氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 

文字の大きさ
上 下
49 / 98

49 五日後が楽しみだ

しおりを挟む

 『魅了』というスキルを持った女性がいた。
 特に美しくもなく平凡で、家も貧しいよりの農家だった。
 なのに女性は産まれた時から人々に愛された。
 愛され過ぎて、女性はあっという間に貴族の家に引き取られ、隠されるように育てられたが、義理の両親の愛情が深すぎて女性は逃げ出した。
 逃げたいと言えば、誰もが手伝ってくれた。
 だが女性は行く先々で人を『魅了』してしまう為、その噂が広まり国の王様まで届いてしまう。
 この世に絶世の美女がいる。
 そう聞いた王様は、女性を連れて来させた。
 そして既に正妃も王太子もいるのに、全てを捨てて女性を正妃にしてしまった。
 元正妃も元王太子も、それは素晴らしい決断だと誉め称える。
 女性は疲れてしまった。
 愛されることに。
 一言何かを言うたびに、争ってまで叶えようとする人達に疲れていた女性は、滅多に口を開かなくなっていた。
 だがある日、言葉を吐き出す。
 
ーーーこんな平凡な女からスキルを無くしてください。ーーー

 人々はその願いを叶えようとした。
 そしてそんな特殊な力を持つ者がその願いを叶える。
 女性は平凡な普通の女性になった。
 目は小さく、少しふくよかで、どこにでもいる農家の女性だった。
 我に帰った人々は、騙されたと騒ぎ出し、国を傾けたと女性を糾弾した。
 女性は無言で笑った。
 そして女性は怒り狂った人々に殺されてしまった。



 『夢魔』というスキルを持った赤子が誕生した。
 商家の家で、可愛い揺籠に寝かせられた子供はスヤスヤと眠っていた。
 隣のベットには母親が寝ていたが、母親は眠るたびに悪夢を見るようになった。
 寝るのが怖い。そう言って寝なくなった母親は、数日もしないで衰弱し死んでしまった。
 屋敷に住む家族と使用人も、程度の差こそあれ悪夢を見るようになった。
 暗闇が襲い、怪物が来る。血が粘つく、異臭がする。最初は泣き叫び起きていた人達は、起きている時も幻覚を見るようになった。
 赤子が泣く中、父親も、兄弟も、使用人達も、何故か殺し合って死んでいく。
 気付いた近隣の者達によってこの騒ぎは抑えられたが、殆どの者が死んでしまった。
 家族の中で生き残ったのは赤子だけ。
 赤子は引き取られ行方は分からなくなった。生きているとも、死んでいるとも、それを気にする家族はもういない。



 エジエルジーン・ファバーリアは低く淡々と物語を語って聞かせた。
 そしてソフィアーネに問う。どちらがいいかと。

「……………『夢魔』よ。」

 質問の意図が分からず困惑するが、それに応えなければ簡単に首を刎ね飛ばされる気がする。そう思いソフィアーネは答えた。
 この状況ならばソフィアーネが選ぶのは『魅了』だ。人々を自分の思い通りに動かせるし、王族でさえしもべに出来るとあっては、『魅了』はソフィアーネが最も欲しいスキルだった。
 だが何故ここで比較して出したのが『夢魔』なのか。怖い夢を見させて人を狂い死させるスキルだ。
 ソフィアーネは迷いながらも『夢魔』にした。
 美味しい話の方には罠があるかもしれない。
 ただそれだけの理由で選んだ。
 『魅了』と『夢魔』を選んだところで何があるのかソフィアーネには分からない。

「いいだろう。では『夢魔』を。」

 ソフィアーネの前に立っていたエジエルジーンは、指にはめた黒い宝石の指輪をソフィアーネに向けた。指輪と黒い瞳が夜空のようにキラキラと輝いている。
 ソフィアーネには何が起こっているのか分からなかった。

