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1章 俺のヘタレな皇子様
14 ユキト殿下の救出
しおりを挟むロルビィが出てから、どうにも不安で寝付けず待つ事にした。
布団の上で膝を抱えて座り込み、どうしてこんなにロルビィに頼ってしまっているんだろうと不思議に思う。
初めての出征で不安な時に寄り添ってくれたからだろうか。
それとも私の存在を侮る事なく認めてくれているから?
ロルビィが笑って認めてくれると嬉しい。弱っている時に頭や背中を軽く叩いて撫でてくれるのが嬉しい。
まるで依存だ。
あまりにも眠れないので弾丸に魔力を込める事にする。最近打つ機会が増えて空になってしまっていた。
魔銃の仕組みは簡単に言えば銃本体に魔力を流し、仕込んだ火魔石に働きかけて銃内で爆発、弾丸が飛び出る。弾丸にも魔力を込めておき、弾丸内でも魔力の爆発を起こして加速させ打ち出している。
ロルビィに説明していると、同じ様に音がするのが不思議だと言っていたが、何と比較していたのか分からなかった。
この銃では魔力がある程度無いと使えない。弾丸に魔力を込めておくのは誰でも良いが、打ち出す時には本人の魔力が無いと打ち出せない。
弾丸に魔石を代用して、本体にもう少し魔石と魔導回路を組み合わせて打ち出す為の引き金を付ければ、魔力無しでも使える様になるのではとゼクセスト・オーデルド博士は言っていたが、果たして誰にでも扱える武器を作り出してもいいものだろうか。
弾丸を握りしめ、力を込めると魔力が流れ込む。人同士で魔力譲渡をやり合う時と同じ容量だ。ただ手のひらから流し込むので送れる魔力は少ない。
全部に込めるとなると結構魔力を使うのだが、寝る前にやっておけば明日の朝には自身の魔力も回復している。
多少疲れた方がロルビィがいなくても寝れる気がするので、全部込めてしまおう。
全部を終え、本体横腹をずらすと弾丸を詰める場所が現れる。入る数は八発。
弾を詰め、残りの弾丸を入れ物にしまってもう一度溜息をついて膝を抱えていると、何やら外が騒がしい。
テントの布を捲って外に待機しているはずのパルに話しかける。
「どうしたんだい?何か問題でも……。」
外を覗くと何かが暗闇で蠢いていた。
ロルビィの魔植レンレンの動きに似ている気がするが、レンレンは意外と植物らしい葉や花をつけて可愛いと思える見た目に対し、暗闇に蠢くものはネチョネチョとした奇妙な音を立てて醜悪だ。
「殿下!魔植だと思うんですが、動きがおかしいので魔植使いがいるかもしれませんっ!側を離れないでください!」
パルが弓を構えて注意を促してきた。
小柄なパルにしては大きい弓を持っている。基本の武器は弓なのだろう。
迫ってきた葉や枝に弓を撃ち込んでいた。
さっき詰めたばかりの銃を構え、反対側の大きめの枝の根元を撃って迫ってきた魔植を牽制する。
外に出た事のないユキトにとって、魔植は温室にある管理された魔植か、ロルビィの魔植レンレンくらいしか馴染みがなない。
なので今目の前にあるネバネバとした液を出す醜悪な魔植は初めて見た。
怖いというよりも気持ち悪い。
枝や葉の数も多いし弾丸にも限りがあるので下手に撃ち込めない。
少し離れたところではシゼとショウマ将軍が剣を持って攻撃をしていた。薙ぎ払っても直ぐに増殖する魔植に苦戦している様だ。
「火魔法師はいないのかな?」
「僕は風ですし、シゼは水なんですよね~ショウマ将軍は違うんですか?」
「スワイデル軍の訓練は魔力が無い者が多いから属性魔法ではなく身体強化の戦闘が基本なんだ。ショウマ将軍は魔力は多い方だが、リューダミロ王国軍の様に魔力を放つ訓練はしてないんじゃないかな?属性は土とかだったと思うけど……。」
考えながら答えると、何故かパルがこちらを凝視していた。
なんだろう?
