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番外編

64ラビノアの奇跡③

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 ギルドの扉はいつも開かれている。普段なら誰が来ようともこの喧騒が止むことはない。
 なのに今、一人の青年の登場によってヒソヒソと囁き声に変わる。
 長い金髪を三つ編みにして、青い瞳を所在無さ気に彷徨わせている美しい人物。

 何でここに……。

 あの日忽然と姿を消した青年だった。
 今日の天気は小雨。冒険者達は自分の荷物や備品の点検をするか、身体を休めている者が多い。
 なんとなくソマルデに用があるのだろうとは思っているが、さて声をかけたものかどうか悩む。
 名前も知らない青年だ。
 しかも貴族。
 正直関わり合いたくない。

「やだぁ、可愛らしい坊ちゃんが来たわよ。」

 ソマルデの隣に陣取り腕に巻き付くように座っている女性がクスクスと笑った。反対隣にも胸の谷間が見えるきわどい服を着た女性がペッタリとくっついている。
 やって来たソマルデがテーブルに着いた途端、女性達が数人で侍ってそのままだった。
 ソマルデは成人前とはいえ既に長身で身体も鍛えられている。粗野だが頭もよく戦闘能力は誰よりも強い。ギルドでも一目置かれる存在だった為、近付いてくる女性は後を絶たない。時々男性でも声を掛けてくる。
 普段なら見目のいい男性が来れば、お近づきになろうと騒ぐ女性達が、今入って来た金髪の青年にその手の関心を寄せず、寧ろ警戒を滲ませる理由は何となく理解できる。
 美しいのだ。
 そこら辺の着飾った女性では敵わない、滲み出る可憐な愛らしさに、市井の、しかも少しれた様な場所で生きてきた女性達では敵わない美しさが青年にはあった。

 キョロキョロとギルドの中を見渡した青年は、テーブルに座っているソマルデを見つけて嬉しそうに顔を輝かせる。
 この時青年に興味を惹かれ好意を持ち出した冒険者達は、一斉に意気消沈した。
 またソマルデか、そう呟く者もいる。
 その呟きもソマルデの耳にしっかりと届いていたが、そんな事言われてもソマルデの知ったことではない。
 
 トトト、と小走りに駆け寄って、青年はソマルデに話しかけた。

「あ、あの!この前はお世話になりました。」

 テーブル越しにソマルデの前に立ち止まり、青年は頭を下げた。その姿に皆驚く。どう見ても貴族の出身に見えるのに、青年はこんな汚いところで平民に頭を下げた。
 青年は頭を上げてソマルデの周りに侍る女性達を困った様に見た。
 話しづらいのだろう。

「大した事はしていない。」

 返事をすると、また嬉しそうに微笑む。
 
「この前お話ししようと思っていた件なのですが、今からソマルデさんの時間をいただきたいのですが。」

「依頼ならカウンター通してからにしてちょうだい。」

 ソマルデの隣の女性がピシャリと言い切った。
 青年は青い瞳を見開いて、またもや困った様にオロオロとする。

「依頼、依頼はどうやってやればいいんでしょう?」

 女性がえ?と間の抜けた声を出す。
 どんだけ世間知らずなのだろうと、更に青年に視線が集まってきた。
 皆んなの目には青年がカモに見えることだろう。
 なにを言っても信じて頷きそうだからだ。

「オレが教えてやるよ。」

 直ぐ近くにいた若い冒険者が声を掛けた。青年はその冒険者を見つめてニコリと笑った。
 うーん、と顎に手をやって考える仕草が似合っている。
 
「じゃあ、教えてもらう代わりにその腕にある怪我を治しますね。」

 青年は冒険者の腕に自然に触れた。
 冒険者もそこそこ強いやつだったのに、青年が触れても拒否することなく青年に腕を触れさせる。
 ポッと光が起きて、冒険者が驚いた顔をした。腕にあった傷が綺麗に無くなったからだ。

「スキルか!?」
 
 その場にいた全員が驚く。スキル持ちは国か貴族が独占している。しかも傷を治す様なスキルなんて、こんな所にいるはずがない。
 
「あの、依頼の仕方を教えてもらってもいいですか?」

 青年は冒険者へ話しかけた。
 その様子をソマルデはジッと見つめて観察していた。冒険者の様子がおかしい。顔を赤らめボーと青年を見つめている。

「あ、ああ、こっちだ。」

 二人でカウンターの方へ進んで行った。
 暫くしてソマルデに対して指名依頼が入った。しかも金貨五枚。依頼内容は護衛だった。

「よろしくお願いします。」

 青年は青い目を輝かせてニコニコとソマルデの手を握った。

「………はぁ、分かった。」

 青年はどこかに行くわけでもなく、滞在中の護衛を頼みたかったらしい。とりあえず一週間。その後一日毎に金貨一枚出すという。破格すぎる金額だが、『回復』スキルを持っているなら当然かもしれない。
 ソマルデも『剣人』を持っている。その所為で命こそ狙われないが身の危険を感じることはしょっちゅうだ。

