翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

27 神よりも家族よりも

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 翌朝、俺達は予定通り目的地へ向かった。
 俺、ユキト殿下、ショウマ将軍、カーレサルデ殿下とウチの母上で魔導車に乗り込み、ショウマ将軍の運転でティーゼレナウム港町へ、ロクテーヌリオン公爵、アーリシュリン兄とシゼ、パル、テレセスタはリューダミロから来た魔法師達の転送魔法で帰路についた。
 カーレサルデ殿下の護衛は母上だけで良いらしい。帰りは通信魔道具で転送魔法を使う魔法師達を呼び戻すと言っていた。距離がかなりあるので魔法師は行き帰り考えると百人程度いるらしい。

 昨日の夜焚き火の側で話していたユキト殿下達のところへ戻ると、母上はカーレサルデ殿下の護衛任務に戻り、俺達はテントでいつも通り休んだ。
 ユキト殿下にはスワイデルに来ないかと誘われた。仕事も用意するし護衛としての能力も高いので是非きて欲しいと。
 ユキト殿下の誘いは嬉しい反面、神の意思とやらを確認してから返事をしたかった。その為にもまずはリューダミロに帰り霊峰に行って黒龍と話をしたい。
 ユキト殿下はカーンドルテ国の魔女に狙われているので、直ぐに行って戻ってくるから、待ってて欲しいとお願いした。
 来てくれるなら良いよと嬉しそうに笑う殿下に、やっぱりこの気持ちは神の意思など関係のない気持ちで有るべきだと思い知らされる。
 

 
 晴れた空の下を魔導車は砂埃を上げながら走っていく。
 上は幌になっており、窓の部分にはガラスも何も無い。暑くて密閉空間にするわけにもいかない所為だろうが、砂埃を避ける為に全員ゴーグル着用とマスクがわりに布を顔下半分覆う必要がある。
 手を広げて魔植氷花を幌を支える骨組みに巻きつける。ヒヤァとした氷の粒が落ちるが熱気で直ぐに溶けてしまう。身体が水浸しになるが、外に出れば直ぐに乾いてしまうので全員一致で氷花の冷たい雫を受けることにした。
 雫がユキト殿下の銀髪に落ちると、太陽の光を反射してキラキラと眩しい。
 綺麗だなぁと思う。
 前世では男に綺麗なんて思いもしなかったが、この世界は美形が多い所為か、男に対しても綺麗だという表現が似合う。俺の父似の平凡顔が不思議なくらいだ。
 今日のユキト殿下の髪型も編み込みを入れて一つに纏めている。これが標準になってきた。
 
 ユキト殿下を見ていると過去をよく思い出す。
 ユキト殿下の過去から綾乃を思い出すし、ユキト殿下と過ごしていると従兄弟のお兄ちゃんを思い出す。
 お兄ちゃんは日本人だから黒髪で一重の切長な目が綺麗な人だった。他にも従兄弟はいたのに俺とよく遊んでくれた。長閑な畦道で並んで歩くお兄ちゃんは大きくて、俺のどうでも良い話を面白そうに聞いてくれた人だ。
 ユキト殿下と過ごしていると、従兄弟のお兄ちゃんと話してるような楽しい気持ちになる。あの頃に戻ったような、懐かしい気持ちと、最後にまた遊ぼうと約束して死んだ悲しい気持ちが押し寄せる。
 姿は全く違うのに、ユキト殿下はお兄ちゃんに何処か雰囲気が似ていた。

 三列シートの後部座席でユキト殿下と並んで座り、殿下の光を反射する銀髪を眺めていると、カーレサルデ殿下と話をしていたユキト殿下が視線に気付いて笑いかけてきた。
 今まで殿下同士二人は魔法技術と魔導具について語り合っていた。ユキト殿下は転送魔法が気になるらしく、魔力吸収の魔導具を共同開発する代わりに、転送魔法の仕組みを聞いて、それを魔導具で実現出来ないかと思案している様だ。
 規模が大きくなるらしく、かなり大きな魔導具で装置を作る必要があるが、実現出来そうと喜んでいる。

「ロルビィの髪は真っ直ぐでサラサラだからかびっしょり濡れてしまうね。」
 
 俺の髪は猫っ毛で直毛の所為なのか濡れるとぺったりになってしまう。
 濡れた髪や身体に砂埃がついて皆泥だらけだ。

「着いたら水浴びですね。」

「ロルビィは髪伸ばさないの?」

 俺は髪は何となく短くしている。前世日本では男性の髪は短いものだったので、長く伸ばすという感覚があまり無い。この世界は男女共髪の長さは個人の好み次第で、長さに偏見はない。

