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番外編
73 ホトナルは自分の心が分からない④
しおりを挟むそれからホトナルはソマルデ黒銀騎士団長に許可をとり、隣国を攻めた。
従来なら受け身に徹していた国が、一気に侵略を開始したことに、隣国は慌てふためき、瞬く間に王城を制圧された。
ルキルエル王太子殿下の『絶海』と、黒銀騎士団副団長ホトナルの『瞬躍』を持ってすれば、国の中央にあろうが高い塀に囲まれようが意味を成さない。
戦争はいかに高スキル保持者が参戦するかで大きく変わる。これを押し留めるにはいかに自国に同じ様なスキル持ちを集めておくかに掛かっているが、新たに任命された『剣人』持ちの黒銀騎士団長もいては意味が無かった。
血まみれのホトナルが突然目の前に現れて、ハンニウルシエ王子を過去に何度も訪れた王城へと連れて来た。
と言ってもハンニウルシはこんな大広間に入ったことはない。初めて入った広間の床には血溜まりができて、辛うじて生きている身内が息も絶え絶えに転がっていた。
「ちゃんと見せとこうと思いまして。」
ホトナルは明るい表情で笑ってそう言う。
隣国の国王とその一族。兄の四王子達もいるし、その王妃や側妃達、王女や弟王子達もいた。
「ハンニウルシエッ!この国賊がぁ!!」
「卑しい奴隷の分際で!!」
次々に怒声が上がる。
そして叫んだ者達は口を開き目を釣り上げた状態で首と胴が離れた。
「ちょっと黙ってて下さい。」
折角集めたのにとホトナルは顔を顰め、その残忍性に皆黙った。
ハンニウルシエは大人しく見ていた。特に情も湧かないし、なんなら憎悪すら無い。
そんな感情も思考も全て今まで押さえ込まれていたので、ホトナルがこれを何故自分に見せようとしているのか、そちらの方が不思議だった。
「これを見ても意味はないだろう?」
ホトナルはえー?そうですかぁ?と首を傾げている。
「私はスカッとしそうですが?」
スカッと?首を傾げたハンニウルシエを、ホトナルは血まみれのくせに抱き締めた。
見てて下さいね?
そう言って消える。
次々と起こる凄惨な光景をハンニウルシエは見ていた。
ホトナルは強くなった。ソマルデとエジエルジーンに鍛えられ、『瞬躍』を使った戦い方を教え込まされ、ホトナルが戦場に出れば無距離の攻撃に血の海が広がる様になった。
それでもソマルデ黒銀騎士団長とエジエルジーン・ファバーリア侯爵にはまだ勝てないとホトナルは言っている。もう十分に強いのだから、ハンニウルシエとしてはいいのではないかと思っている。
生きている者がホトナルとハンニウルシエだけになった時、ホトナルは「どうですか?」と聞いてきたが、ハンニウルシエはそれでもやっぱり分からなかった。
「…………スカッとはしないな。正直に言えば、ホトナルが強くなったと実感しただけだ。」
「それでもいいですけど。」
漸く『絶海』で追いついて来たルキルエル王太子殿下と騎士達が、もうちょっと協調性を持てと怒っていた。
隣国が滅んだことで、ホトナルはもう条件達成だろうと騒ぎ、ルキルエル王太子殿下とハンニウルシエの主従契約は解除された。
主従契約が失くなり、ハンニウルシエの身に何かが起こったわけではない。
「これで自由だろうが、王子はきっと理解できてないだろうな。」
ルキルエル王太子殿下がそう言ったが、言われた通りハンニウルシエにはよく分からなかった。
だって束縛は変わらないじゃないか。
元身内かホトナルかというだけ。
「王子はホトナルのことをどう思っているか整理出来ているのか?」
ホトナルのことを?
