され、何かを託されているはずだと。それはこの世界の行先を見据えた何かだろうと。
「私が言える事は、縁による結びつきがあるからより惹かれるのであって、時空の神が手を出してはいないと言う事だ。あの神はあそこから動けないし、人の感情や運命には関与出来ない存在だ。あの場所から動けないのだから。だから小鳥も私に託した。」
ワグラの目がほんの少しだけ微笑む。
俺の悩みの相談に乗ってくれたのだ。
説明は難しくよく分からないが、俺がユキト殿下に向ける好意は間違いなく俺の物だと言ってくれている。
無表情な人だが、優しい人なのだと思った。
「そっか、俺のものなんだ……。」
嬉しくて微笑むと、肩に乗ったピィが小さくピッと鳴いた。良かったねと言う様に。
時空の神が何を考えているのか分からないが、ピィが俺の幸せを願っているのは本物だろう。
安心してピィを撫でていると、黒龍ワグラが何かに驚いた様な顔をした。基本無表情なので、その表情に此方も緊張する。
少し目を細めて口元に指を当て考えている様だ。
立ち上がり、座ったソファの近くにあった平たい大きなお椀の様な花瓶ようなの物へ近づく。
覗き込むと縁ギリギリまで水が入れてあった。
ワグラが手をかざすとほんのり光り何かが映し出されている。
投影魔法だと気付いた。
「リューダミロが残した国が………!」
リューダミロと聞き、慌てて俺も覗き込んだ。
そこには王宮が廃墟と化して崩れ落ちる映像が映っていた。庭園に植えられた植物は全て枯れ、美しかったタイルも青い透明ガラスもひび割れ朽ち果てようとしている。それは徐々に広がり元気に動く王宮の使用人も王都の人々ものみ飲んで行っていた。皆何が起きたのか理解する間もなく倒れ干からびていく。
「暴走だ。」
「暴走?」
「リューダミロは私の親友、同じ龍種が残した王国だ。王家はリューダミロの子孫であり、聖と闇を持つ彼の能力を受け継いでいるが、人の身体にあの力は強すぎて成長と共に能力に飲まれて狂い暴走する。その為に闇魔法のみの力を持つ一族を側に置いていたんだが……。」
それでリューダミロ王家だけ二つの属性を持っていたのかと納得したが、闇属性の一族というのは恐らくロクテーヌリオン公爵家の事だろう。
だが今の公爵家はムルエリデ公爵一人だけで、その公爵も病気で闇魔法を上手く使えないと言っていた。
そう説明すると、ワグラは固まってしまった。
「そう………そうか。そうだな、人の一生は短く血縁者がちゃんと続かない。長く生きるとそんな事も分からなくなるか………。」
苦しそうな顔をしてそう言った。
「ロルビィ、先程三度過去に戻っていると言ったが、実は今回が一番長い。いつもはユキト殿下がもっと早くに死ぬんだ。」
ギョッとする。
何故ユキト殿下が死ぬんだ?
「ロルビィがこの世界に来た事で、ユキト・スワイデルに関係するのではと思い、過去を振り返ったんだ。私はこの世界の管理者だから記憶が全てある。そこでいつもユキト・スワイデルが死ぬと時空の神は過去に戻しているんだ。魔女サグミラによる死亡二度、戦死が一度。今回が一番長く生きている。そしてリューダミロの王太子が狂ったのは初めてだ。」
「過去にリューダミロの王族が狂った事は?」
「無い。そもそも王家は上手く闇魔法で闇属性を取り除けないと判断すると、例え直系であろうとも処分していた。」
処分………、殺していない者としていたのか。今回は殺されなかった。カーレサルデ殿下が動いていたのもあるかもしれないし、殺さないと王が判断したのかもしれない。
「狂うとどうなりますか?」
「聖と闇が混ざり合い混沌が生まれる。親友リューダミロはいつもそれを必死に身の内に押さえ込んでいたが、人の身では不可能だろう。」
「俺、戻ります!」
咄嗟に叫び出て行こうとすると、黒龍ワグラが送ると言った。自分が龍に戻り飛んだ方が早いと言って。
そして黒龍ワグラとしても親友が残した国を滅亡させたく無いと言う。
草原に出たワグラの身体は体積を増し巨大に膨れ上がる。
金の瞳に縦長の瞳孔を持つ、黒い鱗が綺麗な黒龍の姿に変わった。
上に乗れと言われ、レンレンで身体を縛って落ちないように固定する。ピィは付いてきたがったので服の中に入れた。
黒龍ワグラが大きな羽を広げて地に向かって一振り羽ばたけば、あっという間に上昇し草原と屋敷が小さくなる。
「早………!」
もう一振りでフィガナ山脈を通り過ぎてしまった。
これならリューダミロ王都に直ぐに着く。
「リューダミロの崩壊が止まったな……。」
轟々と通り過ぎる暴風の中、ワグラが話しかけてきた。
しかし風圧で返事が出来ない。
「すまない、保護するのを忘れた。」
フッと風が止み息が出来るようになる。文句を言う間もなく風圧で死ぬところだった。
「誰かが王太子を討ったぞ。」
「………分かった。」
暗い闇に囚われたオリーブ色の瞳を思い出す。一度だけあった少年の姿で成長の止まったロワイデルデ王太子殿下。
討ったのは誰なのか…………。
直ぐ側にいたカーレサルデの顔を思い出す。そこには信頼と優しさと憂いが混じる気配があった。もし、討ったのが弟であるカーレサルデ殿下ならば、なんて悲しい事なんだろうと思わずにはいられない。
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