「伸ばしたら似合います?」

「真っ直ぐな髪で似合うと思うよ。」

「うーん、考えときます。」

 似合うと言われたらやってみたくもある。伸ばした事がないのでいいかもしれない。



 砂と熱気の中半日かけてティーゼレナウム港町に戻ると、スワイデル軍は町を囲う城壁の外でテントを張って待っていた。大人数なので歩兵や怪我人は先に帰国させ、ユキト殿下を連れ帰る為の部隊と魔導車だけが残っていた。
 捕虜になったカーンドルテ国兵は平民は自国に帰し、将兵だけ捕虜として捕縛してあった。処遇は今から決める為、話し合いの場にユキト殿下とカーレサルデ殿下は参加しなくてはならない。
 直ぐに町に入り着替えて欲しいと案内が待っていた。

「わぁ!」

 一緒に城門を潜って思わず子供の様に歓声を上げてしまった。
 城壁の中は中央が海側へ下る崖に沿って出来た白壁の並ぶ美しい町だった。
 海は青く穏やかで、白い壁は光を浴びて真っ白に輝いて見える。
 暖かい潮風は、濡れていた髪を乾かすように下から吹き抜けて行った。
 案内されながらどんどん下に降っていく。通り抜ける石畳の道は貝殻が混じっているのか白く光り、緑や青に塗られた木のドアや窓の木枠が白壁に映えて可愛らしい。

「綺麗な町だね。」

 ユキト殿下もカーレサルデ殿下も初めて訪れたらしく、感嘆の声を上げていた。
 スワイデル皇国は魔工石の石板を使用する四角い街に等間隔に並んだ街灯が並ぶ規則正しい洗練された街で、リューダミロ王国は風光明媚な煉瓦作りの街と丘の上の白と青を基調とした尊厳な城が特徴の街だ。
 国によって建築様式が違うのは分かるが、ここまで違うと面白い。どの街も捨て難いよなぁと観光気分になってしまう。

 案内された屋敷はサクトワ共和国ナシレ元首のお屋敷だった。
 三階建ての白壁に、少し崖になったところに張り出すように建てられた、周りよりも立派な建物になっている。
 上の階にはベランダが付いており、鉄製の柵には植木鉢が置かれているのかピンクや赤、青の花が色鮮やかに咲き誇っている。
 一人一部屋用意してくれたらしく、五人全員同じ階に過ごせる様にしてくれていた。
 
「お風呂は一人で入れるからね。」

 ユキト殿下を手伝おうとしたら断られた。テントでは拭いてあげてたのに解せない。

「お前も入ってこい。汚いぞ。」

 母上から引きずられてユキト殿下の隣の部屋へ放り込まれてしまった。


 会談はナシレ元首とユキト殿下、カーレサルデ殿下三人で行われた。
 主に捕虜としたカーンドルテ国の将兵の処遇と、アーリシュリン兄が起こした町や村の被害と補償についてだった。
 ナシレ元首はアーリシュリン兄のことを調べ上げていた。町を襲った火魔法の威力を見れば、自ずと攻撃した火魔法師は限られてくる。恐らく調べた上で交渉してくるだろうという事で、リューダミロ王国の代表としてカーレサルデ殿下が直接来たのもこの為だ。
 ナシレ元首は今年三十二歳の浅黒い肌をした目鼻立ちの小さな神経質そうな人だった。茶色の髪に碧眼で、見た目に反して話出せは穏やかな人となりになる。
 ただ要求は優しくなかった。
 アーリシュリン・へープレンドの存在を秘匿する代わりに、村と町の復興資金と生き残った被害者への賠償金、サクトワからスワイデルへ伸びる交易道を作る為の建築に関わる魔法師の派遣、海に開発中の魔石発掘の方へも魔法師をもっと多く派遣して欲しいという要望だった。
 
「そんなに魔法師を派遣しては自国の自衛が疎かになるのだが。」

 カーレサルデ殿下の呟きは笑顔で一蹴されていた。カーレサルデ殿下もこれらは言われそうだと予測していたらしく、言われた通りの魔法師の数は無理でもこれくらいなら………、と道端の商人との値切り合いの様に交渉し合っていた。
 今回スワイデル皇国側はただ同盟に従って出兵しただけなので、黙って傍観者になっていた。
 ショウマ将軍はユキト殿下の後ろに立ち、俺と母上はカーレサルデ殿下の後ろで終わるのをひたすら待っていた。勿論護衛なので、欠伸は我慢した。
 捕虜に関してはサクトワ共和国では人数が多く全員長期で抱え込むのは無理だと言って、魅了魔法が深く掛かっている人間は情報を取るのは無理だと判断し早めに処罰する方針になっていた。
 下手に手元に置いて置くのも危険だ。


