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53 旦那様は女装がお好きですか?
しおりを挟む俺達は五日間イーエリデ男爵邸にお世話になった。
ほぼ休暇だ。
と言っても旦那様とアジュソー団長はどこからともなくやってくる書類の束を裁くのにほぼ時間を取られていた。
旦那様が言うには、ファバーリア本邸では今罪人達に罰を与えている最中なので、終わったら戻る予定。だからそれまでここでゆっくりしようということらしい。
まだ危ないからとソマルデさんが俺達の護衛を引き受けてくれていたけど、屋敷から出られないので俺達はお茶会をして遊んでいた。
「でも毎日お茶とお菓子ばかりじゃ飽きちゃうねぇ。」
「買い物くらい行けたらいいのですけど……。」
ドゥノーのぼやきにラビノアも同意する。
「違う、あそび、する?」
「いいけど何しよう?」
ミゼミの提案に乗ってもいいけど、人のお屋敷では何も思いつかない。
「はい、はい!私、ユンネ君と服を交換してみたいです!」
頬を染めてキラキラとラビノアが主張した。
え?服?確かに身長は同じくらいだけど……、交換ということは、俺はラビノアの服を着ることになる。
「え!?やだよっ、そのフリフリ着なきゃじゃん!」
俺は断固拒否した。
今ラビノアは膝丈のふわっと広がった水色のスカートワンピースを着ていた。襟や袖口にはレースのフリルが付いていて、清楚系って感じだ。外でお茶会をやっていたので、頭には鍔の付いたフリフリのヘッドドレスも着けていた。
対して俺は、ベージュが基本で差し色に青のストライプの入ったズボンとベスト、白のシャツ姿だ。
「もしかしたら侯爵様も喜ぶかもしれないよ!?」
ドゥノーが目をキラキラさせて俺を説得しにかかる。やめて。絶対面白がってる!
「ミゼも、みたい~。」
「ま、待って!本当にやだぁーーーー!!」
俺はズルズルとラビノアの部屋に引き摺られていった。
微笑ましく見守っていたソマルデさんは、静かに寝ているノルゼを抱っこして、止めることなくついてくるだけだった。
「いや、待って、そこまでやんない!」
「少しだけっ!口紅ちょっとだけ!」
なんでそこまで力入ってんの~~~!?
こんな細目の男にスカートワンピ着せてなにが楽しいのか!
悲しいかな、ラビノアの服が入ってしまった……。
俺これでも騎士なのに……、身体鍛えてるのに…。
「腰が細いし肩幅もあまりないから余裕ですね。」
「意外と似合ってて面白い。」
ラビノアとドゥノーが意気投合して俺にヘッドドレスと化粧をしている。
ドゥノーによって灰色のフワフワ髪が似合うように装着されてしまった。
「こうっ!こうやって前髪横髪多めに出して、項は見せちゃう的な!?」
「わかります!ショートはそれが似合いますよね!」
俺分かんない。
力無くされるがままになってしまった。
なんでか白の靴下まで履かされている。ガーターベルトとかいうのを初めてつけました。いや、スカートも初めてだけど。
「男性の足ってどうしても骨太になるのでピッタリした靴下が合わないんですけど、ユンネ君細いから羨ましいです。私は少し余裕持たせる為にガーターベルト必須ばかりなんですよ。」
俺は宇宙の彼方を見つめていた。そんな説明聞いても本当に分からないんだってば!
