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1章 俺のヘタレな皇子様
7 ユキト皇太子の婚約者
しおりを挟む翌日俺はソルトジ学院へ向かった。
ユキト殿下とハルト殿下は一緒に行こうと言ってくれたけど、流石に断った。
向かった理由はアーリシュリン兄の私物を引き取る為だ。
研究室兼私室になっているらしく、案内された部屋は割と広かった。
器具が沢山あるが、ガラス瓶や細い木枠の物が多くてどうやって箱に詰めようか悩んだ。
一緒に来てくれたシゼとパルが何処からか木屑や紙を持って来てくれて、手早く包んでくれた。
なんて優秀な人達なんだろう。俺は主に衣類や書籍を片付ける事にした。
箱詰めしていくうちに、手紙の束を見つける。
人の手紙を勝手に読むものでは無いよなぁと思いつつ、宛先を確認。
おームルエリデ・ロクテーヌリオン公爵か!
手紙の束はかなりの数になっている。
四年間お互いに送り合っていたのだろう。実家に来る数より遥かに多い。
これは大事かもしれないから丁寧に紙に包んで箱にしまった。あの豪胆な兄と強面公爵のピュアな一面を見た気がした。
「なにニマニマしてんだ?」
シゼに見つかってしまった。読ませろと迫られ、なんとか死守。下世話な大人だ。
なんとか一日で終わらせる事が出来た。手伝ってくれた二人のおかげだ。
皇宮に帰ろうとソルトジ学院の中を歩く。この学院はかなり広い。小等部から中等部、高等部、専門部とあるのでかなりの生徒数だし、敷地も広い。学内なので魔導車も使えず外までひたすら歩くしか無い。
三人でテクテクと歩いていると、前方に小柄な人影が立っていた。
ここは校内の庭園横の石畳の歩道。歩道と言っても、かなりの人が大量に歩いても大丈夫なくらいに広々としてるけど。左に建物、右に芝生広場という広々とした歩道だった。
金髪に黄緑色の瞳の可愛いけど性格キツそうな眼をした同じ歳くらいの青年が、俺の顔を見て止まっている。
という事は面識ないけど俺に用があるんだろうか。
近付いて立ち止まる。
無視してもいいけど、なんか貴族っぽいので、一応貧乏とはいえ貴族の端くれとしては無視出来ない。
「えーと、こんにちは?」
挨拶してみた。
返事は無い。睨み付けられて無言なので、無視して去っても良いだろうか。
「お前がロルビィ・へープレンドか?」
「ああ、はいロルビィ・へープレンドですが。」
漸く話出したけど、なんだろう。
「私はエリン・キトレイだ。スワイデル皇国キトレイ侯爵家のものだ。ユキト・スワイデル皇太子の婚約者でもある。」
婚約者!
あの皇太子様ちゃんと婚約者いたんだ。というか男性なんだ?
リューダミロ王国では嫡子は女性との結婚が推奨されている。男性より女性の方が妊娠しやすいし産むのも安全だからだ。次男から下はどちらでも良い。後継問題を考えると男性にする場合が多い。
スワイデル皇国は違うんだろうか。
「あまりアーリシュリン・へープレンドと似ていないな。」
似てなくて悪かったな。アーリシュリン兄は母似で俺は完全に父似なんだ。
「よく言われます。」
「昨日ハルトと会ったのだろう?」
???何故にハルト殿下?
そこは普通ユキト殿下の方では?
「お会いしましたが、ユキト殿下ともお話ししましたよ。」
試しに煽ってみよう。
「へえ?」
あれ?ユキト殿下の名前出しても反応なし。じゃあハルト殿下?でも婚約者はユキト殿下だよね?
「お前もアーリシュリンの様にハルトと仲が良かったのか?」
「いえ、俺は歳も二つ下ですし顔を知っているという程度ですが。」
…………なんだろう、ハルト殿下の交友関係を気にしているのか?
「私は元々ハルトと幼馴染で婚約者はハルトの方だったんだ。スワイデルの貴族なら誰でも知っている。」
不思議そうにしてたら勝手に説明してくれた。
ああ、単純にハルト殿下の方が好きなんだ?男性だし二番目の婚約者というのも頷ける。でもなんで今は皇太子の婚約者なんだ?
