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1章 俺のヘタレな皇子様
33 想い合う
しおりを挟むトビレウス兄から漸く旅費を貰ったので、ロルビィは霊峰へ向かう事にした。
霊峰はリューダミロ王都から辻馬車を使うと三週間程度かかると聞いた。が、そんな悠長に移動するつもりはないのでレンレンで移動する事にした。旅費は衣類や日用品、食料に主に使う。レンレンなら一週間程度で行けるんじゃ無いだろうか?
出発はユキト殿下にも伝えた。
霊峰をどのくらいの期間で見つけれるか判断出来ないので、二週間程度で見つけれなければ帰ってくると伝えた。
霊峰のあるフィガナ山脈はかなり広い。レンレンをめいいっぱい広げて調査するつもりだが、どこまでカバー出来るだろうか。
フィガナ山脈の向こう側は氷の大地で誰も住む事は出来ない場所だと聞いた事がある。そちら方面まで行くとなると二週間では足らないかもしれないが、行けるところまで行って、予定期間を過ぎたら諦めよう。元々神である黒龍は実在するとは言われているが、会った事がある人間はいない。もしかしたらいないかもしれないし、時空の神が言っていた眷属とか言うのは黒龍ではないかもしれないのだ。
「無事に帰って来てね。」
心配気な殿下に、安心させる為に笑って大丈夫ですと力強く言った。
「フィガナ山脈に入ると魔導通信が出来ないそうなので、帰りに通信が出来る場所に出たらしますね。」
「ああ、無理はしないようにね。」
貴方の元へ帰ります。
少し情けなくて、でも凄く頭が良くて、悲しい過去があって、俺を好きだと言う貴方に、俺も好きだと伝えたい。
ちゃんと、俺の意思で自信を持って伝えたい。
俺は手早く旅支度を整え、フィガナ山脈へと向かった。
ロルビィが霊峰探しに旅立って直ぐに、スワイデル皇国に報せが入った。
カーンドルテ国がまた侵攻したという。
今度はスワイデル皇国方面へ出発し、その数は約五万兵いるのではと報告が上がった。
魔女の国カーンドルテが短期間で出兵するのは珍しい。国としてはそう強国でもないと言うのが一番だが、何度も兵を出していては北の国から侵略されかねないし、備蓄が間に合わないだろう。
「私が行って来ます。」
ハルトが出る事になった。
前回ユキトが出て無事帰還したパーティーが開かれたばかりだった。
ユキトはそんな事して欲しくなかったが、周りの貴族を黙らせる為にも必要だと言われ、仕方なく参加した。
今度はカーンドルテ国の本気度が窺える兵数だ。今までで一番多いのではないだろうか。
準備に時間が掛かるが、カーンドルテ国側もそれだけの大軍を率いているなら到着まで猶予がある。多少スワイデル皇国側に攻め込まれるが、国境付近の村や街には避難を呼びかけ、急げば応戦出来るだろう。
「同盟国への連絡は?」
「サクトワは直ぐに出兵準備をすると連絡が入りました。リューダミロ王国は今手の空いた魔法兵がいないので調整次第送るとの事です。」
通信部からの報告にスグル皇帝の視線が厳しくなる。
リューダミロ王国は送ってくる魔法兵は少ないが、今まで出し渋った事はない。珍しい返事に何かあるのだろうかと勘繰る。カーンドルテの侵攻と重なり悪い予感がする。
「引き続き両国とは連絡を取れ。ハルト、頼むぞ。ユキトは皇都の防衛強化を。嫌な予感がする。」
昔皇后サクラを失った時もカーンドルテ国は大軍を率いて攻め込んで来た。自分は足止めを喰らい、皇宮は手薄になったのだ。
スグルの指示に二人は頷いた。
ユキトは報告に来た通信部担当者と共に管理室にやってきた。
部屋には投影魔法が施されており、数百という画面が至る所に浮かんでは消えていく。
管理するには魔石を使って使用者の意思を汲み取り映像が映し出されるようにしている。魔石の大きさ、使用者の魔力の大きさによって動かせる画面の数が変わるので、ここで働く人間は基本魔力保持者が多い。
ユキトが管理室に入ると、中にいた数十人の職員は頭を垂れてユキトに場所を空ける。
中央には巨大な魔石が宙に浮き、数十の魔法式が帯状に連なり魔石の周りを回っていた。
ユキトが手を翳すと幾つかの魔法式が動き、ユキトの手の周りを回り始める。
浮いていた数百の画面がユキトの眼前に所狭しと集まり、ユキトの意思で次々と動き出した。
留守中の画像を早送りで見ているのだ。
事前に注視させていたもの、犯罪、事故等を報告書を元に映し出していく。