「流石に手は関節の骨が目立つから、手袋つけなきゃじゃない?ある?」
「あ、あります!これなんか可愛いですよ。」
ラビノアが小さな水色リボンのついた手袋を出してきた。
地獄…………。
「じゃ、じゃーーーーーん!どうですか!?」
次はラビノアの着替えだった。
……………似合っている。
「うわぁ、美青年!」
「ラビきれー。」
ラビノアがふふんと得意気だ。
いつもは柔らかい化粧をしているけど、今は肌を整える程度にして眉毛を太めに描いたらしい。凛々しく見えるようにすると男性らしくなるとか説明してくれた。
確かにちゃんとラビノアが男になっていた。
普段からこういう格好をすれば、女性にもモテそうだ。いつもは男性しか寄って来ない。
「うーーーーん、ユンネ君の服、入りましたけど私の方が太いみたいです。お腹まわりとかが………。」
え………、俺ラビノアより痩せてるの?ショック。鍛えてるのに。
ラビノアが寝ているノルゼを抱っこして立っていたソマルデさんの所に駆け寄った。
ニコッと笑って話しかける。
「どうですか?これって変装になりませんか?」
「……………………。」
「ソマルデさん?」
「……………なりますが、ダメですよ。」
ラビノアががっかりしていた。
成程、変装したら外に出れるかもと?でも俺はスカートじゃ戦えなくなるから困る。
ソマルデさんが、はぁとため息を吐いていた。
面白いから旦那様にも見せて来いとドゥノーが言い出した。
旦那様の反応?
予想がつかない。
前に旦那様の趣味について考えたことはあるんだよね。漫画の内容からもしかしたらメイド好きかと思ったんだけど、実は男の娘が好きだとか……?
意外な趣味だ。んにゃ、たんなる妄想ですけど。
「旦那様って女装、好きかな?」
「好きかもだから見せてくれば判明するよ!」
ドゥノーがさあさあと背中を押した。絶対面白がっている!
「う、う~~ん、じゃあ行ってくる。」
俺はトボトボと廊下を一人で歩き出した。
ドゥノーとミゼミはそんなユンネの後を追いかけて行った。
こっそり観察するつもりだろう。
「ルクレー男爵令息は行かれないのですか?」
流石にラビノアの部屋に居座るわけにはいかないので、ソマルデは出て行こうと思い扉に向かいながら尋ねた。
「久しぶりに男装したら少し恥ずかしくて。」
ラビノアにとっては女装、男装という考え方らしい。
意外と男装の時は仕草も男らしくなっているので不思議だ。無意識だろうか。
ソマルデはジッとラビノアの姿を見つめて呟いた。
「……………似合っておりますよ。」
「え!?」
それだけ言うとソマルデは出て行ってしまった。
突然の褒め言葉にラビノアの頬が真っ赤になる。
俯いて落ちてきた長い髪を握って、髪も結べば良かったと思ってしまった。
旦那様が借りている部屋の前でゴクッと喉を鳴らす。
くっ……恥ずかしい。
勢いで来てしまったけど、呆れられたらどうしよう!?
プルプルと震えながら扉をノックした。
コンコン。
女装している所為かノックまでお淑やかになった気分だ。足とかついつい歩幅が小さくなる。だって股がスースーするんだもん!
中から旦那様の返事がして「ユンネです。」というと扉が直ぐに開いた。
開いて目が合って、二人で固まる。
「……………。」
「……………。」
「…………とりあえず、入るといい。」
「あ、はい、お邪魔しまーす。」
扉を大きく開けて促してくれたので入ることにした。
「その服装は?」
ソファを勧めながら尋ねられる。そりゃそうだよねぇ。
「あの、ラビノアが変装したら外出出来るんじゃないかって思ったみたいで。」
イーエリデ男爵邸に滞在するのは今日で最後だ。明日になったら俺達は王都へ、旦那様は領地に戻る予定だ。
「そうか…、すまない。私の仕事がもう少し早く終わっていれば良かったんだが…。退屈だったな。」
「え!?いえいえ、そんなことありません!」
領地回復の為に今旦那様は大忙しだ。というか仕事多すぎだ。領地は家臣である各家に任せてたらしいけど、今やそれも半分。大至急重要な場所の管理者も決めなければならない。
その候補としてドゥノーの家も入っている。
元々はその土地を管理するだけだったのに、色んな事業を任せたいらしい。
ドゥノーも本邸に誘われている。
「お茶でもしよう。」
「はいっ!」
俺はいそいそとお茶の用意をした。記憶を失くしている時はなんでお茶淹れれるんだろうって不思議だったけど、実は練習してました!
