翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

38 スワイデル事変

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 スワイデル皇国皇帝の執務室では、スグル皇帝とユキト皇太子殿下が地図を広げ思案していた。
 護衛にはショウマ将軍を置き、他の有力な将軍は出兵していた。ショウマ将軍は帰って来たばかりというのもあるし、今回の戦闘で武勲を立てようと集まった有力者が多かった為居残り組になっていた。
 五万のカーンドルテ軍に対し、こちらは八万で迎え撃つことになった。ハルト皇子を大将に、上級将軍全てが出払った。進軍中に各領地でも出兵志願者を募り合流してくるので、その数はもっと膨れ上がり、国境に着く頃には十万を超えると予想されていた。
 スグル皇帝の予想では十四年前に故皇后が死亡した時と同じ状況ではと思っている。
 あの時の心の痛みが思い出され、スグル皇帝は深く眉根を寄せた。

「勝利はするだろうが長引くかもしれない。」
 
 スグルの発言にユキトも頷いた。
 カーンドルテ国の兵の恐ろしいところは、死を恐れぬ戦闘にある。
 一人の人間が十の戦闘力を持っていても、そこには恐怖、痛み、信仰、心理、悔恨、欲望、愛情、様々な感情によってその戦闘力は抑えられ、十という全ての力を出し切れる人間はいない。だが、魅了され感情をコントロールされた人間には、心の抑圧など関係なく、十全ての戦闘力で戦ってくるのだ。
 一人で二人三人分戦ってくる。
 どんな訓練をすればそんな兵士が育つのかと思っていたが、魔女の魅了魔法の話を聞いて納得した。

 国境に着き開戦する迄には後一週間程掛かるだろう。
 サクトワ共和国からは兵は五千程度しか出せないが、後ろから挟み撃ちに出来るよう回り込むと連絡がついた。
 しかし、リューダミロ王国には未だ魔法兵を派遣したとの連絡が入らない。何度も魔導通信を飛ばすがのらりくらりとはぐらかされて話しが進まなかった。
 援軍を期待しているわけでは無い。
 勿論リューダミロの魔法兵が一人でも来たら戦力はかなり上がるのだが、それよりもリューダミロ王国の対応に疑問が出てくる。
 何かがおかしい。
 ロクテーヌリオン公爵に尋ねた方がいいのだろうか。もしくは公爵の方から王国中枢へ尋ねてもらうとか。
 ロルビィは昨夜フィガナ山脈へ入ると連絡があった。山脈に入れば通信が出来ないと聞いて、一気に不安が押し寄せる。
 ロルビィが早く霊峰を見つけ出し、黒龍との対話を終わらせ側に来てくれないだろうか。
 今日は朝からずっとこの調子だ。
 
「陛下、私の方からリューダミロへ通信してみます。もしくはロクテーヌリオン公爵へ。」
 
「そうだな、一度してみてくれ。」

 そう話している時、執務室に置いていた通信魔導具の魔石が仄かに光出した。
 魔石に手を置き通信を待つと、相手はサクトワ共和国ナシレ元首だった。

「そんなガッカリとした顔をされるとは思いませんでしたね。」

 やんわりと冗談めかして非難される。
 ついつい来ないと知っててもロルビィではと思ってしまうのだ。

「申し訳ありません。お久しぶりです。」

 やや顔を赤らめ反省する。
 ナシレ元首は無表情の時は何を考えてるのか分からないが、笑うと途端に優しげな顔になる。

「ふっ、構いません。ところでまさか自室に繋がったのでしょうか?」

「あ、いえいえ、ここは皇帝の執務室です。」

 何でも無さそうにユキトは答えたが、ナシレ元首は顔を引き攣らせた。
 要件は?とのんびり尋ねられ、元首は一瞬迷った。もしかしてそこには皇帝がいるのかと。普段は管理室に繋がるのだが、執務室にユキトがいた為、執務室の通信機に管理室が気を利かせて回してきた為だった。
 気を取り直して本題に入る事にした。
 これは直感ですがと、前置きする。

「私は自分がナシレだと名乗らずによく通信をするので、相手も私の事を単なる通信係だと勘違いして話してくるのですが………。」

 話し出したナシレの内容に、画面には出ていないがスグル皇帝も聞き耳を立てた。ナシレが頭の切れる男なのは周知の事実である。 

 サクトワ共和国側からもリューダミロ王国に通信を送っていた。共闘するに当たり動きを合わせたいからだが、今回のリューダミロは一向に動く気配がなかった。
 通信係からは相変わらず変わらない返答しか来ませんと言われ、ナシレが代わりに通信してみる事にした。
 リューダミロの通信係とは何度か話した事があった。
 向こうはナシレの事をサクトワ共和国の通信係だと思っているだろう。何度も話している内に顔見知りになり世間話をするようになっていた。
 運良く見知った通信係がでたので、今日も何気なく会話を振ったのだ。
 すると相手は無反応だった。
 用がないのなら切るといわれ、大人しく切った。
 魔法師の話は一切出来なかった。