「お迎えがいつくるかまだ分からないので、それまでお願いします。」

「ああ、宿は取ってるのか?」

「いえ、今からなんですけど、護衛しやすい宿があれば教えてもらいたいです。」

 それならばとソマルデの家を提案した。宿では人の出入りが多くて守りにくい。ソマルデの家なら勝手がわかる分護衛も逃走もしやすかった。
 そう説明すると、青年はニコニコと嬉しそうに頷いた。本当によく笑う奴だ。
 






 ラビノアはふぅと息を吐いた。
 なんとか護衛を引き受けてくれた。
 どうやってソマルデさんに血判を押させるか、という問題に、助言をくれたのは黒銀騎士団長だった。
 どのくらいの期間過去にいる事になるか分からない。その間のラビノアの身の安全と生活をどうにかしなければならず、しかもソマルデさんを説得する必要がある。黒銀騎士団長曰く、絶対用心深いソマルデさんは血判を押さない。寧ろ身を隠しラビノアから逃げる。
 まずは身近に近づくことが必須だと教えられた。
 ソマルデさんは自身もスキルの所為で大変な思いをしている。ラビノアも同じ様にスキルを持っていると教え、ギルドを通してソマルデさん指定で護衛依頼を出せば受けるだろうと説明された。
 事実その通りになったので、後はなんとかラビノアがソマルデさんと仲良くなって、血判を押して欲しい契約の内容を説明して説得しなければ!

 でも難しそう……。

 ラビノアはミゼミ程ではないが、少し相手の感情を読める。『回復』を掛けた時が一番分かりやすいのだけど、今の若いソマルデさんの警戒心は半端ない。
 先程ギルドで声を掛けてきた冒険者には、ほんの少し『回復』を掛けた。ラビノアが『回復』スキルを持っていると知らなくても、傷を治す程度なら癒せてしまう。あの程度なら依存症も数時間程度だろう。ソマルデさんが護衛する限りラビノアが襲われることはないはずなので、安心してかけた。
 その様子をソマルデさんはジッと観察していた。
 依頼は受けてくれたけど、警戒されている。
 
 幸運な事に同じ屋根の下で生活も出来る。
 何でも出来るソマルデさんと一緒なら、とりあえず大丈夫だろう。
 まずは信用できる人間だと思ってもらえるよう頑張らないと!
 緊張でクタクタになりつつも、ラビノアはソマルデさんの後をついて行った。







 翌日、何をするかと聞かれて、ラビノアは困った。
 とりあえず街の案内を頼む。
 そしてソマルデさんが、かなりモテることを改めて知った。
 ラビノアが知るソマルデさんは既に六十七歳。いや、六十八にはなっているだろう。
 だけど今のソマルデさんは十六歳だそうだ。
 今のラビノアの方が大人だった。
 成人は十八歳からだが、平民は結婚が早い為十六歳でも結婚可能な年齢だ。
 しかも若いソマルデさんは無茶苦茶かっこいい!
 キリッとした端正な顔立ち。黒いサラサラの髪。瞳は深い緑色。歳をとったソマルデさんの瞳は灰色に近くなっていたけど、若い頃はこんな色だったのだとラビノアは感動した。歳とると瞳の色が変わるなんて不思議です。
 るんるんと案内してくれるソマルデさんの後を追う。 
 
 だいたいが生活に必要な店を教えてくれた。
 ここにくる時ホトナルさんが渡してくれた袋の中には、お金以外にも服や雑貨類も入っていたので、当面は大丈夫だろうが、ここにどのくらいいる事になるのか見当も付かない。
 お店の場所はちゃんと覚える様にした。

 街に出るとソマルデさんに話しかけてくる若い女性が多かった。
 露出の多い服を着て、柔らかい身体を擦り寄らせる彼女達に、ラビノアは少し嫉妬する。
 
「むう、ソマルデさんがモテてます。」

 ぽそっと呟いたら、ソマルデさんがこちらを見た。バチっとあう視線に慌てて目を晒す。
 話が長くなりそうなので、ラビノアは広場の端にある店が積み上げた箱の上に座って待つ事にした。
 朝からずっとこの調子なのだ。
 プラプラと足を揺らして待っていると、一人の女性が近付いてきた。
 なんだろうかと、ボーと見上げる。

「……あんたがソマルデに指名依頼した男?」

 一瞬なにを言われたかを考えて、自分が男として見られた事にハッとする。普段女装ばかりなので、今男装していることを失念していた。
 ラビノアは立ち上がって女性の前に立つ。
 背筋を伸ばし微笑んだ。

「はい、暫くここに滞在することになり、この街で一番強い冒険者を探し依頼しました。」

 女性の目を見てニコッと笑う。
 さっきまで険のある目付きで睨んでいた女性は、ラビノアの微笑みに頬を染めた。

「そ、そう。スキルを持ってるなら仕方ないわね。」

「はい、街一番の冒険者を独占することに少々申し訳なさもありますが、ご了承いただければと思います。」

 貴族の子息然としてラビノアは女性の手を取った。
 キスを落とすことはしないが、少しその雰囲気を出す。屈めた視線を上向かせて、女性の顔を覗き込み、もう一度微笑んだ。
 
「し、し、し、仕方ないものね!いいんじゃないかしらぁ!?」

 女性は挙動不審に真っ赤になって去って行った。平民の女性ではこんな扱いされたことないと理解していてやったのだ。ラビノアはバイバイと手を振る。
 ラビノアは普段される側なのだが、やろうと思えばこれくらい出来る。

「よお、随分女の扱いに慣れてるんだな。」

 一部始終を見ていたソマルデさんに揶揄われた。
 
「うーん、慣れてるのとはちょっと違いますけど…。見様見真似なんです。」
  
 笑って答えると、ソマルデさんはへぇと言いながらニヤリと笑った。






 夕方、ソマルデはギルドにやって来た。以前やった討伐依頼の経過を教えて欲しいと言われたからだ。
 帰りに店で食べようと青年を連れて来ている。

 中は雨でも依頼を終了させた冒険者達でごった返していた。

「ちょっとここのテーブルで待っててくれ。」

 青年は和かに頷きテーブルに大人しく着いた。
 
 ギルド長と話し終え、長くなってしまったなと思いながら階下に戻ると、青年の周囲から女性のキャアキャアとはしゃぐ声が響いていた。
 昨日来た時は金髪の見目麗しい青年に敵意を見せていた女性陣が、今はその青年を囲んで何やら楽しげにお喋りしている。
 青年も普段はナヨナヨと女かと思える程柔らかい雰囲気をしているのに、今は背筋を伸ばし足を組んで隣の女に何やら話し掛けていた。話し掛けられた方は青年の綺麗な顔にうっとりと見惚れている。

 確かに青年は美しい。
 
「おい、終わった。」

 簡潔に声を掛けると、青年は周りの女達に挨拶をして立ち上がった。殆どの女が不満げな顔を見せている。
 どうやったらここまで仲良くなれるのか不思議だ。

 帰り道、寄った店で食べながら青年に話し掛けた。

「お前は意外性のある男だな。」

「ん?どういう意味?」

 煮込み料理を食べながら青年は不思議そうにする。食べ方が上品で作法を知っている食べ方だ。この食堂でもやはり青年は浮いていた。
 
「何でもねーよ。」

 本人は無意識らしい。






 それから数日、青年を観察して分かった事は少ない。まず名前を未だに知らない。ソマルデは依頼者の名前を詮索しないことにしている。
 聞いて自分に気あると思い込み、何度も襲われたり求婚されたりしたからだ。
 青年も教える気がなさそうにも感じる。
 出身も職業も知らない。
 知ってるのは『回復』スキルがあるということだけ。
 青年は何故かソマルデに合わせるのが上手かった。考えを読まれているのかと思える程、色々なタイミングが絶妙に上手い。
 ソマルデの家で暮らすことに、自然と馴染んでしまった。

「ソマルデさんとこんなにのんびり過ごせるなんて幸せです。」

 何故かソマルデに懐いている。

「あんた俺のこと好きなの?」

 たまにこうやって過ごすうちに好かれたりもする。ソマルデとしては用心の為の確認だった。もし好きだと言われたら距離を置かねばならない。
 好かれるのは面倒臭い。
 それがいつもの流れだった。

 青年は青い目を零れ落ちんばかりに見開いた。
 どこかから入り込んだ陽光を取り込んで、水の中の光の様にキラキラと反射する。
 頬を赤らめ少し俯いた。

「悪いですか………?」

 その姿に、時が止まった様に感じた。










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