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番外編

74 ミゼミの砂糖菓子①

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 ミゼミは皿に綺麗に並べられたデザートの中から、マロングラッセを取った。
 コリッモクモクモク。
 
「黒かぁ~。自分の色にしたいって言ってるよね~。」

 ドゥノーが嬉しそうに話す。ユンネは赤くなり、ラビノアがユンネの服に合うタキシードと装飾を真剣に決めていた。

「飾りは銀がいいですよね。ドレスの生地が柔らかいので、私のも合わせて少し光沢のある柔らかい生地に、あと銀のボタンなんかもつけて……。」

 新年にある仮面舞踏会の衣装を打ち合わせしている。
 ミゼミはよく分からないので黙ってお菓子を食べていた。
 最近皆んなの心が明るい。この中にいるのはミゼミにとってこの上ない心地良さがある。
 サノビィスとノルゼは相変わらず二人で遊んでいるし、たまにそちらに混ざって遊ぶのも楽しい。
 もう一つマロングラッセを取って口に放り込むと、それを見咎めたユンネが注意してきた。

「あ、ミゼミ、そんないっぺんに食べたらダメだよ。お腹壊しちゃうよ。」

 既に皿にあったマロングラッセを知らぬ間に半分食べていた。

「大丈夫。」

 ラビノアとドゥノーもミゼミを止めに入るので、仕方なく諦めた。

「持って帰る?ちゃんと分けて食べるんだよ?」

 ミゼミはコクンと頷いた。紙包に残りを入れてもらいミゼミは立ち上がる。

「あ、そろそろお勉強の時間ですか?」

 ラビノアが聞いてきた。

「ん。アジュ来るから帰る。」

 定期的にアジュソー団長がミゼミに勉強を教えていることを皆知っている。ただアジュソー団長は領地の仕事と騎士団の仕事を両立している為、空いている時間が少ない。
 ミゼミはこの時間だけは忘れなかった。
 


 紙包を持って正面玄関に進んでいると、遠くの方にアジュソー団長の気配を感じた。ミゼミは人の感情を感じ取れる。なのである程度の範囲内にいる人間ならば、感情の塊のような気配を捉えることが出来た。
 アジュソー団長の気配は無だ。というか貴族達は感情を抑え込む所為かあまり感じ取れない。ただなんとなくその人の雰囲気の様な気配はある。
 だから直ぐにアジュソー団長の気配も分かった。
 隣に王太子殿下の強い気配もするので、きっと殿下の執務室に来たのだと思う。まだ時間があるのでこの後にミゼミの部屋に来るのだなと理解した。
 

 ミゼミはうーんと考えて、こっそり殿下の執務室へ向かった。
 トコトコと歩いていると既に話が終わったのか、二人が部屋から出てくるところだった。
 なんとなく気まずくて廊下の角に隠れる。
 殿下は悪い人ではないけど、ミゼミには強すぎるのだ。
 どうしよう~とミゼミは固まってしまった。

 他に誰も居ず、静かな廊下に殿下とアジュソー団長の話し声が響く。

「殿下もそろそろ婚約者を決めた方がよろしいのではないですか?」

「お前まで言うか。大臣達が最近やかましくてならない。」

 二人は主従関係とはいえ仲良さそう。殿下が下に対して気さくなのもあると思うけど、横柄で上から目線で喋ってはいても、ちゃんと配下の機微を見ているからというのもある。
 ミゼミのこともたまに見ている。観察されていると思う。ミゼミはスキル『隷属』があるから人と違うのは分かるけど、殿下の観察がミゼミは苦手だ。
 殿下もアジュソー団長も感情が読まれない様制御しているのは同じだけど、二人の雰囲気は全く違う。

