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1章 俺のヘタレな皇子様
21 アーリシュリン兄と対戦
しおりを挟むサクトワ軍の上を抜けると、眼前に光が溢れる。
飛び抜けながらもレンレンと意識を共有し、防御に備えた。
先に伸びていた蔓…、というよりも最早大木といった太さになっているが、それから巨大な葉が出現し、飛んできた火魔法を受け止めた。
葉は大きく肉厚で水分をたっぷりと含んでいるので、塔を破壊する程の火魔法も易々と受け止めてしまう。
巨大な葉を足場にし、飛び上がる。
サクトワ軍を避けながら魔植は生やしたが、カーンドルテ軍に遠慮は要らない。軍列を崩す勢いで生やしまくった。
軍の最後尾、少し高くなった場所に見知った姿を見つける。
タン、タン。
ロルビィは金の髪を風に靡かせながら立つアーリシュリンの前に降り立った。
「アーリシュリン兄上、見つけましたよ。」
アーリシュリンの眼は何も映さない様に虚で、以前見たテレセスタの榛色の眼と同じだった。
魅了魔法を掛けられると人格を奪われ、虚になる。
アーリシュリン兄程の魔力容量を持った人間でも、魔女の魅了魔法に掛かってしまう。
ここに魔女はいない。
予想はしていたが、早めに片付けて戻らないと。
ユキト殿下も魔力容量は大きいが、どのくらい抵抗出来るのか分からない。
それに周りにはパルやテレセスタ、スワイデル軍もいる。もし魔女の魅了魔法に掛かると厄介だった。
戦場だから護衛は必要な為、彼等を不要とも言えず周りに配置するしかなかったが、悪手になったかもしれない。
「アーリシュリン兄上?」
アーリシュリンは笑った。普段見せた事のない、冷たい微笑みを。
「ロルビィ……、兄の邪魔をするものではない。」
アーリシュリンは指先に魔力を灯した。ぐるりと一周身体の周りに指を走らせると、炎の円がアーリシュリンを囲んだ。円はぐるぐると渦を巻いて回りながら広がって行く。
ロルビィの魔植に対する防御だった。
意思は無くとも魔女の命令通り、経験に沿って戦闘を開始する。
炎の渦はロルビィが乗ってきた魔植にまで届く。生きているかの様に魔植にも炎が駆け上り、バリバリと音を立てて燃やしていった。
周囲にいたカーンドルテ軍は退避したようで、今ここにいるのはアーリシュリンとロルビィだけになった。
僅かにあった草も木も燃え尽き、赤い炎が巻き上がりながら大地を舐め尽くしていく。
一片の魔植も存在する事が出来ないように。
アーリシュリンは魔女サグミラに魅了され一部記憶を封じられているが、戦闘に関する記憶はそのまま持っている。
ロルビィの力量も理解している。
最初から全力でいかないと、やられるのはアーリシュリン自身だという事も。
炎が巻き上がり大地を黒く染め、熱風が上空へ吹き上がる中、アーリシュリンは汗を流していた。
暑くでは無い。
意思は削ぎ落とされ、恐怖も感じないように押さえ付けられているにも関わらず、ロルビィの異様さに冷や汗が流れる。
何故燃えない?
何故この熱風の中で立っている?
