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番外編
88 ドゥノーの優しい風⑨
しおりを挟む『絶海』から出るとそこは北離宮の中だった。全員勢揃い?
出た瞬間に土下座しているレナーシュミ・アシュテ伯爵令嬢がいてビビる。
「え!?」
青い髪はキッチリと結い込まれ、なんでか白銀騎士団の服を着ていた。小柄で細い身体に白い騎士服は意外にもよく似合っている。
「申し訳ございません。ドゥノー様。私利私欲に駆られて任務から逸脱してしまいました。」
驚いて声も出ない僕の隣にルキルエル王太子殿下が並んだ。
「自分の任務内容を言ってみろ。」
頭を下げたままレナーシュミ嬢は平身低頭答えた。
「はっ!ドゥノー・イーエリデ男爵子息の護衛です!秘密裏に気付かれることなくつかず離れず身の安全を確保し、日々の様子を逐一連絡するように命じられましたぁーーーっっっ!」
この小柄な身体のどこから声が出てるんだろう?床に向かって叫んでるのに部屋中にこだましている。
「お前はクビだ。」
レナーシュミ嬢はガバァと顔を上げた。
「そんなっ!私はソマルデ黒銀騎士団長に頼まれたんです!これも重要な任務だとぉ~~!」
「見返りを提示されたはずだ。言え。」
レナーシュミ嬢の青い瞳がウロウロと彷徨う。どうにも後ろめたい事情があるようだ。
「上手くいったら見習いから正騎士へ昇進してやると言ったのですよ。」
レナーシュミ嬢の向こう側からソマルデさんが代わりに答えた。
「いや、彼女は白銀の見習いなのに、なぜ黒銀の騎士団長がそんな約束をしたんだい?レナーシュミもおかしいと思わないと…。今後の任務では使い物にならないよ?」
アジュソー団長は知らなかったようで、ソマルデさんとレナーシュミ嬢に文句を言い出した。
殿下がパンっと手を叩く。
「両団長は残れ。他は解散でいい。レナーシュミの処罰は白銀団長の方から連絡する。」
全員大人しく解散になった。殿下がファバーリア侯爵に全員送るよう指示している。
ハンニウルシエ王子はホトナルがさっさと『瞬躍』で連れて行ってしまった。
ソマルデはすすっとルキルエルに近付いた。
「殿下、何か言われた方がよろしいのでは?」
ジロリと赤い瞳がソマルデを睨む。本日コイツを睨みつけるのは何度目だろうか。
「誰にだ。」
「きっとドゥノー様もお話ししたいことがあるはずです。先程から殿下をチラチラと見ております。」
確かに何か言いたそうにはしていた。だがここに戻る前にも話したばかりだ。そのことについてなら後からまた時間を取った方がいいと思っている。
出て行こうとするドゥノーと目があった。ドゥノーはあたふたと狼狽えている。まだ話し足りなかったか?
「少し待っててくれ。」
ソマルデ達にそう伝え、出て行ったドゥノーを追いかけた。
出ていく主人の後ろ姿を見送るソマルデ黒銀団長の後ろから、アジュソーは声を掛けた。
ミゼミが何やらユンネ達のお手伝いをしていると言っていたが、まさかこの男が裏で糸を引いているとは思わなかった。
ミゼミ達は遊び感覚でやらされているが、内容は立派な王族侮辱罪じゃないだろうか。
ミゼミは大丈夫なのか?
「誰の命令なんだい?」
ソマルデは振り返りアジュソーに微笑む。アジュソーも作り笑いはするが、こんな人を威圧する笑顔なんて作らない。
「宰相閣下です。」
宰相か…。ならば安心か?意外と王太子殿下と宰相は仲が良い。
対象がどうやらイーエリデ男爵子息であることから、婚約者候補として何かしら動いているのだろう。レナーシュミを使うのなら一言先に何か言っておくべきではないのか?
「咎められないだろうな?」
「ご安心ください。その時は私一人でやったのだと言うつもりですし、真っ先に宰相閣下に庇っていただきましょう。」
庇うじゃなくて押し付けるだろうに。
ソマルデの笑顔に対してアジュソーは苦い顔を作った。
ドゥノーが北離宮の玄関を出ようとした時、後ろからルキルエル王太子殿下に呼び止められた。
ファバーリア侯爵には『絶海』で送り届けるから先に帰るよう殿下が伝えた為、ドゥノーは馬車に乗り込む皆んなを送り出した。
こ、今度こそちゃんとお礼を言う!