「お前こそ婚約者は作らないのか?お前の両親はうるさそうだが。」

「ああ、その通りですけどね。無視しますよ。」

 軽くアジュソーは受け流す。

「ミゼミはどうするつもりだ?」

「どうするとは?ミゼミの世話は殿下が命じられたことでしょう。」

「それ以上の世話をしている様に見えるがな。」

 アジュソー団長の返事はない。ミゼミの位置からは笑ってるのか無表情なのかも分からず気になるけど、顔を出す勇気はない。

「エレンレフ伯爵がミゼミに興味があるようだぞ。」

 殿下の言葉にミゼミはビクッと震える。
 ミゼミに興味を持つ人間は碌なやつじゃない。ミゼミの『隷属』で何かをしたい人間ばかりだ。

「エレンレフ伯爵は西側諸国を管轄する外交官でしたね。」

「ついでに陛下の………、でもある。」

 小声で言われたところはミゼミには聞こえなかった。

「興味とはどのような?」

「その血とスキルだろうな。正妻は亡くなっているので、その後妻にだろう。」

「…………………。」

「白銀騎士団長はどうだ?」

「あり得ません。」

 アジュソーは即答した。
 ミゼミはその答えを聞いて、そろそろと遠ざかる。
 まだ二人が話し続ける声が聞こえるが、遠ざかるミゼミには聞こえなくなった。
 遠回りをしてとぼとぼと自分の部屋へ帰った。ミゼミの部屋は北離宮に隣接するスキル持ち専用の宿舎にある。
 ミゼミはアジュソーの側にいたかったけど、仕事に追われるアジュソーに迷惑はかけられない。ミゼミからここに入ると言った。

「ありえない………。ミゼは……。」

 ミゼミはアジュソーの近くにいたい。でもダメなんだ。ミゼミだって今の会話の内容は理解できる。ミゼミはなんとかって言う伯爵から二番目の奥さんとしてこないかと言う話が来ているのだ。

 行きたくないなぁ…。

 そう思って、そう言って、叶ったことはない。
 ミゼミは自分の部屋へ辿り着き、勉強を教えにくるアジュソーを静かに待っていた。




 アジュソーはまず語学と算術を先にミゼミに教えた。それから地理や歴史に移る予定だ。マナーは後からでいい。ミゼミは他人が大勢いるところが苦手なので、まずは『隷属』を制御出来るようになってからにしようと思っている。とりあえずで教えたのはテーブルマナーと挨拶くらいだ。

「うん、かなり上達早いね。この本が読めるなら十分だ。」

 アジュソーがそう褒めると、頬を染めてミゼミは嬉しそうにした。
 夕方になり今日の授業が終わるとアジュソーは立ち上がる。

「一緒に夕食を食べようか。」

 勉強後の食事は必ず一緒に摂るようにしていた。いつものように声を掛けると、ミゼミは少しアジュソーの顔色を窺っている。

「どうかしたかい?食欲ない?」

「んーん、食べる。美味しいのがいい。」

「いいよ。美味しいのだね。」

 

 アジュソーの笑う顔を見ながら、ミゼミも笑った。ミルクティーベージュの髪、若葉色の瞳。柔らかな物腰で貴族然としているのに、白銀騎士団長という軍事にも携わる。
 ミゼミより背も高く逞しい身体。
 自分のヒョロと細長い身体を見下ろして、ミゼミは考えた。こんな身体の人間を妻にもらうなんて有り得ない。
 きっとその伯爵という人も、ミゼミのスキルだけが欲しいのだろう。顔も知らないに違いない。
 
 どんな人がアジュと結婚するのかな。

 そんな疑問が浮かぶけど、それはきっとミゼミじゃない。







 ミゼミはパーティーが嫌いだ。人の感情の波が押し寄せて、気持ち悪くなってしまう。
 だから仮面舞踏会には行っていない。ユンネ達は残念がっていた。ミゼミだって一緒に楽しみたいという気持ちはあるけど、あの中に入るのは怖かった。
 今日はアジュも警護の仕事になると言っていた。黒銀団長が仮面舞踏会に出席するので、その皺寄せだけど仕方がないと笑っていた。

 一人宿舎の自室でボンヤリと夜会会場の方を窓から眺める。
 向こう側は明るい。庭園にも灯りを設置して、外にも出られるようになっていると言っていた。
 晩御飯を食べる気にもならない。ミゼミはいつも一人だ。新年を誰かと祝ったことなどない。

 コンコンと部屋の扉に訪問者が現れる。
 ミゼミは気配でその人が近付いてくることを知っていた。そしてドキドキと待っていた。

 アジュだ。

 なんで来たんだろうと思いつつも、ミゼミの部屋に来て欲しいと願っていた。
 この宿舎には他にもスキルを持つ者が寝泊まりしているが、アジュが知っている人間はミゼミだけ。
 急いで扉を開けるとアジュがいた。
 白の騎士服にマントを羽織り、ミルクティーベージュの髪を軽く後ろに流している。
 綺麗でかっこいい。

