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番外編
96 親の心子知らず①
しおりを挟む王宮の北側にある北離宮には、今日も子供達が集まっていた。それぞれが家庭教師を与えられ、早い者では自分の仕事を熟す中、日にちと時間を合わせて集まるのは、それだけ仲が良いという事だ。
本日は快晴。
雲一つ無い空の下は暑い為、木の木陰を利用して丸テーブルがセットされていた。
集まったのは四人。
ファバーリア侯爵家の嫡男シェラージェがまず到着し待っていると、次にローティエル伯爵家嫡男ラグィンがやってきた。豊かな黒髪に目の覚めるような青い瞳を持った女装姿は、どうみても少女にしか見えない。産みの親の癖がそのままそっくり受け継がれていた。
「シェラージェ、おはようございます。」
柔らかく微笑みながら近付いてきた。
「おはよう。暑くないのか?」
ラグィンのドレス姿を見てシェラージェは思わず尋ねた。膝下ドレスに白のタイツ、首元は開いているが腕はレースの長袖と、シェラージェには暑そうに見えた。
「これはオシャレなのです。」
胸に手を当てスカートの裾を摘み、クルリとラグィンは回って見せた。
「おー、世の変態オヤジが喜びそうだな。」
「失礼ですよ。」
ラグィンはぷんっと怒りながら、丸テーブルのシェラージェとは真反対の席に着く。
次にやって来たのはヨアーチェ・リマリネだった。少女らしい愛らしい美貌にミルクティーベージュの髪を可愛く編み込んで、丸い若葉色の瞳は生命を感じさせる。
「シェラージェ、ラグィン、おはようございます。今日はいい天気ね。集まって良かったわ。」
ヨアーチェの挨拶に二人も笑顔で応えた。
「殿下はまだなのかしら?」
ヨアーチェは小首をかしげる。
「いつも時間ぴったりだもの。そろそろ来るよ。」
ラグィンがまだ声変わりしていない高い声で応えた。皆十三歳。まだまだ子供なのだ。
丸テーブルの上にはシェラージェが来た時点でお茶会の用意が整っていたので、ラグィンとヨアーチェが二人でお茶を淹れ始めた。
「シェラージェも淹れれる様になってはどう?」
ラグィンの揶揄いにシェラージェは嫌そうな顔をする。一応淹れれないこともないが、美味しくないのだ。
「私はシェラージェの淹れたお茶は飲みたくないぞ。」
木陰になっている木の幹から声がした。
景色に波紋が広がり美しい少年が出てくる。
「そう言われたら飲ませてあげたくなるな。」
銀の髪に赤い瞳は王族の印。現国王の息子、リカーノルエ・カルストルヴィンだった。
「私も嫌だわ。美味しくなかったもの。」
同意したのはヨアーチェだ。ラグィンが笑いながら四つのカップに紅茶を注いでいく。この中で一番お茶を淹れるのが上手なのはラグィンだった。
最後の一つの椅子にリカーノルエが座ってからお茶会が始まった。
四人は同じ歳の子供だ。ファバーリア侯爵夫人の思惑通り、友人同士で同じ歳の子供が産まれ、そのままこの四人は幼馴染になっていた。
リカーノルエは父王陛下譲りのスキル『絶海』を持っていた。親と子が同じスキルを受け継ぐと、直に経験者から教わることができる為習得も早くなる。リカーノルエの『絶海』は父同様絶大な威力を持っていた。
リカーノルエは迷うことなくこの国の王太子となっている。その側近候補は勿論シェラージェ・ファバーリアとラグィン・ローティエルだった。
ヨアーチェ・リマリネは女性でも爵位は継げるのだが、お嫁さんに行くと言って継ぐつもりはない。なのでヨアーチェだけは時と場合によっては貴族の集まりに来なかったりするのだが、この北離宮の四人で集まるお茶会だけは欠かさずやって来ていた。
「なぁ、聞いてくれよ。アイツが外交から帰って来たんだ。」
リカーノルエが持っていた紙の束から顔を上げる。まだ仕事の途中だったが抜けて来たのだ。
