翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

1 小鳥の願い

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 小鳥はピーピーと鳴いた。

『どうした?小鳥よ。こんな所で。』

 わたしの大事な真白が死んだ。
 天に帰り、あの波の中に流れればもう会えない。

 見上げれば天の川の様な魂の群れ。 
 瞬きは様々で、強き魂は力強く、弱き魂は明滅しながら流されていく。

『魂は全てあの中へ一度還りまた生まれる。それは自然の摂理でどうしようもない。』

 ふわふわと浮く魂も暫くすれば諦めて混ざっていく。

 わたしは真白に幸せになって欲しかった。真白はわたしの大事なひと。

『ふむ、ならば………。』

 手のひらを上げると、一つの魂が舞い降りる。
 それはキラキラと美しく、白く、滑らかな光を放っていた。

『小鳥よ、この魂をどうしたい?』

 小鳥は答えた。
 幸せになってほしいと。
 わたしはそれを見たいのだと。








「誰だ!?お前!!!」

 泥棒がいる!
 そう思って思わず声を上げてしまった。本当なら泥棒が出て行くまで静かに待つ方が良かった。
 しかし、性分でついつい正義感が勝ってしまった。
 泥棒はリビングに置いてある小さな棚を漁っていた。
 慌てた男の手には銀色のナイフが見える。
 短くも長い沈黙を破ったのは妹の綾乃の声だった。

「お兄ちゃーん、お腹すいたぁオヤツちょうだーい!」
 
 小学生の綾乃の声は高く良く響く。
 ナイフを持った泥棒の顔がリビングの廊下側の扉を向いた。

「綾乃!ダメだ!外に逃げろ!!」

「え?」

 俺、泥棒、綾乃の三角の点と線に、ざわりと鳥肌が立ち、俺は綾乃の方へ走った。
 泥棒が綾乃に近付くのを手に持った物で防ごうとして躊躇う。
 手には鳥籠を持っていたからだ。
 ペットのインコを移動用の小型ゲージに入れて下に降りて来ていたのだ。
 天気もいいし暖かいから、久しぶりに水浴びしような?なんて言いながら降りて来た。
 激しく揺られて中にいたインコはパタパタと暴れた。
 インコの名前はピィ。
 ピィにもしナイフが当たれば一溜りもない。
 俺はピィの入った鳥籠を持ったまま、綾乃に覆い被さった。小柄な俺でももう高校生だ、小学生の綾乃はすっぽりと隠される。
 
「っっ!!!」

 肩に、背中に、横腹に熱い痛みが走る。
 ゲージは手から滑り落ち、横倒しに倒れてピィがピーピーと激しく鳴いた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

 綾乃は泣いて何が起きているのか分からずガタガタと震えていた。
 走り去る足音に、助かったのだと思ったが、もう力が入らない。
 熱くて痛くて、それなのに寒い。
 
「あや………、大丈夫……。忘れるんだ………。だい、じょ………ぶ。」

 死ぬかもしれない……。
 綾乃に悲しい記憶が残らないといいけど。
 ピィは……?ゲージを落としてしまった。
 激しく鳴くピィの声を聞きながら、意識が遠のいていく。
 誰か、誰か、綾乃を、ピィを………。







『という事でお前は死んだのだが、覚えているか?』

 金とも銀とも白ともつかない虹色に輝く長髪の男が目の前に立っていた。
 キョロキョロと見回すと、ここがおかしな空間なんだと気付いた。
 白い空間に大小大量の歯車がぐるりと周りを取り囲み、虹色の男の後ろには大きな見上げる様なアナログ時計があった。
 空には満点の星空があり、天の川の様に大きな星の川が流れている。
 歯車はゆっくりとギシギシ音を立てながら回っているが、巨大な時計は大きすぎて針が動いているのか分からない。