報告書も全て画像の中に取り込まれており、皇都職員ならば役職に応じて権限内で閲覧可能になっているのだが、皇太子のユキトは勿論全て閲覧可能だ。
全てを見終わり、次は処理済みの確認と未処理の確認をしていく。
終わったものは印を押し類似番号へ片付ける。未処理は指示を出し次へ回す。
この作業を一時間程度で終わらせると、次に皇都の防衛の見直しを検討し出す。
これらの処理をユキトはたった一人で行う。
この管理室にいる人間は皆ユキトの信者だ。
ユキトはロルビィの処理能力に驚いていたが、普通の人間にとってもユキトの処理能力は異常に感じる。
ほぼ魔石の魔力を使わずに自身の魔力のみで投影魔法を動かし、皇都の管理を一人で流れるように処理していくのだ。
勿論紙面の書類はあるのだが、この技術を使えば人が皇宮内を紙を持って移動する手間も無くなり、決済も簡単に終わっていく。
魔力がない場合は魔石を支給し、能力がある者に活躍する場を与える様にもされている。
ユキトがこの管理者トップに立つ意味を理解している者は少ない。
この処理を一人で行えるという意味を理解するのは、同じ管理室で技術を作り上げ、今なおそれを維持する事に努める職員のみだ。
投影魔法をたった一人で全て動かし目を通して処理をする。それが可能なのはユキト皇太子だけだった。
皇太子に代わる人間はいない。
それを理解するのもここの職員だけ。
物音ひとつ立てずにユキトの作業を皆見届けていた。邪魔など出来ない。
ユキトの手が止まり、ユキトは画面を最後とばかりに見つめた。
一つの顔面にほんの少し前に滞在した青年が写っていた。
ユキトの顔が少し綻ぶ。
一人の職員がスッと出て来てユキトの前に通信魔導具を差し出した。
「あの、これゼクセスト・オーデルド博士がユキト殿下が来られたら渡すようにと仰られて置いて行かれたのですが。」
画面にはロルビィの笑顔が写し出されていた。受け取って画面に手を乗せると、さぁーと映像が写し流されていく。
投影魔法を組み込んで過去の映像を通信魔導具に保存したようだ。
「これをやるから、ちゃんと仕事に専念して下さい、だそうです。」
ユキトはロルビィが霊峰に向かうまで落ち着かず、あまり管理室に来ていなかった。
「う………。わかった、すまないね、仕事溜めちゃって。」
「いえいえ。」
どんなに溜め込んでも一時間程度で終わらせるので何も問題はない。
職員達は大事そうに通信魔導具を持って帰る皇太子を、暖かな目で見送った。
ユキトがロルビィの保存画像を後生大事に抱えてる頃、ロルビィはレンレンを伝って人にはあり得ない速さでフィガナ山脈へと向かっていた。
途中途中の町には寄らず、なるべく人がいない地域を進む。レンレンの巨大な蔦もそれを飛ぶように伝っていく姿も、目撃されると後々面倒なのだ。魔獣が出たとかなんとか言って討伐隊を派遣されでもしたら目も当てられない。
一応カーレサルデ殿下とロクテーヌリオン公爵に説明して来たので大丈夫だと思うが、見つからないに越した事はない。
霊峰の位置が分からないので真っ直ぐ東に進み、連なる山脈を目指す。
夜はテントを張って亜空間にしまっておいた食材を適当に切ってスープにしたり、肉を焼いてソースや塩胡椒で食べたりとして割と楽しんでいた。
亜空間に入れておげは時間経過もなく入れて置けるので、食材が腐ることもない。面倒な時は出来合いのご飯を買っているので、それを食べてもいい。
一人旅だがレンレンが常に周囲を警戒してくれるのでとても安全だ。
魔獣も魔植もレンレンの腹の中に入っているようだ。
こんな旅を6日も進むと、フィガナ山脈の麓の村に到着した。山脈に住まう魔獣を狩って肉や素材を売ったり農地を耕したりして生活している村だった。
宿は無いと言われたので、空き家を一つ借して欲しいというと、少しお金を取られた。
村人は霊峰についてはあまり知らなかった。
黒龍を神として崇めてはいても、本当に存在するとは思っていなさそうだった。
夜になり、借りた荒屋の中でコソコソとレンレンを呼ぶ。
「レンレン、お風呂入りたい。」
レンレンと共に亜空間から大きな桶が出て来た。勿論お湯入で。公爵家から出る前にお風呂用としてお湯入桶を亜空間に入れて来たのだ。
走り通しだったので手早く身体を拭いて桶に沈む。
旅人は井戸で身体を拭くのが一般的だが、どうしてもお風呂に入りたいという欲求が止まらない。外で半身裸になって拭くというのも少々恥ずかしいというのもある。
