翡翠の魔法師と小鳥の願い

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1章 俺のヘタレな皇子様

17 ロルビィの使命

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 死体を埋葬し、怪我人はサクトワ共和国へ渡って治療してから国へ返す事に決まった。百名程いた隊員はたった七名しか生き残れなかった。
 七名は荷物を纏めて運ぶ為に引いていた台車に乗せて運ぶ事になった。

 シゼとパルからはユキト殿下が攫われた失敗について処罰は如何様にも受けますと言われたが、そんな偉そうに人を裁ける程の人間でもないので断った。

 預けたカーンドルテ国の男の名はテレセスタ・マールゼステという神官をしていた人らしい。
 主に神殿や留学先で聖女サナミルの世話をしていたそうで、争い事は好まず人を傷つけた事も無いと言っていた。
 憑き物が落ちたように榛色の眼は狼狽え泣きそうになっていたので、シゼが魅了魔法が解けたのではと言っていた。
 魔力が多ければ反発できると言っていたが、テレセスタはそこまで魔力量が多そうでは無い。
 氷花で凍らない様に、火魔法を使わせる為に魔力譲渡しながら助けた様だが、魔力に作用する魅了魔法を違う魔力で押し除けることが出来るという発見があった。
 国に帰ると教会と聖女に会う事になりそうなので、帰りたく無いと言っていた。
 テレセスタの話から聖教会は魔女の魅了魔法と闇魔法の魔力吸収を、黙認どころか援助しているようだ。
 カーンドルテ国の王侯貴族がどこまで関わっているのかは平民出のテレセスタでは分からないと言っていた。

「ユキト殿下を回収するって言ってたけど、何でか分かる?」

 テレセスタの話を聞きながら、一番気になる事を聞いておく。
 魔女が何故ユキト殿下を知っていたのか…何故連れ帰れと言ったのか。

「すみません、よく分からないのです。そもそも私が世話役になったのも、神殿関係者でも内部の事を知らない魔力を多めに持っている人間、として選ばれたのだと思います。疑われて間者として捕らえられても安全な人間というのと、聖女の食料になるという二重の意味で私でした。ユキト殿下の事も言われるがまま此方に赴いたので、深く分からないのです。」

 あまり情報を持たない事にビクビクしながらも、知っている限り話そうとテレセスタは思い出しながら説明してくれる。
 テレセスタも魅了魔法で操られただけなのだろうし、ロルビィとしては今後害にならなければ良いとしか思ってないので、そんなにびくつかなくても良いのにと思う。

「魅了魔法って掛かる時どんな感じ?」

 移動しながら聞きたい事を思い付いては話しかけた。
 最初は怯えていたが、次第に慣れてきたのか普通に返事を返すまでになっていた。

「そうですね、私は魔力も多少多目っという程度ですので、黒い瞳で見つめられると一気に意識を持っていかれた……、という感じでした。ロルビィ様の兄君はかなりの魔力量があるので、反発が激しく落とすのに時間が掛かったようです。」

 黒い瞳は闇魔法師の証。
 聖女サナミルはプラチナブロンドに青い瞳らしいが、魅了魔法を使う時は黒い瞳に変化したという。
 一人の人間の中に二つの属性は存在しない。俺も緑魔法と言われる植物系の属性のみだ。緑魔法師は治癒か植物系かに分かれるが、同じ属性の中でも治癒と植物系どちらも持っている人間はいない。
 何故聖女サナミルは聖と闇どちらも属性を持っているのか謎だった。
 テレセスタも同じ様に今なら疑問に思うが、魅了魔法に掛かっている時は言われるがまま何に対しても疑問に思わなかったし、聖神殿もそれが当たり前の事の様に対応していたらしい。

「その魔女の名前は何というの?」
 
 大人しく隣を歩きながら話を聞いていたユキト殿下がテレセスタへ聞いた。
 前もそれを聞いてたな?

「魔女の名前はサグミラと言います。」

 テレセスタの言葉にユキト殿下は顔色を変えた。
 魔女の名前が気になる様だけど、もしかしてユキト殿下は魔女を知っている?

