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1章 俺のヘタレな皇子様
37 沈黙の舞踏会
しおりを挟む夜更けに魔導具の灯りがほんのり浮かぶ。
チカチカと明滅する魔石に触れ、パルは「はい。」と応答した。
シゼの魅了魔法が解けたという状況に、皆一先ず安堵し眠りについたばかりだった。
パルも少し寝るつもりだったのだが、公爵家所有の通信魔導具に通信が入り、疑問に思いながらもとったのだ。
通信魔導具は限られた家にしか無い。公爵家でも一つしか置いていなかったし、登録された場所も少しだけだ。
浮かび上がった顔に、パルの表情は一気に無表情へと変わった。
「久しぶりですね。パルディネラ様。」
パルは細く息を吸った。早鐘を打つように心音が跳ねる。
敬語で様付けだが、相手の声は侮蔑が含まれている。
こんな所で会う人間ではなかった。
「何故お前が此処にいる?」
此処とはリューダミロ王国では無い。二人が言う此処とはこの大陸、という意味を指す。
「私にも色々事情が御座います。」
通信相手は薄っすらと笑った。
「やけにそっくりな人間がいるものだと思ったが、本人だったか………。」
久しぶりに見た相手に、パルは困惑と疑問が湧く。海の向こうの大陸にいるはずの人間が、こんな所にいるわけが無いと願うように否定していたのに。
「手早くお話致しましょう。カーンドルテの聖女が時機此処へと攻め込んできます。貴方は其方を混乱に貶め、王家を滅ぼそうと望むロワイデルデ王太子殿下を手伝いなさい。」
パルは眉を顰めた。
相手が言う此方とはスワイデル皇国の事だ。
「…………どう言う事だ?」
「事情等貴方が知る必要は有りません。魔力が封じられたままでは完遂し難いでしょうから、封印は解きましょう。」
相手はそう言うと、手に持っていた忌々しい封魔具をバキリと壊した。
それはパルの中に埋め込まれた封印の魔石だった。
堰き止められた魔力が解放され、パルの中に懐かしい風の魔力が巡る。
相手は通信機の向こうで任務内容を伝えた。
「………い、やだ!そんな事出来ない!」
パルは拒否しようとした。
「貴方に拒否権はありませんよ?貴方も元々は光なのですから我らが太陽の為に、その身を捧げなさい。」
パルは折角見つけた安住の地を捨てなければならなくなった。こいつに見つかったせいで。
パルの中で相反する感情が鬩ぎ合う。
漸く見つけた安住の地の為に命令に背くか、幼い頃より刻み込まれた絶対支配に従うか。
月明かりだけが照らす室内で、光が落ちた暗い画面にパルの蒼白な顔が写されている。
自分の過去を知る者は此処にはいない。
知っているからと言って助けてくれる者もいない。
パルの背に現実が重くのし掛かった。
招待状は滑らかな紙質で王家の刻印が金の封蝋で閉じられている。
王城の最も広い広間で行われる舞踏会に参加するよう王命が下った招待状に、カーレサルデは暗い顔をした。
昨日の今日でこの招待状送られる意味を図りかねていた。
何故、舞踏会?
ロワイデルデ兄上は弟である自分に手を掛けようとした。
それが事実として受け止められずボンヤリとする。
招待状にはロクテーヌリオン公爵とその婚約者も一緒にと書かれていた。
兄上は王家を恨んでいる。
そして、王家の血筋を全て失くそうとしている。
私も、ムリエリデもその中に入るだろう。
「カーレサルデ殿下、急いで商会を呼んで服を用意させるか?」
私は身一つで公爵家に逃れて来た。
服もアクセサリーも何も持っていない。
だが、着て行くものは決まっている。
「…………ムリエリデ、戦闘服に決まっている。」
アーリシュリンがハッと息を飲んだ。
「分かった。アーリ用に幾つか魔法師の服を作っているから、大きめのを出そう。」
儀礼用の軍服はアーリシュリンが小柄な為流石に切れないが、戦争服はゆったりとした物が多い。上からマントを掛ければ問題ない。
「宜しく頼む。」
昼頃にはシゼも出て来ていた。パルと一緒に隠密でついてくるという。
夜に開かれる舞踏会が、本当に舞踏会だとは思っていない。
兄上、貴方が私を殺すというのなら、私は………。
私は…………。
開城された門を抜け、石畳の広い広場を通り、今夜の会場となる建物へ向かった。
大きな扇状に広がる階段を登り、燦々と輝く舞踏会場へと近付いて行く。
ムリエリデとアーリシュリンと共に戦闘時の服でやって来た私達は、煌びやかに着飾った貴族達の中にそぐわず、浮いてしまっている。
だが、そんな事は瑣末な事だ。
今から予想通りの事態が起こるのならば、夜会服など邪魔なだけ。
普通ならば我先にと挨拶に来る貴族達が、何も言わずに近寄らず、ただ静かに微笑み笑い合う。
それが既にもう異様な事だと物語っている。
