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1章 俺のヘタレな皇子様
29 リューダミロ王宮
しおりを挟む翌朝、俺達はティーゼレナウム港町を帰国に向けて出発した。
予定通りリューダミロの魔法師達が転送魔法で城壁前に現れ、カーレサルデ殿下と母上と共に魔法の光の中でユキト殿下達と別れた。
ショウマ将軍と並んで手を振るユキト殿下は寂しそうな顔をしていて、此方まで悲しくなってしまった。
リューダミロ王国にはあっという間に到着した。
スワイデル軍は魔導車で帰るそうだが、帰国には夜も走らせて十日程掛かると言っていた。強行軍にユキト殿下は耐えられるのかと心配になった。
「ティーゼレナウムではユキト殿下と寝てたのか?」
母上の突然の質問に首を傾げながらも、昨夜の事は知られてないはずだけど、とドキドキしながら返事する。
「寝てましたよ。何でかベランダ飛び越えて俺んとこ来るから寝ましたけど。」
「はぁ、羨ましい。ユキト殿下は外交は殆どやった事ないのに、躱すのが上手いな。」
「左様ですね。」
顔を顰めるカーレサルデ殿下に苦笑する母上。
怪訝な顔の俺に、カーレサルデ殿下が教えてくれた。
ここ二日間、両殿下の部屋に未婚らしき貴族の娘や息子が夜這いに来ていたらしい。カーレサルデ殿下の部屋は母上が気配を読んで追い払っていたが、ユキト殿下は気配を感じたら隣の部屋に逃げていたのだろうと教えてくれた。
それで直ぐに部屋に入ろうとしてたのか。移動中はずっと同じテントの中で同じ布団に寝てたから、特に違和感も感じずに寝てしまっていた。
外交に限らず貴族の館に泊まったりすると、よくある事らしい。
お手つきになってあわよくば気に入られて正妃や側妃に迎えられたりとか、子供を授かって、とか考える欲に駆られた貴族は多いという。
流石に疲れてロクテーヌリオン公爵邸にアーリシュリン兄がいるはずだから、王宮を出て公爵邸へ向かおうとしたら、呼び止められた。
「セリエリア・へープレンド辺境伯爵夫人及び同家三男ロルビィ殿、話がある。」
改まった呼び名で来い、と言われて母上と視線を合わせる。母上も分からない様だ。頷き合ってカーレサルデ殿下の後に続いた。
王宮に入るのは初めてだ。
「母上は入った事ありますか?」
「王宮にか?報酬の度に入るが、こんな奥までは来た事ないな。入って精々手前の謁見の間までだ。」
後ろについて歩きながらコソコソと二人で話す。
この国の軍事事情は他国や前世に比べてもかなりズレている。
軍人とは魔法師の事で、戦争に行くのは一回につき多くても五人程度の魔法兵。
母上は自領の魔獣討伐は領民を鍛えて数百人規模で行くが、それは母上が攻撃魔法を出すと領地が崩壊するからだ。領地を母上の攻撃魔法から守るなら人の数で当たって討伐するしかない。しかし、遠征に行く時は一人か父上も連れて二人でしか行かない。特に相手が北の国だったりすると手加減無用でぶっ放すので、あたり一面真っ黒焦げになる。
威力があるので小競り合いには未だに引っ張り出され、その度に勝利しては報酬を貰って帰ってくる。
そのお金どこいってるのかと言えば、父上の療院に消えている。ほぼ平民からは治療代を取らないせいで常に赤字経営だった。貴族も呼んでもっとお金せしめて欲しい。
王宮の中をかなり奥まで歩かされる。
景色も似たり寄ったり、鏡の様に磨き上げられたタイル張りの廊下はまるで迷路みたいだ。
「これは……、ロルビィここに来た内容は外に漏らすなよ。」
母上が緊張した顔で忠告した。
王宮の王族が住まう場所は侵入者が場所を特定出来ない様に複雑に出来ている。自分達はそこにカーレサルデ殿下自ら案内されているという。
「さあ、ここだ。」
カーレサルデ殿下は一つの扉の前で立ち止まった。上に登ってきた感じはないのに、気付けば三階程度の高さ迄登って来ていた。
扉を開け少し奥まったところにある部屋に一人の少年がいた。
薄い金色の髪は耳の辺りで切り揃えた緩やかなウェーブの掛かったもので、オリーブ色の感情を読ませない瞳はカーレサルデ殿下にそっくりだった。
だが王族に十代半ばの少年などいない。
母上がハッと何かに気付き膝を付いた。慌てて俺もそれに倣う。
「今回の任務ご苦労だった。無事アーリシュリン・へープレンドが戻った事嬉しく思う。」
「はっ!」
「兄上、ご存知とは思いますが、彼女がセリエリア・へープレンド伯爵夫人。そしてその後ろがご子息のロルビィです。」
不敬ながらチラリと視線を上げると、オリーブ色の眼と視線が合ってしまった。その眼は深く暗い。カーレサルデ殿下も感情の読めないまったりとした目をしているが、それよりも何か暗く澱んでいる様に見える。
「くく、私が誰か分からないか?」
俺が顔を上げているのに気付いた母上が手を伸ばして俺の頭を押さえつけた。
カーレサルデ殿下は可笑しそうに笑っている。
「今カーレサルデが言った通り兄だよ。兄のロワイデルデ・リューダミロだ。」
「王太子殿下、失礼致しました。」
歳が止まっているとは聞いていたが、二十五歳のはずなのにこんなに見た目が若いと思わなかったのだ。聖と闇二つの属性を持つ魅了魔法使い。確かに膨大な魔力量を持っていそうだ。この半分が闇属性だとして、それを全部吸い取る魔導具をアーリシュリン兄は作らないとならないのか。
