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1章 俺のヘタレな皇子様
12 森に入る決意
しおりを挟むユキトは信じられなかった。
自分が同じ布団に誰かと寝ていることが…………。
初日の夜、情けなくも泣きながら寝落ちしてしまった。あまりにも優しく安心していいと言い聞かせられながら背中を摩られ、いつの間にか意識は夢の中……。
起きた時の何とも言えない気持ちよさに目を開けると、目の前にはロルビィの小さめの顔があって驚いた。
亜麻色の真っ直ぐな髪は柔らかそうで、同じ色の睫毛は意外と長いのだと知った。
ほんの少しだけ開いた口は小さく、白い歯が見えて目が離せない。
段々と顔に熱が集まり、ユキトは動けなくなった。
あまりにも凝視していた所為か、ロルビィの瞼が開き翡翠色が現れた。
青み掛かった緑から新緑の様な鮮やかな緑に色を変える瞳のあまりの美しさに、呆けて見惚れていると、ロルビィは目を細めて笑った。
「おはようございます。」
「……お、はよう。」
人と触れ合うのは気持ち悪い。
肩がぶつかるのさえ気持ち悪い。
どこぞの貴族の子息や令嬢が、権力を駆使して寝所に潜り込んでくる時がある。腕を掴まれ、腿に手を置かれた瞬間に吐き気が込み上げ、本当に吐くと皆悲鳴をあげて逃げて行った。
人の体温に吐き気が込み上げたのだ。
潤んだ情欲を乗せた眼と表情が醜悪で、嫌悪しか湧かなかった。
だが、ロルビィはいつの間にか隣で寝ていて、綺麗な瞳でおはようと挨拶をする。
人が隣にいる心地よさを久しぶりに感じたのかもしれない。
何もせずただ隣に人がいようとすることが無かったから、気付かなかったのだろうか。
人を嫌い避け過ぎたから、人の温もりに今まで気付かなかったのだろうか。
自分が臆病になり過ぎただけだろうか。
分からない。
「あ、一緒に寝ると護衛やりやすいから、テントの時は一緒に寝ませんか?ユキト殿下の布団大きいし!」
名案だとばかりにロルビィは提案する。
「あぁ、うん、そうだね………。」
勢いに押されて頷いてしまった。
あれ?婚約者一応いるけど良いんだろうか???
まぁ、いいか、友人だ。
これは同衾では無い、友情だ。
じゃあ、着替えちゃいましょう~と言われて、寝巻きを取られて用意していた服を着せられた。
普段は適当に梳かしただけの長い髪を綺麗に編み込み紐で括る。
「あ!先に顔洗うべきか!」
しまった~とロルビィは騒ぐ。
それまでの一連の行動が早くて、ユキトはされるがままに固まっていた。
「あ、あの、ロルビィ?私は自分で出来るよ?………その、寝るのはともかく世話は良いからね?」
私の断りの言葉は無視された。
桶もらって来ます~!
走って出ていく小柄な青年の早さにその日圧倒されて、そのまま流されこれが朝の習慣になったのだった。
ちょっとお話し良いですかぁ、とのんびりシゼが声を掛けてきた。
王都を出て七日目、南西に進みもう直ぐ森に入るという所で休憩を取っていた。
南下してくると気温も上がってくるのか暑い。殆どの兵士は軍服の上着は脱いでいる。
平民が多いと気軽で良いですよね~とパルは言っていた。
此処からさらに南下するとスワイデル皇国とサクトワ共和国を隔てる大きな川があるらしい。その周辺は熱帯雨林の様に鬱蒼とした森林になっているらしく、魔導車は通れないので、歩兵と軍備を積んだ魔導車とを二手に分けて進もうと話していたところだった。
歩兵は徒歩で通れる道を進むのが早いので、魔導車は遠回りだが別のルートを行く。速さは魔導車が速いので合流地点には丁度出会えるという計算だった。
なるべく魔導車に護衛も兼ねた兵を乗せ、森を突き抜ける歩兵隊員は八千人くらいだとか。
歩兵は平民ばかりなので、いけるいけると豪語していた。
因みに魔導具を隠した貴族一派は二日目に徒歩で返した。魔導車を寄越せと騒いだが、王族に対する不敬罪で処罰する旨を通知し、近くに駐屯する軍に預けたら大人しくなった。
そいつらの計画では魔導車に乗った貴族一派を守りながら遠回りして進む予定になっていたが、いなくなったので早く進もうという事になったらしい。
で、ユキト殿下はどっちで行くかと決めている最中に、シゼが話しを挟んできた。
定期的に魔導通信でムルエリデ・ロクテーヌリオン公爵へ報告しているらしいのだが、カーンドルテ国の聖女についての情報があるらしい。
「公爵様からの伝言です『カーンドルテの聖女は聖と闇を同時に持つ、遥か昔から生きる魔女だ。そしてアーリシュリンは魅了魔法で魔力吸収の為に連れ去られた。必ず生きて連れて帰ってこい。』って命令されとんですよね~。」
「……………。」
全員沈黙した。
「それは、俺たちも聞いてて良い話なのか?」
ショウマ将軍が顔を顰めて聞き返した。
此処にはショウマ将軍、ユキト殿下、俺、の三人がいたのだ。
俺はユキト殿下の護衛をやっているので勿論引っ付いてる。
「知ってる人間はこの五人なので。」
アーリシュリン兄を見つける件は確かにシゼとパルを含めてこの五人。
「捜索をたった五人でやるのに聖女の事知ってるの俺達だけだと荷が重いって言うかですね。」
シゼはぬけぬけと言っている。
「知ってないと危なそうだなと思って伝える事にしたんだ。黙ってて後手に回りたく無いでしょう?」
それもそうだけど、短い文の中に色々と聞き返したい事が沢山あった。
「ごめん、もう一回詳しく。」
俺のお願いに、パルが説明してくれる。
聖と闇の属性を併せ持つと魅了魔法が使える。カーンドルテの魔女は聖魔法で聖女となり、闇魔法で魔力吸収を行い長く生きている。聖と闇という二つの属性を持つと相殺しあい魔法が行使出来ないはずだが、何故かどちらの属性も使う事が出来る。何故使えるのかは分からないが、魔力吸収の為にアーリシュリン兄を連れ去ったと考えられる。
という分かりやすい説明をしてくれた。
魔女?