「何ここ?」

 俺は死んだ?
 そう、死んだ………。強盗に刺されたんだ。でも、背中も腹も痛くない。

『ここに名は無い。ただの魂の還る場所だ。死んだのを覚えているなら話は早い。』

 男の肩には小鳥が一匹。
 ピーと鳴いて真白を見た。

「え?ピィ?なんで?ピィもあの時死んでしまったのか?俺が落としたから?」

 ピィはピーピーと鳴いた。違うよ、とでも言いたげに。

『小鳥の死因はお前には無いよ。安心しなさい。それよりも、この小鳥がお前の死を大層悲しんでいる。お前に幸せな人生を送って欲しかったそうだ。』

 だから、お前の次の人生を選ばせてやろう。

 そう男は言った。

「選ぶってどうやって?」

『こんな世界に行ってみたい。こんな両親が欲しい。こんな力が欲しい。思うままを言ってみるといい。なるべく自分が幸せになれる様な選択を言いなさい。ただし、同じ世界は無理だ。魂は大河を流す為にあらゆる世界を流れる仕組みだ。一つ何処には留まれない。』

 これが異世界転生というやつ?
 でもなぁ~特に元から興味があったわけじゃ無い。
 しかも同じ世界は駄目なのか……。
 大河ってなんだろう?川がある様には見えないけど。
 真白はごくごく普通の真面目で平凡な子供だったが、友達もそれなりにいて外で遊ぶのも好きだった。本を読んだりゲームしたり、スマホ弄るより、友達とワイワイ遊ぶ派だったのだ。
 家にいる時は課題を終わらせるか、ペットのピィの世話をするかで終わってしまう。
 ピィは妹の綾乃と中学生の弟の日向が欲しいと言って買ったインコだったが、意外と寿命が長く世話を面倒くさがった家族に代わり、真白がずっと世話をしていた。
 ご飯代を稼ぐ為に短時間ながらバイトもやっていた。
 次の人生をと言われても、じゃあこんなチートを、となんて言える知識は無かった。

「え~~?分かんないな。地球の日本が駄目なら剣と魔法の世界とか?ファンタジーって感じは体験してみたいかな?行くなら強い方がいいなぁ。」

 気分はRPG。

『ならば、私の眷属が管理する世界に送ってやろう。そして、私の名前を一つ貸してやろう。』

 男は真白の額を人差し指と中指でとんと押した。

『我が名は時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテ。お前には一番力の弱いロルビィを貸そう。時を操り空間を掌握出来る。しかし、人の身には大きすぎる力でもある。精々が空間収納が出来、一度くらいは時間を操れるという程度。無いよりましだろう。』

「はぁ、ありがとうございます……?」

 よく分からないが貰えるものは貰っとこう。いや、貸して貰うのか?

『お前の魂が死してもう一度ここに戻れば名は返して貰う。時は進める事も戻す事も出来るが、その時は負荷で身体か魔力を損なう事を念頭に入れておいた方がいい。人の身には多少の空間把握しか出来ぬが、空間収納ならば亜空間を使って使用出来るだろう。』

 なんとも役に立たなそうな説明を受けた。
 時間は身体に負担が掛かるみたいであまり使えないっぽい。負担がどの程度か分からないけど、使えないと思っていた方が良さそうだ。怪我したくないし。空間?の方もよく分からないが、空間収納というのは出来るらしい。

「過去とか未来に行けるって事ですよね?でも使わない方が良いですかね?」

『一度くらいなら死なぬだろう。どうしても逃げ出したい時に使うといい。ただどの時間に飛ぶかは分からん。飛ぶ時間は空間把握が必要だが、同時使用の負担は大きいし、使用する事も出来ないだろうから、使えばどこに行き着くかは分からん。遥か未来かもしれないし遠い過去かもしれん。それが嫌なら使えぬな。』

 それってもう命の危機とかほんとーにやらなきゃって時って事?
 保険としては有難いのか?でも親兄弟や友達とかとは永遠にお別れになりそうだ。
 うーん、と唸っていると、それならばと神様は提案して来た。

『一度だけお前が産まれた瞬間に巻き戻す様セットしよう。それならば使い易かろう。』

 確かに………。
 過去に戻ることしか出来ないが、戻る時間が分かってるのは良いかもしれない。どこに行くか分からないよりは良いはずだ。

「じゃあ、それでお願いします。」

 神様はゆっくりと頷いた。その表情は基本無表情なのに、複雑な顔をしていて何か言いたげに感じだが、特に何も言われなかった。
 少し不思議に感じたが、俺の心は既に次の世界へと向いていた。
 死んだ元の人生に未練がないと言えば嘘になるけど、もう戻れないと感じていた。