 調印する為の書類を作るので一日待って欲しいと言われ、帰国は二日後になった。
 夜には少しばかりの祝勝会をすると言うので参加した。

「殿下二人とショウマ将軍が軍服着てるのは分かりますけど、何で母上までそんな立派な軍服着てるんですか!?」

 ユキト殿下は最初スワイデルを発つ時に来ていた黒色の詰襟軍服を着ていた。
 ショウマ将軍も同じく軍服。
 カーレサルデ殿下はリューダミロ王国特有の魔法師が着る白地に魔法属性毎に色を変える刺繍入りの戦闘時の服を着ている。リューダミロの軍服はマント付きだ。カーレサルデ殿下の刺繍は王族のみ使用する金を入れてある。
 母上は同じ様な軍服でマントなし。でも赤の刺繍が入っていて、真紅の眼と相俟って相変わらず派手だ。
 俺は普通の平服しかない。平民だ。
 様子を見に来てくれた使用人がナシレ元首に報告してくれたのか祝勝会用の服を用意してくれた。
 着方が分からないので着せてもらったのだが、薄地のヒラヒラとした布を使った上着とズボンに肩から原色を使って織り込まれたディカという織物をマントの様に肩から掛ける服だった。
 ディカは羽織物にしたり、肩から斜めに掛けて留め具で留めたりして使用する。どの様に使うかは個人の好みで様々。
 暑い地域なので薄手の服は有り難いが、小柄な体型的にはリューダミロの魔法師用の服が一番よく似合う。
 これは褐色肌の地元民が着るから似合うんだな。
 ユキト殿下は似合うねって褒めてくれたけど。
 
 祝勝会は普通に立食形式にしてあった。食事文化が違うので、食べ足りなかったら後で部屋に用意すると言われたが、果物が多く食べやすい食事もあってお腹は満たされた。
 部屋に戻り着替えると少し湿り気のある潮風が入ってくる。
 部屋は崖上に沿った二階で見晴らしがよく、夜の凪いだ海面に白い月の光が反射して淡く光っていた。町の白壁は水色に染まりまるで海の中の様だ。
 掃き出し窓からベランダに出て風に当たると気持ち良い。
 
「ロルビィ、寝ないの?」
 
 隣の部屋からユキト殿下が出てきた。

「殿下こそ寝ないんですか?」

 ユキト殿下も用意された寝巻きに着替えていた。肩から赤が主体となったディカをストールのように掛けている。

「最近ずっとロルビィと一緒に寝てたから違和感あるね。」

 ユキト殿下はふふと笑った。そっちに行っても良い?と聞かれて頷くと、廊下から回ってくるのかと思いきやベランダの手摺りに片足を乗せた。
 ベランダは一部屋に一つずつ個別についているので、ベランダとベランダの間は空中だ。下は崖でかなりの高さになる。見下ろせば下に家々の屋根が見え、落ちれば大怪我だ。
 足長いなぁとぼんやり眺めていると、ヒラリと身軽に飛び越えてきた。
 こういうとこは本当にスペックの高い人である。
 過去の出来事が無ければカーレサルデ殿下より怖いもの無しな完璧人物かもしれない。
 綺麗に着地したユキト殿下はロルビィの前に立ち上がった。
 銀髪とディカが潮風に吹かれて風を含んでサラリと流れる。月の白がアメジストの瞳に入り込んだ様に、白から深い紫色へと変わる宝石に、ユキト殿下こそ神では?と見惚れてしまう。

「明日港の近くで朝市があるらしいよ。調印式は午後からだから一緒に遊びに行かないか?」
 
 遊びの誘いだった。

「良いですね!行きましょう!」

 朝市とかワクワクする。
 朝食は屋台で済まそう等と話しながら、流れる様に室内へ移動される。腰に手を回して促され、窓はしっかり閉められて、何でユキト殿下まで入って来たのかとロルビィは首を傾げた。
 
「日の出前には開かれるらしいから、早めに寝ないとね。」

 にこにこと笑いながらユキト殿下は一緒に布団に入ってきた。

「あれ?殿下は隣の部屋では……?」

「一緒に寝たらどちらかが寝坊しても起こす事が出来るよ。」

 あ、目覚ましがわりか~この世界目覚ましというものがない。確かに寝坊して朝市は逃したくない。

「じゃあ、俺が起きますよ!絶対寝坊しません!」

 ユキト殿下は笑顔のままちゅっと額にキスをした。
 おやすみ、と囁く声も潤む瞳も甘い気がする。
 抱き込んでくる腕が暖かくて、ロルビィもお休みなさいと言ってウトウトと寝てしまった。


 スヤスヤと眠るロルビィを見つめながら、ユキトは亜麻色の髪を掻き上げた。サラサラと指をすり抜ける髪は柔らかく気持ちが良い。

「必ず私の元に来て………。」

 そして翡翠の瞳で私に笑いかけて。
 私の隣にずっといて。
 神の意思など無視して、家族よりも優先して欲しい。
 ………誰にともなく祈りを捧げ、ユキトも眠りについた。


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