「殿下、大丈夫ですか?」

 今にも倒れそうで、安心させようと手を握る。うん、と頷きユキト殿下は押し黙ってしまった。

「アーリシュリン兄は神殿にいるの?今大丈夫かな?」

 カーンドルテ国の軍に参戦していると聞いたが、どうなんだろう?

「身体がという意味では健康ですが、魅了魔法には掛かっていると思います。魔力吸収はされている様でしたが、…………その、性行為については無かったかと……。」

 ちょっと恥ずかしそうに言われると、こちらまで恥ずかしくなってくる。

「サクトワに南下する軍に、聖女と共に入ったようでした。会えるのはカーンドルテ軍とスワイデル軍が開戦してからかもしれませんね。」

 そうかぁ~やっぱりアーリシュリン兄と戦う羽目になるかもしれない。
 アーリシュリン兄の魔法攻撃は、そこらへんの火魔法師の比ではない。
 なるべく穏便にアーリシュリン兄を連れ帰る為にもスワイデル軍やサクトワ軍に攻撃はしないで欲しい。
 魅了魔法の解けたテレセスタは話し易い青年だった。
 神官をしていただけあって物腰も柔らかく話し方もゆっくりだ。とても火属性を持ってる様には思えないが、同じ火魔法師の母と兄を見て育ったから火魔法師は気性が強いと思いこんでいた。ユキト殿下やテレセスタの様に暖かな魔力もあるんだなと知った。
 流れでシゼが保護者の様な立場になっているが、気が合うのかいつも一緒にいる。シゼは俺の一応護衛という事になっているので常にそばにいる為、シゼの側にいるテレセスタはいつも近くにいた。
 
 まだ暗い顔をして考え込んでいる殿下の気を紛らわせたくて、違う話を振る事にする。

「ユキト殿下は火魔法はあまり使わないですね。」

「そうだね。リューダミロに留学して訓練する予定だったんだけど、ハルトに行ってもらったからね。炎を発現する事は出来るけど、撃ち出すのは訓練しないとね………。今はこれが魔法攻撃の代わりになってるよ。」
 
 ユキト殿下はポンポンと腰に下げた魔銃を叩いた。叩いて複雑な顔をする。

 ユキト殿下は悩んでいると言っていた。もし魔銃が個人の魔力では無く、魔石で代用して使用することが出来ると、誰でも使える様になるが、これが犯罪や戦争の悪化に繋がらないかと。魔力保持者の少ないスワイデル皇国にとって、他国への抑止力となる武器になり得るが、広めて良いのかが分からないと言っていた。
 それは地球でも度々問題になる事で、俺がいた日本では許可なしには民間人は銃も刀も持てなかった。殆どの人が持った事などない国で生きる事はなんて平和なんだろうか。
 ユキト殿下に話してみたい。
 地球の事を。こんな所に住んでてこんな問題があってたよと。
 でも、おかしな事を言う奴だと思われたくない。
 今の世界は魔法という武器を常時持っている。俺は多分やろうと思えば、今歩いているスワイデル軍なんて直ぐに壊滅する事が出来る。
 やらないのは、俺がそれを悪だと思い、犯罪だと捉えているからだ。
 でも戦争なら?
 相手が敵なら?
 きっと俺は攻撃するだろう。味方は守りたいから……。味方を守る事が国を守る事になり、家族を守る事になる。
 俺は幸せになるなら家族にも幸せになってほしい。
 その為には敵を屠るだろう。
 ユキト殿下も未来は皇帝だ。皇国を守る為に、魔銃という武器はあった方がいい。でも一人の人として、強力な武器を作り上げる事に躊躇っている。
 未来なんて分からない。
 ユキト殿下がどう未来を切り開いていくかも、皇国をどう導くかも分からない。
 遥か先の未来でユキト殿下がどう語られるのか、そんな事今生きている俺達には分からない。
 だったら…………。
 俺は思うよ?こう思う。

