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番外編

70 ホトナルは自分の心がわからない①

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 ホトナルは静かにハンニウルシエ王子を連れて地下に逃げた。
 あの老騎士は苦手だ。ちょっと怖い。でもあの『剣人』スキルは興味ある。
 『剣人』は珍しいスキルだけど、たまに持って生まれる人間はいる。それでも一国にいるかいないかのレベル。
 それにスキルは同じスキルでも強弱がある。
 ソマルデの『剣人』は遥かに強い。同じ『剣人』スキル同士を戦わせても、誰も勝てないだろう。戦闘能力だけでなく、様々な技術を取得した強さがある。どんな状況でも先を読んで動く人間は怖い。
 
 ホトナルのスキルは『瞬躍しゅんやく』だが、基本は移動と逃走にしか使わない。攻撃対象に瞬時に近付いて殺害なんてこともできるし、やったこともあるけど、必要でない場合はやらない。

 今回はハンニウルシエ王子がいたので助かった。王子は現地点にいながら過去にいるホトナル達を助けてくれた。
 
 ヨイショと王子をソファに寝かせる。
 服がびしょ濡れのままだったので脱がせる必要があった。

「使用人………、は嫌がりそうですね~。」

 主従契約をしている時から思っていたけど、王子の周りに人がいない。配下や使用人はいるけど、必要以上に自分の領域には入らせない。
 割と近くにいたのがホトナルではなかっただろうか。それでも個人的な話はしたことがない。
 ホトナルも他人への興味が薄い方だけど、スキルについてどんな事でも知りたいので、例え相手が何をするか分からない暴君でも、スキルの研究をさせてもらえるならば気にせず一緒にいられた。

 実は気に入られてたのかな?

 ………………て、こともないか。
 この国に来て同じ場所に住んでるのに一向に仲良くならないし。お互い殿下の命令がない限り側にも寄らない。
 
 ………ま、ハンニウルシエ王子の方は、だけど。






 翌日やけにキラキラとしたカップルが出来上がっていた。
 あの老騎士、若返った途端、密かに王宮で可愛いと人気のラビノア・ルクレー子息を捕まえてしまった。
 この離宮の警護担当をしていた騎士達が泣いてそう。
 
「えと、ソマルデさん、今日は着替えがドレスしかなかったんですが、どうですか?」

「なんでもお似合いですよ?今度一緒に買い物に行きましょう。」

 イチャイチャと目の前で寄り添っている二人に、ルキルエル殿下も半眼になって見ている。
 やっぱり殿下も苦手なんですね?あの老騎士のこと。
 
 過去に遡った時にとった時の行動や、事象、スキル使用時の細かな変動などを纏めていく。

「これは資料を纏めても禁書扱いになるな。」

「そもそもこのメンバーだから行けたことですしね。」

 殿下と二人で、うーんと唸る。
 他のスキルで代用するにしても、まず過去に行けるスキルが珍しい。ルキルエル殿下の身が狙われかねない。
 
「問題点も多々ある。過去に行く回数が増えると『絶海』の波が荒れた。あの現象をもっと調べたいが……。」

 今『絶海』の中は荒れて入れない状態らしい。まるで神にそれ以上過去に干渉するなと言われているようだ。
 
「そういえば王子はどうしたんだ?」

「ああ、無理し過ぎたようで熱を出して寝ています。」

 ストレスや疲労からくる熱が出ていた。びしょ濡れでずっといたのもあるのだろう。ラビノアさんに『回復』をかけてもらったので熱は下がったけど、また直ぐに出てきてしまう。

「暫く安静にするしかないな。『回復』による依存症は?」

「出ましたね。でもほとんど寝てるので意識がない状態でミゼミ君を呼ぶ必要はないかもしれません。」

 殿下はそうかと言って、それも書き込んでいく。
 話はそこで終わり解散となった。
 殿下は公務があるし、ラビノアさん達は引っ越しするらしい。見た目若々しくなった老騎士ソマルデの行動が早過ぎて怖い。あとラビノアの目がハートマークになってるけど、君のお相手はそうなるよう意図して動いてるから気をつけてね。

 




 今のホトナルは基本が殿下と共にスキルを研究する日々を送っている。亡命させてとは言ったけど、扱いは客人になっていた。

 夜になり、ハンニウルシエ王子の様子を見にいくと不在だった。
 昼間まではまだ熱で寝ていた。
 ということは、いつものあそこだろう。
 ホトナルは『瞬躍』で目的地に飛んだ。
 あまり近くに行き過ぎると気付かれるので、いつもこの位置に降りるようにしていた。
 ここ北離宮の敷地内には、離宮を挟んで西側にスキル持ちの人達が収容されている宿舎、反対の東側に広い芝生の広場がある。
 その広場の隅によくいるのだ。
 何かしらの実験に使うか、後々離宮を拡張して建物を増築するかする予定らしく、ここには何もない。だから誰も近付いてこない場所だ。

 いつも一人。
 それは隣国にいた時からそうだった。
 だれも信用していないのだろうと思う。ハンニウルシエ王子の過去は知らない。ホトナルが出会ったのも数年前だ。それもあやふや。
 この国はスキルを持つ人間を大切に扱うが、隣国はそうではない。ほぼ奴隷だ。ホトナルは貴族、ハンニウルシエ王子は王族だったからまともな暮らしが出来ていただけ。それでもお互い窮屈な生活を強いられた。
 ホトナルはそれでも学院を卒業して、スキルの研究がしたかった。あんな国を壊せるくらいの何かが欲しかった。
 だけどホトナルは王族の誰かと主従契約をするように命令された。
 誰かのしもべになったらもう逃げられない。
 候補が何人かいると言われた。誰になるか分からない。そして命じられたのが同じスキル持ちのハンニウルシエ王子だった。
 黒髪に真っ黒の長い服を着た不気味な王子だ。でもスキルは面白い。『黒い手』という固有スキルは誰も持っていないスキルだ。
 それだけでも一緒にいる価値があると思った。
 ハンニウルシエ王子は国王陛下の命令で他国のスキル持ちを密かに攫ってくる役目があった。だからか誰もこの王子を支持する人間はいない。国も人攫いをする王子を表に出して、知らないふりをしていた。いつでも切り捨てる気満々なのは誰でも見てわかる。
 それでもホトナルにとっては、なんのスキルもないのに偉そうにする奴に仕えるよりは、少しはマシだなと思った。

 何をしたい?

 そう聞かれてスキルの研究をしたい。と、答えた。意外にも自由にさせてくれた。
 だからホトナルはそんなにこの王子のことを嫌いではない。
 かと言って好きでもないんだけど。
 あ、『黒い手』は好きだけどね。可能性の塊すぎてスキルは大好きだ。欲しいくらいだよ。
 


 ホトナルは今、少し離れた装飾用の柱の上にいた。離宮から離れていても細部までそれなりの庭園にはなっている。
 柱と彫像が置かれた一角がハンニウルシエ王子の憩いの場になっていることを誰も知らない。

 殿下も王子と主従契約をしていても、ほぼ行動の制限を掛けてないしね。この離宮から出ることと、許可なく攻撃をすることを禁じているくらいだ。


 ハンニウルシエ王子はホトナルが乗っている柱とは別の柱の装飾に腰掛けていた。王子の足元から黒いシミが広がる。それは底のない闇だ。
 王子が手をフラフラと動かすと、黒い地面から動物が飛び出てくる。犬、猫、鳥、爬虫類、虫、その種類は様々だ。王子が手に持つ図鑑から真似して作っているらしく、ここ最近体調の良い日はずっと繰り返していた。この前までは植物図鑑だったのに、もう動物図鑑に移ったらしい。

 ホトナルは出現した植物や動物をメモしていく。
 見せてと言っても恐らく見せてくれない。だからこっそり観察しているのだ。

 走り回っていた動物達の輪郭が崩れてきた。そろそろ終わるのかとハンニウルシエ王子を見ると、ボーとした顔で宙を眺めている。
 
「?」

 両手を開いた図鑑に乗せ、柱に寄りかかって動かない。地面に広がった黒いシミは徐々に狭まり、王子の足元に集まって消えてしまった。
 シンとした静寂の中、王子の横だけが浮いて見える。外にあまり出ないので肌が白いのだが、よくよく見ると頬や耳が赤い?

 ホトナルは少し逡巡してハンニウルシエ王子の横に『瞬躍』で飛んだ。
 急に現れたホトナルに驚きもしない。ボケっと見上げてくるだけだ。
 気にせずホトナルは王子の額に手を当てた。

「熱が高いですよ。」

「………………よくあることだろう。」
 
 ボソッと王子が反論してくる。
 いや普通の人はないんだけど?

「部屋に戻りましょう。」

 手を引くと素直に従ってついて来た。
 ホトナルは密かに心の中で溜息をつく。折角『黒い手』を使うところをじっくり観察出来てたのに、この場所にはもうこないかもしれない。
 王子は人にスキルを使うところを見られるのが好きではない。
 必要に駆られれば使うけど、態々見せることも、スキルを誇示することもない。
 あの国にいれば殆どのスキル持ちはそうなるけど。
 使えるスキルを持っていると思われれば、奴隷のように使われるのがあの国なのだから。

「ご自分の限界を把握してください。」

 部屋に戻りベットに押し込みながらホトナルはそう言い聞かせた。

「……なぜ?」

「知らなければ身体を壊しますよ。」

 薬は飲んだのだろうかとテーブルを確認していると飲んでいなかった。
 イラっとしつつベットの方を振り向くと、既にスーと寝息をたてて寝てしまっている。

「うわっ、もう~。」

 はぁとまた溜息を吐いた。何故連れ帰って来てしまったのか。
 実はハンニウルシエ王子が体調を崩すのは、「よくあること。」なのだ。明らかなスキルの使い過ぎ。
 知っていたがホトナルは今まで干渉したことがなかった。本人が好きでそうしているのだから、他人が色々という事でもない。
 
 今までのホトナルならスキルの観察の方が優先順位が高かった。
 いつもだったらあのまま放置している。そのうち王子は自力で帰って自分で寝ただろう。
 
 ホトナルは上を向いてムムムと考えた。

 自分は何をそんなに気にしているのか……。

「…………………。気になるなら調べてみますか。」

 この時間ならルキルエル王太子殿下はいるはずだ。気配を探してトンッと飛んだ。

 降り立った場所は北離宮内で殿下が使用している仕事部屋兼自室だ。そして部屋には黒銀騎士団長エジエルジーン・ファバーリアもいてホトナルはビクッととする。
 黒銀騎士団長はハンニウルシエ王子が嫌いだ。その理由は愛妻ユンネ侯爵夫人を傷付けたからだけど、王子の側から飛んできたので何となく気不味い。
 
「どうしたんだ?」

 ホトナルが何もない空間から現れるのにすっかり慣れたルキルエル王太子殿下は、ホトナルに気付いて尋ねてきた。

「あ~遅くにすみません。黒銀騎士団長様もお疲れ様です。ちょっと外出してきてもよろしいですか?」

 ホトナルは外出許可を取るために来たのだ。

「それは構わないが……、どこにだ?」

「え?えーと、王子のことを調べよぉかなぁと思いまして~。」

 チラッと黒銀騎士団長の顔を盗み見る。ギロリと睨まれた。え、王子のとこから来たって分かるの?嗅覚にでも優れてます?

「ハンニウルシエ王子のか?今から何を?」

「あ、ははは~。それが私にもよく分からないんですが、調べたら何か分かるかなと。」

 ルキルエル王太子殿下は宝石のように光る赤い瞳でホトナルをジッと見ていた。そんなに見てもホトナル自身よく分かっていないのだから、見ないでほしい。

「まぁ、いいだろう。」

「ありがとうございます。あ、そんなに時間はとりませんので。」

 殿下は頷いて手元の資料に目を移し、それを黒銀騎士団長に渡していた。どうやら過去に行った実験結果を纏めた資料を見せていたらしい。

「………………。」

「どうした?」

 行っていいぞと無言の圧を感じる。
 
「はい、失礼します~。」

 ホトナルは慌てて飛んで移動して行った。








 ルキルエルは腕を組み椅子の背に体重を預けた。
 目の前には黒銀団長が立ったまま資料を高速で読んでいる。かなりの束だったがアッサリと読み終わった。

「例え国王陛下であっても報告はしない方がいい。出来れば処分をお勧めします。」
 
「はぁ、お前もそう言うか。」

「他には誰が?」

「白銀団長とソマルデはそう言うな。」

 それはそうだろうと黒銀団長は頷く。
 折角ここまで頑張ったのに……。
 だが彼等がそう進言する理由も理解出来る。これは不老不死に近い。人間誰しも老化は防げないのだから、若返る方法があると知れば、例え父王であろうとどう出るか分からない。
 それにこれは誰一人欠けても実行出来ない方法だ。
 過去に行ける自分、他人のスキルの中でも空間を飛べるホトナル、現在と過去という途方もない距離を繋げるハンニウルシエ王子、人の身体を丸ごと作り変えることのできるラビノア。四人いたから出来たことで、誰一人欠けても無理だし、そうそう代替えできる人間が見つかるとも思えない。

「ホトナルなら一緒に保存を主張してくれるかと思ったのに、今は別の事が気になるようだ。」

 この面子に処分を言われてしまえば実行するしかない。残念だ。非常ーーーに、残念だ。こっそり残すか?秘密の部屋作るか?

「こそこそやってもバレる。」

「……………………。ホトナルは何を調べるつもりだろうな?」

 話題を変えよう。時間が経てば皆んな忘れるかもしれない。
 
「私には何とも。様子から個人的なことのように感じましたが。ホトナルとハンニウルシエ王子の今後の処遇はどうされるので?」

 ルキルエルは立ち上がる。あの二人のスキルは滅多にないお宝だ。手放すつもりはないが、個人を拘束するつもりもない。
 それにハンニウルシエ王子の今の立場は微妙だ。隣国がスキル持ちを誘拐拉致した責任を全て王子に被せている。このままではハンニウルシエ王子を処罰しなければならない。なんとか隣国に罪を認めさせ、ハンニウルシエ王子の身柄をこちらに引き取りたい。
 隣国との交渉は暗礁に乗り上げている。

「いっそのこと死んだことにするか?」

「それも一つの手ですが……。手っ取り早く隣国を攻めますか?」

 …………いつも思うが黒銀団長は頭はいいし執政力もあるのに、面倒臭いと考えると実力行使で黙らせる癖がある。どこかあの老騎士と似ていてたまに困る。

「それは最終手段だ。」

 ホトナルの帰りを待とう。何を調べるつもりなのか知らないが、何か掴んでくるかもしれない。
 黒銀団長には後で知らせると告げ退室を許可した。
 これでつまらん報告をホトナルがしようものならどうするか………。
 基本がスキルについてしか喋らないからな。

 黒銀団長はスキルはないと言うが、絶対何かあるよな?スキル持ちは癖が強い者が多くて困る。

 自分のことは棚に上げてそう考えるルキルエルだった。








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