ホトナルを理解出来る人間がいるのか?あいつはハンニウルシエに執着を見せるが、欲しいのはハンニウルシエの『黒い手』だ。誰も持たない貴重なスキルが欲しいのだ。
「俺にはホトナルがスキルを欲していることしか分からない。」
ルキルエル王太子殿下は苦笑した。
「そうか?最後に一つ、王子が生きていく為の命令を与えよう。」
「…………。」
「生涯ホトナルの側にいて欲しい。ホトナルが気にかける人間は王子だけだ。俺ですらホトナルにとってはそこら辺の石ころと変わらない。不満が湧けば逃げる為に牙を向く。だが王子がこの国を好み安住の地とし、最後はホトナルと共に地に眠りたいと言えばそうするだろう。」
「………俺がそう言えば言うことを聞くと言うつもりか?そんな人の心を持っている様にも見えないし、それは俺に愛情がなければ成り立たないだろうが。」
ルキルエル王太子殿下は頷いた。
「何故俺がハンニウルシエ王子の方にこれを言うのか理解出来るか?」
ハンニウルシエには理解できなかった。だから首を振る。
「王子の方が俺のこの言葉を理解出来るからだ。ホトナルにはきっと上辺だけの返事しか返ってこないだろう。王子がよく心因性の熱を出すのは、現状を理解して抗おうとする心があるからだ。だがホトナルにはそれがない。全く何も無いんだ。まだ王子の方が人の心を残していると思わないか?」
「…………………言いたいことは分かった。やれるだけはやってみるが期待はするなよ。それから俺はもう王子じゃ無い。」
そう返事を残してハンニウルシエは退室した。
ホトナルは伯爵家の三男だ。
ホトナルの手によって滅んだ隣国は、スキルを持つ人間を奴隷だと思っていた。
生まれた瞬間から人として扱ってもらえない。
ホトナルだってそうだったはずだ。
なのにホトナルは成人した頃に自立したいと父親に宣言し、嘲笑し反対されたのでその場で殺してしまった。誰も止められない速さで瞬殺され、ホトナルの兄達はなんとか弟を落ち着かせた。
じゃあ国から出られるかと思ったホトナルだったが、直ぐに薬を盛られ王城に運ばれて、ハンニウルシエと主従契約をさせられてしまった。
ホトナルは逃げたかったのに、ハンニウルシエを足枷にされたのだ。
それほどホトナルのスキルと父を殺した手腕を惜しまれた。
ホトナルには暗殺の技術が教え込まされていた。
ハンニウルシエ王子の側で活躍するかと思われたホトナルは、意外にも順従にハンニウルシエ王子に従っていた。
ハンニウルシエ王子が好きなようにさせていたというのもある。
「何をしたい?」
そうハンニウルシエはホトナルに尋ねた。
急に『瞬躍』で飛んできたにも関わらず、ハンニウルシエは冷静に迎え入れた。
「私はスキルを研究するのが好きです。」
「…確かにそう聞いている。何故スキルにこだわる?」
「私一人の『瞬躍』ではこの国を滅ぼせないからですよ。」
オレンジ色の瞳を明るく笑みに変えてホトナルはそう言った。反逆者になるのだと、この国の王子に対して平気でホトナルは言っている。
「研究すれば成功すると思うのか?」
「分かりませんが、そのうち有効なスキルに出会うかもしれません。それにこれは口実ではあったのですが、個人的にも楽しくなりまして。」
あまりにもぬけぬけと言われて、ハンニウルシエは好きにさせる様にした。ハンニウルシエもこの国が好きと言うわけでもなかったから。
それが二人の始まりだった。
背後から貫かれる快感に、ハンニウルシエは背を仰け反らせた。
性行為なんてしたことないとか言っていた割には、ホトナルは会えば身体を求めて来た。
ホトナルは乱れた黒髪に指を入れ、こっちを向いてとハンニウルシエに囁いた。
「涙が出ると果物の葡萄みたいですね。」
ハンニウルシエの瞳のことを言っているのだろう。
「……食べたいなぁ。」
その言葉の中に本気が窺える。うっとりと言いながらも腰はゆるゆると動き、中の良いところを擦っていた。
ホトナルの口が瞳に近付いてくるので、咄嗟にハンニウルシエは目を瞑る。本当に食べられそうな気がしてしまう。
ペロリと瞼を舐められた。目を開けていれば眼球を舐められたかもしれない。
「ふふ、本当に食べたい気もしますが、食べませんよ?王子の身体は全部私のものなのですから。傷一つつけたくありません。」
ハンニウルシエはハクハクと口を開いた。
口を開けば喘ぎ声が出て、あまり口は開きたくなかったのだが、どうしても尋ねたかった。
「お前は…、ゔ…………、俺のスキルが欲しかった、の、……あ゛ぁっ!」
だろう?と続けようとした言葉は、ホトナルの強い抽送で止まる。
「全部ですよ。王子の全ては私のものなのですから、スキルだけあってもダメなんです。」
そう言われて驚く。
まさかハンニウルシエ自身にも執着を見せているとは思っていなかった。
だから王太子はハンニウルシエにこの国に腰を落ち着けホトナルと共にいろと言ったのだと理解する。
中に熱いものが広がり、ハンニウルシエもビクビクと震えながら、なんとかうつ伏せから仰向けに反転した。真っ直ぐに見て確認しようと思ったのだ。
はぁはぁと吐く息を整え、掠れる声で尋ねた。
「俺は、この国で最後まで静かに暮らしたい。」
ホトナルはキョトンとした。
「そうなのですか?どこか遠くに行きたいとか言うのかと思いました。だから王太子殿下の主従契約を解除してもらおうと思ったんですけど。」
そう言われて驚く。まさかそんな理由で解除を要求していたとは思わなかった。
もしかして王太子殿下はそれに気付いていたのか?だからハンニウルシエにああ言ったのか。
国外に行くとなればホトナルは問答無用で『瞬躍』で飛ぶだろう。その際に混乱を招いて逃げる可能性が高い。
解除すれば牙を向くかもしれないと理解しながらも、主従契約を解除したルキルエル王太子殿下の度量の深さに感服する。
あの殿下はハンニウルシエを見返りなく信じてくれたのだ。
だったら出来るだけ努力をするしかない。
「いや、もう静かに過ごしたい。移動するのも逃げるのも、戦うのにも疲れた。最後まで一緒にいよう。ホトナル。」
ホトナルの頬に手を添え懇願する。
オレンジ色の瞳は何を考えているのだろうか?この男を理解出来る王太子殿下が羨ましい。
ホトナルはニコッと笑った。
「王子がそれで良いのなら、了解しました。」
「俺はもう王子じゃない。」
「そうですね。じゃあハニーで。」
「なんだそれは?」
「え?ユンネ君がハンニウルシエだからハニーだねっ!と言われました。愛しい人を呼ぶ時に使うらしいですよ。」
愛しい人…………。少し戸惑うが嫌な気がしなかった。
ホトナルは自分の下でまた喘ぐ人を見下ろした。
気持ち良くて何度も求めてしまう。
最初は偉そう、次は孤独だな、その次は病弱?
その程度の認識でいた人だった。邪魔に感じたら父親の様に切り捨てればいいと思っていた。
だけど意外と好きな様に生きさせてくれた。
戦闘に参加しても、ホトナルがそういう教育を受けたと知っていたはずなのに、特には強要もしなかった。基本は自分一人でハンニウルシエは戦っていた。
手に入れれると思ったら、手を伸ばしてしまった。
本当は欲しい欲しいと思っていたのだろうか?
手に入れたら離したくなくなったし、ずっと一緒にいたくなった。
これを愛しいと言うのだとユンネ君は話していた。
そうなのかな?
閉じ込めて誰にも会えない様にして、小さな箱に入れてしまいたいと思う感情が、愛していると言うこと?
紫色に瞳がボンヤリと見上げ、頬を紅潮させてホトナルの名を呼ぶ。
最近ホトナルの名前をよく呼んでくれるようになった。
呼ばれるとホトナルも何故か明るい気持ちになる。
中に射精するとハンニウルシエも一緒に気持ち良さそうに射精した。
「ハニー、気持ち良いですね。」
この生活を望むと言うのなら叶えてあげよう。
「………そのハニーと言うのはずっと使うつもりか?」
照れるのか恥ずかしそうにする姿を見て、ホトナルはニンマリと笑う。
「ええ、使いましょうね。」
白銀騎士団長アジュソー・リマリネがルキルエル王太子殿下へ行った助言は、ある意味的を得ていた。
「引き離すのではなく、側に置くようにして下さい。お互いを支え合い、片方の為に生きるのだと思えば、この国にとって害にはならないでしょう。」
それからルキルエルは考え結論を出した。
もし『瞬躍』でホトナルが突然現れ剣を向けようとも、ルキルエルだってかなり強いと自負している。
即死はしないだろう。しない様にするしかない。
頭の痛い人間が多いが、そういう人間こそ強くもある。
それにスキルは面白い。
「まあまあ良い感じに落ち着いたな。」
ルキルエルは一人ほくそ笑んだ。
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