「俺はユキト殿下が今生きて幸せであってくれるのが良い。その為に魔銃が必要ならどんどん使った方がいい。もし、それで殿下が悪者になったら、俺が助ける。」

 最悪一回だけだけど、産まれた瞬間の過去に戻れる。
 俺はユキト殿下が悪い道に行かない様助けてやれるはずだ。
 あの神様はどうしても逃げたい時使えば良いと言ったけど、俺は俺が大切な人達を助けたいと思った時に使いたい。
 それがどの時点になるか分からないけど、本当はあり得ない力なんだから使わないのが良いんだろうけど、もしユキト殿下が困った時は使うよ。

 助けると言われてユキト殿下はきょとんとしたが、笑ってじゃあ助けて貰おうかなと言った。
 きっと気休めの様な言葉だと思われただろうけど、それで良い。
 だって前世も時間遡行も上手く説明出来る気がしない。

 ただ味方だと思っててくれれば良い。
 無条件で助けてくれる人間がいるのだと、思ってくれていれば良い。

「期待しててくださいね?」

 俺は笑ってユキト殿下の手を握った。





 数日森を歩き続けると漸くスワイデル皇国とサクトワ共和国を隔てる川に出た。
 川といってもかなり広かった。
 川の名前はボコセという名前だった。
 やたら広くて水はゆっくりと流れている。スワイデル側は川岸まで樹々が生えているが、遠くのサクトワ側は湿地帯なのか浅くなって泥の様な地面が見える。
 ちょうど今着いた地点が一番狭くなっているので、ここを渡るらしい。
 今は乾季で水が少ないから渡れるけど、雨季になると水嵩が増して流れも出てくる。
 ここに橋を高く作りたいのだが、まだ設計途中と言っていた。
 此処から橋を作り更に南下するとティーゼレナウムという街があり、そこは海の玄関口となる貿易港があるらしい。
 今回カーンドルテ国の進軍もそこが狙いだろうが、サクトワ共和国に手を出せばスワイデルとリューダミロも参戦してくるのに、勝てると思うのだろうか。
 
 ボコセ川を渡るのは翌日になった。
 まず遠泳が得意な人が長いロープを持って渡って、それを使って他の人は渡るのらしい。
 レンレンを使って川幅を見てみると、三百メートルくらいありそうだ。俺はまず自力で泳げない。ユキト殿下は泳げると言った。この人血さえ見なければ何でもできるんじゃなかろうか。
 ショウマ将軍は荷物と怪我人を乗せる為に筏を作るので、殿下達はそれに乗ってくださいと言われた。
 深いところはかなり深い。溺れても困ると言われ、ユキト殿下は了解していた。泳げるけど割と凶暴な魚がいるので怪我しますと言われて即答していた。
 
 ボコセ川には魔植がいなかった。いるにはいるが、水草みたいに小さいやつで、攻撃性ゼロの水を浄化している魔植だった。この魔植は人によく飼われているので珍しくもない。水を浄化する為に貯水地に飼われている。こいつらが生息している地域は水が綺麗だ。
 桶に水を汲んで水草の魔植を浮かべる。魔植はくるくると回りだし、水もゆっくりと回り出した。
 川岸にも水草が集まっていて同じ様にくるくると回る。

 小さな頃に街に行ったら噴水にコイツらがいた。くるくる回る水草を物珍し気に見ていたら、家族から不思議そうに言われた。
 そんな魔植何処にでもいるだろうって。
 俺は言いたかった。
 いないよ?
 地球には、日本にはいなかったよ?
 俺は初めて見たよ。
 その頃は肩に乗っていた小さなレンレンは、蔓を伸ばして水草を食べた。
 美味しいの?
 もう一つ水から上げて食べさせた。
 口はなかったけど、ぐしゃぐしゃに絡まった蔓の中へ水草は消えて行った。
 家族に見つかった時には水草はあらかたレンレンの中に消えていた後だった。
 家族が見咎めた兵士に謝っていたので、食べさせたらダメなんだと知って、じゃあ戻そうと思った。
 俺の意思を感じ取ったレンレンは、水草を戻した………。

