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番外編

87 ドゥノーの優しい風⑧

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 まだ昼間だというのに、剣と剣が重なり合い弾く度に火花が散る。
 どちらも表情は余裕に見えるが、目の奥が本気だ。

「魔王対悪魔公爵って感じ!」

 エジエルジーンに守られながら覗き見しているユンネが、目を輝かせてそう言った。

「違うよ。殿下と伯爵だよ?」
 
 ミゼミが不思議そうな顔をしてユンネにツッコミを入れる。

「ミゼミぃ~、これはね、ノリだよノリっ!」

「わかんない。」

 ミゼミには理解出来なかった。アジュソーがミゼミの頭をよしよしと撫でている。

「ああ、どうしましょう…。物凄く殿下が怒ってますよっ!」

 愛するソマルデさんが余裕そうに計画していたので、どこかで大丈夫だと思ってしまっていたけど、ルキルエル王太子殿下の様子を見るとそれが間違いだったのだと思わざるを得ない。
 ラビノアにはとてもではないがユンネのように呑気に見守ることが出来なかった。
 一歩足が出ると直ぐ様ソマルデから注意が飛ぶ。

「ラビィ、出て来てはいけません。」

 話し方は相変わらず余裕そうだ。

「でも………。」

 素早いルキルエルの突きを剣でいなしながら、距離を取る為に大きく弾いた。

「殿下、イーエリデ男爵子息を迎えに行かなくてよろしいのですか?」

 ルキルエルの剣先がソマルデに向けてピタリと止まる。

「どうせ貴様は最後まで用意周到に仕組んでいるのだろう?」

 赤い瞳が陽の光を受けて肉食獣の如く輝く。夜でもないのに爛々と光る目に、流石のソマルデも一瞬ゴクリと喉を鳴らした。
 早めに結果を見せておかねば全員何かしらのペナルティを受けそうだ。自分はいいが手伝ってくれているラビノアやユンネ、ミゼミとハンニウルシエ王子に課せられては困る。
 エジエルジーン様とアジュソー団長については特に悪いとは思っていない。思春期あたりから付き合いがあるのだから、もう少しルキルエル王太子殿下の心情についても心を砕いてくれていればいいものを…。あまりにも早く早熟した為、恋愛方面に淡白だ。王太子としての業務に追われ過ぎて後回しになっている。
 たまにドゥノーのところに通っているのは知っているが、後々の忙しさを考えているようで、決定的な行動に出ていない。
 相手は心を持つ人間だ。しかもドゥノーは鈍い。キープするならさっさと手にしておかないとフラフラと何処かに行ってしまう。
 
 という事で、早く終わらせよう。
 ソマルデは笑顔を作った。その作り笑顔にルキルエル王太子殿下が嫌そうな顔をしたが無視する。

「どうせなら、さっさと椅子も獲りましょう。」

 ルキルエル王太子殿下の眉がピクリと動く。

「それがどういうことか知って言っているのか?」

「勿論で御座います。きっとドゥノーは上手く動いているはずです。」

 ソマルデが視線をラビノアに向けると、ラビノアはコクリと頷いた。
 ルキルエルは溜息を吐く。

「分かった。俺の過去を覗いたことは一旦保留にしよう。」

「私の過去も皆様で覗いたではありませんか。」

 ルキルエルはソマルデの反論を無視した。

「ハンニウルシエ王子、そこのテーブルに乗ったヤツで見ていたのか?見ていた分は保存できているのか?」

 見開きの窓から外に出ずに観戦していたハンニウルシエ王子にルキルエルは尋ねた。
 
「三日程度なら見れる。」

 ルキルエルは頷き室内に戻ると、椅子に座り水晶を覗き込んだ。ドゥノーはどうやらまだ過去にいて、イェリティア王妃の部屋で王妃と話し込んでいた。
 高速で最初からザーと見ていく。
 その後ろから見ていたアジュソー団長が、ゲッという顔をした。最初に見知った顔が映ったからだ。

「白銀団長………。」

「はっ。」

「レナーシュミ・アシュテを呼べ。」

 ルキルエルは低く命じた。
 アジュソーは気まずそうに頷き、ミゼミにここで待つようにと言い聞かせて部屋から退出した。

「アシュテ伯爵令嬢は何故ドゥノーを攻撃した?」

 赤い瞳が半眼になってソマルデを睨む。ソマルデは飄々と答えた。

「買収しました。」

 …………そうか、買収か…………。どうしてくれようかこの男は。ルキルエルの怒りは沸騰直前だった。








 ドゥノーは現実からのほんの少し前の過去に来た。
 半透明のイェリティア王妃と、眠り続ける本体が待っていた。

ーーー良かった、来てくれたのね。ーーー

 イェリティア王妃の顔がパッと輝く。

ーーー勿論です。ほっとけませんよ。ーーー

 可能性があるなら助けてあげたい。それにこの人はルキルエル王太子殿下の母上だ。
 出来れば首輪の方をここに置いていきたいけど、この首輪自分で取れないんだよね。仕方がないので指輪を外してイェリティア王妃の指にはめる。指輪は実態を持ち王妃の指にちゃんとはまっていた。寝たきりなせいか指は酷く細い。
 これで『眠りの守護者』とかいうスキルが薄まればいいんだけど。
 後は現実に戻って皆んなとここに来てみよう。

ーーー無理はしないでいいのよ。ーーー

 王妃がポツリと言った。

ーーー?無理はしてませんよ?ーーー

ーーーいいえ、私の息子はこうやって会いに来たこともないの。貴方がこうやって来れるということは、あの子も来れるということでしょう?ずっと会っていないのだもの。助けたいという気持ちがあの子にないのなら、無理はしないでね。ーーー

 言われてみればルキルエル王太子殿下は自分で過去に来れるのだから、この部屋には入れなくても、王宮内を半透明の姿で飛んでいる王妃には会えるはずだ。
 なんで会わないんだろう?

