翡翠の魔法師と小鳥の願い

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1章 俺のヘタレな皇子様

32 トビレウス

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 ユキト殿下がスワイデル皇都に着いたら、直ぐに霊峰に向かおうと思っていたら引き止められた。
 母上から旅費はどうするのかと聞かれ、無一文なので下さいと言ったら、母上も無一文だった。
 カーレサルデ殿下の護衛報酬と俺がサクトワに援軍として出向いた報酬が有るだろうと言ったら、金額が大きいので全額領地に送ってもらったと言う。
 今から帰ってトビレウスに持たせるから、待っとく様に言いつかった。
 なので今迄トビレウス兄を待っていた。
 領地まで辻馬車使うと二週間ちょい掛かるが、母上もトビレウス兄も馬を駆って移動するので片道一週間程度。
 俺はレンレンばっかり移動に使っていた所為か馬はちょっと苦手だった。だって自分の思う様に動かないんだもん。レンレンなら言葉を使うまでも無く、思考するだけでいい。領地ではレンレンも普通で領民も慣れて驚かないが、他の場所ではレンレン移動は控えていた。以前それやったら魔法師団を派遣されて大騒ぎになり、ほとぼりが冷めるまで隠れていた経験がある。

 トビレウス兄がロクテーヌリオン公爵邸に着いたのは、母上が公爵邸を出てから三週間経った頃だった。
 あまり領地を出ない兄は、豪奢な屋敷に気後れしながら入って来た。
 トビレウス兄はロクテーヌリオン公爵が苦手だ。一般的に闇魔法師は嫌われるので、兄もそれで苦手なのかと思っていたが、挨拶をし合うのを見ているとそうでも無いらしい。体調が良さそうで良かったです、と気遣う様子があった。

「トビレウス兄は公爵が嫌いなのかと思ってました。」

「いや、嫌いというか、こういつも影さしててね。見てて私まで沈鬱になりそうというか………。アーリシュリンくらいじゃないと相手出来ないと思う。」
 
 公爵に対してとても失礼な物言いだ。

「アーリシュリン兄がたまに送って来てた魔工飴は公爵の為に開発してたらしいですよ。もう相思相愛でびっくりです!」

「あー………確かに。もう桃色だ。」

 どうやらトビレウス兄は人の感情が色で見えるそうだ。以前の二人は青やら黒やら赤やらドロドロしく、とても上手く行っている様に見えなかったらしいのだが、今は白やら桃色やら黄色やら幸せいっぱいです!という色が溢れ出ているとか。トビレウス兄はアーリシュリン兄とはソルトジ学院に行く前しか会っていなかったのだが、アーリシュリンが領地の為に嫌々ながら婚約していると感じていたので、結婚から逃げていると思い込んでいたらしい。そう聞いていた俺も、てっきり結婚が嫌で逃げているのだと思い込んでいた。
 魔工飴はなんか研究してるんだなと思っていただけだった。

「あ、そだ、これ旅費。」

 袋をポスンとくれた。開けると金貨と銀貨が入っている。
 
「思ったんですけど、俺の報酬分については俺のものですよね?」

 トビレウス兄は顔を背けた。
 あ、これはやばそうだ。

「母上がロルビィはそのうちスワイデル皇国の皇太子妃になるから、とかなんとか言ってたなぁ…………。」

「まさか俺の報酬分も療院に消えてませんよね?というか皇太子妃になるかどうか決まってませんけど!」

 トビレウス兄は目を彷徨わせながら笑っていた。
 酷い!俺のお小遣いが!
 二人でわーわーと言い合っていると、ロクテーヌリオン公爵が仲裁に入る。

「すまないが、カーレサルデ殿下がトビレウス殿の能力について聞きたいことがあるらしい。時間があれば王宮に出向いてくれないだろうか。」

 いつが良い?という話になり、早速明日行く事になった。俺も一緒に来て欲しいと言われ、早く霊峰を探したかったので急いでもらったのだが、忙しい合間をぬって時間を空けてくれたらしい。
 トビレウス兄の能力と言えば精神感応の事だろう。
 何を聞きたいのだろうか。





 翌朝、王宮から迎えの馬車が来た。
 それにトビレウス兄と俺が乗る。一緒に公爵もついて来てくれた。慣れない王宮に二人で行くのは気が引けるだろうという配慮だった。実際ついて来てくれるのは有り難いのでお願いした。
 城門をくぐり長い庭園もそのまま馬車で通過し、奥深い離宮の前で停車した。

「すまなかったね。出向いてもらって。」

 離宮はカーレサルデ殿下が暮らす離宮で真珠宮というらしい。執事らしき人が案内をし、応接間に通されるとカーレサルデ殿下が待っていた。
 カーレサルデ殿下が挨拶をし、トビレウス兄も慣例に従った挨拶を返す。
 相変わらずカーレサルデ殿下のオリーブ色の眼は感情が窺えない。
 
「早速だけど、トビレウス殿は感情が色で見えると聞いたのだが本当だろうか。」
 
 何処から聞いたのだろう。弟である俺ですら昨日知った事なのに、カーレサルデ殿下はトビレウス兄の能力を知っている様だ。
 兄も同じように不思議な顔をしながらも、そうです、と返事している。

「なら、私の色も見えるのだろうか。」
 
 トビレウス兄は困った顔をした。
 貴賎なく言って欲しいと言われ、うーんと首を傾げる。

「では、言わせていただきます。まず全体的に紫。不安です。それから青、どちらかと言うと悲しみかな?後はいろんな色が揺らめいてますが、それは小さな事に対する生活で起きる感情ですので、大部分は不安と悲しみです。」