ちょっとはね、あの顔を見ながらお茶会とか出来るかなぁって夢見てました!会わないようにするつもりでも、ほんのちょびっとね。
俺がルンルンしながらお茶を用意すると、旦那様がクスッと笑っていた。
はしゃぎすぎた…。
イーエリデ男爵邸にいる間はとてものんびりと過ごせた。旦那様は仕事をしていても、遊びに来たらお茶を一緒に飲んで休憩してくれる。騎士団でもそういえばお茶を淹れれば手を止めてくれていたなと思い出した。
対面に座ってお茶を用意すると、旦那様が隣に移動してきた。
「と、隣ですか?」
うう、緊張する。
「せっかくだから。」
何がせっかくなんだろ?
「似合ってるな。」
俺のヘッドドレスを軽く撫でながら褒められた。
「…………っ!?ぅ、そ、そんなはずないですよ!?俺は男ですし、似合いませんって!」
「そうか?中性的で可愛いと思うが?」
旦那様が真面目な顔で言っている。これはお世辞?本気?顔に熱が集まってきた。
「旦那様はこういう格好は好きですか?」
チラッと見上げて聞いてみる。好きならしてみるのもいいかもしれない。他の奴には見せないけどね!
「そういえば以前、私のことをメイド好きだとか言っていたな。」
……………っ!?覚えてたんですか!?
な、なんて失言をしてしまったんだ。
「す、すみません。」
旦那様がおかしそうに笑った。
腰を下ろした場所を詰められる。旦那様の手が腰に回され、俺は心臓が飛び上がりそうになった。
「メイド姿というより、好きな人が私の為に可愛い格好をしてくれることに喜びを感じる。」
み、耳元で囁かないで下さい!!!!
好きな人!?
俺の心臓、本当に口から飛び出してくるかも!
「はぁ、はぁ、だ、旦那様、俺くるしい……。」
興奮しすぎだ。
「大丈夫か?少し首元を緩めよう。」
俺の首にはリボンが付いている。それをシュルシュルと解いて、小さなボタンを外してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
少し楽になったかも。
「…………これはルクレー男爵令息のか?」
「あ、はい。そうですよ?」
少し眉間に皺が?なんでか怒った?
旦那様は俺の顎から耳にかけてのラインを親指でなぞりながら、じっくりと服を眺めていた。
「分かった。今度私がドレスを贈ろう。」
ん?
「私の色で。」
んん?
「俺は男ですよ?」
「私が贈ったドレスは嫌か?」
そんな悲しそうな顔で言わないで下さい~!
ブンブンと首を振ると腰に回した腕の力が強くなる。
「よく似合っている。」
もう片方の手が伸びてきて、俺の膝の上に置かれる。温かい体温と重みを感じて、俺は硬直していた。足動かせません。
「男とか、女とか関係なしに、可愛いと思う。」
旦那様の指が俺の内腿をなぞった。ゾクゾクとする。そ、それ以上は、ヤバいです。あらぬ所が……。スカートがふんわりしてて良かった!
「ぁ、あああありがとうございます~~~。」
プルプル震えてお礼を言うと、お茶をありがとうと返されてしまった。
まだ仕事が残っている旦那様を部屋に残し、俺はお茶のセットを片付けるべくお盆を持って部屋を出た。
扉の前にはソマルデさん。
またこの人、俺達の会話聞いてたよ。
「……………俺がドレスをもらうのは、普通のことでしょうか?」
「まぁ、男が着てはいけないという決まりはございませんので、貰ってよろしいのでは?」
ソマルデさんは俺の手からさりげなくお盆を受け取った。
そ、そうなのかな?妻だから?
あれ?俺は記憶喪失になって、この世界の常識を一部忘れてきちゃったのかな?
あ、でもラビノアもドレスいつも着てるし、まさかこれが普通だった!?
「いつ着ればいいんだろう……?」
「男が服を贈る行為は、やはり脱がせたいという願望の現れでは。」
「あの旦那様が!?」
「ユンネ様はエジエルジーン様をどのように評価されているのでしょうか?是非お聞きしたいです。」
「うーん、紳士?」
「ものは言いようですね。」
なんでだよ~~~!
「あれ?ノルゼは?」
「イーエリデ男爵令息とミゼミ様が暇そうに彷徨いていたので、一緒に昼寝するよう案内致しました。」
ソマルデさんこそ、ものは言いようだよね。
とりあえずこのワンピはラビノアに返そうっと。
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