翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

30 恋心

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 ロクテーヌリオン公爵で過ごす事五日。まだまだユキト殿下達は皇都に着かないだろう。
 魔導具の仕組みなんて知らないので、アーリシュリン兄の手伝いをする事も出来ずに、のんびりと公爵家のお客様になっていた。
 知り合いといえはシゼかパルかテレセスタぐらいしかいない。シゼとパルはいつもロクテーヌリオン公爵の用事で仕事に出ている為、屋敷にはテレセスタしかいない。
 テレセスタを探していると、今日は料理場の外で野菜の皮剥きをしていた。使用人見習いとして暫く色んな場所で研修をするらしい。遠目にジャガイモと人参を剥いているのが見えるので、今日も話し掛けようと近付いて行く。

「ロルビィ様、こんな使用人の仕事場で何してんですか?」

 不意に呼び止められた。いつの間にかパルが近くにいた。

「あ、パルじゃん。久しぶり~。暇だからテレセスタに相手して貰おうと思ってさっ。」

「テレセスタは今忙しそうですよ。」

 ニマニマと何やら楽しそうに笑っているので、テレセスタの方を見ると誰か身体の大きな青年に話し掛けられている。
 簡易な鉄の胸当てをつけた彼は、門番をやっている使用人ですよとパルが教えてくれた。
 楽しそうに笑う姿から初対面同士ではなく、よく話している間柄のようだった。

「えーテレセスタはもう友達が出来たのか~。」

 ロルビィの立場では使用人と友人関係というのも難しく、ここは自分の屋敷でもない。客人なのでどうしても相手が下手に話してくるので、こちらから話しかけても友達という関係にはならない。
 テレセスタは常に丁寧な話し方と物腰だが、元が神官だからか性格だからか、相手によって態度を変えるということもなく、話しやすい人柄だった。
 友人同士の間に自分が入れば、話し難くなるだろうと今は近寄るのを諦めた。

「やだなーロルビィ様、友達じゃなくてテレセスタは仕事仲間としか見てませんよ。んで、門番の彼はアタック中なんです。」

 どうしても日本の常識が根底にあるのか男同士だと色恋沙汰に思考が向かなかったが、ここは男性妊娠のある世界。あ、成程!と納得した。
 自分だってユキト殿下の事が気になってるし、好きだと言われて嫌な気もしないどころか嬉しかったりする。
 そか、そか、テレセスタはモテるのか。小柄で清潔感があってどこか頼りない。顔は綺麗と言うわけではないが、小作りで可愛らしい方だ。作業に邪魔と思ったのか、少し伸びた赤茶色の髪を後ろでポニーテールしている。榛色の眼もここら辺にはいない色なので、目立っている。
 
「こら、パル何やってるんだ?報告に行けと言っただろう?」

 次は気配もなくシゼもやってきた。
 この人達気配がない。危険がある場合はレンレンが教えてくれるから問題はないが、ロルビィだって田舎育ちなのだから気配の読み方は少しは知っている。
 草の上歩いてるのに足音無いもんなぁ。

「いや~ロルビィ様が面白いもの見てたんで!」

 パルは咄嗟にロルビィの所為にした。
 それはシゼも理解していたが、二人の視線の先を見てテレセスタの方へ歩き出した。
 近付いてくる人影に気付いたテレセスタがパアァと顔を輝かせる。

「シゼ!お疲れ様です!」

「ああ、お疲れさん。」
 
 ロルビィ達からはシゼの顔は見えないが、門兵の青年が顔色を変えた。

「まさか勤務中じゃ無いよな?」

 シゼの声がやや低く、門兵の青年はあたふたとし出して戻って行った。
 シゼがテレセスタの隣にしゃがんで、もう一本あったナイフでジャガイモを剥き出した。

「あ、シゼ、いいですよ!?」

「少しだけな。さっきのやつが話し掛けて手が止まっただろ?」

 むむーシゼはテレセスタに甘いのか?
 シゼの性格は少し軽くて事なかれ主義って感じがしてて、仕事に関係しなければ距離を置く方かと思ったのに。
 首を傾げるロルビィにパルはやっぱりニマニマと笑っている。
 
「シゼ最近花街行ってないんですよね~。前は魔力残量が少しでも減ったら定期的に行ってたんですけど。」

「ん?もしかして、もしかして?」

 シゼとテレセスタはまさか?

「まだお付き合いはしてませんけど、脈アリ同士だと思うんですよね~。」
 
 ちょっと突いてみようかなぁ。などとパルは呟いている。
 
「パルは恋バナ好きなんだ?」

「ホントは自分の恋愛が好きですけど、長期不在になる度に別れるんですよね~。」

 浮気とかぁ、二股とかぁ~とつついてはいけない話をついてしまったようだ。

「そーいうロルビィ様はユキト殿下と進んだんですか?まだ入れてないでしょう?最初を上手くいかせたいなら少しは慣らしとかないと。」

 ぶーーーーー!?