 カーレサルデ殿下は目を見開いていた。感情を表に出すなんて珍しい事だが、表情から当たっていそうだ。

「そうか………、不安か。」

 カーレサルデ殿下は目を伏せてしまった。トビレウス兄と目を見交わして、お互い首切られないよね?と目で会話する。

「少し歩くが付き合って欲しい所がある。ムルエリデとロルビィは魔力が多いから悟られてしまう。此処で待っててくれ。」

 カーレサルデ殿下はそう言うと立ち上がり、付いてくるように促した。
 最近のロクテーヌリオン公爵はアーリシュリン兄との魔力譲渡で健康だ。魔力もちゃんと溜まっている。
 誰に悟られるというのか。
 トビレウス兄は大丈夫と頷いてついていってしまった。
 俺は公爵と二人きりだ。
 公爵は優雅に紅茶を飲んでいるが、非常に気まずい………。
 






 カーレサルデは無言で後ろをついてくる男を観察した。
 へープレンド家は皆小柄だとは思っていたが、今年二十八歳の嫡男も小柄だ。頭が自分の口の辺りにある。
 亜麻色の髪に深い緑の瞳をしているが、透き通った瞳は深緑を思わせる。
 ロルビィの翡翠の様な輝きとは違い、落ち着いた静かな瞳だった。
 顔はロルビィに似ているが、アーリシュリンの派手な見た目も少し混じっている。両親から半分ずつ貰ったような容姿をしていた。


 馬車を使うと音でバレる為歩いて移動する。
 小道に入り木々の間を縫うと、真珠宮とは別の宮へと着いた。
 目配せをして二人で木陰へ隠れる。
 真珠宮は王宮から少し離れた位置にあるのに対し、この宮は渡り廊下で繋がっていた。位置的に王宮のかなり奥まった場所になる。
 静かに待つ事数分、渡り廊下を一人の少年が歩いていた。
 金の髪にカーレサルデ殿下に似通った容姿。
 トビレウスは小さく息を飲んだ。
 淡く光る金の粒子がフワリフワリと空に登る。白く揺蕩う光は少年が纏う色だった。
 カーレサルデ殿下が気配を消す様に見つめるので、同じ様に気づかれぬ様観察する。
 渡り廊下を歩く少年は王宮の中へ消えていった。
 充分に間を取ってから、カーレサルデ殿下はトビレウスを振り返った。

「彼の色は見えただろうか。」

 どうやらトビレウスにあの少年の色を見て欲しかったようだ。

「白い光と金の粒子です。死を覚悟する色ですね。」

 トビレウスの言葉に殿下の目が見開かれる。死を…?言葉には出ていなかったが、カーレサルデ殿下の口はそう形作った。

「領地の療院で、たまに見る色です。病人や年寄りに多いのですが、自分の死を覚悟した者の色ですよ。彼はまだ若いようですが、病気か何かを?」

 カーレサルデ殿下は首を振った。病気などあるはずが無い。ロワイデルデ兄上は聖と闇が相殺し合い魔法はつかえないが、闇魔法の魔力吸収と聖魔法の治癒が常時発動してしまっている。普段は押さえ込んでいるが、一人の時は抑える必要もないので発動している筈だ。だからその時に病気が有れば治してしまっている。
 何故死を覚悟する必要が?
 最近の兄上の様子が気になり、トビレウスの目なら分かるかと思って連れて来たが、予想外の事を言われて判断がつかない。

「何故死を覚悟しているかは………?」

「すみません、それは分かりません。療院の患者なら事情も知ってますし、治療内容によっては死期を伝えますので、そこで死を覚悟した者はあの色になりますが、死期を知っても悲しむ者や怒りを表す者もいます。あの色は本当に死を受け止め心が安定した人の色だという事しか分かりません。」

 カーレサルデは困惑した。
 兄上が何故死期を知っているのか、何故死ぬのかを理解し受け止めているのかが分からない。
 兄上が好きでいずれは王弟として支えるべく努力して来たが、兄上が死んでしまえは自分は王になるしかない。
 そんな未来は考えていなかった。
 考えてしまえば、ロワイデルデ兄上がいなくなってしまうと無意識に思っていた。
 兄上が死ぬ理由をまず知る必要がある。
 
「ありがとう……。少し考えねばならない事があるようだ。」

 戻ろうと言って真珠宮へ歩き出すカーレサルデの後を、トビレウスは静かに従った。
 トビレウスは死に逝く人間を沢山見てきた。父の療院の手伝いでなのだが、皆一様に死ぬ時は光となり空に登る。残された身体は空っぽになり、生きていた時の色は無くなり無機質に感じるのだ。
 死を覚悟した人間はその光が生きているうちから空に登っている。
 皆空に登る事を享受しているのだ。
 空の上、遥か彼方に何があるのかトビレウスは知らない。
 ただあの少年の光は大きい。
 死を覚悟するにしても、あんなに大きく粒子を立ち昇らせる人間は少ない。何をそこまで覚悟しているのか、トビレウスには計りようもない。彼が誰なのか知らないのだから。

 トントンとカーレサルデ殿下の肩を叩いた。不敬とは思うが、少しこの殿下も心配だ。
 深く増す紫の色に、そのうち潰されてしまわないだろうか。
 トビレウスには色を見る他に、自分の色を分けてあげる力がある。親には寄り添う力だと言われているが、療院でもこれは役に立っていた。
 手に黄色い色を作る。
 幸せの色だ。
 振り返った殿下の手をぎゅっと両手で握りしめた。

「?」

 カーレサルデは不思議そうにしながらも手を振り解かなかった。何故ならトビレウスの手からとても暖かな温もりを感じたから………。

「…………分かりますか?」

「何か暖かいな。」

 トビレウスはにっこり笑った。
 
「貴方の心に幸せが届きますように。」

 優しい微笑みに、カーレサルデも笑顔を返した。




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