「知らなかったのか?なら、これも知らないか?ユキト殿下は女性が駄目なんだ。だから繰り上がって私が皇太子の婚約者になった。」
……………おう。
いや、この世界は同性婚も普通だから女性駄目って言っても大丈夫かもしれないが、まだ日が暮れる前の学院で堂々と話して良い事なんだろうか?
ユキト殿下は戦闘も怖いし女性も駄目だし、色々と問題があるんだろうか?だからハルト殿下を推す派閥が生まれるのか。
「えっと、ユキト殿下の婚約者という立場に不満でも?」
「不満に決まってる。私は幼少の頃からハルトと結婚して皇子妃になると思ってたんだ。誰があんなヘタレ皇子なんか………っ!」
そんな事ホントに堂々と言っちゃって良いの?
困ったなぁ。俺的にはユキト殿下は良い人そうで割と好印象なんだ。あまり悪口は聞きたく無い。
しかし、ヘタレ皇子………。
「でも、ユキト殿下にはユキト殿下の良いところがちゃんと有ると思いますけど………。魔導開発とか経済の発展とか皇国の発展に貢献されてるじゃ無いですか。俺は素晴らしい功績だと思ってます。」
俺の擁護する発言が気に入らなかったのか、エリンの眦が上がる。
「あの皇太子は十歳の頃に急に性格が変わったんだ。小さい頃は冷たい人間だったくせに、性格が変わったら今度はビクビクして情けないっ!私はハルトの方が皇太子に相応しいと思っている。」
ええ~~~!?ホントにそれ言って良いの!?国家転覆狙ってる言われない!?
俺は表情を変えない様に表情筋に力を込めながらも、内心驚いていた。
「なんでここでこんな事堂々と言ってるのかと思ってるだろう?あの皇太子が発案した魔導回路石は学園には使われてないんだ。あれは監視目的が強いから個人の自由を害するとして教育の場には使用されてない。そもそもあんなものを開発して使用するなんて、人民の自由を奪う行為では無いか。」
そうかなぁ?前世の日本でも街中は監視カメラあちこち付いてたし、犯罪の抑止力や、犯人の逮捕に貢献してた気がするけど…………。何処に行っても反対派とは存在するもんなんだなぁ。
「だいたい子供の頃から神童とか言われていい気になっているから、母親を死なせるんだ………。」
止まらないエリンの悪口に、気になる発言がいくつも出てくる。
十歳で性格変わったとか、母親を死なせたとか、神童とか気になるセリフのオンパレードだ。
このまま聞き続けて良いものだろうか。聞いてみたい気もするけど。
「申し訳ございませんが、ロルビィ様はこの後晩餐の招待が御座いますので、ここまででご容赦願います。」
パルに阻まれた。
ピンクブランドの頭を少し屈めて申し訳なさそうな顔をする。
「ふんっ!」
エリンは鼻息荒く挨拶も無しに去っていった。仮にも皇太子の婚約者なのだから、他国の来客者にそれなりの対応をした方がいいのじゃ無いだろうか。
「有名な話の様ですよ。」
シゼが教えてくれた。
ユキト殿下は本当に子供の頃神童と言われていたらしい。頭が良く武芸に優れ、何をやらせても卒なくこなす子供だった。十歳までの殿下は大人顔負けで冷徹な人間だったのだが、ある日を境に人が変わる。
皇后サクラ・スワイデルが突然亡くなった。
カーンドルテ国がスワイデル皇国国境近くの魔鉱石発掘場を狙って侵攻した際、皇帝スグル・スワイデルは軍を率いて討伐に向かった。
約半年程度だったがほぼ退け後処理を行っている最中、皇后サクラは死亡する。皇后の私室辺りが全壊した皇宮と、廃人の様に目の虚な皇太子。ハルト殿下は寝ていたので無事だったが、ユキト殿下が魔力暴走を起こしたのではと噂された。その場には多くの死者が出たらしいが、スグル皇帝が秘密裏に対処し緘口令を敷いた。
生きていたのはユキト皇太子のみ。
真実を知るのはユキト皇太子のみ。
人は皇后サクラを殺したのはユキト殿下ではと噂したが、皇帝がそれを否定し皇后の葬儀はしめやかに執り行われたらしい。
その時からユキト殿下の性格は一変した。臆病で争いを好まず、皇家で行われていた閨教育も全て拒否した。
本当は女性が嫌なのでは無く、性教育そのものが嫌いなのだ。まだ男性なら同性という事で同じ部屋にいる事が出来るから、という理由でエリン・キトレイが婚約者になったらしい。
「まぁ、世間的には知られてるのはこんな感じでしたよ。」
いつの間に調べたんだろう。ずっと一緒にいるのに………。
でも、そうか過去に何かあったのか。
母の死を目撃したのだろうか?
魔力暴走とは自分自身の中にある魔力容量以上の魔力が、何かしらの要因で溢れかえった時に起こる爆発だ。それは怒りだったり悲しみだったり………。
十歳と聞いて思い出すのは前世の綾乃だ。自分を抱きしめて死んでいく兄をどう思っただろうか。
あの後部活から帰ってきた日向は、死んだ俺と、その近くにいる綾乃を見つけてどうしただろうか。
ユキト殿下の様に性格が変わる程のショックを受けてないといいけど………。
皇宮へ帰る為また歩き出した俺の後を付いてきながら、パルはついでの様に言葉を足した。
「あ、晩餐の招待は本当ですよ?」
「ええ!?」
ユキト皇太子とハルト皇子の父、スグル・スワイデル皇帝はとってもかっこいいイケおじでした。
銀髪に紫眼はユキト皇太子と一緒で真っ直ぐの髪はきちんと後ろで纏められていた。
背も高く歳を感じさせない体躯の良さはハルト皇子と似ている。
ユキト皇太子はどちらかというと柔らかい雰囲気が有る。
非公式の晩餐なので部屋も来客用の部屋で過ごしやすくしてあった。
ユキト皇太子の魔力の多さは故サクラ皇后の遺伝の様で、スグル皇帝はあまり魔力が無く、魔導開発に関してはユキト皇太子に任せっきりらしい。
進軍中の護衛を頼まれている事を知っているらしく、皇帝からまで頼まれてしまった。
「そんな、ロルビィ殿の方が歳も下ですのに、我々の方が助ける立場なのでは…………。」
ユキト皇太子は不満そうだったが、皇帝とハルト皇子の心配顔に黙ってしまった。
「あのー大丈夫ですよ?使役している魔植もいますし、結構頼りになりますよ。」
「へえ、魔植か。見てみたいな。」
スグル皇帝は興味を持った様だ。
え、レンレンを?見たいという人はあまりいない。
「見てもここでは先っぽを出す事しか出来ませんよ。五歳の頃から飼ってるので大きいんですよねー。」
でも一応レンレンの先っぽを影から出す。
ウニョリと一本蔦が伸び、一枚だけ葉っぱをつけて出てきた。
「見た目は本物の植物なんだね?何か出来るのかな?」
ユキト皇太子も物珍し気に見ている。
「うーん、そうですねぇ………。ここら辺にいる密偵?の人達捕まえれると思います。」
とりあえず今回役に立つアピールをしとこうと思い、出来る内容をいう。
それともそこのサラダボウルのサラダを増殖させること出来ますよが良かっただろうか。
「え?」
ハルト皇子がガタリと立ち上がった。
「そうですね、十……うん、十三かな?何処に纏めときますか?」
時が止まった様に全員が固まった。
スグル皇帝がハルト皇子に目をやり、ハルト皇子が頷く。
「下の階に会議室がある。そこに集めてくれ。」
言われた通り下の会議室にレンレンの蔦で縛って集めておく。
扉がノックされ、軍服を着た男性がスグル皇帝へ何か耳打ちしていた。
「君が言う通り十三人だ。今から何処のものか吐かせなくては。」
笑顔で言われたので、余計なお世話では無かったらしい。
「あ、一応疑わしいかなぁって人達集めたんですけど、もし関係ない人捕まえてたらごめんなさい。」
皇帝、ユキト皇太子、ハルト皇子は三人とも和やかだ。
ユキト皇太子は少し青褪めている。
え~なんかやってしまった感がある。
チラリと後ろを見て控えているシゼとパルと視線を交わす。
二人ともやれやれと言った感じだ。
後で何がいけなかったか確認しとこう。
変な感じになったけど、晩餐は美味しかった。
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