翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

10 サクトワ共和国に向けて出発

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 翌日の朝、言われた通りシゼとパルを伴って皇都の外壁西側の高原に向かった。
 既に一個師団の軍は綺麗に立ち並び、軍備も何もかもが用意されていた。
 え?遅刻?と思ったが、今回軍を率いる将軍が話をしていたのでセーフだと信じたい。
 あまりの人数に何処に行けばいいのか分からず、シゼに聞いたら案内してくれた。なんで分かるの?って聞いたら、だいたい何処も一緒でしょう言われた。
 俺にはさっぱり分からん。

 てくてくとシゼの後を付いて行くと、ユキト殿下が前方のお偉方がいそうな集団の中に立っていた。
 コソコソと近寄り挨拶する。

「おはようございます。遅くなってすみません。」

「ああ、おはよう。此方が指定した時間通りだから大丈夫だよ。今同行する将軍が説明を行なっているから、この後一緒に壇上に上がって紹介するね。」

 えっ、壇上上がるの?
 嫌だけど。
 首をフルフルと振ったが、問答無用で一緒に上げられ紹介される。
 兄のアーリシュリンの事は伏せているので、昔翡翠の君と線華という異名で呼ばれた父と母の説明をされ、その息子が三国間平和同盟の為に参戦しているという説明をされる。
 流れる様に同時に今回の戦闘を鼓舞し、ユキト殿下の話しは終わった。
 流石皇太子をしているだけあって、話し方は上手だった。でも拍手はまばらだ。先程の将軍の時は怒号の様な歓声だったのに、静かなものだ。
 やっぱりユキト殿下って人気ないのか?

「リューダミロ王国からは俺だけ参戦でおかしくないですかね?」

「それだけの戦力はあると思うけど、リューダミロ側に確認したら、充分だと返事されたよ。」

 何故?
 俺はピツレイ学院でも模擬戦すらさせて貰えないくらい底辺にいたはずなのに……。
 
「さ、私達は魔導車に乗るから行こうか。」

 今日のユキト殿下は詰襟の黒色軍服を着ていた。階級を表すバッチが胸元についており、身長も高くて似合っている。長く緩やかな長髪は軽く後ろで結ばれており、アメジストの瞳は優しく、元が如何にも文官っぽい人なので、軍服姿は新鮮だ。
 何を着ても似合う人なんだなぁ。
 俺とシゼとパルは普通の格好だ。平民よりは良いけれど、貴族ではない。ちょっと裕福な家庭の人という見た目である。こんな軍服だらけの中にいて違和感半端ない。

 魔導車に乗る時に今回軍を引きいてくれる将軍が挨拶に来た。
 ショウマ・トドエルデという二十八歳の茶髪オレンジ眼の淡白なスッキリ顔。平民の出らしいけど、戦闘能力が高くて戦時の洞察力も高く、功績が積もり積もって若くして下級将軍へ上がって来た人らしい。
 今回ハルト殿下直々に指名して指揮官として任命されている。貴族上がりの将軍は信用出来ないので、自分が信用できる人間を推薦したと言っていた。
 この人もハルト殿下と同じで腰に刀を刺している。見た目も相まって体格のいい日本人って感じがして親近感が湧く。

「ショウマ・トドエルデた。よろしく。」

 話し方は少し真面目だが話しやすい。
 下級とは言え将軍という階級に合わせて一代限りで男爵位を貰っているが、元が平民なので貴族らしさは一切無い。
 その方が話しやすいので良いかもしれない。

「君が噂の緑の魔法師君か。ハルト殿下から詳しいところは聞いているよ。でも内容を知るのは俺だけだから安心して欲しい。」

 だいぶハルト殿下が便宜を図ってくれている。

「俺はユキト殿下と行動を共にしてれば良いんですか?」

 護衛を頼まれてるので近くにいた方がいいのは間違い無いはずだが、周りが事情を知らないだろうから、一緒にいて良いのか確認する。

「ああ、そうしてくれ。ユキト殿下の周りは俺の直属の部下しか置かないから、何かあれば声を掛けて欲しい。」

 それだけ言ってショウマ将軍は離れて行った。皇族であるユキト殿下が行くとはいえ、全体に指揮を出すのはショウマ将軍なんだろう。
 1万二千人も指揮しなきゃなんて大変だなぁ~、ま、俺はユキト殿下守っとけば良いんだし、簡単簡単!