「何がしたいの!?」

 苛立ち叫ぶが無視される。

「五日後に屋敷を解放しよう。それまで無事ならば恩赦を与えてもいい。」

 その言葉は周りで息を潜めて見守っていた元家臣達に放った言葉だ。
 エジエルジーンはそれだけ言い捨てて、ソフィアーネを立ち上がらせることもなく出て行ってしまった。
 ソフィアーネも捕縛された者達も、縄で縛られたままだ。
 年寄り達がソフィアーネに詰め寄りボブノーラ公爵は助けに来てくれるのかと聞いてくるが、そんなことソフィアーネだって分からない。父親はソフィアーネのことを道具としか思っていないのだから。


 ソフィアーネ達は助け合ってなんとか縄を解き屋敷から逃げようとした。しかし全ての扉が外から塞がれていた。
 この屋敷は不思議なことに一階と二階の窓という窓には鉄格子がついている。繊細な装飾が施された格子は、ガラス窓と同じように開閉可能に出来ているので、単なる防犯用と認識していたが、今はその全ての鉄格子が外から鎖で止められてしまっていた。
 屋敷から逃げられないように閉じ込められた。
 屋敷の中はもの抜けの空で、ソフィアーネ達以外全員外に出したようだった。
 五日間耐えればいい。
 そうすれば助かる可能性がある。
 食料も水も大きな屋敷である為、大量に保存されていた。これならば……。皆安堵した。
 
 そう、ソフィアーネ達は考えていた。








 屋敷から出てきたエジエルジーンは、屋敷の格子を全て閉じ、中から簡単に開けれないよう封じろと命じた。
 慌ただしく騎士達は走り回る。
 
「中の様子は?」

 ワトビが近付いてきてエジエルジーンに話し掛けた。

「五日間放置しろ。騎士達は抜け出す者がいないか見張りを。」

「……この屋敷、広いんですけど~?」

「誰も出ては来れない。三階から落ちてきた奴がいて、生きていたらまた中に戻せ。絶対に屋敷の中には入るな。」

 ワトビは了解でーすと礼をとった。
 

 エジエルジーンの本当の能力を知るのは、国王陛下とワトビくらいだ。
 ワトビが知ったのは隣国との戦時中、指輪と共に侯爵家を継いだエジエルジーンと共に戦っていた時だ。
 タチの悪い隊との戦闘になった。
 ミゼミの『隷属』とは違うが、『操り人形』というスキルを持った少女が、敵兵達に脅され泣きながらワトビを操ったのだ。
 エジエルジーンは操られ味方を襲おうとしたワトビを殴りつけ、少女の頭を掴んだ。まだ小さい少女の頭はエジエルジーンの手のひらの中にすっぽりと収まり、少女は驚いてバタバタと暴れたが、そんなこと気にする風もなくエジエルジーンは敵兵を切り捨てていった。
 少女は途中でぐったりとしていた。
 エジエルジーンの左手の中指に見慣れない黒い宝石の指輪がはめられていた。
 殴られて意識は朦朧としていたが、ワトビは一部始終を見ていた。
 敵兵達はエジエルジーンによって倒され、少女の『操り人形』で近寄れなかった味方の騎士達が慌てて駆け寄りワトビを介抱した。
 直ぐに目覚めた少女にはもうスキルがなかった。
 エジエルジーンはスキルを持っていなくても、高いスキル耐性を持っていると周知されている。だから操られたワトビを助ける為に、団長自ら飛び込んできた。エジエルジーンなら操られる心配がないから。
 だがエジエルジーンはファバーリア家当主の指輪をはめて少女の頭を掴んだ。
 エジエルジーンが何かしたのだとワトビは思い、黙っとけばよかったのに、ついつい尋ねてしまった。
 
