翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

20 ティーゼレナウム港町の戦い

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 砂漠を抜け、乾いた風の中にほんの少しだけ湿り気を感じる午前。
 もう直ぐティーゼレナウム港町に着くという所で、急報が入った。
 ティーゼレナウム港町で合流する筈だったサクトワ軍がカーンドルテ軍と開戦したという。
 予定より早かった。
 こちらも森を突っ切って早く進んでいるのに、それよりもカーンドルテ軍は早い。
 
「通過する村や町は全て燃やして強行突破して来たらしい。」

 その意味にくらりと眩暈がする。

「俺が止めて拘束します。」
 
 操られているのだと言って許されるか分からない。攻撃対象はサクトワの領土と人々だ。
 アーリシュリン兄には母仕込みの攻撃力がある。兄はその攻撃力から母の戦闘によく参加していた。
 戦えば相手側にかなりの被害が出るのは必至だ。
 
「止めれるのか?」

 ショウマ将軍の確認に頷いた。
 せめて今から行くティーゼレナウム港町に被害が出ない様にしたい。
 カーンドルテ軍は兄の攻撃力を完全に組み込んで侵略してきた。
 
「止めます。…………許せない…。」

「魔導車を三分の二出す。歩兵は後からになるが乗っていくか?」

 勿論後方部隊にユキト殿下は残していく。最初からその予定だった。
 ロルビィの影からレンレンが伸びてきた。蔓が伸びロルビィの右手を掴む。
 後ろを振り返りユキト殿下と視線を合わせる。

「ロルビィ……気を付けて。」

 心配気なアメジストの瞳に笑い掛けた。

「一つ弾丸を見せて下さい。」

 突然言われて、ユキトは不思議そうにしながらも弾丸を一つ渡した。
 ロルビィはその弾丸を握り締める。
 手のひらを開いた時、そこにある弾丸は白銀色からほんのり薄緑の混じる銀色へと変わっていた。
 それをユキトへと返す。

「もしもの時は使って下さい。貴方を守る弾丸になります。」

 緑銀色の弾丸をユキトは大事に握り締めた。
 ロルビィの翡翠の瞳が開き、輝きを増して宙を睨む。

「先に行きます。」

 小柄な人影はあっという間に消えてしまった。
 先に先にレンレンの蔦が伸びてはロルビィを運んでいく。その速さは魔導車の比ではない。

「はやぁ~、あ、俺は一緒に先方魔導車でお願いします。」

 シゼはショウマ将軍に続き、ユキト殿下とパル、テレセスタは後方の魔導車に乗った。
 
 ハルトからアーリシュリン・へープレンドの戦闘能力は聞いている。
 線華の異名を持つセリエリア・へープレンドを母にする、そっくりの見た目と魔力。
 セリエリア・へープレンドは指先に魔力を凝縮し放つ。放つ炎は白い光となって線となり、着地点で爆破する。主に北の国との対戦で戦うセリエリアは、白い大地に一線の光と共に炎の華を咲かせるとして、線華と言われていた。数十年経っても語られる火魔法師が、アーリシュリンとロルビィの母親だった。
 ロルビィならば大丈夫と信じていても、不安でならない。
 ロルビィは私を助けると言うけれど、私だって彼の力になりたい。
 私は次期皇帝だ。だからこんな考え方は相応しくない。でも、君が私を助ける様に私も君を助けたい。

 これは………流石に友情ではないよな?
 緑銀色の弾丸を見つめて、ユキトは自分の心に気付いた。




 近付くにつれ炎の明かりと煙が立ち上がっているのが見えてくる。
 見張の塔が狙われているのか、城壁を囲むように四方に建てられた塔から炎が上がっていた。
 ヒュウウンーーーッ。
 細い音を立てて一筋の光が空を走り、閉じられた扉へ吸い込まれる。
 一泊置いて地響きと共に炎の塊が膨れ上がり、ティーゼレナウム港町の入り口が開放される。
 まだティーゼレナウム港町とカーンドルテ軍の間にはサクトワ共和国軍が陣を張り防御していた。
 遥か遠くから放たれる火魔法に、多少の混乱はしても陣形を崩すことは無い。
 悲鳴と怒号が聞こえるところまで近付き、ロルビィはカーンドルテ軍側に方向転換した。
 
 