ーーー僕、聞いてみます。ーーー

 ずっと殿下の過去を見て来た。それはとても普通ではない、ドゥノーの安穏とした生活とは真逆の人生だった。
 こうやって半透明の姿でついて回ってても、心の中まではわからない。
 
ーーーもし助けないって言っても説得しますね!ーーー
 
 イェリティア王妃は複雑な顔で笑っていた。王妃はずっと一人息子を見て来たのだ。もしドゥノーが本当に説得出来るのだとしたら、この子はルキルエルにとってなくてはならない子になる。

ーーー待ってるわ。ーーー

 説得を待つのではない。この子がもう一度生身の身体でくることを待つことにした。







 ドゥノーが『絶海』の中に戻ると、目の前にルキルエル王太子殿下が立っていた。

「あれ?殿下?」
 
 いつもの目つきの悪さがさらに悪い気がする。

「帰るぞ。」

 手を掴まれ歩き出した。光は直ぐそこにある。きっと出口なんだろう。
 出るのかと思いきや殿下は立ち止まってしまった。

「出ないんですか?」

 見上げて尋ねる。
 赤い瞳はドゥノーを見下ろしていた。

「王妃のスキルがどんなものか知っているのか?」

「……いえ、陛下と王妃自身を守るとだけ聞いてます。精神で繋がってるからどちらかが傷付けばもう片方も傷付くって。」

 内容を詳しく聞く暇がなかったので、簡単にそう思っていた。

「王妃の『眠りの守護者』は起きている時は全く使えないが、寝ている時はあらゆる攻撃も状態異常も無効化する。だから眠らされているんだ。陛下は絶対に傷を負うことがないんだ。毒も効かないしスキルの攻撃も無効化される。」

「無敵ですね。」

 なんか凄いな!でも寝てる時だけか~。じゃあ起きてもらえばいいんじゃないかと提案したけど、殿下は首を振った。

「身体に近付けない。眠っている時は王妃も同じように自身のスキルによって守護されているから、身体に誰も近付けないようになっている。特にスキルを持つ者は離宮に入れない。無害だと認知された者だけ入れるんだ。」

 うーん、鉄壁の守護。寝ている時だけというハンデと自分ともう一人だけしか守れないという不利はあるけど、寝てさえいれば死ぬこともないし怪我を負うこともない。
 だから陛下と契約をして縛られてるんだ。あんな哀しそうな顔をして…。

「助けないんですか?」

 僕は助けるんだろう思って尋ねた。イェリティア王妃はルキルエル王太子殿下の産みの親だ。
 殿下は少しだけ首を傾げた。瞳はいつも通り射抜くように鋭く、口角が少しだけ上がる。
 
「ドゥノーはどう思う?」

 殿下の手が僕の頬に添えられた。

「………僕は、助けたいです。」

 助けないの?
 ルキルエル王太子殿下の燃える炎よりも赤い瞳が冷淡に見えるのは気のせい?

「助ける為の犠牲を思えば、離宮ごと沈めるのが早いとは思わないか?」

「!」

 殿下は僕の顔をジッと見つめていた。
 ………………僕の答えを待っているの?なんで?

「陛下を守る守護の力の方が強い。だが王妃の方は身体を壊せばスキルも消える。離宮に入れないのなら離宮諸共消せばいいだけだ。」

 もう一度念を押すようにそう言われて、僕は目を見開いた。
 何を言ってるんだろう、この人は。
 自分の親なのに、殺すつもりなの?あんなに心配している王妃様を、離宮と一緒に『絶海』に沈めるつもり?
 以前イェリティア王妃が言い掛けていたのはこのことだったのだろうか。
 息子が自分を殺すことによって陛下を玉座から追い落とす気でいることを知っていた?

「…な!?そんなこと!ダメだよ!助ける方法を考えようよっ!僕はスキル封じの石が王妃様のスキルを吸い込むんじゃないかって思って、」

 頭に血が昇って言いかけたけど、殿下の手で口を塞がれてしまった。

「分かっている。お前がこの方法を取らないことは理解している。だからとっくの昔にやれると分かっていても実行に移さなかったんだ。その為に有力な戦力を集めた。」

「モゴモゴモコ…!!」

「なんだ?」

 殿下の手首を掴んで無理矢理剥がした。

「ぷはぁっ!手が大きすぎだよ!苦しいでしょう!?」

 文句を言うと、ふぅと溜息出してるけど、僕は王妃様を殺すなんて絶対に許さないんだからね!
 キッと睨み付けても余裕で笑って見下ろさないでほしい!

「それで?スキルの石がどうしたんだ?」

「あっ、そうだよ!イェリティア王妃様がスキル封じの石が少しだけどスキルを吸ってるって言うから指輪を置いて来たんだ。本当は首輪の方が石が大きいし良かったんだけど。」

「石が?俺がやった石にはそんな効果はないはずだがな。………とりあえず帰ってから調べてみよう。」

 殿下が僕の首をスルッと撫でた。

「ちょっ、勝手に触んないでよっ!」

「………こっちは外さないつもりか?」
 
「…え!?、え、外し方知らないもんっ、外せなかったんだよ!」

「聞いてこないじゃないか。」

 あ、あれ?そう言われると殿下自身には聞いてもいないや!自分の間抜けさに顔が赤らむ。

「本当はつけときたいんだろう?」

「ーーーーーっ!ち、違うからぁ!!」

 折角崖から落ちた後助けてくれたことのお礼を言おうと思ってたのに、結局揶揄われて言えなくなってしまった。
 うう、いつか言えるかなぁ……。
 素直になれない自分の性格を認識してしまった。









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