一応貧乏とはいえ辺境伯爵家の三男なので育ちは良い。そして日本人としての記憶もあるので、なかなか井戸で身体を拭くのに抵抗があった。
身体を拭いて下にズボンだけ履き、残ったお湯で汚れた服を洗っていた時、外が何やら騒がしいのに気付いた。レンレンを通してみれば、刃物を持った男性達が六人見える。
そう言えばアーリシュリン兄が注意しろと言っていた言葉を思い出す。
田舎に行くと警備が薄くなり犯罪が起きても発見されにくいので、山賊が出たり田舎の村でも追い剥ぎに遭ったりすると。
もう少しちゃんと警備兵のいそうな大きめの町に泊まるべきだったかもしれない。
斜めに閉まって隙間の空いた扉が無造作に開いた。
ニヤニヤと笑う男達に、これが初めてでは無いのだと思わせられる。
「こんばんは。勝手に入られても困るんですけど?」
洗った洋服を絞りながら言うと、男達は可笑しそうに笑い出した。
「呑気な貴族の坊ちゃんだなぁ。」
「こんな辺鄙な村に来たお前が悪いんだぁよ。」
男達は上半身裸で服を洗っていた俺の身体を舐め回すように見ていた。
あ、男性妊娠があるから男もそういう対象になるのだと、改めて気付く。
村は貧しかった。
そして娯楽も少ない。
畑を耕し魔獣を狩ってなんとか食い繋いでいる。女は少なく、男同士の夫夫が半分もいる。
たまに来る旅人は彼等の格好の餌食だった。
今日来た旅人は小綺麗な青年だった。まだ幼さが見えるので少年かもしれない。
上半身裸で、何処から持って来たのか大きな桶が置いてあり、服を洗っていたようだ。
服も桶も青年も、どれもこれも綺麗だった。全て男達のものにするつもりだ。青年はこの荒屋に死ぬまで監禁するつもりだった。子供を孕ませ誰かの嫁にすればいい。持ち物を全て奪えば村から出ていく事は出来ない。此処から次の村まで歩いて三日も掛かるのだ。手ぶらで行ける距離でも場所でも無かった。
「可哀想になぁ~。」
男の一人がちっとも可哀想とは思っていない顔でそう言った。
幸せそうに暮らして来たような裕福そうな青年が、惨めに這いつくばる姿を思い描いて、彼等は興奮していた。
これは彼等にとっての娯楽だった。
「ホントに………。こんな事しか出来ない貴方達は可哀想ですね。」
青年はニコリと笑った。
恐怖も無い。
慌ててもいない。
何故こんなに落ち着いているのかと、男達は漸く疑問を抱いた。
翡翠の瞳がふわりと輝く。
荒屋には蝋燭の灯りは一つだけ。
異様に緑の輝きが暗闇の中に浮かんでいた。
漸く男達は気付いた。これは魔法師だと。
魔力保持者はその力を学ぶために王都周辺に集められる。こんな田舎に魔力を持つ人間は少なく、生活魔法を使える者が数名いるだけだった。
「どうしますか?出て行きますか?俺にやられますか?」
男達にはやられるが、殺られるに聞こえた。
悲鳴を上げて逃げて行く男達を、ロルビィは呆れて見送った。
「扉は閉めてけよ。」
レンレンは荒屋周辺で今か今かと男達が襲いかかるのを待っていたのに、逃げて行ったのでガッカリとピンクの花を垂らした。
「あ、レンレン食べたかったの?ごめん。」
最近のレンレンの雑食具合が半端ない。
洗った服はお手製ハンガーにかけて木枠に吊るし、荒屋には布団がないのでレンレンに葉を広げてもらった。
いそいそと亜空間から魔導通信機を取り出す。男達を早々と追い払ったのはユキト殿下と早く通信したかったからだ。
明日から霊峰を見つける為にフィガナ山脈に入る。フィガナ山脈は力場が狂い通信が出来ない可能性があると言われていた。
明日からお喋り出来ないのなら、今夜の通信でしっかりとお喋りを楽しまなければ!
通信機の魔石に手を置くと、ほんのりと光出す。
「ロルビィ?今日はどうだった?」
優しい声が流れ出す。
画面に銀の髪と紫の瞳の綺麗な人が映る。
何でもない事を話すだけで楽しい。頼りない人なのに、話せば話す程会話は進み、ユキト殿下は甘やかしてくる。一人で勝手に喋っても、笑って楽しそうに聞いてくれるから嬉しくてずっとお喋りしてしまう。
やっぱりユキト殿下は従兄弟のお兄ちゃんに似ている。
穏やかな話し方と、俺の話が一番楽しい話題だと思わせてくれる雰囲気が。
気を付けて行っておいで。
最後の最後まで心配した言葉が。
「おやすみなさい、ユキト殿下。」
「おやすみ、ロルビィ。」
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