「な、なんて事言い出すんだ!?」

「えー?ロルビィ様もう二十歳でしょ?」

 いや、そうだけど!?
 
「ほら、初めて同士だとなかなか進めないし、失敗しがちだからどっちかがリードしないと!」

「えっ、俺!?無理無理無理無理!」

「でも行くんでしょ?スワイデルに。」

 行くけど………。
 
「好きって言われて、ユキト殿下のとこに行ったら、そーいう事するって事かな?」

「…………逆に何しに行くんですか?」

 そーですね。
 いや、うん、俺もユキト殿下の事は好きだ。多分そっちの方の好きが多いと思うんだけど、ちゃんと返事はしていない。
 だって神の意思がどうのこうのと言われて、よく分からなくなったのだ。
 ユキト殿下を好きなのは間違い無いと思うのに、それが神の意思だと言われると納得出来ない。
 それを確認したいから黒龍に会おうと思った。
 そう説明すると、パルはじゃあとっとと行ってスッキリするのが良いですね~と呑気に言っていた。
 
「でも神様がそれは神の意思だって言ったとしても、その気持ちが生まれたのは本物だと思いますよ。」

 パルがニコニコと笑いながら言う。
 ロルビィは目を見開いてパルを見た。

「…………うん、ありがとう。」

 いえいえと軽く返事をして、パルは報告に行ってきますと去って行った。
 
 なんか欲しかった言葉を貰った気がする。神の意思とか関係なくそれはお前の心だよと言われた気がした。





 その日の夕方、パルが魔導通信機を持って部屋にやってきた。

「念願のユキト殿下ですよ~。」

 「え!?まだ半分しか進んで無いよ!?」

 でも嬉しくて通信機に飛びつく。
 魔導通信機は魔工石の板に両手のひらを乗せたくらいの大きさの窪みが有り、ガラスの板が上に乗っている。窪みの中には遠隔投影を映すための水が入っていて、溢れないようにガラス板で密閉されている代物だ。右側に魔石が付いていて、スイッチを押すと魔力無しでも通信ができる。相手から通信が入ると光る仕様だ。通信先は登録されたところしか飛ばせないし、登録先はあまり設定できない。所持する場所も少ないので今のところは問題ないが、この先普及すれば、もっと実用的な物を作りたいと言っていた。

 ドキドキしながら通信機のスイッチを押すと、ほのかに光っていた水がゆらゆらと揺れてユキト殿下の姿が映った。

「久しぶりだね。元気にしてたかな?」

「お久しぶりです!ユキト殿下!今何処にいるんですか?」

 ユキト殿下の姿は上半身だけ映っていた。テントの中のようで、座って通信を飛ばしたようだ。

「今はサクトワを抜けてスワイデルの国境を入った所だよ。魔導車をずっと走らせたから熱を発散させる為に一晩休憩する事にしたんだ。」

 久しぶりに見るユキト殿下は少々疲れているようだ。
 ずっと揺られててフラフラだよ~と言っている。身綺麗になっているのでどうしたのか聞いたら、街の有力者の屋敷にお邪魔してお風呂だけ借りたらしい。宿泊は丁寧に辞退したそうだ。
 お互いにここ数日何をしていたのか、たわいもないお喋りをした。
 久しぶりのユキト殿下のゆっくりとした話は、ドキドキしてても安心するものだった。ずっとずっとお喋りしたくとも、魔石の消費が激しいので、またスワイデル皇都に着いてから通信を入れることになった。

「またね、ロルビィ………。」

「はい、また、お気をつけて……。」

 二人の物悲しい別れの言葉を、パルは後ろで聞きながら、これはなかなか進まないかもなと思う。お互いが初々しすぎる。
 ちょっとした嗜好品を用意したのだが、ロルビィ様とテレセスタ、どちらにやろうかと悩んでいたが、テレセスタの方が先だと判断した。
 
 その日の夜更けに、その嗜好品を貰ったテレセスタは慄いた。
「こ、これは………。」
 赤い顔で目を見開く。使い方はザッと説明されて、パルはまずは初心者用からねとテレセスタの使用人部屋に置いて行った。
 ゴクリと喉を鳴らして、とりあえず部屋に付いている風呂へと向かう。
 テレセスタはシゼの計らいで一人部屋の風呂トイレ付きを使っていた。
 テレセスタは己を奮い立たせる。
 何の為にこんな遠くまでついてきたのか。
 テレセスタは大人しい性格だが、意外と思いっきりのいい人間だった。