 サクトワ共和国はまだ新しい国だった。元々スワイデル皇国とリューダミロ王国の下の地域は国などなかった。乾燥地域で砂漠が広がり、人が住めそうなのも海側かスワイデル皇国の南に流れるボコセ川の周辺のみ。
 後は砂漠に広がるオアシス周辺に小さな集落が出来るくらいだった。
 そんな地域が一つの国という体制を取ろうとしたのは、一つの部族が十三に広がる部族を統一した事から始まる。
 貧困に喘ぎ、スワイデル皇国とリューダミロ王国から取り残された人々を先導し、部族名を国の名前にした。
 ティーゼレナウム港町は元々サクトワという部族が納める町で、漁業をして暮らしていた。
 水があり木は少ないが草が生えた山と、傾斜の下には湾になった海が有り、乾燥ばかりの地域の中では人が暮らしやすい土地だった。
 石灰で塗られた壁は白く、人が増えるたびに白い家が建ち並び、海の向こうから来た船はティーゼレナウムに近付いた。
 この美しい街にまた寄らせて欲しいと言われ、国でもないこの街は他国と交流を持つ様になった。
 サクトワの部族は考えた。
 国として存在し力を付けないと、海の向こうから来た種族に食われてしまうのではと。
 サクトワ族長の家系は聡く、行動力を持っていた。野心が無かった為、街を発展し部族が飢えないように平和である様にと努めていたが、防衛手段をつける必要性を感じた。
 もし、もっと大きな船が来たら?
 もし、武器を持ってやって来たら?
 この美しい白の街は一瞬で壊されてしまう。
 サクトワ族はスワイデル皇国とリューダミロ王国に入っていない、今まで交流の少なかった他部族をまとめ上げ、国として立ち上げた。
 王は立てない。代表は話し合いで決める。利益は全て平等に還元する。それを建前として部族長を頷かせていった。
 だがどの部族も争いは好まず、飢えで苦しむ部族の為の決断だった。
 スワイデル皇国やリューダミロ王国に頼れないならサクトワ族に取り込まれよう。
 国の代表は元首とし、元首はちゃんと選挙を行うにも限らず、サクトワの代表が元首となっていた。
 元首となったサクトワの代表は国名を募ったにも拘らず、サクトワで良いじゃないかと諭され、サクトワ共和国と名乗ることになった。
 サクトワ共和国の元首は欲が少ない。
 首を傾げながらも計画を進めていくことにする。
 まず他大陸からくる船に対抗する為、国力のあるスワイデル皇国とリューダミロ王国に交渉を持ち掛けた。
 
『サクトワ共和国のティーゼレナウム港町には今他大陸から船がやって来ている。これから交易を進めていくので、後ろ盾になって欲しい。スワイデル皇国とリューダミロ王国にも交易の為の流通を通すので、交易路と港町建設を援助して欲しい。』

 スワイデル皇国とリューダミロ王国は了承した。
 何故なら他大陸から来る船が友好国ならばいいが、侵略の為の船なら?
 侵略しないまでも、国として立ち上がったばかりのサクトワ共和国では一瞬で飲まれかねない。
 防波堤とする為にもサクトワ共和国に表立った貿易の旗印となってもらうことにした。
 領主等が領地の街を通過する際、通行税を取ったり、商売をする際に交易税を徴収するが、サクトワ共和国は国の発展かかる資金の代わりに一切を無償にした。
 その代わり軍事力を貸してもらう。
 それが狙いだったから。
 三十年前、サクトワ共和国の要望で行われた三国間平和同盟は北の国やカーンドルテ国だけでなく、もしかしたら敵となり得る他大陸の国も密かに含まれていた。

 サクトワ共和国元首ナシレは現在三十二歳という若さで元首となった。
 南の地の民族は争い嫌いで大らかな人種。肌は浅黒く目鼻立ちがハッキリしたものが多い中、ナシレは目鼻立ちの小さな神経質な性質をしていた。肌が浅黒いからサクトワ共和国の出身だとわかる程度だ。
 サクトワ部族の直系に生まれたからには、そのうち元首に成るかもとは思っていたが、その交代は恐ろしく早かった。
 誰も面倒くさい元首をやりたがらない。欲をかいたら面倒事がくる。
 押し付け合った挙句にまだ若いナシレに強制的に回ってきた。
 特に首都というものも無く、ティーゼレナウム港町が首都の様なものである。
 三十年前の平和同盟のお陰で、他大陸の国とは穏便な貿易を行う事が出来ている。
 当時の長達の先読みは素晴らしかった。本当に攻めてきたのだ。
 リューダミロ王国のへープレンド領からやってきた二人の夫婦が、砂漠をものともせずに駆けつけ、船を爆破。
 翡翠の瞳の青年が治癒を行い、遅れてやってきたスワイデル軍が壊れた街を修復し、他大陸から来た船の代表と交渉した。今後平和的な貿易を行うなら賠償金のみで許そう。攻撃するなら容赦しない。勿論貨幣が違うので、金や魔鉱石といった資源、他大陸の知識等を請求していた。それらは独り占めすることも無く、三国で分け合い、どちらかといえばサクトワの開発費用に回してくれた。
 当時のサクトワの人々はスワイデル皇国とリューダミロ王国の懐の深い対応に感謝したが、リューダミロが送ってきたのはやたら強い二人だけだったなと後から思ったらしい。
 そのくらい二人の魔法師は強かった。
 
