氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 

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54 五日後

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 地下牢に入れられていた使用人達が、扉を壊そうとしていた。
 ここは侯爵夫人の部屋。
 そう簡単に壊れる扉ではない。
 そうは思うが外から聞こえる破壊音と怨嗟の声に、ソフィアーネは震えていた。
 家具で扉を塞ぎたいが、ソフィアーネはそんな労働したことがない。どうやって動かせばよいのかすら知らなかった。
 
 ガタガタと身体が震えた。
 ベットに潜りシーツを被る。
 出てこいと叫ぶ人間達が怖い。
 男なのか女なのかすら分からない低い声。

 ソフィアーネは敬われるべき人間だ。
 例えスキルがなくとも公爵家の人間なのに!
 足を舐めんばかりにひれ伏していたくせに、今はソフィアーネをなんとか引き摺り出そうと扉や壁を破壊しようとする音がする。
 貴族の主寝室は他の部屋とは作りが異なり頑丈にできている。もうここに篭って三日経った。
 最初は食料を求めて部屋の外に出ていたソフィアーネも、だんだんと周りの人間の様子が異常になってくると恐怖を覚えた。
 皆一様に悪夢を見ると言う。寝る度に恐怖で飛び起き、次第に幻覚を見だした。
 それをソフィアーネの所為だと言い出し、ソフィアーネは違うと否定するのに掴み掛かってくるようになった。
 頬や腕を爪で裂かれ、足首にも腿にも強く握られた為に手跡が付いている。
 治療したくともソフィアーネの側には使用人がいない。
 守ってくれる護衛もいない。
 元使用人も護衛も、今は部屋の外でソフィアーネが出てくるのを、舌舐めずりするように待ち構えている。
 殺される……………!!
 ズキズキと痛む頬を手で押さえて、ソフィアーネは丸まった。
 こんな姿、こんな姿!
 ソフィアーネの父が助けに来るはずがない。用済みと感じれば捨てられるだけだ。
 どうやって生き残ればいいの……!?
 この部屋の窓には鉄格子はついていないが、ここは三階。飛び降りても下は石畳だ。
 
 そうだ!五日!!
 もうそろそろ五日経つはず!
 エジエルジーンが屋敷の扉を開けるはずだ。
 
 風呂とトイレがついた部屋だから水には困らないが、食べ物がない。空腹だった。
 こんな扱いは初めてだ。
 どんなに親から蔑ろにされようと、ソフィアーネの我儘はなんでも叶っていたのに。

 早く五日経てと願いながら震えていると、焦げ臭さと煙の匂いがしてきた。
 
「………なに。」

 シーツから頭を出すと、部屋の中が白く煙っている。
 ゾッとする。
 誰かが火をつけたのだ。
 パチパチという燃える音。
 焼き殺すつもり!?それとも逃げようと扉を開けたところを捕まえるつもり!?
 ソフィアーネは窓の方へ逃げた。窓を開けて外の空気を吸い込む。気付かないうちに部屋の中は煙が立ち込めていた。

「なんでっ!なんで私がこんな扱いを受けなきゃならないの!?」

 ソフィアーネは叫んだ。
 それもこれも全部ユンネ・ファバーリアが思う通りに動かないからよ!エジエルジーンの前に現れなければ、結婚しなければ、逃げ続けなければ!っソフィアーネは侯爵家を手に入れることができたのに!

 扉の隙間から炎のオレンジが見える。
 簡単に燃えない仕様になっているとはいっても、こうも煙が入り込めば無事ではいられない気がしてくる。
 喉も目も痛い。
 もう、思い切って………!
 ソフィアーネは煙の息苦しさに我慢できず、廊下へと続く扉を開けた。
 
「………!」
 
 誰もいない。逃げた?だか今のうちにソフィアーネも逃げなければ……。
 廊下は火に包まれているが、まだ通ろうと思えば通れる。バチバチという燃える音にビクつきながら進んだ。天井や壁が落ち始める。
 急いで階下に行かないと!
 ソフィアーネは階段を駆け降りた。
 このまま行けば助かる!

 下に辿り着きソフィアーネは無数の目に出会った。
 目は落ち窪み顔色は悪い。干からびた老人のように見えるが、見知った顔が多かった。
 ソフィアーネが特に可愛がっていた使用人達。若く体力のある男性が多かった。
 いや、生き残っていたという方が正しい。
 あの日一緒に捕まった老害達はいなかった。

「………くると思った。」

 一人がそう言った。

「お前達………!ここで何をしてるの!?」

 早く逃げ出さなければ!

「もう直ぐ五日。我々はその場にいなかったが、五日経てば開くんだろ?この扉が開く前にお前に出てきてもらおうと思ってさ。」

「どんなに危なくても、あんたならきっと正面玄関からしか出ようとしないと思ったよ。使用人棟に行った方が安全だったのにな。」

 ソフィアーネは後ずさった。煙から遠ざかって、どこかの部屋に立て籠っていればよかったとのだと今更気付いたがもう遅い。

「お前達……っ!私に逆らうつもり!?」

「逆らうも何も、もう皆んなお終いだろう?」

 男達の手が伸びてきた。

「ひぃ……!?」

 どうして私がこんな目に!?
 手を、髪を、力一杯引っ張られ、ソフィアーネは逃げようと暴れた。暴れたことすらなかったが、恐怖で精一杯暴れたが、令嬢として生きてきたソフィアーネの力など微々たるものでしかない。

 助けてーーーー!!!

 命乞いも同情も、全部無視されて、ソフィアーネは痛みと恐怖に晒された。
 私は貴族なのに!
 誰もが羨む公爵家の令嬢なのに!
 