「リューダミロ王国の通信係は魅了魔法にかかっています。」

 虚な目に判断能力のない応答。
 捕まえたカーンドルテ国の兵達と同じ反応に、ナシレは確信した。
 
「カーンドルテの魔女か?何故リューダミロを………?」

 スグル皇帝の呟きが聞こえたのか、ナシレはユキト殿下へ目で尋ねた。何かご存知では?と。

「ロルビィがロワイデルデ王太子殿下も魅了魔法を使うかもしれないと言っていましたね。魔女と同じ様に聖と闇を持っているからと。」

「成程。ならば王太子の方が怪しいですね。とりあえずお気をつけ下さい。」

 誰もリューダミロ王国で何が起きているのか分からない。
 ナシレ元首との通信はそこで終了した。
 お互い何が情報を掴めば交換し合う約束をして。
 
 




 翌日スワイデル皇国史上最も重大な事件が起こる。
 
 朝から管理室に到着し、部下から報告を受けた。当直をした者が外の植木で死亡していたという。当直した職員は魔力無しの平民上がりだった。この管理室に入るには魔力波長による個別認識が必要になるが、魔力がない者は魔力波長がない為、個別に認識魔導具を所持させていた。それを知る者は関係者のみで、盗難を避ける為に関係者以外には黙秘を徹底させていた。

「侵入された形跡は?」

「有ります。かなり荒らされて………。」

 管理室に到着すると部屋の中は荒らされているわけではない。だが通常幾百も賑やかに浮かぶ投影魔法の画面が一つも浮かんでおらず、室内は閑散としていた。
 魔石の前に立ち手を振って魔力を流す。通常魔石の周りを囲む魔法式が千切れたり消えたりしていた。
 
「壊したのか……………。使った形跡を消したか、仕組みを盗まれたかだな。」

 これを組み立てたのはユキトだ。魔法式を復活させ元の状態に戻していく。光を放ち帯状の式が繋がっていくのを、管理室の職員達は感嘆の声を上げて見守っていた。ユキト皇太子がいなければこれを作れる人間はいない。それが誰よりもここにいる人間達は理解していた。
 投影魔法が復活した事により浮かんでいた画面が次々と映し出されていく。

「犯人は分かりますか?」

 話しかけてきたのはいつの間にやって来たのかゼクセスト・オーデルド博士だ。今日もボサボサ茶色頭に眠たそうな灰色の目をしている。汚れた白衣はいつから着ているのか。

「うーん………。通信を行った形跡があるね。場所は…、ロクテーヌリオン公爵邸!?」

 何故リューダミロの公爵邸に犯人は通信をしたのだろうか。昨日サクトワのナシレ元首に言われた事を思い出す。通信係が魅了魔法にかかっていた事といい、やはりリューダミロ王国で異変があるのだろうか。
 ロルビィは今王国を離れている。彼がいたならあの膨大な魔力で何とか出来たかもしれないが、不在の今安心はできないだろう。
 ユキトは迷わずリューダミロ王国の中枢へ通信を飛ばした。
 
「……………駄目だ………。繋がらない。」

 何度やり直しても相手側から応答が無い。

「どうしたんでしょうか?今まで応答しないって事は有りませんでしたが?」

「父上に相談しよう。」

 魔力回路を動かしスグル皇帝を探す。

「?」

 皇宮中の何処を探しても皇帝の魔力を発見出来ない。今はカーンドルテ国が進行中の為、王都から離れる事はない。
 探索地域を皇宮のみに切り替え姿を探す。
 魔力で探索出来れば一番早いのだが、皇帝は魔力が少ない為、睡眠時などは発散される魔力量も少なくなるので発見できない可能性がある。
 ザッと目ぼしい場所に投影魔法を飛ばしていく。
 ユキトは数百の画面一つ一つを見ているわけでは無い。流れるように頭の中に皇宮のあらゆる場所が映し出されていく。

「……………っっ!!」
 
 ユキトの思考が止まった。
 一つの画面に釘付けになる。
 それは現実に管理室に現れている画面にも映し出された。

「………な!?」
 
 その画面を見て、ゼクセスト博士も驚愕の声を上げた。

 そこに映し出されたのは壁に貼り付けられた人間、スグル皇帝の姿だった。

















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