「ミゼミ、こんばんは。新年の挨拶に来たよ。」

「こんばんは、アジュ。どーしたの?お仕事って、言ってたのに。」

 アジュは明るい若葉色の瞳を細めて声もなく笑った。いつも洗練された美しい所作に、ミゼミはホケッと見惚れる。

「晩御飯は食べた?」

 ミゼミは首を振った。いつもアジュソーにはちゃんと三食食べるよう言われている。お菓子ばかり食べるからだ。

「お菓子も、食べてないもん。」

 そっぽを向いて言い訳すると、今度こそ声を立てて笑われた。

「ふふ、怒ってるわけじゃないよ。きっと食べてないだろうと思って呼びに来たんだ。」

「?」

「外に行くから暖かい格好をしておいで。」

「!」

 慌ててミゼミは中に戻り、クローゼットからファー付きの白いコートを取り出す。後ろからついて来たアジュソーにセーターや厚手のズボンを着るよう言われて、結局服は総替えして外に出た。


 馬で来ていたらしく、二人乗りで出発する。連れられて行ったのは仮面舞踏会の外庭園、花壇の脇のベンチだった。会場の外側を周り、中を通らずに馬で来れる場所らしい。途中警備の騎士がいて馬は預けてから入った。

「ここなら会場から離れているから。一緒に食べよう。」

 ベンチにはアジュソーと同じ白の騎士服を着た青年が籠を持って待っていた。

「団長、貸ですよ。」

「すまないね。」

 籠を渡しながら青年はミゼミを見た。

「白銀副団長のファマリ・エレンレフと申します。以後お見知りおきを。」
  
 ミゼミの方を向いて挨拶をしてくれた。
 ミゼミは人見知りなのでアジュソーの袖を握って少し隠れながら頭をペコリと下げる。

「………ミゼミです。………よろしく、ね。」

 ポソポソと小さく返すので精一杯だったが、ファマリ副団長はニコリと笑って気にした様子はなかった。折角習った挨拶も知らない人の前だとなかなか出てこない。
 スッとアジュソーがミゼミの前に出る。そのことによってミゼミの視界からファマリ副団長が消え、ミゼミはホッと息を吐いた。初対面の人間は苦手なのだ。
 
 ファマリ副団長が立ち去ると、アジュソーはベンチに用意してあったシートを広げてミゼミを座らせた。

「ほら、寒いからこの毛布も膝に乗せて。」

 せっせとミゼミは世話をされる。
 ミゼミは言われるがままコクコクと頷き、何かをすることもなくフォークに刺さった料理を渡された。

「おいし。」

「そう?良かったよ。本当は暖かいうちに食べて欲しかったけど、会場の中は苦手だろうからね。今度休みが取れたら二人で新年のお祝いをしよう。」
 
 ミゼミは嬉しくなった。
 新年のお祝い………。毎年地下の牢部屋で過ごす新年しか知らないミゼミには、とても特別な日になりそうだと感じた。

「アジュは、優しいね。」

 アジュソーは優しい。殿下から命じられたからミゼミの世話をするし、きっとそれ以上のことに気を遣ってくれている。
 何でこんなに良くしてくれるんだろう。
 
「アジュは、お菓子みたい。」

「…………お菓子?」

「ん、甘い。」

 甘い、甘い、ミゼミの砂糖菓子。
 アジュの気配は無機質だ。誰が相手でも感情を綺麗に消している。でもミゼミと話す時は甘くなる。
 ミゼミのスキルが『隷属』ではなくて、もっと素晴らしいスキルだったら、両親から貰えていただろう愛情は、きっとこんな風に甘かったのではと思ってしまう。
 隣に居てくれるだけで温かくて甘い。

 食べ終えた口元にヒョイと甘い匂いのお菓子が現れた。

「このお菓子も甘いと思うけど。」

 夜の庭園で綺麗に笑う人が、マシュマロが刺さったフォークを差し出していた。チョコが半分塗られて銀色の粉がキラキラと可愛らしい。
 ハムッと咥えると、冷気で冷えたチョコがぱりぱりと音を立て、中のマシュマロがチョコと一緒にジュワと溶けていく。

 ミゼミの砂糖菓子もこんな風に消えちゃうのかな。












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