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番外編
89 ドゥノーの優しい風⑩
しおりを挟む王都にあるファバーリア侯爵家のタウンハウスに、ある一通の手紙が届く。
王宮への召喚を出して来たのは国王陛下だ。
内容を読みエジエルジーンは眉根を寄せた。あまり表情が変わらない人間だが、不快さが滲み出ていた。
「どうしたんですか?」
共に並んで食事をとっていたユンネが尋ねた。食事は近くで摂りたいというユンネの希望により、広い食堂ではなく、日差しの明るい部屋で食事を摂っている。
早い朝食は朝から王太子殿下の所へ向かう予定だったエジエルジーンに合わせたからだ。
最近ユンネの体調で心配なことがある。なのでエジエルジーンは言うかどうかを躊躇った。
逡巡したが黙っててもユンネは勝手に動き出してしまう。動いて危険に晒すより教えてしまうことにした。
手紙を受け取ったユンネは朝食を食べながら目を見開く。
「ここにルキルエル王太子殿下の力を削ぐように王命を下すとありますが、どういうことですか!?」
今は全ての使用人を下げているので、ユンネは構わず声に出して尋ねてきた。
ユンネにはファバーリア家の特殊な能力について話したことがない。これは当主と国王陛下のみしか知らないことだった。後は副官のワトビくらいにしか教えていない。
「ユンネはいずれ私との子を産むことになる。この子はおそらくファバーリア家の能力を持って産まれる。だから陛下に拝謁する前に教えておきたい。」
ユンネは頷いた。
彼の手を取り書斎に連れていく。人に聞かれるわけにはいかない。
「ファバーリア家の能力とはなんですか?」
書斎に到着して早々ユンネは尋ねる。そんな話は漫画にもなかった。
「スキルを取り込む力だ。」
そして首に下げた鎖を引っ張った。ユンネも知っている。その鎖には黒い宝石が付いた指輪がぶら下がっている。当主の印になる大切なものらしい。
「ファバーリア侯爵家の血筋は他者のスキルを取り込める。そして相手はスキルを失ってしまう。この指輪は身体の中に取り込んだスキルを解放し、また別の他者に分け与えることができる指輪だ。」
輝きも何もない漆黒の石は、覗き込むユンネの顔を写していた。
「ということは国王陛下は殿下の『絶海』を奪えと言ってるんですか!?」
ユンネはハアァ!?と叫ぶ。信じられない!実の息子!しかもこの国にとって重要な人だ!
「そうだ。今から支度して行ってくる。」
「まさか言われた通りに従うつもりじゃないですよね!?」
いつにないユンネの気迫にエジエルジーンはたじろいだ。
「いや、まずはルキルエル王太子殿下の下に行く。」
「当然です!」
ユンネはうむむと考えた。
昨日の今日で何故国王陛下がこんな事を言い出したのか?
それはドゥノーが王妃の指にはめた指輪が、何か効果を発揮したからじゃないかと思う。
「あの指輪、何か仕掛けがあるんですか?」
「…………ある。」
どんな!?ユンネは旦那様に食い付いた。
「ソマルデに言われて…。というかソマルデにも教えたはずがないのに何故か知っていたんだ。私の体質を。それで、指輪に少しスキルを吸い込むよう力を注げと言われて。」
「ん?旦那様のそれはスキルなんですか?」
「違うはずだ。だから僅かしか効果が出なかった。」
じゃあドゥノーが指輪を王妃の指にはめたのは正解ってこと?もし首輪の方ならアレはルキルエル王太子殿下が作ったものだからスキルを吸い込む効果はなかったはずだ。
たまたま?いや、ソマルデさんならやりかねない。
「んん?そこまで考えてソマルデさんは計画したんですかね?」
「………これに関しては上手く話が流れるか不確定要素だったから計画書には書いてなかった。」
そーだよね。ドゥノーがそれに気付いて指輪を置いてくるか分からないもんね。
「もし気付かず置いてこないようなら『黒い手』で無理矢理実行しろと言っていたな。」
過激だな!
「俺も行きます!」
「陛下には会わせられない。」
そんなことは百も承知だ。俺が行くのは白薔薇が咲く離宮の方だ。
「指輪の石がいっぱいあったらいいと思いませんか?」
旦那様が、ん?と首を傾げた。
謁見の広間に向かう旦那様と別れた後、ユンネはイェリティア王妃が眠る白薔薇の離宮にやって来た。
「あれ?ソマルデさんとラビノアがいる~。」
なんと離宮の入り口の前で待ち構えていた。
門の前に馬車が横付けされており、中からミゼミとアジュソー団長まで出てくる。
ミゼミは半分寝ぼけ顔だ。中でまだ寝ていたらしい。
「来られると思いました。」
ソマルデさんが挨拶してきた。
「うん、旦那様に陛下から来いって手紙が来たよ。」
「そうでございましょうね。」
ソマルデさんの笑顔は変わらない。
「どこまで計画通りなの?」
「概ね計画通りかと。後は殿下が玉座を奪えば完成です。」
そ、そうなんだ。宰相閣下はそこまで依頼したのかな?ユンネも旦那様から事の顛末を聞いて来たが、ソマルデさんは相変わらずだなと感心した。
門の前で話していると、パッと人が現れた。ハンニウルシエ王子とドゥノーを連れたホトナルだ。
「さあ、予定通りイェリティア王妃のスキルを奪いましょうか。」
「旦那様に直接やってもらった方が早くない?」
「残念なことにエジエルジーン様はこの離宮に入れなかったのです。近付く必要があるらしく、王妃様が起きていらっしゃる時にしか奪えないようで………。全く当てにできませんね?」
おう………、なんか旦那様ディスられてる。可哀想に旦那様。だからいつもソマルデさんのこと苦手そうにしてるのかな?