 ファバーリア家当主には受け継がれる能力がある。スキルとは違う、名も無い力。ファバーリア家当主はスキルを身体の中に溜め込むことが出来た。しかしそれらスキルを一つも使うことは出来ない。
 だが指輪を使って他人に譲渡することは出来るらしい。
 かなり昔の当主が指輪を出口にすることで可能にしたらしく、それまでは溜め込まれているとは知っていても、使い道もない力だったのを他人に譲渡出来るようになった。数代前までは家臣にスキルを与えたり、当主の影を立ててスキルを使わせたりしていたが、元々スキルの無い人間には過ぎた力だった。制御出来ない者が殆どなのだ。結局危険なスキルを誰かに譲渡することは無くなり、今はほぼ放置されているのだという。
 黒い宝石の指輪は当主の証という意味合いにしかなっていなかった。
 その力を知っていた国王陛下は、産まれながらに禁忌に値するスキルを持つ者が現れた時、ファバーリア家当主を呼んでスキルを奪わせていた。
 だから王家はファバーリア家に侯爵位と広大な領地を与え、時々王家に繋ぎ止めておく目的で王族を降嫁させたりしていた。

 という話をワトビは聞くハメになった。
 知らなくてよかった。
 ワトビは問答無用でエジエルジーン・ファバーリアと従者契約するハメに………。
 何で?って聞いたら、欲がないのによく働くから、と言われた。当たり前のように。
 だからワトビはエジエルジーンが騎士団を辞めた時は、ワトビも辞めてついて行く運命だった。
 俺、可哀想。
 実家の家族は大出世だと大喜びしてたけど。


「五日後に戻ってくる。」

「どちらに?」

「ユンネのところだ。イーエリデ男爵領に行ってくる。何か異変があれば直ぐに伝令を。」

「了解です。」

「ワトビ。」

「はい?」

「五日後が楽しみだな。」

 俺はあんまり楽しみじゃないなぁ。

「簡単に首を刎ねた方が早いんじゃありません?」

「……………あの子が心配していたんだ。私が滅多切りにしないかと。」

 はぁ、なるほど?変な心配だな。でもその所為でこんな回りくどい処罰にしたのか。これはこれで酷い有様になりそうな予感しかしないけど。
 エジエルジーンは手綱を引き馬首を方向転換させた。

「行ってらっしゃいませ~~。」

 ワトビは気の抜けた返事で送り出した。
 人使いは荒いが、礼儀にうるさくないところが団長のいいところだ。
 色々とやっていたら既に明け方近いのに、元気に馬で走り去った上司を、ワトビは見送った。

「いいなぁ。俺も可愛いお嫁さん欲しいっ。」

 ワトビはやれやれと部下達の方に向かった。








 夜も更け適当にある物を食べたソフィアーネ達は、思い思いの部屋を見繕って寝ていた。
 ソフィアーネは勿論自分が使っていた侯爵夫人の部屋に戻っていた。
 ぐっすりと眠り、お腹が空いてベルを鳴らすが、使用人が誰一人いないことを思い出す。
 仕方なく部屋を出ると、一緒に捕まった老人が、階下でへたり込んでいた。
 
「何をしているの?」

 ソフィアーネはここにいる全ての人間は自分より下だと思っている。実際そうなのだが、今や全員同じ罪人である為、そんな上下関係など本当は関係ない。
 しかしここにいる人間達はソフィアーネの実家が助けてくれるという淡い期待を持っている。

「ゆ、…夢を、酷い悪夢が襲ってくるのです!」

 ガタガタと震えて立ちあがろうとしない。
 ソフィアーネはぐっすりと寝て悪夢なんか見なかった。
 会う人間全てが悪夢を見たという。
 それは怪物であったり、悪魔であったり、昔罠に嵌めた人間だったり。
 眠れなかったからと寝直すと、今度はもっと酷い夢を見るという。
 火で炙られたり、水で溺死しそうになったり。起きた時も汗だくで飛び起きる。
 
「ソフィアーネ様は、見ないのですか?まさか……、本当にファバーリア当主はソフィアーネ様にスキルを?」

 皆あの場にいた。
 何を話しているのかも、息を潜めて聞いていた。
 猜疑心は現実に変わる。

「ち、違うわ……。私じゃない……っ!」

 人は眠らないと精神を病む。
 ソフィアーネは広い屋敷の中を逃げ惑った。








しおりを挟む
感想 699

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...