「仕方ないだろう?ノルゼ兄様の婚約者なんだから。」
呆れた様なリカーノルエの声に、シェラージェはムッとする。
シェラージェがアイツと言った人物については、他三人にはすぐピンと来た。サノビィス・ボブノーラ公爵のことだ。
この四人はノルゼのことを兄様と呼んでいる。
「だって、アイツ変態だ!」
シェラージェはサノビィス公爵が嫌いだった。大好きな兄様は公爵が来ると公爵しか目に入らなくなる。
「いいのではないの?お花集めてくれるし、放置せずに掃除していくのよ?環境にいいわ。」
ノルゼ兄様の小花はあちこちに散らかる。サノビィス公爵がその場に居れば回収していくのだ。
「だからと言って服とか小物とかなんかよく分からないものまで持って帰るか!?」
それがシェラージェには理解出来ないのだ。
「前に聞いたらお花の匂いがするから持って帰るけど、暫くしたら匂いが薄まるから随時持ち帰るのだとおっしゃっていたわ。」
ヨアーチェは女の子特有の好奇心で尋ねたことがある。そう言われて香水みたいなものかと納得していた。
「嫌だ!」
「まぁ、子供みたいに。」
シェラージェは思いっきり叫んだが、ラグィンがまた年下扱いして揶揄った。本当はこの中で一番早く産まれたのはシェラージェなのだが、ラグィンはシェラージェよりも落ち着いている為かよく揶揄われる。
「兄離れするべきだろう?」
その中でも一番落ち着いているリカーノルエが紅茶を飲みながらシェラージェを嗜めた。
「うう、兄様が………。」
シェラージェとニナーニャ弟妹のブラコン度は高い。全員一人っ子ではなく下に弟や妹がいるのだが、下からそんなに好かれていると感じたことはない。
ヨアーチェは隣に座るラグィンの服を引っ張った。何気にこの二人ドレスの色を合わせている。
コソコソと耳打ちしようとするヨアーチェの為に、ラグィンも顔を近付けた。
「シェラージェにはノルゼ兄様に替わる新しい兄様が必要だと思わない?」
「………でも年上はいないよ?」
「年上でなくてもいいの。他に替わる新しい拠り所を作ってあげるのよ。もうあと三年もすればノルゼ兄様は結婚して公爵家に嫁いでしまうのに、あんな兄様兄様言っててはダメだと思うの。」
「…………そう、ね。確かに。」
暫く考え、ラグィンは反対隣に座るリカーノルエに耳打ちした。
「本気か?」
「ものは試しに。リカーノルエはいずれこの国の王になるのです。今のうちから人身掌握を身につけるべきですよ。さ、上手く説得して下さい。」
「お前……………、だんだん父親に似てくるな。」
リカーノルエは溜息を吐きながら、隣に座るシェラージェの肩を叩いた。
リカーノルエはシェラージェを連れて『絶海』で王宮の外に来ていた。
王都郊外に位置する森の中、あまり人が訪れない奥深くに一軒の家が建っていた。
「ここは?」
シェラージェは連れてきたリカーノルエに尋ねた。
「黒銀副団長の家。」
黒銀?とシェラージェは眉を顰める。訪れたのは初めてだ。ホトナル黒銀副団長とは面識はあるけどそこまで話したことはない。ファバーリア侯爵家にくるのはいつも団長の方だった。
ソマルデ黒銀団長なら父上の師匠だったらしく、今でもたまに相手をしてくれる。
シェラージェにとって強い人間こそが尊敬できる人だ。
ホトナル黒銀副団長は強いらしいが、特殊な戦い方をするのでまだシェラージェには無理だと言われている。練習相手としてはダメなのかと聞いても、ホトナル副団長はそういう相手ではないので、許可なく試合の申し込みはしてはいけないと禁止されていた。
『瞬躍』というスキルは、基本保持者にだけ発動するスキルであり他人には触れない限り作用しないスキルなので、シェラージェがいくらスキル耐性に優れていても、ホトナルの『瞬躍』を止めることは出来ないと言われている。
そんな人の家に勝手に来ていいのだろうか?