離宮の門には警備兵すら立っていなかった。イェリティア王妃の『眠りの守護者』のスキルが働いているので要らないということだろう。
ソマルデさんの説明では旦那様の能力は指定したスキルだけ吸い取れるらしい。何故ファバーリア家の能力について知っているのか尋ねると、あの家族は大雑把だから注意深く観察していれば分かるのだとか。今後の参考にして下さいませと言われてしまった。
………旦那様、秘密にするならもっとちゃんと隠さないと…!
「俺が中に入って指輪の石を複製したらどうかなと思ったんですけど、入れますかね?」
「はい、ではドゥノー様と二人で並んでいただけますか?」
ドゥノーと顔を見合わせ二人で並ぶ。ソマルデさんがにっこりと笑った。本日のソマルデさんは黒銀騎士団長の制服に帯剣している。腰に下げた剣に手を触れカチッと小さく音を鳴らした。
?
ブワッと何かが来る。ドゥノーと二人でヒェッと抱き締めあった。
な、な、な、なにぃ!?!?
グンッと身体が何かに引っ張られる。俺とドゥノーは二人でドボンと『絶海』の中に落ちていった。
「急に殺気は可哀想じゃないか?」
アジュソーの呆れた声にソマルデは剣から手を離す。
「仕方ありません。あの首輪は攻撃されたと感じなければ作動しませんので。ハンニウルシエ王子、よろしくお願いします。」
王子は無言で頷いた。
「団長、うちの王子をこき使わないで下さい。」
「無事成功した暁には休暇を与えましょう。」
「頑張ろうねっ!」
ホトナルはハンニウルシエをキラキラと見つめて応援した。
「……………。二人はどのくらい過去に出せばいい?」
ハンニウルシエは無視しないで~と騒ぐホトナルを完全に無視してソマルデに尋ねた。
「数分程度で良いでしょう。ユンネ様が『複製』で石を増やせばいいのですから。」
ラビノアは不思議だなとみんなの会話を聞きながら考える。じゃあ今から少しだけ過去に行ったユンネ君が『複製』で既にスキル封じの石を増やしてるということになる。
バチンと大気が弾ける音がした。
イェリティア王妃の『眠りの守護者』が解かれ、北離宮の門が開く。王妃が目を覚ましたのだ。
「さあ、参りましょうか。」
ソマルデの号令で、ここに揃った面々は白薔薇の咲く離宮の中へ入っていった。
ユンネは失禁してしまうかと思った。あれ殺気だ。ソマルデさんが全力で殺気を当ててきたのだ。ほぼ攻撃力のないドゥノーを守る為、慌ててドゥノーの身体を抱き締めたのだけど、ドゥノーは放心状態だ。
ハンニウルシエ王子の『黒い手』がニョロニョロと現れ、ユンネの手を引いた。
「わ、わ、待って、ドゥノー!しっかりしてっ、行くよ!」
「はっ!さ、さっきの何!?」
ドゥノーは漸くここが『絶海』の中だと気付いた。
『黒い手』は直ぐそこの出口に引っ張って行こうとしている。
「過去からなら入りやすいのかな?ソマルデさんはよく気づいたね。」
「あー、これあの人が考えてるの?もう、昨日から引っ張り回されて大変だよ?」
二人で話しながら少し明るくなった出口から出る。
ストンと降りたのはイェリティア王妃が眠るベットの側。王妃の金の髪は緩く横に結えられ、真っ白の顔は何事もなく静かに寝ている。
二人とも半透明の姿になっていた。
ーーー顔は似てるのかな?殿下が寝てる時はこんな顔なのかな?ーーー
似ていそうだなとは思うが、いつも威圧感があるので同じ顔に見えない。
ーーーう、うん、笑顔は似てる。ーーー
ドゥノーがやや頬を染めて似ていると主張した。
ーーー……あの魔王みたいな凶悪な笑顔が?ーーー
ーーーそうじゃない時があるんだよっ。ーーー
ユンネはふうーんとドゥノーを見た。ソマルデさんの狙いがまんまとハマっていそうで、ソマルデさんがチョット怖い。なんでもお見通しなのかな?流石の殿下もソマルデさんには勝てないのかも?
ーーーチャチャっと石を増やしちゃおう!ーーー
ーーーそうだね。多分少し前にしか過去に来てないよ。急ごう。ーーー
ユンネがイェリティア王妃の指にはまる指輪に触れる。増やすのは石だけでいい。ユンネの『複製』は対象物をそのまま増やす。問題なのは重量だけ。軽い物ならどんどん増やせる。石だからいずれ消えるかもだけど、イェリティア王妃のスキルが解けて、石の中にあるラビノアとミゼミの『回復』と『隷属』が働けばいい。そうしたらイェリティア王妃は目覚める。
ポロポロポロと石が布団から転がり落ちた。増え続け布団に重さを増していく。
目が覚めるまで増やしていく。多分今起きても半透明の自分達は見えないだろうけど、ユンネは王妃の瞳が開くのを見つめて待った。
ーーー王妃様、また会いに来ましたよ。ーーー
ドゥノーが声を掛ける。
ピクリと指が動いた。人形の様に白い頬に生気が戻ってくる。瞼が震えゆっくりと目が開いた。
「ドゥ、ノー?」
ドゥノーは良かったと破顔した。
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