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1章 俺のヘタレな皇子様
19 アーリシュリン
しおりを挟む十六になる歳、ピツレイ学院魔術魔法師科へ入学した。同年にはムルエリデ・ロクテーヌリオン公爵と婚約しだが、会う度に魔力譲渡を行う事に疑問が湧いてきた。
公爵は単に魔力が欲しくて婚約したのだろうかと。
母似の金髪に真紅の眼、目鼻立ちのハッキリとした綺麗めの顔が好まれたのかと思ったが、どちらにせよ私という中身では無い。
ムルエリデ公爵は黒髪に黒眼の長身で多少強面だが美しい顔をしている。
私だって見た目で婚約を了承した様なものだし、領地を援助してくれてもいる。円満な納得のいく婚約だった。
だが、婚約したからには仲良くなりたいと思うのは私だけだろうか?
外にデートに出かけるでも無く、家でお茶飲んだり晩餐を食べたりして性行為だけでは、何とも納得出来なくなってきた。
しかし相手は公爵位という王家に次ぐ高位貴族。しかも歳も十二歳歳上。私から言っていいものかどうか分からず、気付けばやけくその様に学院で性行為の伴う魔力譲渡をやっていた。
ムルエリデ公爵はそれについて何も言わない。婚約者ならいくら魔力譲渡でも慎む様に言わないものだろうか?同じ婚約者持ちは婚約者としかしないという。
何も言ってこないのにも苛ついて、学院で魔力譲渡無しの性行為もやってみたが、何も言わない。これは浮気の筈なのに、何も思わないのだろうか。
やはり私の魔力が欲しかっただけで、私自身には興味は無いのだろうか?
ロルビィが入学してきて相談すると、婚約解消を求めてみても良いのではと言われ、婚約者という立場を捨てきれずに適当な言い訳をした。
ムルエリデ公爵との魔力譲渡は誰よりも私の心を満たす。必死に縋りつかれている様で、縋りつかれると私は安心してしまうのだから、自分でも困ってしまう。
最中のムルエリデ公爵の顔が大好きだ。その時だけ囁かれる言葉が好きだ。
『アーリシュリン、愛してる……。』
無表情が一気に崩れて、愛しむ様に私を見る。潤んだ瞳に私を閉じ込めてしまおうとする様に、心の中に入る様な眼差し。
………ああ、愛されている。
だったら他者との魔力譲渡を力尽くでも禁止してくれたらいいのに。
ムルエリデ公爵は何も言わない。
ちゃんと気持ちを聞いたのはもう直ぐ卒院するという時だった。
領地援助の為にも解消はしないと心に決め、愛されなくても良いと諦めかけていた時、たまたま知った。
魔力欠乏症ならそう言ってくれたら良かったのに。
これからの公爵家の為に自国でも魔工飴を作れる様に提案した。
理由は結婚してからで無いと言えないらしいが、王家が早く子供を作る様言っているらしく、ムルエリデ公爵よりも王家の説得の方が問題だった。
公爵家側からと、私もカーレサルデ第二王子殿下へ直接交渉して何とか留学をもぎ取り、スワイデル皇国へ渡った。
スワイデル皇国のハルト第二皇子殿下の後押しがあったのも良かった。
ソルトジ学院の専門部では専用の部屋と器具まで用意してもらい、研究に明け暮れた。
まず現存の魔工飴を作れる様になり、それにどうやって味をつけるかを考えた。ロルビィに魔植で体内に入れても問題ないものを聞いたり、薬草を集めたり、個人の魔力を混ぜてみたり………。
試行錯誤する間は忙しかったが、出来上がった試作品をムルエリデ公爵と自領に送ると、ムルエリデ公爵からは手紙とプレゼント、ロルビィからは感想が送られてくる様になった。
ムルエリデ公爵は会えば無口で表情も乏しいが、手紙は多弁で私が欲しかった言葉が沢山入っていた。
体調を気遣い試作品の評価と努力を労い、私に早く会いたいと言ってくれる。
身体を合わせていたピツレイ学院時代よりも、離れて暮らす今の方が想いが募っていく。
愛称で呼び合おうと書かれてあり、しかも呼ばれた事が無いから考えて欲しいと言われて、魔工飴を作るよりも悩んだかもしれない。
アーリとリディにしたい返事して、了解の返信が届くまで緊張でドキドキした。