「殿下、戦闘は平気だったんですね。本当に血が苦手なだけで。」
この男は何を言ってるんだろうか。
シゼにしろパルにしろ相手が皇族だろうと遠慮がない。ロルビィも私に対する対応は母親?弟?なにしろ家族に世話を焼いているといった感じだ。
しかし否定は出来ないので、なるべく流血沙汰にならない様、魔銃で援護をしていく。
「キリが有りませんね。あまり近くで火を放つとテントに燃え広がりますし……。」
ショウマ将軍が走り寄って来た。
そうだな、と返事をしようとしてショウマ将軍の驚愕した顔に気付く。
なにが?と言おうとして、足に何かが触れ引っ張られた。
「え?」
「殿下!!」
近くにいたパルが急いで手を掴もうとしたが間に合わず、ユキトの身体はテントの中に引き摺り込まれた。
ショウマ、シゼ、パルが慌ててテントに入ると、テントの敷物は破かれ地面に穴が開いていた。
「連れ去られた!!」
「うわ、ロルビィ様に締められる…。」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、長。」
穴を覗き込むと粘液まみれの穴が奥深くまで続いている。
ショウマ将軍は早くも切り替え追跡準備を始める為に外に出た。
無闇に突っ込んでも死ぬだけだ。
あまり戦力にはならないが火属性を持つ部下を集める。身体強化も属性を纏っておいた方が防御に役立つ。
あれだけ暗闇を蠢いていた魔植が綺麗さっぱり消えていた。
ユキト殿下が狙いだったのか?
何故?
時間は刻一刻と過ぎる。
ザワリと空気が動いた。
この気配に、既に慣れ親しんだ部隊が騒つく。
「連れ去られた?」
亜麻色の髪を靡かせ、降り立ったのはロルビィだ。夜の闇を切り裂く様に翡翠色の瞳が鋭く輝いている。
後ろに人を一人拘束して連れ帰っていた。ぐったりとしているので敵か?
「シゼ。」
「あ、はーぃ……。」
シゼが恐る恐る前へ出る。
「これ、カーンドルテ国の人みたい。捕まえたから見張っといて。」
ポイと白い小花のついた蔓に巻かれた男が投げられる。
シゼは慌てて受け止めたが、投げられた男はぐったりとして動かない。
「テントの中だよね?俺が穴を広げながら入るから、予定通り後から部隊を入れて欲しいです。」
ロルビィの言い分にショウマは頷いた。ここで一番の強者はロルビィだ。彼が先頭を切ってくれると後に続きやすい。
「分かった。すまないが頼む。」
ロルビィはにこりと笑った。
翡翠の瞳が細まる姿は、此処が深い森の野営地だとは思わせないほど、清潔感のある好印象な笑顔だ。
だが誰も安堵も笑顔も無理な程、彼の笑顔が怖い。
ロルビィの影から太い緑色の蔓が伸び、ユキト殿下のテントを上から持ち上げた。壊れない様離れた所へ降ろし、夜具や荷物を次々と取り払い破れた敷物を退かす。
ロルビィの瞳はポッカリと開いた暗い穴を見つめているが、そこに表情は無く、どこを見ているのか分からない。
「降りやすい様レンレンを垂らしておく。後、最初にいなくなった人達の一部が生きている。かなり深い所だから気をつけて。」
ロルビィが言い終わると、レンレンの蔓が木の様に固く茶色に変わり、キリキリと音を立てて太い幹に変化する。それがドォンと鈍い音を立てて穴に突っ込んでいった。
柔らかい何かに入り込む様にレンレンの幹は猛烈な勢いで奥深くを穿っていく。
暫くそれが続いたが、何処かに到着したのか勢いがピタリと止まった。
幹が細くなり元の緑の蔦に戻ってしまう。
その中へロルビィは躊躇いもなく飛び降りた。
ユキトを捕らえた蔦は身体に巻きつき暗い地下へと引き摺り込んでいった。
物凄い速さで通り抜けていっているが、巻きついた蔦が柔らかいのと粘液を出して包んでいる所為か、痛みはない。
だが衝撃はそれなりにあるし到着するまで揺さぶられ、魔植使いの前に転がされた時には、ユキトは立てない程に目が回っていた。
「へえ、サグミラ様が御所望なのも頷けるわぁ。綺麗な顔!」
明るい女性の声が聞こえるが、顔を上げることは出来ない。
女性は手にランプを持っているのか、近付いて来ると、巻き付いた魔植がよく見えた。赤黒い斑点がついた表面には粘液が取り巻きネバーと垂れている。斑点は生きているかの様に収縮をしている為、見ていても生理的に気持ち悪かった。
顎を持たれて上向かせられると、女性はまだ若く茶色の髪に瞳の普通の人だ。
特徴のない顔なのに、その瞳は何故か虚に見え、違和感が有る。
「…………っ!」
女性の後ろには見知った顔があった。
粘液を纏う蔦とその粘液の塊の中に、人が固められている。
ほぼ動いていない姿に、彼等の生死を知った。顔は白く、力ない手足も胴体も首もおかしな方向へ曲がっている。