むんっと意気込む。殿下を前にするとどうにも素直に話せる気がしない。ユンネ相手みたいにどうでもいい会話をしたいのだが、王太子が相手だと思うと遠慮が出てしまうんだろうか?でも普通遠慮どころか敬うべき存在だよねぇ。最初から友達みたいに話してたせいで今更感が半端ない。
一緒に見送った殿下がドゥノーの方を振り向き、緊張してきた。
「レナーシュミ・アシュテの件だが、あれは騎士見習いだ。ちょうど同学年になるので影ながら護衛を任せたんだが、簡単に買収されるとは思わなかった。明日から別の者をつけよう。」
ドゥノーが話したそうにしていると思い声を掛けはしたが、こちらから呼び止めた以上何かを言わなければならないと思い、先程いたレナーシュミについて説明した。
ドゥノーは目をパチパチとさせている。気にしていないだろうとは思っていたが、本当に気にしていない様子でおかしくなる。
「僕は守ってもらうほど貴重な存在でも無いですよ?でもなんで影ながら?」
レナーシュミをドゥノーの側につけなかったのは、レナーシュミがすでにアシュテ伯爵家の養子に入っていたからだ。スキルを持つ者は何かと噂になりやすい。王太子の後ろ盾を持つドゥノーが、アシュテ伯爵家と懇意にしていると噂になると、他家が騒ぎ出す可能性があった。
しかしレナーシュミのスキルは役に立つ。
チラリと見下ろすとドゥノーはキョトンと首を傾げていた。裏表のない貴族らしくないドゥノーに、説明するのも嫌で黙っていることが沢山ある。彼は頭がいい。説明すればきっと全てを理解する。
「レナーシュミ嬢が嫌じゃなければ、僕が彼女と一緒にいればいいですか?」
何故そう思った?もしかしてクビだと言われていたのを気にしているのか?騎士を辞めさせられると?
ジーと窺う瞳に折れる。
「考えておく。」
ドゥノーがあからさまにホッとした。
そしてモジモジしだす。
「あの、僕もちょっとお話があって…。今いい?」
ほんのり顔を赤らめて上目遣いに見上げてくる。そういう顔はあまりしない方がいい。勘違いする人間が現れる。
「…………なんだ?」
先を促すと少し微笑んで話し出した。
「とりあえず先に殿下の過去を見てしまったことは謝ります。ごめんなさい。それでですね、その………、殿下が崖から落ちた僕を助けてくれたのを見て思い出したんです。おんぶして近くの村に運んでくれたでしょう?そのお礼を言いたくて……。」
「ああ……。」
ドゥノーは満面の笑顔でお礼を言った。
「ありがとうございます!助けてくれたのもですけど、殿下が僕が優しいからやったんだって言ってくれた時、嬉しかったんです!」
手を組んで笑いながら見上げてくる。
「………………大したことじゃない。」
「でも僕にはすごく嬉しかったんですよ?落ち込んでたし、あんなに怪我してまでやることなのかって悩んでて、モヤモヤしてて………。でも殿下から優しいんだからいいんだって言われて、なんだか凄く安心したんです。」
頬を染めて嬉しそうに語るドゥノーを見て、ルキルエルは静かに見下ろしていた。
「あ、あれ?…殿下?」
「どうしたんだ?」
「いえ、その、う、うーーーん。そんな風に笑われるとなんだか…。」
ドゥノーが顔を赤くして口篭ってしまった。
「なんだ?」
「あ、いえ!いいんです。とにかくお礼を言いたかったんです!」
「そうか。お礼の言葉は受け取った。それを話したかったのか?寮に送ろう。」
手を出すとドゥノーは疑いもなく自分の手を乗せた。『絶海』を開いて学院の寮の部屋へドゥノーを送る。
送り届けるまで手を繋いでいたが、特に嫌がられることなく大人しくついて来た。
「ありがとうございます。今日はゆっくり休んで下さいね。」
去り際にドゥノーがそう言う。いつもは憎まれ口ばかり叩いているくせに、今日はしおらしい。
「いつも休息はとっている。」
閉じられる『絶海』の向こう側で、ドゥノーの顔が顰めっ面になっていた。
ドゥノーは一人残された部屋の中で、ポツンと立ったまま俯いた。
ドゥノーがお礼を言った時、見上げた殿下の顔が笑顔だったのだ。
いつもは子憎たらしい皮肉な笑顔か、眼力ある魔王みたいな凶悪な笑顔しかしないくせに、さっきのは反則だ。
「イェリティア王妃にやっぱ似てるんだ……。」
優しい笑顔だった。
崖から落ちて重症のドゥノーに笑いかけた時と同じだ。
普段の殿下を知っていれば、とてもじゃないけど想像出来ない表情を、二回も見てしまった。
「もう、困っちゃうよ。」
ドゥノーはクシャクシャと髪の毛をかき混ぜた。
「もう、よろしいのですか?」
帰ってきたルキルエルにソマルデが気付いた。アジュソーも言いつけ通り残っていた。
「ああ、お礼を言いたかったらしい。」
「崖から落ちたイーエリデ子息を助けた時のことでしょうか。」
「見たのか?」
未だテーブルに置きっぱなしの水晶に目をやった。
「とんでもございません。宰相閣下から頂いた情報から推測したので御座います。」
ルキルエルは半信半疑で水晶の前に座る。
