63 / 98
番外編
63 ラビノアの奇跡②
しおりを挟む「あ、あのっ……!」
嵐の中、急いで家路に帰るソマルデを呼び止める声がした。
振り返ると数日前に見た青年が立っていた。
何故ここに?
今は嵐が来ている。ソマルデもそうだが、目の前の青年もびしょ濡れだった。
「す、少し、お話を!」
ソマルデは溜息を吐いた。
こんな貴族の坊ちゃんみたいな人間が、こんな所で何をやっているんだ。
仕方なく青年の腕を握って自分の家に急いだ。
木製の古びた扉でも無いよりマシだ。
嵐の音は依然として酷かったが、濡れることが無くなっただけでもマシ。
「あんたな、あんなとこで何してんの?」
ソマルデは奥に行って洗ってあった布を取り出した。一枚を青年に渡す。
ソマルデは一人暮らしだった。
滅多に他人を家には入れない。余程信頼している者しか入れないのだが、あそこにこの何の苦労もしてなさそうな青年を置いていくのも危ない気がした。
普通なら置いていくのだが、この青年の見た目はダメだろうと感じた。
そこら辺の貴族令嬢よりも綺麗だった。
あの嵐の中でも人攫いに攫われ、どこかに売り飛ばされるだろう。
青年は三つ編みにしていた髪を解いて布で拭き出した。波打つ金の髪は艶々として綺麗だ。伏せられた青い瞳はゆらゆらと濡れたように揺れている。
「寒くないか?服なら貸すけど。脱げば?」
ソマルデはそう言いながらも自分も着替えようと服を脱いだ。
返事がないのでどうしたのだろうと青年の方を見ると、真っ赤な顔で固まっている。
「………あんた、男だよな?」
格好と体型からそう思っていたが、実は違った?いや、貴族の男ならそっち側で育てられることもあるという。スキル持ちだと高位貴族に嫁ぐように育てて、政略結婚に使うのだとか。そういう人間か?
「あ……、すみません。ジロジロと見てしまって。」
「…………はぁ、別にいいよ。減るもんじゃなし。」
「いえ、減る。減ります。あぁ、どうしましょう。」
なんか変な男だな。
青年はすぐに迎えが来るから着替えは要らないと断ってきた。
こんな大雨の中、迎えが?
誰かにつけられた様子は無かった。ソマルデは『剣人』スキルを持っているので、気配に敏感だ。例え豪雨の中でも人の気配を感じることができる。
「あっ、そうだ!」
青年が慌ててズボンのポケットを探り出した。
そして紙を取り出したが、開こうとして紙が雨で濡れてしまい破けたのか、ああ~~~と言いながらガッカリと頭を垂らしている。
行動が意味不明だ。
「………そうだっ!あのっ、お願いがあります!」
何かを思いついたらしく、ガバッとソマルデに飛びついてきた。反射的に青年の手首を掴んで阻止する。
「あうっ!」
悲鳴がなんともなよなよとしている。
気が抜けて拘束を緩めてしまった。
「急に来るな。」
「うう、すみません……。」
青い目を潤ませて見上げてきた。いや、ほんとに男か?濡れたシャツはペッタリと張り付き、女性特有の胸はない。
下半身にはちゃんとついてるのか?下をギュムっと握った。
「みぎゃあっっ!?」
お互いビクゥと驚く。
「バッ…、男がそんな変な声出すなよ!」
「だ、だ、だ、だあってぇ~~~~。」
半泣きだ。でも確かについてたな。男だった。
とりあえず着替えを渡して着替えさせよう。
また奥に行き引き出しからシャツとズボンを取り出す。身長的に大きいだろうが、この家にはソマルデの服しかない。曲げれば着れるだろうと考えながら元の部屋に戻った。
「え……?」
もう青年はいなかった。