そんなものいるんだ、この世界は。
「ユキト殿下は知ってましたか?」
顔を覗き込むと、殿下の顔は青褪めていた。
「どうしましたか?殿下。」
ショウマ将軍も気付いて心配するが、何か考え込んでいるのかこちらの様子に気付いていない。
「おーい、大丈夫か?」
覗き込んで目の前で手を振ると、ハッと気付いた様に瞬きをした。
「あ、うん、大丈夫………。大丈夫だよ。」
無理して笑うが大丈夫な様に見えない。
「その、魔女は名前は分かってるのかな?」
ユキト殿下の質問にシゼは首を振った。ユキト殿下はそれに残念そうにしながらも、じゃあずっとソルトジ学院にいたんだな……、と呟いた。
俺も聖女は留学して来ていたのを思い出した。魔女が近くにいたって事か。アーリシュリン兄は魔力が多い。リューダミロ王国の中でトップクラスに入る。だから目をつけられた?
「アーリシュリン兄は魔力多い人なんだけど、魅了魔法って誰にでも効くのかな?」
シゼに聞いたけど、答えたのはユキト殿下だった。
「魔力が多いなら反発は出来るよ。ただ、魔力を吸われ続けると魔力が少なくなって反発出来なくなってくるけど………。」
「ユキト殿下は魅了魔法については詳しいんですか?」
闇魔法師も聖魔法師も少ない。
ムルエリデ・ロクテーヌリオン公爵はリューダミロでも数少ない闇魔法師だ。たまにいるなと思ってもロクテーヌリオン家の血筋だったりする。平民にもあまりいない。それは聖魔法師にも言える事だった。聖魔法師と言えばリューダミの王家くらいだ。
「昔調べたんだよ。でも、魔女か………。もしかしたら君の兄上と戦う羽目になるかもしれないね。」
ユキト殿下の悲しそうな顔に、俺はそうなるのかと理解した。
アーリシュリン兄と戦う。
「…………。大丈夫です。俺が何とかしますから!」
俺は力強く頷いた。
「でも、ロルビィ様は魔植使いでしょう?アーリシュリン様は火魔法師なのに、大丈夫なんですか?魔植は火魔法に弱いですよ?」
パルが心配そうに聞いてきたが、俺はレンレンを信じている。
でも念には念を入れてレンレンの能力を底上げしておきたい。
毎日俺の魔力はレンレンに供給されているが、元々のレンレンは唯の蔓草だった魔植なのだ。蔓を伸ばして締め上げるくらいしか出来なかった魔植だ。
「あの、さっき話してた徒歩にするか魔導車で行くかなんですが、徒歩で森に入ったら駄目ですか?」
ユキト殿下を歩かせる訳にはいかないと魔導車で行くようにショウマ将軍は言っていたが、是非ユキト殿下は俺に付いて森に入って欲しい。
「うん、構わないよ。」
あっさり殿下は了承した。
「やったーーー!!!新規魔植取り放題!!!」
飛び跳ねて喜ぶ俺に、嫌そうなパル。
シゼは飄々としていたが、ショウマ将軍は困り顔だ。
「あの、森の道は今開拓中の道ですから大人数で動くのもあるし、ある程度は安全ですが、魔植の他にも魔獣も出ますよ?いいんですか?」
再確認するショウマ将軍にユキト殿下の顔は固まったが、喜ぶ俺を見て意を決した。
「う、うん、平気だ。頑張るよ。」
ショウマ将軍の顔がスンと真顔になった。
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