「構わないよ。今日は直接礼を言いたかっただけだ。へープレンド家は勲章よりも報酬の方だったか?後で書面で知らせよう。下がっていい。」
母上に習い大人しく頭を下げて退出する。退出する際カーレサルデ殿下から少し待つ様言われた。案内が無いと出れないかららしい。レンレンを使えば俺的には出れるが、こんな防御魔法満載の城の中でレンレンを出せば大騒ぎになるかと思い、大人しく待つ事にした。
退出したセリエリアとロルビィを見送り、ロワイデルデは口を開いた。
「あれが神の領域か。」
ロワイデルデは対面するのは初めてだった。王家がロルビィの存在に気付いたのはロルビィがピツレイ学院に入学した時だ。それまでへープレンド家は神の意思だと言って神の領域をひた隠しにしていた。
「話をした感じは普通の青年ですがね。」
ロワイデルデから一度会ってみたいと言われて、ここまで連れて来た。
「スワイデルへ移住するのは決定事項なのか?」
「いえ、その前に霊峰にいる黒龍を探すと言っています。」
へぇ、と言ったロワイデルデのオリーブ色の眼はカーレサルデでさえ読めない程動きがない。
最近の兄上は恐ろしい………。
畏怖や恐怖では無い。ただ危うい。
カーレサルデはロワイデルデの危うさに焦りがあった。早く闇でも聖でもいいからどちらか一つにしないと危ない気がしてならない。二つの属性がどんどん肥大している様に感じるのは気のせいだろうか…………。元々カーレサルデより魔力容量が多い所為で、ロワイデルデの魔力容量が計れずにいた。
ロワイデルデは無意識に闇魔法で他者の魔力を吸収し、聖魔法で超過した魔力酔いを治し修復している。魔力容量は徐々に膨らみ、身体は不老不死になりつつあるのでは無いだろうか。
そう仮説を立ててはみても、それを立証していいのだろうか。
父である国王はロワイデルデを畏怖し出している。このまま放置するわけにはいかないと。
史実には残されていないが、過去に聖と闇を持つ王族が、何かしらの理由で闇属性を取り除けなかった時、存在を消されてはいないだろうかと国王に尋ねた事があった。
………答えは返ってこなかった。
だからアーリシュリンのレポートを見て、急いで魔導具を作らせようと足を運んだ。あのままサクトワ軍に置くことになれば、帰って来れる可能性が低かった。
態々他国の王太子であるユキト殿下も巻き込んだのは、早く完成させたいが為。王国の秘密だとかどうでも良い。ただ兄上を助けたかった。
「兄上、彼等を見送って来ます。」
兄上は頷いて窓の外を見ていた。
何を見ているのか分からない。
「………失礼します。」
いつから兄上は本心を話さなくなっただろうか。
私を味方だと思ってくれているといいのだが…………。
廊下でカーレサルデ殿下が出て来るのを待っていると、暫くして出て来た。
珍しく少し浮かない顔をしていたが、サッと笑顔で隠してしまった。
「待たせたな。行こうか。」
先に立って歩きながら、行きとは違い話しかけて来た。
「もうロルビィはそのまま領地には戻らず霊峰を目指すのか?」
「そうですね。王都から正反対ですし。スワイデル軍が皇都に着いたのを確認したら行こうかと。」
皇宮に入ればユキト殿下は一先ず安全だろう。そこはちゃんと確認したかったので、着いたら魔導通信で連絡を貰うように頼んだ。
土壌開発の途中だったけど、領地にはトビレウス兄もいるので俺が急いで帰る必要性もない。
そう説明すると、そういえば兄がもう一人いるのだったなと言われた。
「トビレウス・へープレンドも魔力は多いのか?」
これには母上が答えた。
「いえ、長男は少ない方ですね。緑魔法師の治癒系なんですが、少し特殊でピツレイ学院でも学術文官科を取ってましたから。」
「兄上、生活魔法しか使えないんじゃなかったの?」
それしか見た事が無かった。
「いや、精神感応に対する治癒だから極めれば役立つはずなんだが、本人が他人の精神に作用する力を嫌って殆ど使わないんだ。」
精神感応がイマイチ分からない。
「魅了魔法に近いな。ただ魅了魔法は解ければ正気に戻るが、精神感応は解けるという概念が無い。精神が根底から術者の意のままに向くから、ある意味恐ろしがられるかもな。」
「はは、そこまでは魔力が無いから強くありませんよ。ほんの少し寄り添う程度の力なんですが、その所為か婚約者も出来ずに未だに独り身です。」
そうだったのか。貧乏だから婚約者が出来ないのかと思ってた。
カーレサルデ殿下が一度会ってみたいと言うと、今度連れて来ますと母上が言っていた。あわよくば婚約者を斡旋してもらおうと考えてそうだ。
出口まで案内され、門兵が開けてくれた扉を潜って漸く王宮を後にした。
馬車を出してくれたらしく、それに乗り込みロクテーヌリオン公爵邸に到着した。
既に連絡を受けていたムルエリデ公とアーリシュリン兄が待っており、出発までは此処に滞在する様に進めてくれた。
公爵とアーリシュリン兄はピツレイ学院時代とは打って変わって仲睦まじく、公爵の顔色も良くなっているのでそういう事なのだろう。
用意された部屋は流石公爵邸というだけあって豪華だった。天蓋付きのベットに転がり、久しぶりの一人寝になんだか落ち着かない。
亜空間からユキト殿下から貰ったディカの髪飾りを取り出して、アメジストの魔石を指でつつく。
丁寧にまた戻して、亜麻色の髪を摘んで伸ばしてみようと心に決めた。
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