 異世界かぁ……。
 空間収納は産まれてみてだな。
 真白は努力する事は嫌いでは無い。
 後は産まれてみてから自分でやってやろうと、あっさりと気持ちを切り替えた。

 パタパタと羽音がして、ピィが肩に止まって来た。

「あの、ピィはどうなりますか?」

『小鳥はお前の人生が幸せになるのを見届けたいらしい。我が眷属に預けるから大丈夫だ。お前と同じ様に同じ世界に小鳥として生まれ変わる。』

 ピィは耳元でピーと大きく鳴いた。
 まるで話しがわかっているかの様で、指を持って行くとチョンと乗り移って来た。

「ピィありがとうな。俺ゲージ落としたのに怪我しなかったか心配だったんだ。なんでピィまで死んでるのか分からないけど、俺の事お前も心配してくれたんだな。」

 手のひらに包み頭を撫でると、黒いつぶらな目が細まる。

「ピィが納得出来る様に幸せになってみせるよ。」

 真白は笑ってそう言った。
 ピィは真白の目を見つめ、またパタパタと神の肩に戻った。
 真白の身体は白い光の玉に戻り、流れる様に空に浮かぶ天の川に混じって行く。
 魂の大河が明滅を繰り返しながら流れるのを、時空の神と小鳥は共に見つめた。

 ロルビィという名を貸し与えた時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテは、先程送った魂の先を見る。
 魂は肉体に宿ると幾本もの道筋に別れ、本人の選択肢で様々な人生を歩んで行く。それは肉体を得ないと流石の時空の神も見る事は出来ない。

 暫く虚空を見つめていた時空の神は、眉を顰めて唸った。
 見える道筋は幾本もあるが、本人が性格上選びそうな道は濃く太い。
 その先が小鳥の望む幸せに繋がっていなさそうで、時空の神は内心困った。

「お呼びでしょうか?」

 歯車だらけの空間に一人の存在が現れた。
 漆黒の髪は真っ直ぐに長く、金の瞳の瞳孔は縦長で猫の目の様な、長身の寡黙そうな男だった。

『今、私は一つの魂をお前が管理する世界に送ったのだが、どうも心配でな。私はこの空間でしか関与出来ないからお前に任せよう。』

 漆黒の男の名は黒龍ワグラ。
 長き命を持つ黒龍として産まれ、時空の神から世界の調律を任せられていた。

「私に任せられても、私もそこまで関与する事は出来ません。」

 巨大な力で人の世に関与すれば、与える影響は多大となる。
 時空の神も、それはそうかと思い直し、肩に止まった小鳥を指に乗せた。

『小鳥よ、お前に小さな小さな力をあげよう。名も無き力だが、お前があの魂を守りたいと思った時に使うといい。』

 小鳥に小さな力が宿った。

「その様な小さきものでは、その力を使った瞬間に消滅してしまいますが?」

 黒龍ワグラは心配気に見やる。

『その時は小鳥の望むままに動ける様にしてやって欲しい。あの魂が幸せになる事が、小鳥の望みだ。』

 時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテは小鳥を黒龍ワグラへ渡した。
 黒龍ワグラは小鳥を手のひらで包み、この空間から消え去る。
 時空の神から見れば、黒龍といえど一つの人生を生きている一つの存在だ。
 その一番濃い線を見つめ、一人納得する。

 白い線を辿り、鳴いて飛ぶ小さな小鳥を見つけた。
 気まぐれの様に思いついた。
 小鳥に小さな力を与えた事で、真白の選択肢は増えた。
 後は本人達の選択肢次第だ。
 果たしてこの選択がどう回り出すのか………。

 歯車がジゴォと回り、時計の針が漸く一つ動いた。
 それは重々しく、世界に響く。
 時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテはただそれを静かに聞いていた。





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