翡翠の魔法師と小鳥の願い

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1章 俺のヘタレな皇子様

4 ロルビィという青年

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 アーリシュリンを探しにロルビィはスワイデル皇国へ行くと言った。
 ロクテーヌリオン公爵家から私兵を出して探したい所だが、他国へ私兵を動かすのはいくら平和同盟を繋いでいるとはいえ戦争に繋がり兼ねない。
 ロルビィに信頼のおける部下を二名付けて送り出すことにした。
 近くの宿に部屋を取ってしまったと言うので、明日の朝、広場で待ち合わせることにしてロルビィは公爵邸を後にした。

 何故二名しか付けないのかと言うと、ロルビィ自身に問題がある。
 私は闇魔法師だ。
 他者の魔力を吸収すると言う事は、他者の魔力に敏感でもある。
 ロルビィの魔力は異質だった。
 得体の知れない深い森。
 底の見えない深い沼。
 そんな得体の知れない魔力の中で飼われ続けている魔植は、一体どれ程の力を持つのか計り知れない。
 滅多に人を入れない私室に招き入れたのは、付ける部下二名にこっそり見せる為と、私のテリトリーにいてもらう為だった。
 何かあっても対応出来るように。
 アーリシュリンもロルビィの魔力には気付いていたが、悪意が無いので大丈夫だと言って平気そうだった。
 しかし、ロルビィ自身に悪意が無くとも、影に入った魔植が大丈夫とは限らないでは無いか。

 人に会う時は隠しているらしく、ロルビィの魔植は出て来ない。
 しかし、ふとロルビィが目を離した隙に、影の中で蠢く蔦にビクリと震えたのは何度あるだろうか。
 隣の部屋に部下を二人待機させていたが、主人は気付かずとも魔植は気付いていた事だろう。使役された魔物は主人の為に生死を捨てて忠誠を誓う。

「今のがアーリシュリンの弟のロルビィ・へープレンドだ。」

 隣から音も無く二人の青年が出て来た。
 一人は薄い茶色の髪を後ろに纏め、ダークブラウンの瞳の背の高い細身の青年。
 もう一人はピンクブラウンの髪に灰色の瞳の小柄な青年だ。
 どちらも平民上がりだが、そこらへんの貴族よりも魔力が高く戦闘能力も有る。
 子飼いの密偵として雇っている部下達の中で長と副長をしている者達だ。
 背の高い方が長をしているシゼ。
 背の低い方が副長のパルだ。

「あれ、化け物でしょう~要ります?護衛。」

 答えたのはシゼだ。
 ロルビィの魔力に気付く人間は意外と少ない。高魔力で索敵が出来ないと掴めないくらい大きいからだ。

「ロルビィでは確実に情報が来るか分からない。お前達は護衛では無い。密偵だ。」

 まぁ、そうですけどぉ~とシゼは言う。

「えっと、じゃあロルビィ君が危ない時はどうします?正直彼が危ない時がくるのか疑問ですけど。」

 ロルビィが危ない時は全員が危ない時かもしれない。

「援護くらいは必要だろう。お前達の仕事はアーリシュリンの行方と確保だ。」

 了解でーすというシゼの軽い返事と共に二人は消えた。
 幼い頃に拾い育てたシゼと、彼が拾って面倒を見たパルの実力は信頼している。
 ピツレイ学院にいた頃と違い、ソルドジ学院では遊びもせずに真面目に研究に没頭したアーリシュリンの報告を受け、護衛役の密偵の質を下げたのがいけなかった。
 アーリシュリンに付けた密偵は皆炎に焼かれて死んでいた。
 アーリシュリンは火魔法師。
 もしかしたらという不安が拭えない。
 もしその場にいたのがシゼかパルならば、死ぬ事もなく何かしら情報を掴んでいたかも知れないが、彼等はその時違う任務についていた。
 自分の判断の甘さに歯噛みする。

「私のアーリシュリン…………。」

 真紅の瞳を細めて、ちゃんと技術を盗んで帰ってくるから待っててよ、と言って出て行った愛しい人。
 本当は自分で探しに行きたい。
 公爵という地位は重く、軽々しく動けない。魔工飴が手放せず身体も弱い私の代わりに、彼は行ったのだ。
 
 瓶を回すと赤に青に緑に影が変わりキラキラと光り回る。
 早く帰って来て、直接飴を手渡して欲しい。私に甘いキスをして欲しい。私に真紅の眼を細めて笑って欲しい……。







 宿は取らずに公爵邸に泊めて貰えば良かったなぁ~。そしたらご馳走様出たかも。と、後で思った。
 その時はあまりの豪邸っぷりに気圧されて、宿は取ってるんでと断ってしまった。
 食堂付きの宿だったので、下で軽く食べて部屋で早めに休む。
 明日の朝から早速スワイデル皇国に出発だ。
 ロクテーヌリオン公爵家の使用人と護衛を一人ずつ付けてくれると言うので、有り難く了解した。なんと資金も出してくれる。貧乏なのでここまで切り詰めて辻馬車乗り継いで来たのだ。
 国境までロクテーヌリオン公爵家の馬車で連れて行ってくれると言う。
 
 ムルエリデ・ロクテーヌリオン公爵の印象は昔に比べると変わったような気がする。
 四年前、アーリシュリン兄上に付いて来ていた時の公爵は、どこか余裕が無いような諦めたような、幸せそうな感じは無かった。
 でも今日会って話した公爵は、兄に対して愛情を感じたし物凄く兄の事を心配していた。言葉は少なかったけど、ずっと魔工飴の瓶を持っていたのだ。態々あの瓶には劣化防止が付与されていた。いつの飴なんだろうか……。
 あまり気にして無かったが、伯爵家に送られていた飴も最近は届いていない。
 二ヶ月に一度ペースで着ていたのに、半年は空いている気がする。
 卒院間際で忙しいのだろうと思っていたが、何かあったのだろうか。
 
 アーリシュリン兄は十八の卒院間際の時、突然ソルトジ学院に留学して魔工飴を作る研究をすると言った。
 それ迄はロクテーヌリオン公爵に会っても不満気で嬉しそうにもしていなかったのに、ある日急にやる気を出した。
 最後に付いて行ったのは、卒院間際で少し寒いからとサロンに待たされたのだ。
 公爵が薬を飲み忘れたと言って待っていて欲しいと言って出て行った。
 二人で薬?と首を傾げ、兄は直ぐに跡を追ったのだ。
 俺は流石に部外者なので待っていた。
 帰ってきた兄は留学すると言い出した。美味しい魔工飴を作ると言って。
 領地でそれを舐めた人の話によると、段々と味が付いてきているらしい。
 味の感想を集めて欲しいと言われていたので、毎回使用者に聞いて纏めた物を手紙にしたためて送っていた。
 
 と言う経緯から兄は公爵が嫌で留学したのかと思っていたが、公爵の為に美味しい魔工飴を作りに行ったと言う事だったのかな?
 入学してから一年間不満そうな兄しか見てなかったので気付いてなかった。
 あの日追いかけた兄は公爵と何か仲が深まるような何かがあったのかと、鈍い俺は漸く気付いた。
 
 恋愛ごとってよく分からん。
 分からんが、寂しそうに魔工飴の瓶を摩るロクテーヌリオン公爵の為に、頑張ってアーリシュリン兄を探そうと思った。公爵ももう三十四歳だしな。













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