 それからまた五日後にスワイデル皇宮から魔導通信が入った。
 まずユキト殿下は約束通りアーリシュリンの魔導具開発について話を進めた。

「設計図がこちらにしか無いので話しにくいかと思いますが………。」

 後から複写をスワイデルに送ると申し出るアーリシュリンに、ユキト殿下は必要無いと断った。
 一度見た設計図は書けると言うのだ。
 実際に皇都に入って直ぐに書き起こしたようで、通信機の前に広げて見せた。

「凄いですね!」

 設計図同士を見比べながら、アーリシュリンは感嘆した。間違い無く綺麗に書き写してあったのだ。
 そこから二人で改良点を出し合い試作品をアーリシュリンが作る事になった。
 ユキト殿下がスワイデル皇都に着くまでの十日間、なかなか進まずに難航していたが、漸く改良版を作れそうだと喜んでいた。
 この試作品が完成では無いが、何度か続けていけば完成も近いらしい。

「あの、それで………。」

 さっきまでの勢いは何処へやら、急にモジモジし出したユキト殿下に、皆ピンときた。

「あ、ロルビィですね!魔石の残量は大丈夫ですか?」

「それは大丈夫です。皇都に戻れば開発用の在庫がありますから。」

 それは開発に使うのでは?と思いつつも、アーリシュリンは通信機をロルビィの部屋へ運ぶようパルに渡す。
 パルの最近の任務はアーリシュリンの護衛になっていたので、直ぐ近くに待機していた。
 パルは早足で通信機を運び、外でテレセスタのシーツ干しを手伝っていたロルビィへ手渡した。
 
「ユキト殿下!」

「ただいま、ロルビィ。元気にしてた?」

 パッと顔を輝かせる二人を、パルとテレセスタは微笑ましげに見ていた。
 二人は他愛も無い話を嬉しそうに話している。お互い頬は紅潮しており、まるで十代の様で見ているこっちまで恥ずかしい。

「恋の始まりっていいよなぁ~。どこにおき忘れてきたんだろ。」

 パルは恋バナが好きで恋愛も好きな為、元恋人の数はかなりいるのだが、毎度長続きせず、最近では冷めたものである。初々しい二人の様子が羨ましい。

「なんかキラキラしてて応援したくなりますよね~。」

 のんびりと嬉しそうに相槌をするテレセスタに、パルは冷めた目を向けた。
 お前も充分初々しいじゃ無いかと。
 どー見てもテレセスタはシゼにくっついて来たのだし、シゼも理解してはいる。ただシゼは今までの恋愛対象が異性である女性だったし、特定の恋人を作ったこともなかった。どうやらその辺りに戸惑い踏み込めていない様だが、パル的には時間の問題だと思っていた。
 ロルビィ様が屋敷にいる間は毎日通信機が光そうだなぁというパルの予想は、予想通りのものであった。





 決まった時間が相手も合わせやすいだろうと、毎日夕方になるとユキトはリューダミロ王国のロクテーヌリオン公爵邸へ魔導通信を飛ばしていた。
 それを見ながらハルトは呆れた様に息を吐いた。
 いつもの様に楽しげに通信を切るユキトへ、ハルトはバンっと机に手を突く。

「何で連れ帰ってこないのです!」

 きょとーんと目を丸くするユキトへ更に言い募る。

「兄上!のんびりしてたら逃げてしまいますよ!?」

「大丈夫だと思うけど………。霊峰から帰ったらスワイデルに来てくれるって言ったし。」

 通信の様子を窺っていれば、確かにそうだろうとは思う。ロルビィも絶対にユキトを好きなんだろうと予想は出来る。だが、いい年してるんだから、もっと積極的に動けないのかとハルトは思っていた。

「まぁ、まぁ、ユキトはユキトなりに頑張ってるんだし。」

「父上、そんな甘えた考えは良くありません。」

 そもそもユキトはズレている。
 何故通信を父である皇帝の執務室でやるのか。いっときの事だから執務室の通信機を借りに来たという説明も分かるが、自分の色恋沙汰を家族に見られて恥ずかしく無いのか。通信中は出て行ってもらうとか、例えいっときの期間でも自室でやりたいからと個人用の通信機を用意するとかしたらいいのに!
 
「ショウマ将軍の話では良いところまではいったんですよね?どうせなら最後まで手を出して連れ帰って欲しかったですね。ロルビィ殿程の実力者なら誰も文句は言いませんよ?」

 なにしろ本人に実感が無いらしいが、神の領域と言われる程の魔力持ちだ。

「え、そんな………、最後までって言われても私もあまり知識が無かったから、帰ってからちゃんと勉強しようと思ったんだよ?」

 ……………実施で良く無いか?失敗したなら失敗したで、それを笑う人間なら別れた方がいい。
 というか、知識すら薄らぼんやりなのか………。

「ほら、私が教材を用意したから大丈夫だから。」

 いや、いやいやいやいや、二十四にもなって親に何相談してんだろう………。
 いや、もう好きにしたらいい。
 ハルトは疲れた。






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