どうしてここまで気付かなかったのか。
魅了魔法は万能なようで不便な魔法だ。
一人一人目を見て堕としていく必要がある。これだけの貴族達を手中に収めるのに、どれ程の時間をかけていたのか……。
階段を登りきり、開場の挨拶も無しに入っていく。正面奥に続く赤い絨毯を踏み締め、波が引くように避けていく貴族達の間を真っ直ぐに進んだ。
奥は幅広の階段状になっており、最上には王と王妃の椅子が置かれている。
しかしそこに座るのは王でも王妃でもなく、小柄な体躯の少年が薄っすらと笑い肘掛けに肘を付いて座っていた。
「やあ、ようこそ。我が弟よ。」
兄上は王族が着る城の夜会服に、白の生地に金の刺繍をさしたローブを纏っていた。
金の髪はシャンデリアの光を浴びてキラキラと輝き、とても美しい姿なのに、何かが違うと思わせた。
貴族達の目が虚だからか?それとも別の何かが違うと思わせるのか。
よく見てもカーレサルデには分からなかった。
ただロワイデルデ兄上の周りは暗く漂う空気が取り巻いているとしか思えなかった。
父と母である王と王妃の姿を探すと、階段の途中の端に静かに立っていた。普通ならあり得ない場所だった。ロワイデルデ兄上にとって、親であろうと王であろうと、どうでも良い存在だと言っている様な扱いだった。
段上に座るロワイデルデを見上げるカーレサルデ。二人は無言で見つめ合った。
「兄上………、兄上が王家の血を途絶えさせたいと言うのなら、私と一緒に逝きましょう。陛下はもう歳ですし子は成せません。私達がいなくなれば途絶えます。だから、……
……此処にいる者達は解放してはくれませんか?」
リューダミロ王家は長い。その血は殆どの貴族に入っていると言ってもいい。どこまで血脈を遡ったのか知らないが、殆どの貴族が此処に集められているだろう。
全てのものに魅了魔法がかかり、先日の侍女の様に死を命じられては、王家のみならずリューダミロ国の存続にも関わった。
「それは出来ないよ。王位継承は確かに私達にしか無いが、いなくなった途端次に継承権が移り、その者が聖魔法ないし闇魔法に目覚めるとも限らないだろう?」
可能性は全て潰すとロワイデルデは言った。
兄の覚悟を改めて感じた。
本当にリューダミロを潰すつもりでいる………。
トビレウス・へープレンドが見た兄の色は、死を覚悟した者だと言った。死ぬ気でリューダミロを滅亡させる覚悟なのだと、理解した。
ロワイデルデはゆっくりと足を組み直した。
何かを見ている……?
カーレサルデは兄が自分から一瞬目を逸らしたのに気付いた。
「…………?」
キュウン……。
疑問を浮かべた瞬間、後ろから魔力解放の音が響き、誰が?と疑問が浮かぶ。
シュパンッという軽快な音と、肉が裂ける破裂音、低く抑えられた呻き声。
振り返れば弓を構えたパルと、倒れかけたシゼとアーリシュリンが見に飛び込んだ。
攻撃者は無表情に弓を構えたままのパル。
シゼは矢が脇腹を掠めたのか血が噴き出していた。倒れかけて足で踏ん張り、アーリシュリンを抱き止めたロクテーヌリオン公爵の間に入り次の攻撃に備えていた。
矢は恐らく魔法で発現させた矢だろう。シゼの右手に受け止められた矢はサラサラと光を放って砂のように落ちた。
アーリシュリンは左肩に刺さった様だが、その矢が破裂し肩を大きく抉っていた。
血がピュッと溢れて血管の損傷が激しい事が見て分かる。
ーーーー治癒を!ーーーー
急いで治癒しなければ二人の生命が危ないと察した。
ムリエリデと目が合う。
急いで駆け寄ろうとして、大量の手に押さえつけられた。
「!?」
今まで人形の様に微笑み佇んでいた貴族達が、カーレサルデの身体を押し潰す様にのし掛かってきた。
カーレサルデは触れないと治癒が出来ない。なんとか拘束を解こうとするが、大量の手はギッチリと掴み掛かり一つも振り解けなかった。
「どうだろうか?ムリエリデ………。先の見えない絶望は。」
何故カーレサルデの仲間が裏切っているのかロワイデルデは理解していないが、面白い展開になり、楽しそうな声でロワイデルデは語りかける。
アーリシュリンの噴き出す血を手で抑えている悲痛なムリエリデを嘲笑っていた。
「パル……、何でだ?」
シゼは後ろの王太子を注意しつつも、弓を構えたままのパルに対峙していた。打った瞬間のパルの魔力量が遥かに多い。一緒にここまで来る時は抑えていたのか全く感じなかった。魔力を解放し打ち出す瞬間の爆発的な魔力の攻撃に、咄嗟に目の前に出たのだ。ロクテーヌリオン公爵を庇う事は出来たが、アーリシュリン様に当たってしまった。
パルが打ち出した矢は数本に枝分かれし、一本一本の矢の威力が高く全てを防ぐ事が出来なかった。
地面から黒い点がいくつも現れる。
黒い点は芽吹く様に成長し、棘を生やした荊のように伸びて行った。