 と、思っていました。

「ひいいぃぃぃぃ~~~!!」

 ユキト殿下を背中で庇いながら、引き攣った顔でそれを見ていた。

「なんでオグルデーブがこんなにいっぱい…………。」

 だいたい草原や荒野の様な平たい土地にいるポピュラーな虫型魔獣だ。
 ただ数が多くて襲われると大変。
 ダンゴムシがムカデみたいに長くなって、背中がテカテカと黒光りしているし、模様と足が柿のようなオレンジ色で気持ち悪い。大きさも俺の上半身くらいの長さはある。
 それが夜見張を置いて寝ようとした時、大量に襲って来た。普通野営時には魔物避けの薬を撒いておく。スワイデルなら魔物避けの魔道具もあるし、リューダミロ王国なら魔法もある。それらを使えば魔物が近寄ってくることもない。
 ちゃんと使えば襲われないのだ。
 それが気付けばテントの周りに大量にいた。
 夜で暗いので発見が遅れた。
 ギチギチ、ギューギューという嫌な音にテントを出ると、隣のテントに寝ていたユキトが悲鳴を上げていた。
 ショウマ将軍が血を流しながら駆け寄って来て、更にユキト殿下は腰を抜かす。

「ち、ちち、血~~~!」

 あ、ホントにこの人ヘタレだったんだ。顔面蒼白で腰を抜かしているユキト殿下は、可哀想なくらいに震えていた。
 隠れるならショウマ将軍とかの方が守ってくれそうなのに、なんで俺の方に来るのか。
 シゼとパルは俺の左右に分かれて飛んでくるオグルデーブを切って捨てている。

「すまない!大丈夫か!?こっち側に魔物避けを設置して無かったらしいんだ!」

 ビョンビョンと羽もないのに飛んでくるオグルデーブを、ショウマ将軍は刀でスパスパと切っていく。
 周りの部下の人達も集まりだしユキト殿下を守る様に円ができたので、ショウマ将軍は駆け寄って来た。

「俺たちは大丈夫ですけど、設置し忘れですか?」

 だったらさっさと設置して欲しい。そしたらコイツらは直ぐにいなくなるのだ。
 領地で井戸掘りしている時もコイツらはよく出て来た。レンレンがいるので俺は大丈夫だけど、他の領民が危ないので魔物避けの薬を撒いていつも水探しをしていたのだ。
 コイツらは肉食で人も襲う。口は小さいが大量に押し寄せられて噛まれれば普通に死ぬ。

「それが、今回後方支援を申し出たのがサグデレナス伯爵で物資管理が全部あちらにいってしまったんだ。」

 という事は?
 俺はレンレンと意識を共有して確認する。
 なる程、俺たちの場所に態と置かなかったんだな?
 この部隊八割が平民で二割が貴族で構成されている。そのサグデレナス伯爵という奴が中心となって物資を掌握し、今なんか慌てふためく俺達を見て乾杯してやがる。
 今すぐレンレンに捕まえさせても良いが、相手は貴族だ。後で問題になってもなぁ~。ユキト殿下やショウマ将軍に迷惑が掛かっても困る。

「とりあえず虫をどうにかしましょう。」

「ああ、今排除させるから、待ってて欲しい。休むのが遅くなってしまうが……。」

「いえ、俺がやっちゃいますよ。」

 自分も加勢する為立ち去ろうとしたショウマは、ロルビィの言葉を不思議に思い振り返る。

「いや、こんな作業を君たちにやらせるわけには………。」

 振り返って見たロルビィの眼は翡翠色にキラキラと輝いていた。
 翡翠色を見開き宙を見る眼は、誰も何も捉えていない。
 ロルビィの足元がざわりと動いた。
 影が騒めき、地面が音もなく揺れる。
 ショウマは何が起きたのか理解できず、身構えた。
 地面の揺らめきはロルビィを中心に広がり、オグルデーブの群れがいる辺りでピタリと止まる。
 ショウマの動体視力はかなり良い。早く見つけ判断し動けるからこそ、ショウマは将軍という地位まで上がってこれたと思っている。
 なのに、何が起きたのか見えない。
 地面が揺らめきはオグルデーブは消えた。
 後は突然消えたオグルデーブに驚く兵達と対応できなかった怪我人が残った。

「ここら辺にいるやつはやっつけましたよ。…………ユキト殿下、もういないんで大丈夫ですよ。」

 ユキト殿下の肩をポンポンと優しく叩く。小さく震えるせいか、アメジストのイヤリングがチリチリと揺れていた。
 うーん、無理か。しょうがない。

「じゃあ、ユキト殿下を休ませますので、お先に失礼しますね。」

 笑顔でショウマ将軍に挨拶をする。
 ユキトの手を引いてテントに入っていくロルビィを、ショウマは呆然と見送った。
 シゼとパルは無責任にも解決と混乱を振り撒いて就寝に就くロルビィの為に、怪我人の治療と後片付けを申し出た。
 我等が主人、ロクテーヌリオン公爵が言う様に、護衛は必要ない。寧ろ援護も必要ない。だが、違う形で補助が必要なんだなぁと二人は悟ったのだった。