夢を見ていたのかと思える程に、綺麗さっぱりいない。トイレを覗いてもいなかった。そもそも移動した形跡がない。
床にはさっきまで青年が立っていた所に水溜りが出来ている。
「…………どこに行った?」
本当に忽然と消えていた。
ザパァと四人で床に広がる『絶海』の波の中から出てくる。
全員ゲホゲホと水を吐きながら慌てて這い上がり、外で待機していてメンバーで引き上げた。
ここは北離宮の正面玄関ホール。広いし濡れても大丈夫なようにとここで実験を行なっている。
前回の失敗を教訓に、本日もルキルエル王太子殿下が『絶海』で過去に繋ぎ、ハンニウルシエ王子が『黒い手』で命綱を作り、ホトナルがラビノアを連れて『瞬躍』で飛んでいく。ラビノアはポイッと過去に落とされ、若いソマルデさんを説得して契約の血判を押してもらう。
という流れなのだが、ラビノアが水浸しでインクの滲んだグチャグチャの契約書を床に置いた。
「うう………、まずは契約書を見てもらおうと思ったらビッショリなんですぅ~~~~っ!」
説得すら出来なかった。
「王子とホトナルの負担が大きいな。」
二人は出てきたと思ったら気を失っていた。
「危険なんですか?」
怪我とかは特にしていない。過去に行ったはずのラビノアは割と元気だ。
「ラビノアを過去に置いてから、暫くその場でホトナルには待機してもらってるんだ。過去の波は荒すぎて耐えられないんだろう。王子も現在から過去までの距離を繋いで千切らないようにしているからかなり消耗する。」
着替えてきたラビノアが申し訳なさそうにした。
「すみません。私がさっさと説明して戻れればいいんでしょうけど……。」
責任を感じてしょぼんと項垂れる。
ルキルエル王太子殿下は特に責めるわけでもなく、気にするなと言ってくれていた。こういう時、殿下は誰も責めないんだよなぁ。心が狭いんだか広いんだか。
「ホトナルと王子は暫く回復に時間がかかるだろう。次は一週間後だ。出来ても後数回が限度かもしれないから、説得の方法を考えといてくれ。」
殿下も『絶海』で過去に繋げているので疲れた顔をしていた。なんせ五十年近く過去に遡っている。こんな事が可能なスキルって凄いなと思うけど、負担はかなり大きいみたい。
暫く休むと言って殿下も自分の部屋に戻って行った。
「はああぁぁぁ~~~。」
ラビノアが大きな溜息を吐く。
「お疲れ様。ラビノアも休みなよ。」
「ユンネ君…………。いえ、私はそう疲れてはいないのです。ただ…。」
ただ?
「若いソマルデさんを前にするとドキドキし過ぎて上手く喋れなくなってしまって……。」
なるほど。それは殿下達には言わない方がよさそうだね?
それにしても何でさっきらモジモジしてるんだろう?内股で顔が赤い。
過去に行く時はズボンで男装してたけど、今はスカートで女装している。
「何でラビノアは男装で行ってるの?」
何となく不思議になって聞いてみた。
「それは………。」
チラッと壁際に立つソマルデさんをラビノアが盗み見る。ソマルデさんは耳がいいのでこの距離でも聞こえているはずだ。
ラビノアの視線に気付いて、こちらに寄ってきた。
「ルクレー令息もお休みになられては?暖かい紅茶をお部屋にお持ちしますよ。」
ラビノアは真っ赤な顔をして首をブンブンと振った。
「いいいいえっ、結構ですぅ~~!すぐ寝ますっ!お休みなさい!」
ラビノアはピューンと走って行った。
あんなに慌ててどうしたんだろ?
その様子をソマルデさんは口元に手をやって見送っていた。
???笑ってる?