出口付近にいたパルは後退し、広間から消えた。
パルは裏切り者だった。
気付かずそばに側に置いていた自分の失態だが、いつから裏切っていたのか分からなかった。
黒い荊は広間を覆い尽くし、王宮の建物を潰す勢いで広がり続けている。
ロワイデルデの周りから椅子が、床のタイルが、降りたカーテンが、灰色に変わり腐食しヒビを入れて崩れていく。
集まった貴族達はカーレサルデを押さえつけた者を残して荊に巻き取られ空中高くへと持ち上げられ血を吐き干からび始めた。
さながら漆黒の木々に花が咲く様に、色とりどりのドレスや宝石が散りばめられる。
何て光景だ…………。
悪夢の始まりにカーレサルデは呆然とした。
血を吐くアーリシュリンを抱き締めて、ムリエリデは涙を流す。
「…………アーリ…っ!アーリシュリン!死ぬな!………死なないでくれ!」
左の首から肩にかけて吹き飛ばされ、左腕は辛うじて繋がっている。直ぐに聖魔法で治癒しなければ死ぬだけだった。
シゼは脇腹の痛みを感じていないかの様に、カーレサルデ殿下を助けるべく覆い被さる貴族達を剥がしに掛かった。
「くっそ!なんて馬鹿力だよ!」
たいして力も無さそうな中年貴族も、ドレスを着込んだ夫人ですら、あり得ない力でカーレサルデ殿下を押さえつけていた。
カーレサルデは聖魔法師の治癒しかできない為、身体強化を行っても同じ身体強化で掴み掛かっている彼等を押し除ける事が出来ずにいる。
ゆっくりと階段を降りてくる王太子に気付き、シゼは回り込んでカーレサルデを庇う様に対峙した。
睨みつけるが正直勝てる人間では無い。
なんとかカーレサルデ殿下が自力で抜け出し、逃げてもらわなければならないという絶体絶命だった。
「カーレサルデ、もう全て終わりだよ。みんな一緒に逝こう。」
ロワイデルデの心は狂気に彩られ、その目は天国に夢見る希望に満ちた顔だった。
「最後は皆美しく去るように着飾って貰ったんだ。カーレサルデも正装で来て欲しかったよ。」
嬉しそうに両手を広げる。
さあ、行こうと言わんばかりに。
オリーブの目はもう現実を見ていない。
魅了の力をカーレサルデ達にかける為、ロワイデルデはゆっくりと近付いてきた。
王宮はロワイデルデの闇魔法で崩れ出す。
命を吸われ、あらゆる物質に老化が訪れ、まるで昔から廃墟であったかのように変貌していく。白い大理石と青いタイルを使った空に浮かぶ空城を思わせた尊厳な城は、もう何処にも存在しない。
羽ばたく鳥も、笑いながら歩く民も、何が起きたのか分からないまま倒れていった。
シゼは後ろにいる公爵に目配せをした。公爵の身体では負担になるが、彼にしかカーレサルデ殿下を解放出来ない。
シゼは細身の長剣を構え、音もなくロワイデルデに肉薄する。
討たねば討たれる。
最初から決めていた方法で王太子殿下を討つ。
シゼが出る。
アーリシュリンが援護する。
カーレサルデが攻撃する、この順番だ。
本当はパルも一緒にシゼと出る予定だった。
ムリエリデが闇魔法でカーレサルデを拘束する者達の魔力を全て吸い取った。こんな大量の人間の魔力を取り込めば、ムリエリデの魔力容量は過剰に超過し、ムリエリデは倒れる。だが、そんな事気にしていられない。早くしなければアーリシュリンが死んでしまうし、リューダミロ王国は滅ぶ。
カーレサルデの周りに力を無くし魔力欠乏で気を失った貴族達が転がった。
ムリエリデの身体がグラリと傾いだが、素早く動かねば成功しない。
シゼの攻撃を交わしロワイデルデの視線がカーレサルデから外れた。
シゼは黒い荊で貫かれる。
シゼの役目は視線を外させる為の囮だった。
アーリシュリンは人差し指を震えながら出し構える。キュウ………という高音を上げて白い粒が指先に現れ、高温の火球がロワイデルデに向けて放たれた。
ロワイデルデの少年の胸に、吸い込まれる様に白い線が通った。
胸に空いた小さな穴から、灼熱の炎が上がる。
炎を消し、己の身体を聖魔法で治癒する為にロワイデルデの意識が自分の身体に向く。
これもロワイデルデの力を外らせる為。
カーレサルデが地を蹴り剣を両手で握りしめる。下から切り上げる様に剣を振った。
剣技は大人となったカーレサルデの方が強い。ロワイデルデは王宮でひた隠しにされ、膨大な魔力を持とうとも戦闘経験も、身体を鍛えたこともなく、恐らく切れるだろうと思っていた。
後は自分が覚悟する事が出来るかという事だけ…………。
「さようなら、兄上。」
言葉は口に出たのか、ただ、心で想ったのか…………。
ロワイデルデの金の髪が広がり、首はポーンと遠くへ吹き飛ばされた。
応援ありがとうございます!
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