 …ほら、………こうやって。
 ロルビィは手のひらをかざした。

 ポコン……ポコン………。
 ポコポコ…………。

 ざぁーーーと水面に緑の絨毯が出来た。小さな薄紅色の花をつけて増え続けていく。




「凄い…………!」

 ユキトは感嘆の声を上げた。
 あたり一面、緑の水草が広がった。
 薄紅色の花がついては花びらは散り風に飛ばされて行く。
 種をつけ次の子供があっという間に育っていく。
 植物を操るのは緑の魔法師だとは言っても、この繁殖力はあり得ない。
  
「神の領域………。」

 無心に魔植を育て広げているロルビィには聞こえていない。
 神の領域とは神から与えられた使命を持つ人間。それを行使する為の特別な力を持っている。

「……君はその力で何をするのかい?」

 無意識にユキトは質問した。
 不思議そうにロルビィは振り返った。

「君は神の領域なの?」

 答えないロルビィにもう一度質問した。
 クルクルと回る緑の絨毯を背にして、ロルビィは考える様に首を傾げた。

「うーん、前にもそれ聞かれた事ある様な…………?俺はただ幸せになりたいだけです。家族が幸せで、それを見れたら幸せかなぁって………。最近はユキト殿下も入ってますけどね!」

 朗らかな笑顔でロルビィは言った。

「私も入ってるの?じゃあ頑張って幸せにならないと。」

 ロルビィの使命は家族の幸せ?それは使命というのだろうか……。それに私も入っている?
 じゃあ、家族や私が幸せに成らなかった時、どうなる?

「あ、無理して幸せになってくださいって言ってるわけじゃないんですよ?その手助けをしたいんです!それで幸せそうにしてくれたらなぁって思ってるんですよ!」

 人を幸せにするのが使命って事か?
 でも同じ事だ。幸せにしてやれなかった時、君はどうなる?
 君は幸せに成らなくていいの?
 ロルビィの亜麻色の髪を梳きながら、私はロルビィの幸せを願った。

「君も幸せに成らなくては駄目なんだよ?」

 ロルビィは少し目を見開いて、そうですよねと返事した。





 その日ロルビィは夢を見た。
 昔の夢だ。
 田んぼの稲はまだ青々として、水が張られ浮き草が浮かびオタマジャクシが泳いでいる。
 盆前に従兄弟が遊びにきたのだ。
 従兄弟は幾つか年上で大学生になったばかりだった。遊びに来てよと自分が我儘を言ったのだ。お盆は来ないと聞いたから……。
 あれはいつだっただろう?
 小学校だった?いや、中学生になっていた?分からないけど、その従兄弟とは凄く仲が良かった。
 ピィを飼い始めたばかりで、よく分からなくて従兄弟に相談しては遊んでもらっていた。
 従兄弟もピィをよく可愛がっていた。
 
 その時もピィの世話を一緒にして、もう帰るからと乗って来たバイクに乗せて貰った。
 田舎の道だからヘルメットも無しで二人乗り。
 大学生の従兄弟は自分から見たら大人だった。
 大好きだった。
 帰り道に事故に遭って、死んでしまって、俺は泣いて悲しんだ。

 最後に見た田んぼの風景も、青々とした稲も水草も、何もかもが綺麗だったのに、また来てねと頼んだら、絶対に来ると約束したのに。

 もう会えない。
 あんな悲しい気持ちはもう抱えたくなかった。 
 だから迷う事なく綾乃を庇った。
 他の人が死んで悲しい気持ちになるくらいなら、自分が死んだ方がマシ。

 夜中に起きて、ユキト殿下が隣に寝ているのを確認した。
 スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
 今日浮き草の様な魔植を見たから変な夢を見たのだろう。
 あんな悲しい気持ちはもう嫌だ。
 ユキト殿下に寄り添い、目を閉じた。
 大丈夫、今俺にはレンレンがいる。
 必ず守ってみせる。
 うつらうつらと眠りながら、ユキト殿下の体温に安堵している自分がいた。






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