「何しに来たんだ?」
「………副団長に子供がいるのは知っているか?」
知っているので頷いた。まだ幼い男の子がいると聞いている。親のスキルを受け継いで『瞬躍』を使えるが、まだ上手く使いこなせない為山奥に住んでいると聞いていた。
「その子がなんだ?」
「お前が遊び相手になるんだ。」
「はぁ!?」
シェラージェは驚いた。なんで俺が!?
「名前はラニナトリア。六歳男の子だ。知ってるだろうが『瞬躍』を持っているが、使いこなせない。先日も街で誤って子供を空に飛ばしている。」
「空に?」
「喧嘩になって勢い余って空に『瞬躍』で相手の子供を飛ばしたそうだ。黒銀副団長が一緒にいたからすぐに助けたが、いなければ落下死だ。」
「それで?」
「お前なら飛ばされない。同じ子供だから遊び相手にもなる。一石二鳥だろ?」
そうリカーノルエは言って屋敷の扉を叩いた。
中から返事はなかったが一人でにギイイと開く。
「お化け屋敷……。」
「バカか。『黒い手』だ。」
地面から漆黒の手が生えており、扉を開けてくれていた。驚いた。
リカーノルエは来たことがあるのか構わず入ってしまったのでついていく。玄関ホールから二階に上がると人がいた。
「本日はどのようなご用件で?」
挨拶もなく言葉を掛けてくる。リカーノルエはこの国の王太子だ。黒髪に紫の瞳はおそらくこの家の夫人ハンニウルシエだろうが、特に気負いもなく慣れた様子で話し掛けていた。
「以前ご子息の遊び相手がいた方がいいのだろうかと相談されただろう?彼はどうかと思って連れてきた。」
紫の瞳がこちらを見る。
「ファバーリア侯爵家のご子息に見えるが?」
「間違いなくそうだ。次男のシェラージェだ。スキル耐性が強いし、既に『瞬躍』の耐性もある。ちょうどいいだろう。」
本当はシェラージェの性格ではまだ六歳のラニナトリアの相手は無理だろうと却下していたのだが、ラグィンの提案に乗ってみることにした。
会わせてみなければ分からないだろうと言われたのだ。
しかしラグィンの意見には不審な点もある。仮に二人が仲良くなったとして、それがシェラージェの兄離れに繋がるのだろうか?
「おい、本当に俺が相手するのか?子守なんかやったことないぞ。」
シェラージェは不満顔だ。
「知っている。だが適任者もいないし人助けと思ってやってみろ。」
え~~~っ!というシェラージェをほぼ無理矢理ラニナトリアの部屋に突っ込んだ。
「……………構わないのか?」
ハンニウルシエは半信半疑だ。何故急に王太子が来たのかも疑問なのだろう。
「損にはならない。」
そう言いつつもリカーノルエもモヤモヤとした気持ちはある。シェラージェの兄離れはさせたかったけど、態々シェラージェに自分達以外の交友関係を作る必要があったんだろうか。
腑に落ちない気持ちが生まれたが、シェラージェは小さな子供の世話は苦手だから、そう長くは続かないだろう。
リカーノルエはそう結論付けて、『絶海』を開いて帰って行った。
ドンっと押された部屋は広い子供部屋だった。子供用ベットの上にオレンジ色の髪の少年が一人眠っていた。
シェラージェが近寄っても起きない。
肩を掴んで軽く揺すった。起きてくれないと話にならない。
「おい、お前がラニナトリアか?」
オレンジ色の睫毛が震えた。まだ眠た気に幼い手が瞼を擦り、んんっと言いながら見上げてくる。
鮮やかな濃い紫色の瞳にシェラージェが映っていた。
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