「ソマルデ……。」
「はい、エジエルジーン様。何でございましょう。」
旦那様が何か言いかけたけど、ソマルデさんと見つめ合ったまま黙ってしまった。
結局何もないようだった。
一週間後、また過去へ行くことになった。
今回は一度ラビノアを過去に残して一旦ホトナル達は戻って来て、再度体調を整えてからラビノアを迎えにいくことにしたようだ。
そのままその場にホトナルが残って待機すると、ホトナルと王子の消耗が激しすぎる。
最悪戻って来れない可能性も考えて、行き直しにする方が安全だという話になった。
ルキルエル王太子殿下も何度か試してコツを掴んだので、だいたい同じ時間の過去に『絶海』を繋ぐことが出来ると豪語していた。
それに殿下が『絶海』から出ることによって、過去に降りたラビノアも『絶海』に引き戻されないだろうという予測もあるらしい。
どの程度過去に滞在することになるか分からないが、ラビノアはソマルデさん若返り計画の為やる気満々だ。
ソマルデさんは止めるかなと思ってたけど、意外と無言を貫いている。予測だらけの実験なんて危ないって止めるかなと思ってたのに。殿下の決定だから従ってるのかな?
本日のお見送りは俺とソマルデさんだけだ。
旦那様は騎士団の仕事中、ノルゼはドゥノーとお留守番だ。ミゼミとアジュソー団長は来てないし、サノビィスも忙しい。
「今日も男装なんだ?」
俺が尋ねると、ラビノアはコソッと教えてくれた。
「ソマルデさんは男装の時の方が少し優しいんです。だからこっちの方が話しやすいかと思って。」
あ~そうだったんだ。
今回は契約書が濡れないように動物の皮で作った袋に入れていた。防水加工もしてあるので今度こそ大丈夫と、ラビノアはしっかりと抱き締めていた。
「頑張ってね。」
俺の応援に四人はまた『絶海』の中に潜って行った。
入ってすぐにホトナルはラビノアと手を繋いで飛んでいく。
ホトナルの『瞬躍』は一瞬で目的地に着くはずなのに、到着に時間がかかる。
荒波が押し寄せ視界を鈍らせる。
到着地点の目印は光だ。そこに向かって飛んでいく。
「くっ………!」
何とかラビノアを目的地に降ろした。
「有難うございます!」
「また時間をおいて来る予定ですが、微調整が難しいのでいつ来れるか分かりません。」
そう言って路銀の入った袋を渡す。
「これ、殿下からです。昔製造された金貨と同じ物を新たに作りましたので、ちゃんと使用できるはずです。」
それだけラビノアに伝えて『絶海』の中に戻った。
ホトナルにはハンニウルシエ王子の『黒い手』が巻き付いている。それを頼りに殿下達が待つ現在地点へ飛んだ。
ゴウッと波が押し寄せ流されそうになる。五十年分飛ぶのはかなりキツイ。
巻き付いた『黒い手』がグンと力を増した。
引っ張られて、その勢いを利用してまた飛ぶ。
ドオッと倒れ込むように到着した。
絶対転ぶと思ったのに誰かがら受け止めてくれたようだ。
サラサラと黒髪が見えて、意外にも王子が受け止めたのだと知った。お礼を言おうと顔を覗き込むと顔色が悪い。
無理をさせ過ぎた?
ハンニウルシエ王子の補助が無ければこの実験は上手くいかない。体調を見ようと手を伸ばしたが、パンッと弾かれた。
「…………休憩してくる。」
さっさと自室兼監禁部屋の地下の方へ行ってしまった。
ハンニウルシエ王子が引っ張ってくれたおかげか、今回ホトナルの負担は少なく済んだ。
「次も一週間後がよさそうだな。」
「そうですね。大分無理をしているようでした。」
ルキルエル王太子殿下とユンネ君が話している。
確かに無理をしている。
王子の性格なんて考えたこともなかったけど、さっきホトナルを助けた理由が分からない。
………ラビノアが好きとか?いや、そんなに接点なかったしねぇ?
ホトナルはスキルの研究ばかりしていて他人に関心を持ったことはない。なので他人の感情には疎いし、人の性格なんて考えたこともない。
ま、王子が『黒い手』を使えれば問題なし!
ホトナルも休憩するべく自分の部屋へと歩き出した。
2,707
お気に入りに追加
5,867
あなたにおすすめの小説
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜
ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。
短編用に登場人物紹介を追加します。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
あらすじ
前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。
20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。
そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。
普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。
そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか??
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。
前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。
文章能力が低いので読みにくかったらすみません。
※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました!
本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる