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1章 俺のヘタレな皇子様
35 狂王子
しおりを挟む小さな頃は三歳年下のカーレサルデも可愛かった。よく懐き、兄様、兄様と後をついて回った。
それがいつから背を越されただろうか。
私の中の闇属性が膨れ上がると、同じ様に聖属性も膨れ上がった。
ピツレイ学院に入る前には、魔力の少ない者は私の側によると魔力を吸われ昏倒する様になった。予定していた入学は取り止めざるを得なかった。
私はずっと王宮の奥深くに隠される様になった。王太子としての執務はこなしているが、外に出られないのだから、そんなもの高が知れている。
教育も厳選された高魔力保持者だけに任せられ、私の姿を知る者は最小限とされた。
世間では病弱と言われているが、ただ人の魔力を吸い、成長が止まっているだけで、身体は健康だった。
この闇属性を無くしたい。
だが肝心のムルエリデが使い物にならない。他の闇魔法師では私の魔力が大きすぎて、逆に取り込んでしまう。
カーレサルデが何とかしてこの問題を解決しようと躍起になり出した。
漠然と同じ不安に行き着いたのだろう。
王家の荷物は消される。
いずれ私はいない者とされるかもしれない。
カーレサルデはムルエリデとへープレンド辺境伯家の次男との間に子供を儲けて新たな闇魔法師をロクテーヌリオン公爵家に誕生させようと考えた様だ。
アーリシュリン・へープレンドが魔工飴の開発の為にスワイデル皇国のソルトジ学院へ行くと言って途中頓挫し、謝ってきたが気にするなと強がってしまった。
膨れ上がった風船は破裂するのか、空気が抜けて空いた口からヒュルヒュルと吐き出しながら彼方へ飛んでいくのか。
私は飛んて行きたかった。
好きで聖と闇を抱えて産まれたわけではない。どちらか一つでよかったのに、私という入れ物の中で魔力は膨れ上がり中でドロドロと混ざり合い出した。
破裂するでもなく、抜けてしまうでもなく、混ざり合い凝縮されて汚泥の様だ。
カーンドルテの魔女は聖と闇を切り替えていた筈だが、私の力は混ざり合ってもう離れないのでは無いだろうか。
根本的に魔女とは存在の仕方が違うのかも知れない。
汚泥の様な魔力は私の中を巡り、私は徐々に蝕まれている。
全ての魔力を飲み込もう。
そして力無く倒れた人々は聖魔法で新たなる救いを与えよう。
それが魅了魔法。
皆んな皆んな私の操り人形になっていく。
意識せずとも視線が合えばもう終わりだ。
カーレサルデにはこんな醜い私は悟られたく無い。
心から私を慕い、救おうと動いてくれる弟に、こんな醜い私は見せたく無い。
サクトワに行くと言って報告してきた時、魔導具について話していたが、もうそのまま外に出てリューダミロ王国なんか、私の事なんか気にせず自由にして来いと、何度言いそうになったか。
十代半ばで止まった私の身体は頭ひとつ分小さく細い少年のものだ。
手を取って待ってて下さいと必死に言うカーレサルデの手は、私のものより遥かに大きく力強い大人の手になっていた。
そんなに一生懸命にならずとも、もう手遅れだと言いたい。
もう戻れない。
私はもう何が正しくて、何が過ちなのか分からなくなってきた。
私に魅了された者達は、私を敬い褒め称え、諌めることは一切無い。
国王?
ちょっと前に私の人形になってしまった。
守りが堅く、じわじわと側近や護衛から手を回していき、漸く魅了魔法で捕らえた。
私を王族から抹消しようなどと計画を立てていたようだが、私の方が早かった。
カーレサルデには気付かれるなと、普段通りの生活をさせている。
カーレサルデは良くも悪くも私の事ばかり考えている様な人間なので、気付いていない様だ。
こんな国要らないんじゃないか?
私の匙加減で動いてしまうような国、要らないだろう?