先程のドゥノーのお礼を聞いて嬉しくなり聞き逃しそうになってしまったが、ドゥノーは未来から来たルキルエルのことを覚えていた。
普通は忘れるはずだし、今まで忘れていたと思っていた。過去に行くことによって思い出されたのだろうか?水晶を見ても、ルキルエルが『絶海』を開いて過去の傷付いたドゥノーを運ぼうとしたところまでしか映っていなかった。完全にドゥノーは自分の記憶からお礼を言ったのだ。
「何故ドゥノーを俺の過去に行かせた?」
「風に関するスキルを持つ者を探されていたのですよね?」
ルキルエルは内心舌打ちする。ソマルデの計画にニジファレル兄上が絡んでいると気付いた。
過去何度もルキルエルの側に『風』が現れた。時には頭を撫で優しく身体を包んでは消えていった。時には未来を指し示し、政敵の策略を防ぎニジファレル兄上との和解を促した。
『風』はルキルエルの拠り所になっていたのだ。
どんなに強くても倒れそうな時はある。何故かここぞという局面に『風』は現れたのだが、過去の出来事を元に故意にやって来ていたのなら、タイミング良く現れて当然だ。
「何故ドゥノーだと?」
「ははは、殿下自身の態度が物語っておりましたので。……ドゥノーだと思われたから手元に置くことにしたのですよね?」
「確信はなかったのだぞ?」
ソマルデはうっそりと笑った。
「作れば良いのでは?もし違えば未来から来たドゥノーのことなど殿下の記憶には残りません。」
そう宣うソマルデを、ルキルエルは横目で見る。どうやらこの男は何か確信を持って計画したらしい。
「記憶が残る理由がわかるか?」
ソマルデも未来から来たラビノアの記憶をただ一人残していた。今回ルキルエルもドゥノーが起こした『風』を覚えているのだ。
「確信がある訳ではないのですが…。ユンネ様の話した物語のことを考えたのです。」
「まさかラビノアが主人公の物語か?」
黙って静観していたアジュソーが口を開いた。
ミゼミはその話をよくユンネから聞いていた。そしてそれをアジュソーにも話していたのだ。なにせその物語の登場人物の中にアジュソーも入っていた為、ミゼミはよくその話を覚えていた。
その中のアジュソーは遊び人のようであまり覚えてて欲しくないのだが、ミゼミは気に入っていた。
ラビノアが主人公でルキルエル王太子殿下とエジエルジーン黒銀騎士団長とアジュソー白銀騎士団長が、三人でラビノアを巡って恋の駆け引きをする話だ。
その内容をアジュソー白銀団長から聞いて、ルキルエルは思案する。
「俺がラビノアと?あり得んだろう。」
ルキルエルは半信半疑だ。
「そうでございましょう。私も記憶を失くしたユンネ様が勝手に作ったお話なのだと最初は思っていたのです。ですがまるで未来を予知するかのように出来事が重なり、全くの嘘でもないのではと思うようになりました。」
「スキルか?」
「いえ、そのようには感じませんでした。ただのラビノアを巡る恋の話であるだけのようでした。その最後はラビノアと殿下が想いを通じ合い結婚するまでです。ですがラビノアは私を選びました。主人公であるラビノアが選んだ人間が記憶を残すのならば、元々ラビノアに選ばれるはずだったルキルエル王太子殿下も同じことが起こったのではと考えました。」
未来からラビノアがやって来た経験を持つソマルデだからそう閃いた。
王太子殿下が『風』に関わるスキルを持つ者を密かに探していると宰相閣下から聞いた時、『絶海』を持つ殿下にも同じことが起きているのだと感じた。
ならば間違いなく『絶海』を使用する権利を持つ身近な存在でしかない。
いるじゃないか、直ぐそこに。
ソマルデの説明を聞いて思案していたルキルエルも、ソマルデが何を言いたいのか理解した。
「つまりユンネが話す物語は神託か何かか?その内容は外れたが神か何かが我々に干渉していると?俺は無神論者だぞ。」
「私もでございます。」
先程の説明はどこへやら、ソマルデは全くですと頷いた。
「ですが、私と殿下に記憶が残ったのは、必然だったからではないかと思っております。必要な出来事なのですよ。」
ソマルデはラビノアとの出会いがこの世界にとって必然であったのだと思っている。出会うべくして出会い、惹かれあい今がある。
それがルキルエル王太子殿下にも当てはまるのではと思っている。
「………………それで、この計画か?人の過去を随分調べたようだな。恐れ入るがこれには白銀団長も噛んでいるのか?」
「…………申し訳ございません。」
アジュソーは宰相閣下から頼まれた。それがソマルデに回ったのだろう。アジュソーにとってはルキルエルが一番の主人ではあるのだが、ニジファレル宰相閣下はルキルエル王太子殿下の兄だ。なんでも婚約者探しに難航していると言われて断れなかった。
「まぁいいだろう。大事無いことだ。」
ルキルエルにも考えたいことがある。
特にお咎めなしと聞いてホッと安堵するアジュソーとは真逆に、ニンマリと笑うソマルデにムカッとする。
この老騎士だけは簡単に操れそうに無い。
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