普通の人間ならば焼け死ぬ。
身体は火を噴きあっという間に炭に変わる。
ロルビィは涼しい顔でその場に立っていた。一歩も動かずに。
足元は焼けているのに、ロルビィだけが焼けない。靴も服も熱風に煽られてはためいてはいるが、火がつくことも無く涼しげに立っている。
「何で焼けないのかなって思ってる?」
見透かしたようにロルビィが口を開いた。アーリシュリンの足が一歩下がる。
手を伸ばし指先に白く光る炎を灯し、線を描く。それは真っ直ぐにロルビィに向かって飛んだはずなのに、一枚の葉っぱが止めてしまった。
葉っぱは焼けた大地から伸びた一本の蔓から出ていた。先端をくるくると巻いてロルビィに擦り寄る。
所々に蓮華草に似た花が咲いている。蝶形花で付け根は白、先に行くに従って桃色になる可愛らしい花だ。
ロルビィの前世、真白だった頃に弟と妹と遊んだ畑によく咲いていた花だった。態々春に咲くように畑の肥料として種を蒔いているのだと知って驚いた記憶がある。
ロルビィとして転生し、五歳の頃見つけた魔植に蓮華草に似た花が咲いた時、レンレンと名付けたのだ。
「俺がアーリシュリン兄の炎で焼かれないのは、魔力で勝ってるからだよ。」
魔法師が操る現象は全て本人の魔力によるものだ。アーリシュリンの炎はアーリシュリンの魔力を源に発生している。
炎が纏う魔力を単純に上回れば、一切の影響を受けないだけだ。
魔法大国であるリューダミロ王国の中でも随一の魔力量を持つアーリシュリンにとって、それを上回る人間など数える程しかいない。
そんなアーリシュリンでもロルビィと戦おうとは思わなかった。きっと魔女サグミラに魅了されてなければ、直ぐに負けを認めている。
アーリシュリンはロルビィと対戦した事はない。それは、ロルビィの魔力が未知の物で、底が無いと知っていたから、勝てる見込みを持ったことがなく、戦う前から負けると分かっていたからだ。
ピツレイ学院でロルビィは勘違いしているようだっが、模擬戦にロルビィを参加させて無かったのは、その模擬戦が無意味になると判断されていたからだ。
ロルビィが手を軽く振ると、擦り寄っていたレンレンがぶわりと広がる。炎を物ともぜず、黒い大地を破り開き、そこに炎など無かったかのように緑の草むらが広がった。
今まであった炎が急に無くなった為、空気が草むらの中を吹き荒れるが、ロルビィはそよ風のように受け流していた。
アーリシュリンには俄かに信じられず、吹き荒れる風に背を屈めて顔を庇う。
「流石にアーリシュリン兄の炎は、レンレンじゃないと打ち負かせないね。」
亜麻色の髪をフワリと靡かせて、宝石のように翡翠の瞳を輝かせる。
何処からか風が飛んできた。
風魔法師が使う言霊の風魔法だ。
伝言を聞いてロルビィはふむ、と頷く。言霊なので一方通行。返事を返す必要はない。
『アーリシュリンの魔力を枯渇させてシゼに運べ。』
声に聞き覚えがある。
誰だったかなぁと考えるが、親しい人間ではない。シゼに聞けば分かるかと思い、目前のアーリシュリンに視線を戻す。
アーリシュリンは炎を一瞬で消された事で、攻撃スタイルを変える事にしたらしい。指を走らせ白く輝く炎の線を描く。
白い線は剣となり、それを握りしめたアーリシュリンが切り掛かってきた。
赤い炎は何度だったっけ?白は確か物凄く高温………太陽と変わらないとかではなかったかな?六千度?覚えてないなぁ~。
のんびりとアーリシュリンの攻撃を避けながら考える。
アーリシュリンの遠方攻撃で打ち出される炎は凝縮された魔力。色が白く輝いているのは、それだけ魔力を源にした炎が凝縮され高温になったが故だ。
葉を出して避ける事は出来るが、正直打ち合いたくない。
地にレンレンの葉を大きく成長させ踏み台にして後方へ跳躍する。
「ユキト殿下には見せたくない子なんだけど、今はいないし、ね………。」