最後の一年、あと少しでおおよその研究も済み、商品化できる段階まできた。
結婚してから改良していっても良いなと考えていた時に、カーンドルテ国の聖女サナミルに声を掛けられた。
「聖属性も試してみませんか?」
聖属性を持つ者はあまりいないので、試してはみたい。
彼女は高等部最後の年のみ留学してきたばかりで、私の研究を聞いて甘い魔工飴に興味を持ったと言った。女性だから甘い物に惹かれたのだろう。
この時には魔力属性毎の飴を作る事に成功していた。
リディは闇属性なのでなんの属性でも吸収出来るが、火魔法師に火属性の魔工飴を与えると回復力が上がる。
これをレポートに書いて発表するつもりだが、聖女の聖属性も抽出出来るのか確認してからでも良いだろう。
聖属性の抽出は難しく、出来上がった時はもう直ぐ卒院という時だった。
聖属性の魔工飴は聖女の髪色の様な白金色の飴だった。
本来魔工飴を作る時、魔石を使用するのだが、どうせ自分には魔力が有り余っているのだから、態々魔石の魔力を使わずとも自分の魔力を使えば良いとやっていたのがいけなかった。
少しずつ少しずつ、身体の中に何かが侵食している。
私の使われた魔力の合間に滑り込んでくる様に。
それに気付いた時は遅かった。
聖女サナミルの青い瞳は黒色に変わり、闇が心を曇らせていく。
「貴方は凄いわ。闇魔法師の魔力吸収を魔道具で実現させてるのよ?飴だけじゃなく、魔道具の発明までやっているの。貴方が欲しくて近付いたけど、この発明もとぉっても素晴らしいの!」
ーーーだから私と一緒に行きましょう?ーーー
私は静かに頷いて彼女の後に従った。
窓の外は暗く闇が広がっている。
私が知る夜とは違う、暗く、沈んだ、悲しい夜。
何が悲しいのか分からない。
心にあったものが、記憶が何も思い出せない。
今まで何をしていたのだろう?
「まぁ、まだ起きていたのね?明日は漸くティーゼレナウム港町に着くわ。いっぱい楽しみましょうね?」
プラチナブロンドに青い瞳の聖女サナミルが入ってきた。
聖女は私の道標。
何も分からない私の生きる希望。
私は聖女の為に生きている。
窓の外にチラリと火の光が爆ぜた。
誰かが外で焚き火をしている。
目を凝らせば無数のテントが闇の中に浮かび、所々に松明が置かれていた。
崩れた壁、燃え残った家の柱。
「貴方はホントに魔力がいっぱいあるのね。もう回復しているわ。」
聖女が望む様に背を屈める。
私も大きい方では無いし男性にしては華奢だ。
周りを囲む兵達は皆大柄で粗野に見えるのに、聖女を神のように崇め敬う。
唇が合わさり小さな舌が入り込む。
魔力が吸われる感覚に酔いしれながら、この感覚に覚えがある事を不思議に思う。
魔力譲渡では無く、ただ魔力が吸い取られる感覚。
でもその後にとても幸せだった感覚。
聖女からはただ唇から吸い取られ、物足りなく終わる。
その後がない事に不満を覚えるが、それが何なのかすら覚えていない。
「ん~~~甘いわぁ。いくら吸っても貴方は倒れないし、スワイデルに行ってみて良かったわ。ユキトが手に入らないかもって思った時はガッカリしたけど、良い拾い物したわねぇ。」
聖女はおやすみなさいと機嫌よく部屋を出ていった。
フラフラと頭が揺らぐ。
昼間に魔力行使した上に、聖女に魔力を吸われたせいで魔力欠乏に成り掛けている。
一晩寝れば治る。
揺らぐ頭を落とす様に布団に倒れ込んだ。
聖女が撃てと言った。
そこはティーゼレナウム港町の手前の町。
大きな港町の手前という事も有り、石の塀も外道も有る、防衛もちゃんと行われていた街。
炎の一線で塀は溶け、家は燃えた。
己の指先に集まる熱の凝縮から放たれる、白い一線。
寝る所が必要だから、半分だけ燃やせと言われた。
人が逃げまどうのを見ながら、私の心は凍りついていった。
心のどこかで、私は許されないかもしれないと思った。
何が?
どうして?
分からない。
誰かに私はごめんなさいと謝った。
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