 泣いているユキト殿下の顔を濡タオルで拭いてやり、敷いてあった布団に寝かせる。
 この人本当に怖がりなんだ……。
 ヘタレだ情け無いだとずっと聞いてはいたが、目の当たりにすると、成程と納得。

「そんなに怖かったですか?」

布団に入ってプルプルガタガタ震える姿を見ると、小さい子供の様だ。
 銀色の頭を撫でてやると、涙を浮かべたアメジスト色の瞳が漸く開いた。涙を浮かべた紫は本物の宝石のよりも輝いていた。

「………す、すまない……、ちゃんと、やろうと思ったんだ。でも………血が怖くて…………。」

 虫の方じゃなくて怖いのは血の方?
 十歳の頃お母さんが亡くなった時、血まみれだったんだろうか………。
 ユキト殿下の手が何かを握り締めようと宙を探るので、思わず手を握った。
 握り返してきた両手が、ぎゅうと必死に掴んでくる。

 すまない、すまない、と何度も謝るので、そんなに謝らなくても良いのにと思った。
 ユキト殿下を見ていると、前世の妹綾乃がこんな風に苦しんで無いだろうかと心配になってくる。
 子供の頃の辛い記憶はやはり残ってしまうのだろうか。
 ユキト殿下は四つも年上で背も高くて皇国の発展に沢山貢献した凄い人だけど、今は小さな綾乃の様に見てえて、大丈夫だよと安心させてあげたくなる。
 
 ゴソゴソとユキト殿下の布団に潜り込み、小さく謝り続ける人を抱きしめた。

「大丈夫ですよ。怖いのは悪い事ではありません。何が怖いのか俺には分かりませんけど、殿下が怖い時は一緒にいますから、安心して下さい。俺、強いですよ。」

 何度も大丈夫ですよ、安心して下さい、を繰り返し背中を摩る。
 震えが止まりスースーと寝息が出たのを確認して、もう一度顔を軽く拭いてやった。
 
 さて、相手が貴族だと捕まえるのは難しい。使役している魔植が見ていたと言っても、信憑性は無いだろう。
 レンレンと視覚を常に繋げるのは流石に生活しにくいので、視覚を切っていた為後手に回ってしまったが、明日もう一度同じ事をするのであればそれなりの報復はしたい。
 狙ったのは明らかに殿下のテント周辺だった。兵士が多いので死にはしないが、嫌がらせのつもりだろう。

「レンレン、明日はよろしく。」

 ぴょこりと葉っぱを一枚付けた植物の蔦が影から出て来てお辞儀した。




 そして翌夜、魔除けの魔道具を事前に置いておいたのに、それを回収した奴らを捕まえた。サグデレナス伯爵の下についている貴族の子息達で、レンレンに両足を掴まれ吊るされている。
 ギィギィ…ギューゥ、ギィー
 レンレンの蔓と葉でオグルデーブのプールが出来ている。その上に逆さまに吊るされ、飛んでくる虫スレスレの所で子息達の頭は止まっていた。

「それ、ユキト殿下のとこに置いた魔除けの魔道具なんだけど、なんで手に持ってるのかな?」

「ち、違う!これは私達が持って来たものだ!!」

 亜麻色の頭を態と傾げる。

「でもそれ、スワイデル軍の備品じゃ無いよね?俺のだし。おかしいなぁ~泥棒?」

「ま、間違えたんだ…っ助けっっ!」

 少しだけ奴らの位置が下がる。

「もう少し細い蔓でもいいかな?」

 レンレンの人の腕ぐらいの太さがあった蔓が、指二本分の太さに変わる。

「五人か、コイツらの胃袋には足りないなぁ。」

「ぎぁあぁぁぁーーー!!!」

 態とガクンと下に揺らす。
 徐々に蔓の太さを細くしながら、俺は問いかける。太さはもう紐くらいだ。

「何で盗んだの?誰の指示?」

「サグデレナス伯爵だ!虫を嗾けて皇太子を退かせろとっっ!ぎゃあっっっ!」

 上手い具合に大きめのオグルデーブが飛び跳ね、一人の男が白状しながら失神した。いや、失禁もした。

「どう?」

 後ろを振り返るとショウマ将軍とシゼ、パルが引き攣った顔で見守っていた。

「ああ、軍備はこちらで管理する様に言えそうだ…………、助かるよ。」

 ショウマは何とか絞り出して返事をする。

「食材もこっちに質の悪いの回して自分達は豪遊してたんで、丁度良いかもですね。」

「向こうにまずいメシ回そうぜ~。」

 捕まえた五人は将軍へ預けた。ちゃんと証言しないともう一度オグルデーブ地獄だと脅すのも忘れない。
 
 さて、寝よう。
 ユキト殿下には先にテントに入って貰った。
 今日は安眠出来そうだ。















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