森の中で潰した女が使役していた魔植。赤黒い斑点がドクドクと生きているように収縮し、粘液をダラリと垂らす醜悪な魔植を呼び出す。
こっそりと持ち帰りレンレンに取り込ませていた。
ゾゾゾゾゾ、と音を立てて繁殖していく。
アーリシュリンに覆い被さるように伸びる魔植を、高熱の剣が切り裂いていくが、繁殖が早く捌き切っていない。
「………ひ、ぃ!!」
小さな悲鳴をあげてアーリシュリンは飲み込まれた。
魔植は粘液を纏わり付かせてアーリシュリンを取り込み魔力を吸い込んでいく。
あらかた吸い込ませると、サワサワと風に吹かれるレンレンの花の上に、力なくアーリシュリンが横たわるだけだった。
手首を粘液魔植に拘束させて、レンレンがヒョイと持ち上げる。
テレセスタを捕まえた時は氷花を巻きつけ過ぎて凍らせて死なせるところだったので、粘液魔植は手のみにしておく。この魔植は魔力を吸うが、このくらいなら自然回復分を吸い取る位になるはず。
たぶん。
「行こう!レンレン!」
ユキト殿下の方が心配だ。
来た時と同様に、ロルビィは魔植を伝って飛んだ。
魔導車で先方を走ったショウマ将軍達は、サクトワ軍と共闘しカーンドルテ軍を蹴散らしていた。数で圧倒的に此方が優っていたし、カーンドルテ軍の動きもバラバラで指揮系統などあった物では無かった。
シゼは思わぬ人からの通信に驚きつつも、指示通りロルビィを待っていた。
『ティーゼレナウムには入らず、アーリシュリンを回収後直ぐに来い。』
シゼはロクテーヌリオン公爵との直通魔導通信機を持っているが、それを使って思わぬ人の声を聞いた。
何でこの人かいるの?と思ったが、誰に傍受されるかわからない場所で詳しい内容も聞けず、指示された通りに動くしかない。
やきもきしながら待っていると、交錯する戦場の上を飛ぶ様に走ってくる人影が現れる。
現れたと思ったら次の瞬間には目の前に立つロルビィのあまりの速さに、シゼは目を見開く。
「シゼ、言霊が飛んできたんだけど、誰?」
そう言いながらもレンレンに運ばせたアーリシュリンをシゼに渡した。
ロルビィも聞き覚えがある声に思い当たる人物がいるのだが、そんな人が自国を離れやってくるとは思えずシゼに確認する。
「ウチの二番目ですねぇ~。」
周りにスワイデル軍がいる為、シゼはぼかしながら答える。
二番目とはカーレサルデ第二王子殿下の事だ。スワイデル皇国と違い、リューダミロ王国は王族を外に出す事は滅多にない。どんな重要な案件でも代理が立つ事が多いのだが、何故こんなとこまで来たのか。
「あ、あとウチの御主人様も来てますね。」
シゼの主人とはムルエリデ・ロクテーヌリオン公爵の事だ。魔力欠乏症でこの人も身体が弱く国どころか王都からすらも出ない。
何故そんな大物が?
公爵はアーリシュリン兄の身をかなり心配していた。迎えに来るほど会いたかったとしても、カーレサルデ殿下が来た理由が分からない。
疑問は尽きないが、今は急いでいる。
「ごめん、アーリシュリン兄を頼むよ。今は魔力枯渇で気を失っているから大丈夫。手に巻き付いてる魔植は切れば簡単に切れちゃうくらいにしてるから剥がさないでね。俺はユキト殿下の所へ急ぐから!」
シゼがアーリシュリンを受け取ると、ロルビィの姿はあっという間に消えて行ってしまう。伸びた緑の魔植はロルビィが通り過ぎると共に、スルスルと地面に戻ってしまうのを見ながら、シゼは彼を見送った。
御主人様が今か今かと待ち侘びているだろうと思い直し、スワイデル軍から借りた魔導車の助手席にアーリシュリンを寝かせた。
運転は先程習ったばかり。口頭で手短に説明されたが、見様見真似でやるしかない。
乾いた唇をペロリと舐めて、エンジンを起動させた。
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