翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

6 ユキト皇太子との出会い

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 ハルト殿下曰く、ユキト・スワイデル第一皇子は皇太子としてとても優秀な人で、スワイデル皇国の為の発展に大きく貢献しているらしい。皇都に張り巡らされた魔工石の回路もユキト殿下の指導の下、進められているとか。
 大型魔導車もユキト殿下が導入したって話だったし、魔導車や人で物流を動かし産業の活性化をはかっている。魔石を使った魔導商品を他国に輸出する等、主に魔導商品に力を入れスワイデル皇国に富をもたらしている人なんだとか。
 そんな凄い人をなんで守って欲しいのかと言うと、ユキト殿下はとても戦闘嫌いらしい。個人の能力はとても高いのだが、いざその場面になるととても弱い。
 それを嫌う貴族も結構いる。
 皇族として戦闘能力が低いのなら、第二皇子を推そうとする派閥があり、ハルト殿下としては迷惑な話なのだとか。
 
 今回のサクトワ共和国への軍派遣は三国間平和同盟からくるものであり、皇族が一人先頭に立つ必要がある。
 そういう時の為にハルト殿下は武官を目指したのだが、ユキト殿下を一度は出さなければならないと言い出す貴族が出てきた。
 このままでは世襲争いになりかねないので、一度は出そうと父である皇帝は決断したらしい。
 今のところカーンドルテ国の兵数は五千程度。それならばユキト皇太子を旗印に一個師団の約1万二千兵を出して完全勝利に持って行こうと考えているらしい。
 
 一応それだけの軍事力差が有れば問題無いとは思うのだが、ハルト殿下は念には念を入れたい。
 なにせアーリシュリン兄がカーンドルテ国にいるのだ。もしユキト殿下側に攻撃されたら一溜りもない。
 ハルト殿下はリューダミロ国に留学中、アーリシュリン兄の火魔法を見ている。あたり一面を焼け野原にする威力を。
 それに自国の軍に裏切り者が出る可能性は低いが、戦えないユキト殿下を低く見る人間は結構いるらしい。
 低く見ている皇太子を兵は何処まで護れるのか不安だと言う。
 ついでに俺の実家は三国間平和同盟で、リューダミロ王国側としては真っ先に戦闘に参加する家となっているのだとか?
 行かなきゃいけないとは聞いていたが、強制とは知らなかった………。
 トビレウス兄は魔力が低くて戦えないし、戦闘能力の高いアーリシュリン兄はいずれ公爵家に嫁ぐ。となると最後に残るのは俺か?
 今は母がいるけど、後はまさか俺が戦争に出るの?
 ヤダヤダヤダ。
 
 ハルト殿下が言うにはその協定があるから俺が戦争に参加するのは普通だし、ユキト殿下を守るのも普通だよね?と良い笑顔で言われた。
 いや、違う。違うよね?
 サクトワ共和国が侵略されそうだから戦争に参加するのであって、ユキト殿下は違うよね?
 なんとか断ろうとしたら、アーリシュリン兄がカーンドルテ国側にいる事を秘密にしてあげるから、よろしくと今度は脅された。公爵家の婚約者が敵国に加担しているなんて知られたら困るよね?世間にバレたら貧乏辺境伯爵家なんて飛んでなくなるよね?君はへープレンド家の三男だよね?と、とっても良い笑顔で。

 仕方なくトボトボとハルト殿下の後を付いて行く。
 後ろからはシゼとパルが困った顔で付いて来ていた。
 二人は巻き込まれる形になるので帰る?と聞いたら、公爵からの命令なので付いて行きますと言われてしまった。
 申し訳ない。