 その息子が今回やってくる。
 普段冷静沈着なナシレでも興味津々だった。
 しかも一切公式な場に出てこないと言われているスワイデル皇国のユキト皇太子殿下まで来るという。
 戦争も大変だが、かの二人をどうもてなせば良いのか、それもナシレは頭を悩ませていた。
 スワイデル軍とリューダミロの魔法師が来るのだ。負けることは無い。
 先に壊滅している手前の村や町の調査を行いたいが、進んでくるカーンドルテ軍が邪魔で難航しているのもどうにかしないと…。

 ナシレが考える事は大量にある。

 スワイデル軍がそろそろ到着するだろうと予想していた時、突然カーンドルテ軍の攻撃が始まった。
 ズッッドオォォォォン………!
 屋敷から見上げれば、山の上に建てた防護壁と見張の塔が火を噴いている。

「…………ッ!どうした!?」

「カーンドルテ軍です!!!遠方から魔法攻撃を受けています!」

 街は山から海にかけての傾斜に建ち並んでいるので被害はないが、火は消し止めないと広がる。

「軍を出せ!それと火の消化を!!」

 この国は乾燥している。
 火事なんて起こせば一気に広がってしまう。
 カーンドルテ軍の進行が思いの外早かった。人数が少ない為移動が早かったのかもしれない。
 明日には着くというスワイデル軍に合わせて軍備は整えていたが、急襲にスワイデル軍が間に合うか分からない。着くまで持ち堪えなければ。
 いつの間にこんな近く迄迫っていたのか。
 
 防護壁の門扉まで走り、覗き窓から様子を窺う。

「どうだ!?」

「ナシレ様!こんな所まで出ては危ないです!敵はまだ遠いようですが、とにかく火魔法師の攻撃が強力で………!」

「ナシレ様!通信です!」

 魔導通信が入り、部下が慌てて走ってくる。相手はスワイデル軍ショウマ将軍だった。
 内容はリューダミロ軍魔法師ロルビィが単独で向かっているので攻撃しない様に、というものだった。緑魔法師で魔植使いだと言うが、どうやって単独で?
 スワイデル軍なら魔導車を使っているから、それでだろうかとスワイデル軍が来るべき方向が見える場所に向かう。
 その間にも次の見張塔に魔法弾が当たり、塔から炎と煙が立ち昇る。

「何か来ます!!!」

 ティーゼレナウム港町へ向けて真っ直ぐに向かって来るもの。いや、何かが地面から空へ向けて立ち上がっている?
 今はまだ午前。陽は高くここは外から見れば小高い高台なのでよく見える。
 木か?植物?

「件の緑魔法師か!攻撃するなよ!!」

 魔法師が到着する前に防護壁の門扉が火魔法でぶち破られる。
 小柄な人影が見え、亜麻色の髪が靡かせながらその人物は立ち上がらせた魔植を伝いながら飛ぶ様に近付いてくる。
 なんて速度だ!
 人の出す速度とは思えない速さで近付き、その魔法師は急に火魔法が飛んでくる方角へ曲がった。
 手を振り何かをした様に見えた。

「ナシレ様!下から植物が!?」

 火を噴く場所から蔦状の白い花をつけた植物が凄まじい勢いで生えてきた。
 それらは増殖し、花から粒をポロポロと落とし出す。 
 ぽちゃんと落ちるのは水。
 
「魔植か……………!」

 ここら辺にいる魔植では無い。
 リューダミロの緑魔法師が手を振ったのはコレを出したのだろうか。
 魔植は決して人を襲わず、ただ建物に巻きつき氷を吐き出し続けた。
 この地域は暑い。氷は直ぐに溶け水になり、炎を弱めていった。
 小柄な人影はサクトワ軍の上を抜け、どんどんカーンドルテ軍へ迫って行く。

「あの国の魔法師はどうなってるんだ?」

 とりあえず間に合ってくれたのだろうと、安堵した。
















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