 その矜持も、時間が経つごとに失われていく。

 

 五日後、エジエルジーンが戻り本邸の正面扉を開いた時、そこにはソフィアーネが一人、虚ろな顔でボロ雑巾のように座り込んでいた。



 







「えーと、死体の回収状況はコレにまとめといたぞ。元御令嬢は鉄格子付き馬車に乗せてきた。かなり大人しくなっててビックリ。」

 ワトビが手配した業者と共に死体を運び出し報告をしてきた。
 使用人達の半分は自殺。残り四十八人。使用人の数が多すぎるが、ソフィアーネが見た目のいい男を選んで自分専用の侍従にしていたらしい。給料というよりパトロンとしてお小遣いをやっていた男達だ。その男達は十八人いたが、その内十二人が最後まで生き残った。恐怖と疑心暗鬼でお互い殺し合った結果、それだけが生き残っていたらしい。
 普段からいいものを食べ、いい武器を持っていた。
 ソフィアーネに与えた『夢魔』というスキルで、ソフィアーネ以外全員が悪夢を見続けたはずだ。
 あのスキルは悪夢を見せるだけでなく、精神を蝕む。しかも『夢魔』を持つ本人を傷付けることは出来ても殺すことは出来ない。
 ソフィアーネの周りには無惨な死体が転がっていた。ソフィアーネを傷付けると、他の者が幻覚によってソフィアーネを傷付けた者に襲いかかる。別の者が幻覚から目を覚ませば、またソフィアーネを襲うが、幻覚に操られた他の者がそれを阻止してくる。その繰り返し。
 スキルが保持者を守るのだ。
 タチの悪いスキルだった。
 ソフィアーネは辛うじて五体満足だったが、周りで繰り広げられる凄惨な殺し合いに精神が壊れかけていた。

 

 だが、まだまだだ。

「ソフィアーネ、ありがとう。全員お前の手で殺してくれたな。」

 ソフィアーネに与えたスキルは既に消した。あのスキルは同じ建物内に入った者に悪夢を見せる。
 まずはエジエルジーンが入ってスキルを取り戻す必要があった。

 ソフィアーネは手を前に出し、ブルブルと震えながら何かを呟いている。

「…………あ、わた、し、私、人を殺したわ……。怖くて、近くにあったから、剣が………、持ったら、あの男…………、、私の前に……!」

 エジエルジーンはスゥと目を細めた。
 何を言っているんだ。自分は平気でユンネを殺そうとしておいて、いざ自分自身の手で他人の命を奪えば恐怖するのか。
 ユンネは刺客の命を奪うことに躊躇う心が麻痺するくらい人を殺してきたんだぞ?
 お前のせいで、覚える必要のない経験をしてしまった。
 怒りが湧いてくる。

「もう、しないわっ!お願いっ!もうしないから、許してっっ!」

「……お前には自分の侵した罪を知らしめてもらう。」

 ポンと丸めた紙を一枚牢の中に放り込んだ。

「…なに!?」

 読めと視線で促す。
 その紙には、今までユンネ・ファバーリアがやっていたとされる悪行は、全てソフィアーネ・ボブノーラがしでかしたことであり、侯爵夫人ユンネ・ファバーリアはソフィアーネ・ボブノーラによって長きにわたり監禁されていたという内容が書かれていた。
 家臣達の名前も事細かに書かれ、詳細な内容まで明らかにされていた。

「今から領地内の主要な街を回る。お前はその間この檻の中だ。だいたい一ヶ月程度かける予定だ。」

「ヒッ!?」

 檻は前後左右上まで全て格子になっている。丸見えだ。

「………そんな、どこで、寝るのよ!?どこで……!」

 この檻の中には排泄する場所も寝床もない。
 ソフィアーネはゾッとした。
 
「ワトビ、出発しろ。死なない程度に連れて行け。」

 ワトビは騎士の礼をとり後ろに控えた部下達に合図した。
 エジエルジーンもついては行くが、それはソフィアーネが苦しむところを観察するわけではなく、行く先々の領地視察と各事業の再構築の為だ。
 領民への謝罪や物資補填もしていかなければならない。
 今回本邸の焼けた東側は取り壊し、新たに建て直すつもりだ。
 
 「もしくはいっそのこと全て建て直すか?」

 私財を使えば造作も無い。
 これからユンネ達と暮らすのだ。その方がいいかもしれない。ソフィアーネが使った屋敷には住みたくないだろう。
 本邸は何が起きてもいいように貴重品は全て持ち出し別の建物へ運び込んでいたので、壊そうと思えばすぐに壊せる。

 細目をふにゃりと笑顔に垂らさせて、笑って見送ってくれたユンネを思い出した。
 ルキルエル王太子殿下に事前に頼んで、『絶海』で王都とファバーリア領地本邸を繋いでもらうようにしていた。
 自分以外は皆王都に戻っている。
 
「無理しないで下さいね。」

 見上げでくるユンネの髪を撫でて、暫く会えないことに寂しくなった。
 だが領地を立て直していかなければ妻を幸せには出来ない。

「行ってくる。」

 どうせならと唇に軽くキスをした。
 ユンネの口が小さくポカンと開いて固まっていた。
 頬を撫でているとカアアァァァと遅れて真っ赤になり、手のひらに感じる熱に嬉しくなる。

 ソマルデもユンネの後ろからノルゼを抱っこしてジトーと見ていたが、何も言わなかったのでいいのだろう。
 なにせ私達は夫婦だ。
 
 早く終わらせて、約束通り結婚式を挙げたい。
 ユンネが妻で良かった。







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