 一つの建物の前で止まった。
 皇宮の中でも軍事と魔導開発が主になるエリアだそうだ。
 途中で四人乗り魔導車に乗って、久しぶりの車に感動した。運転はハルト殿下自らだった。
 今までリューダミロでは乗り物と言えば馬だった。皇宮内なのでスピードは出ていないが、滑る様に走る感触と速さが懐かしい。前世は畑や山に囲まれた田舎に住んでいたが、それでも車やバスや電車が当たり前の世界だった。
 レンレンを使えばもっと早く移動出来るが、そういう事ではないのだ。いつかウチの領地が栄えたら魔導車買えないだろうか。
 魔導車の乗り心地に感動していると目的地に着いたようだ。
 ハルト殿下が扉を開けると、キュウァンという魔力が解放される音がする。
 リューダミロ王国では魔法という概念は普通の事で、この解放する音も学院にいた時はよく聞いていたが、スワイデル皇国では滅多に聞かないらしい。
 スワイデル皇国は魔力を持つ人間は少なく、魔石を使った技術開発が盛んな国なので、魔法行使はほぼ行われない。
 もう一つ扉を潜って、射撃訓練場に出た。
 奥に的が有り、リューダミロの魔法弾を放つ訓練場に近いが、ここの訓練場の的は動いていた。魔石と魔導回路で動いていると説明を受ける。
 訓練場の射撃台の上に一人の男性が立っていた。
 手には地球で使われていた銃に似た様な物を持っている。
 銀と茶色の木枠で側面に赤い火魔石が付いていた。
 大きさは大きい気がする。丸っこくて、地球の映画とかで見ていた小さい拳銃ではなく、もう少し大きい。
 右手で構え左手で支えて撃っている。
 やや前傾姿勢の自然体で、それが普通に様になっていた。
 魔力を使って放っているのか、撃つたびに銀の長い髪がフワフワと浮いては落ち、鳥の羽の様だ。
 紫の瞳は真っ直ぐに的を見ていて、入ってきた俺達に気付いていない。
 眼の色以外ハルト殿下に似ているので、この人がユキト皇太子なのだと予想がつく。
 地球の拳銃の様にターンっと音はしている。あの音って衝撃波なんだっけ?近くと遠くでは音が違うんだよね。
 後ろから研究者っぽい人が話し掛けて、構えを解いた。耳にはピアスをつけていて、それがどうやら耳を保護する魔導具になっている。
 首を動かす度に細長い紫魔石の玉飾りが揺れて、陽の光を反射し輝いている。それがなんとも似合っていた。

「ほえぇ~、カッコいい~。」

 思わず声が出てしまった。
 だって、ただでさえ見た目がいいのに、真剣な顔で仕事に打ち込んでいる姿はカッコ良く見えないだろうか。
 俺の声に、ユキト殿下は吃驚して此方を向いた。

「ハルト!?」

「ぶっ……ふくく、良かったですね、カッコいい言われて。」
 
 むう、笑われた。
 俺達はユキト殿下ともう一人の研究者に近付いた。
 近付くとユキト殿下もハルト殿下と同じくらい背が高い。ハルト殿下の様に武官ではないので筋肉のついた身体という訳ではないが、しっかりとした身体つきをしている。
 顔つきは優しげで穏やかだ。

「兄上、此方が話をしていたロルビィ・へープレンドです。リューダミロ王国、へープレンド辺境伯爵家の三男君です。」

「そうか、君が………。私はスワイデル皇国皇太子、ユキト・スワイデルだ。今回は私達と一緒に行動してくれると聞いているよ。此方も兄上を探すよう尽力するから頑張ろう。」
 
 ハルト殿下と違ってユキト殿下は良い人そうだ。
 この人守るのかー。さっき銃撃ってたけど、ちゃんと戦えそうに見えるけどな。本当に弱いのかな?
 
「此方こそよろしくお願いします。」
 
 何やらユキト殿下がソワソワとしている。言おうか言うまいか、迷っている様だ。
 俺は格下貧乏辺境伯爵家の三男なので大人しく待つ。
 だって相手は皇太子だよ。未来の皇帝だよ。

「先程、私の魔銃を褒めてくれて嬉しかったよ。」

 紫色の眼を細めて嬉しそうに笑う。
 貴族というか王族なのに、格下に向けて親しそうに笑うユキト殿下に、一気に好感度が上がった。
 紫の瞳がキラキラと輝いて、こういう色をアメジストと言うんだろうなぁと思った。とても綺麗だ。

「兄上、チョロいですね。」

「……煩いよ。」

「その銃は持って行く予定ですか?」

「ああ、私は戦えないし護身用に何かしら持って行かないと………、流石に迷惑だろう。」

 戦闘は本当に無理みたいだな。
 身体も大きいし、別にひょろっとしてるわけでもないから鍛えてそうなのに、なんで戦えないんだろう?

「その銃では戦えないんですか?」

 地球での武器は剣より銃なんだけど。
 ユキト殿下もハルト殿下も黙ってしまった。
 俺の質問に答えてくれたのは、今まで黙って傍観していた研究者だった。

「私から説明致しましょうか?」

 名前をゼクセスト・オーデルドさん。
 魔力回路の研究者でスワイデル皇国で博士の称号を持っている。45歳で茶色の髪に灰色の眼の男性だ。本来は義手や義眼等の身体補助補装器具開発専門なのだそうだが、開発費のためにユキト皇太子に雇われているのだと、あっけらかんと説明してくれた。見た目は髪がボサボサでいかにも研究者という感じの人だ。

「それは魔銃の性能に問題があるので、通常の戦闘には使用できないのです。」

 普通にユキト殿下は撃ってたし、性能は大丈夫じゃ無いだろうか。

「貴方はリューダミロ王国の出身者なので疑問に思われないのでしょうが、このスワイデル皇国はそもそも魔力を持つ者が少ないのですよ。」

 つまり、魔力が無いと魔銃は使えない?この射撃訓練場に入る時、魔力の発動音がした。それはユキト殿下が魔銃を撃つ為に発動したのだろうが、そもそも魔銃を撃つ為には魔力が必要だと言うことだ。

「あー………、魔力が無いと撃てないから誰でも使用出来ない?」

 なんだが学校の授業の様だ。

「その通りです。しかもかなりの魔力量保持者じゃ無いと、弾丸を打ち出せません。魔力と魔石を使って着火し弾丸を弾き出していますし、弾丸にも魔力を籠めないとなりません。今のところ高魔力ありきの武器なのですよ。」

 なるほどー。
 じゃあ、実質これ使える人少ない?
 ユキト殿下は普通に使ってるから魔力が多い人なんだろう。

「まだ開発途中でね。魔力が無いものにも使えれば良いんだが、今これが使える人間は私くらいなんだよ。」

 そんな眉毛垂らしてしょんぼり言わなくても……。どうもユキト殿下は気が弱そうだ。

「じゃあ、皆んなが使えなくてもユキト殿下が使って戦う分には良いんですよね?」

 これにも、しょんぼり。
 ハルト殿下が苦笑いで答えてくれた。

「兄上は戦闘が嫌いというより、怖くて逃げてしまうんですよ。だから戦闘に参加は出来ないんです。」

 そう、か。なる程、戦うの怖いよね。俺も魔獣討伐ならあるけど、戦争みたいな人同士なら戦った事ないから、怖いかもしれない。
 前世でも人を殴るとかした事もない。
 
「俺も戦った事ないんで、怖いですよ。たぶん。逃げる時は一緒に逃げて隠れときましょう!」

 俺のレンレンに頼めば逃げるの簡単だし、隠れるのもどうにかなりそうだし。
 ユキト殿下は眼をまん丸にした。整った顔はどんな表情をしてもカッコいいんだなぁ。

「では、兄上はロルビィに任せて隠れてて貰いましょう。」

 ハルト殿下は面白そうに笑った。
 後ろでは黙って付いて来ていたシゼとパルがえぇ~?とか言っている。
 いいじゃないか、一万二千人の兵士がいるんだから、二人隠れててもバレないだろう。

 ユキト殿下は困った様に眼を細めて笑っていた。
 きっと皇太子としての重責とか有るのかも知れないけど、無理をするのはいけないと思う。
 優秀な部下に任せて後ろで報告受けたっていいじゃないか。
 いや、戦争とか政治とか分からないから無責任な考え方かも知れないけどね?
 
 アメジストの瞳は暮れ出した夕日の赤を受けてキラキラと輝いていた。
 ほんのりと頬が赤く染まり、力説して墓穴を掘りまくる俺に、そうだね、と優しく微笑んだ。
 その表情に既視感を覚える。
 優しい眼差しで見つめられる感覚に、あぁこの人似てるんだと思う。
 前世、従兄弟にこんな眼差しで話してくる人がいたのだ。
 俺はその人との大切な思い出が有る。
 まるで従兄弟の兄ちゃんの様なユキト殿下を守るのならば、俺はやっても良いと思った。








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