こんな聖と闇を抱えて産まれる一族なんか無くなればいいのだ。
カーレサルデも一緒に消えてなくなろう。そうすれば王家の血は途絶え、私の様に苦しむ人間はいなくなるだろう。
私が歩くと花壇の花が茶色に枯れ垂れ下がる。光の飛沫を飛ばしていた噴水の水は泥水になり、逃げ遅れた鳥が羽ばたく姿のまま落下した。
劣化した石畳は歩くとパキパキとひび割れていく。
廃墟と化した死の世界。
身体の中に入った魔力をゆっくりと外へ吐き出すと、茶色の水は透明に戻り、濁った目をした鳥は何事もなかったように飛び立った。
元の通りの美しい花の庭園。
大輪の薔薇は艶々と美しく咲いているが、先程までの清涼さは何処にも感じない。人の手が入っていても、太陽に向かって咲き誇る花は生命の鼓動を感じさせ美しい筈なのに、私の魔力を与えられた花々は作り物めいた造花のように色褪せた。
何の輝きも映さない嘘臭い世界。
もう人だけでなく小さな植物や動物すら、私は取り込み毒を吐いている。
意図して押さえ込み留めておかないと、この魅了の力は際限なく溢れていく。吸い取るのが魔力だけでなく生命そのものを取り込んでいるのでは無いだろうか。
何故こんな力があるのか。
リューダミロは神が作った最初の国。
ならばこの王家の力も神が与えた力なのか。
「ふふ、あの翡翠の目の神の領域に、王家の力についても聞いてきて貰えば良かったな。」
神の領域がどれ程のものか確認したくて呼んでみたが、力はあっても本質はただの善良な人間だと感じた。
攻撃しない限り、反発もない。
大事なのは家族とスワイデルの皇子だったか?
ならばリューダミロの王都が潰れるくらいいいだろう。
ムリエリデの婚約者が兄という点が問題だが、最後は自分諸共死んで無くなるのだから、問題ない。
腹立たしいムリエリデなど、苦しめばいいのだ。自分だけ愛する者を得て、幸せになろう等と許せなかった。
だから態々カーンドルテの聖女の情報を与え婚約者を無傷で連れ帰らせた。私が直々に目の前で苦しめてやろう…………、そう思って。
ムリエリデも王家の血筋。一緒に死んでくれなければ………。愛しい婚約者も一緒に絶望の中へ送ってやるのだ。
全ての生命を吸い尽くして、瓦礫の廃墟に変えてしまい、私達王族は消えて無くなればいい。
足はカーレサルデの宮、真珠宮についた。カーレサルデは真珠宮に幽閉されている。
魅了した傀儡達に見張らせた。
ロルビィ・へープレンドは王都を出る際、見張の影を付けたが出た瞬間には巻かれてしまったと報告があり、今は何処にいるのか分からない。
王家の馬車ならば二週間、馬で十日程度でフィガナ山脈の麓に着く。それよりも早いロルビィならば既に山脈に入っているだろうと判断した。
フィガナ山脈は力場が狂う。
魔力が掴みにくくなり彷徨い元の場所に戻されるのだ。
だからこそ誰も見たことのない神を皆信じている。
「神ならば信じる者は救えはいいのに………。」
神を信じ、救いを祈るのは諦めた。
神など、いないも同然だ……。
救いは自分で作る。
そう決めた。
カーレサルデはサクトワ共和国から帰国して精力的に働いていた。公務をこなし、アーリシュリンの魔導具の進捗状態を確認する。
そんな時父王から呼ばれていると迎えの兵士がやってきた。態々王宮の魔法兵を伝令に使うなど普段なら有り得ず、不審に思いながらも呼び出された琥珀の間に急いだ。
琥珀の間は縦長の舞踏会用の広間で、過去に琥珀色の瞳が美しい王妃の為に建てられた建物だった。
天井には琥珀色の朝日の中、想像上の黒龍とそれに付き従う龍達が描かれており、シャンデリアの光が金粉と乱反射して眩い部屋だ。
広間に入ると父王と護衛魔法兵が付き従って待っていた。
父と言えど国王。膝を付き礼を取ると、立ち上がるように促される。
「カーレサルデ、真珠宮で謹慎を命じる。」
「………は?」
意味が分からない。真意を探ろうと父王を見て異変に気付く。
いつから?
湧くように魔法兵がカーレサルデを取り囲み、元きた道へと引いて行く。
いつから、魅了されていた?
魔女ではない。
カーンドルテ国の魔女はリューダミロ王国には来たことがない。魅了魔法を使う者等、危険すぎて入らせない様警戒させていたので、今まで侵入を許した事は無かった。
なら、王を魅了したのは、兄上か…?
私の謹慎はロワイデルデ兄上の指示?
訳も分からずカーレサルデは自身の宮へ押し込められ、早くも一週間が経とうとしていた。
ロワイデルデ兄上の様子はずっとおかしかった。だから、注意していた。
その精神が崩れない様に、そばに寄り添い支えとなれる様に。
駄目だったのか?
遅かったのか?
「酷い顔色だな。」
…………!?
「兄上!!」
カーレサルデは自分より小柄な少年の姿の兄へ縋りついた。
「どう言う事でしょうか!?何故私に謹慎を!?」
ロワイデルデは弟の頬をに手を伸ばし撫でた。慈しむように、優しく微笑む。
「お前が治癒魔法師でなければ、生殖機能を潰して自由にしてやって良かったのに………。」
帰ってきた言葉の意味が分からない。
何故生殖器?
聞きわけのない子供に言い聞かせるように、潰しても治してしまうだろう?と困った顔で言われてしまう。
「………何を仰っているのですか?」
ロワイデルデはいつもの通りだ。
だが話が通じない恐ろしさを感じる。
言いようの無い不安。
心音がドクドクとなり、耳鳴りがしそうだ。カーレサルデの眼は見開く。
「もう我慢出来ないんだ……。リューダミロを消そう?」
兄の言葉に、絶望する。
遅かったのだ。
もっと早く属性の処置をしなければならなかったんだ。
聖と闇を抱え過ぎて、魔力が膨らみ、精神を侵してしまうなんて。
こんなに狂ってしまうなんて。
「……あ、兄上……、もう少し我慢できませんか?アーリシュリンに魔導具を作らせているんです。完成したら闇属性を抜きましょう………。魅了魔法は解いて、聖魔法で治療して行けば、また元通りに…………。」
言い募るカーレサルデにロワイデルデの笑みは深くなっていく。
オリーブの瞳は水底のように昏く、何の希望も映していない。
「もう、無理そうだよ。私の中の魔力は抑えれそうも無い。こんな人間を産む一族なんて存在しない方がいい… 。生まれて来ないように、全て殺そう?」
部屋に待機していた侍女か倒れた。
「………!?」
確か彼女は伯爵家の娘だったはず。何代か前に魔力が少ない王族が降嫁しているが、王家の血は薄いし王族特有の聖も闇も伯爵家から発現した事は無かった。
「魅了して自死を命じただけだよ。」
喉を掻き切ったのか、うつ伏せに倒れた侍女の身体から血溜まりが広がる。
「魅了に掛かれば恐怖も痛みも感じない。さぁ、カーレサルデも………。」
そしてこの王宮を壊してしまおうね。
優しく愛おしげに笑いながら、ロワイデルデはカーレサルデの瞳を覗き込んできた。
魅了魔法は目と目を合わせないと掛からない。いったいいつからやり出したのか。この自死した侍女だってそうそう会う事もない人間だった筈だ。何人の人間が魅了魔法に掛かっている?どこまで王族の血を辿って殺していくつもりだ?
…何でこんなに狂ってしまったんだ?
絶望に顔を歪ませた時、背後から力強く引っ張られた。
「………!?」
カーレサルデとロワイデルデの間に立ったのは、薄い茶色の髪とダークブラウンの瞳のそばかす顔の青年だった。
細身の長剣を構えてカーレサルデを背後に庇う。
「ロクテーヌリオン公爵家の犬か……。」
ロワイデルデが忌々しげに呟いた。
シゼの水魔法は隠密に長けた鏡波という魔法だ。触れても気付けない程の水の膜を張り、景色を歪めて姿を消し、気配も消せば相手に気付かれない魔法だ。
カーレサルデは一緒に来たパルが引っ張って外へ連れ出す。一階なのでそのまま窓から連れ出してしまう。
ロワイデルデはシゼに魅了魔法を使おうとしたが、それよりも早くシゼは顔を腕で隠し後ずさる。
待機していた王宮の魔法兵達が駆け込んできたが、パルがカーレサルデを連れ去るのを確認してから、シゼも姿を消して逃げ去ってしまった。
ロワイデルデは王族らしからぬ舌打ちをしたが、思い直す。
どうせ逃げる場所はロクテーヌリオン公爵家の屋敷だろう。ムルエリデも王家の血筋。アーリシュリンの婚約者なので、ロルビィの存在が邪魔をして手を出しにくいが、霊峰から帰ってくる前に殺して全てを終わらせるつもりだった。その時にカーレサルデも殺そう。
そして、私も一緒に逝けばいい……。
それで最後にすればいい。
いい考えに思えた。
カーレサルデを辛い気持ちにさせるのが忍びなく、先に殺めてしまおうと思ったが、最後に一緒に逝こう。
唯一心許せるカーレサルデと一緒に。
ロワイデルデは呟く。
「さあ、リューダミロの血よ。皆んな滅ぶがいい……。」
応援ありがとうございます!
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