「あたしの魔植は人を食べるの。人の魔力とか生力とかなんだけど、スワイデル軍の人達って魔力が少ないのねぇ。でも、皇太子様はは多そうね。」
世間話をする様に女性は話している。
「少しだけあたしの子にも貰ってもいいかしら?国に帰る頃には戻ってるわよね?」
誰に聞くでもなく自身で自問自答している。
目が周り吐き気がするが、なんとか息を吐き呼吸を整えた。
どうにかして逃げなければ……。
魔銃は何処かに落としてしまったのか手に持っていない。
ユキトの魔力は火属性なのでありったけぶつければ魔植は燃えるはずだ。
目を瞑り燃焼させる。
ユキトの周りを魔力が周り炎の渦が周囲の魔植を包み込んだ。
「あら?」
だが、魔植が燃えない。
多少は粘液を蒸発させた様だが、少し周りが焼けただけで直ぐに次の魔植が取り囲んだ。
「…………な、んで!?」
女性はクスクスと可笑しそうに笑う。
「あたしの子は炎に強いのよ。この粘液で燃えにくいの!炎に強い魔植なんて凄いでしょう!?」
女性は嬉しそうだ。
ユキトの頬を撫で、うっとりと眺める。
「折角の魔力が無くなっちゃうから、無駄な攻撃はしないでね?」
ずるりと蔦が服の中へ入り込んできた。森に入ってからは何が起きるか分からないので常時普通の服を着ている。上はぴったりと肌に合う様伸縮性に優れた肌着を着て、上からボタンのついたシャツを着ていた。足はポケットや膝当てのあるコンバットパンツにブーツを履いたまま。ベルトもつけて太い枝が入れる隙間はあまりない。
なのに粘液を利用してヌルヌルと入り込んできた。
肌着は蔓が入り込みモコモコと動き回り、ベルトは外さず無理矢理何本か入り込んで蠢いている。
「…………うっ…!」
蠢く蔦が乳首を擦り陰茎を撫で上げるが、ユキトは気持ち悪さで震えた。
「あら、気持ちよくない?兵士さん達は気持ち良さそうに魔力を出してくれたのに……。」
おかしいわねぇ~と女性は不思議そうに首を傾げていた。
ドロドロと身体に張り付く粘液が気持ち悪い。弄る蔦が記憶を呼び覚ます。
『大人になったらまた会いましょうねぇ?その時はいっぱい気持ちよくなりましょう?』
蠢く蔦が人の手に見える。足が絡みつき、幾多の人の肌が擦りあっている。
視界がチカチカと点滅し、赤く変わっていく。
陽が沈みかけ窓からオレンジ色の光が入り込み、肌色を橙に染めた人達が動いていた。
動くというより蠢く。
手が足が絡みつき、霰も無く嬌声を上げ、目は虚に色欲に溺れていた。
部屋の片隅には動かない白い人、人、人。
オフホワイトの絨毯は元の色が分からないほど赤黒い。
母上は………、母上は……。
笑って………。
「ゲホッ……。」
ユキトは吐いた。
「え!?なんでぇ?」
本当は吐いている場合ではない。それでも迫り上がる嘔吐感は止まらない。
「ゲホゲホッゴホ……。」
絡みついた蔦はヌルヌルと身体を擦り、ユキトの陰茎を包み込むが、それは縮み上がって全く反応しない。
それならばとお尻の割れ目をぬるりと擦り上げてきた。
「………や、やめ………っ!」
吐いた影響で涙が溢れる。
何をしているのですか!?母上!!
やめて下さい!!
………やめて!やめて!
…………怖い!…………怖い!
…………………………誰か……っ、
ーーーードオオォォォンーーーー!
地響きを立てて何かが上から落ちてきた。
それは地下空洞の天井を突き破り、防御しようとした粘液の蔦をものともせず、女性を遠慮なしに押し潰した。
押し潰して地面にめり込み、女性の姿など最初からなかったかの様に見えなくなった。
先程まで生きていたかの様に蠢いていた粘液の蔦が力無く萎びていく。
ストンと降りて来たのはロルビィだった。
近付いて泣いているユキトの顔を袖でゴシゴシと拭く。
「ごめんなさい。間に合わなくて………。」
プチプチと細くなった蔓を引き抜いていった。
ロルビィの顔は悲しそうだ。
ユキトの髪も身体もドロドロに汚れているのに、ロルビィは気にぜず抱きついた。
ぽんぽんと背中を撫でてくる。
「うん、間に合ったよ…………。」
気持ち悪くて嘔吐したが、間に合ったよ。…………私の心は壊れていない。
同じ穴からショウマ将軍達が降りて来た。
「ロルビィ殿に殿下はお任せしても?私達は彼方を確認しますので。」
そう言って、ショウマ将軍は奥に固まる部下達を見やる。
ロルビィはレンレンを使って奥で人と一緒に絡まっている粘液と蔦を剥ぎ取り、後はショウマ将軍に任せて穴からユキト殿下を連れ出した。
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