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48 選択の時
しおりを挟む慌てて席を立つ者、座って慄く者、悠然と構える者。
それぞれが様々な反応を見せる中、エジエルジーンは真っ直ぐ奥へ向かった。
ソフィアーネはゆっくりと立ち上がり優雅にカーテシーを披露した。
結えた銀の髪が背後の窓から入る陽光で煌めき、各家の主達が惚れ惚れと見守る中、エジエルジーンは無表情に立ち止まった。
ソフィアーネの青い瞳はエジエルジーンを真っ直ぐに見ていた。淑女の微笑みを浮かべ、社交界でも完璧と言われていた礼法をとる姿は、とてもファバーリア侯爵家を乗っ取ろうとした女には見えない。
「エジエルジーン・ファバーリア侯爵にご挨拶申し上げます。」
ソフィアーネの挨拶には目もくれず、エジエルジーンは一番奥の当主の椅子に座った。先程ソフィアーネが座っていた椅子だ。
「ワトビ、罪人を捕まえろ。」
「はっ!」
ワトビの命令で一緒に入ってきた騎士二人がソフィアーネを両側から拘束した。他の者達も逃げ出さないよう、入室してきた騎士達がグルリと取り囲む。
「……………っ!エジエルジーン!この者達を外させてちょうだい!!」
「いくら当主とはいえ、ボブノーラ公爵令嬢に対して不敬ですぞっ!」
「お前達すぐに去れ!!」
ソフィアーネの非難に幾人かが足並み揃えて騎士達を追い出そうと叫び出した。
エジエルジーンはゆっくりと足を組みソフィアーネと叫んだ者達を睥睨した。
一瞬で皆黙り込む。
「………………まず、お前達に発言の資格はない。」
次々と騎士達が指定された当主達をソフィアーネの下に集めて拘束していく。その中にはヒュウゼの父親も混ざっていた。
それをエジエルジーンはチラリと見て確認する。
「ソフィアーネ・ボブノーラには捕縛許可が降りている。同時に今王都ではルキルエル・カルストルヴィン王太子殿下によりボブノーラ公爵も捕縛されている。罪状は国家反逆罪だ。」
ザワリと皆どよめく。
「そんなっ!私の父が国に謀反を働くなどあり得ません!」
ソフィアーネは涙を浮かべて訴えた。
その姿だけ見れば儚くも見える美しい女性だ。
エジエルジーンは肘掛けに肘を置き、顎に指を添えて見下した。誰もがこの美しい当主に見惚れる中、ソフィアーネと共に捕縛された者達は震え出した。
前当主を思い出したのだ。
同じように美しい顔で当たり前のように離反者の首を刎ねた姿を。
ファバーリア侯爵家の家門は人数も多く一枚岩とは言い難い。それをまとめ上げる当主にはそれなりの能力と威厳が必要となる。
ファバーリア家の者は基本は領民に優しく素晴らしい統治を見せるが、歯向かう者には容赦がない人間ばかりだった。
何故それを忘れていたのかと震え上がるが、既に色々やり尽くしている者達ばかりなので後悔しても遅い。
若き当主が戦争に行っている間に主権を握れると唆された者ばかりだった。
変わらぬ忠誠を誓い弾き返した者達は与えられた業務を遂行したが、欲に駆られた者達はソフィアーネに追随した。
「お、お助けを………っ!」
「恩赦をっ!我々は騙されたのですっ!」
次々に喚き許しを請いだした周囲に、ソフィアーネは怒りに顔を歪めた。
「なっ……っ!お前達!!」
ワトビはそんな彼等を哀れに思いながら見下ろしていた。エジエルジーンがそんな優しい性格をしていないことを知っているからだ。
エジエルジーンは仕事と私事がガラリと真逆な人間だ。
領地経営と家門の統治は仕事と割り切っているエジエルジーンに、恩赦も同情も一切発生しない。
今回の違いは簡単に首を刎ねるだけで終わらせるつもりがないということだけだ。
「お前達の処罰を決める権利は私にある。」
エジエルジーンが口を開くと、それまで騒がしかった室内が一気に静まり返る。
声に力があるのだ。自分の息遣いでさえ息を潜めて邪魔してはならないと、感じさせる威圧がある。
「たが、残念ながらソフィアーネ・ボブノーラ公爵令嬢だけは王家の令状がある為ここでは裁けない。なので、ソフィアーネ以外の他の者達をここで裁くとしよう。」
捕縛された家門の各当主達は息を詰め青褪めた。
当の本人を前にして、初めて誰を敵に回したのか理解しだした。
「折角だからソフィアーネにも手伝ってもらおう。」
エジエルジーンが立ち上がった。
ワトビには自分の上司が何をするつもりか理解している。これは陛下以外の王族ですら知らないエジエルジーンの能力だ。王太子殿下もまだ知らない。
「私に、何を……!?」
ソフィアーネにとってエジエルジーンは幼い頃から知るどこか頼りない従兄弟だった。年は二つ年上で、頼めばなんでもやってくれる都合のいい兄。
落ちぶれ気味のボブノーラ公爵家にいるよりも裕福な侯爵家は、ソフィアーネにとって都合のいい家だった。
ただ一つ、ソフィアーネにとって理想でないのは、ファバーリア侯爵家にスキルを持つ者が一人もいないことだった。むしろスキルがあろうとなかろうと関係のない素振りすらある。
ソフィアーネが育つボブノーラ公爵家は常にスキルを求めていた。ソフィアーネがスキルを持たずに産まれたことを、ソフィアーネ自身に八つ当たりするのも当たり前だった。
なのにスキルを持たないファバーリア侯爵家に嫁げという。スキルを持たないエジエルジーンと子供を儲けても、スキル無ししか産まれない。
自分達はスキルを持たないソフィアーネを産み落としておいて、それを全てソフィアーネの所為にしたばかりか、お前は関係ない人間だとばかりにスキル無しに嫁がせるのだ。
だからソフィアーネは自分でスキルを持つ貴族の元へ嫁ごうと思った。自分で新たな婚約者を探そうとした。そして見つけて恋人と約束したのに裏切られたのだ。
ボブノーラ公爵からは叱責され、暫く謹慎するよう言い付けられた。
ファバーリア侯爵に謝罪して、婚約者に戻れと言われた。今までの繋がりを考えれば、ファバーリア侯爵も許してくれるだろうと。
だがエジエルジーンは直ぐに違う人間と婚姻を結んでしまった。
しかもスキルを持った人間と!
自分は無様に恋人に捨てられて、父からはもうスキル無しでもどこか適当な貴族に売られるように結婚しろと言われるのに、エジエルジーンは知らん顔でスキルを持つ者と結婚してしまった。
私はこんなに苦しんでるのに。
幼少期から父に冷たくされ続けながら育ち、当たり前のようにファバーリア侯爵家に逃げ込んで育ってきた。
エジエルジーンも、前当主も、ソフィアーネの辛さを理解して匿ってくれていると思っていたのに、エジエルジーンも婚約者でなくなった途端に捨てるの!?
自分だってスキルを持たない者のくせに、一人だけ幸せになろうと言うのだろうか?
ソフィアーネは信じていたエジエルジーンから裏切られた気分だった。
だからファバーリア侯爵家を乗っ取ろうと思った。
最初は単なる家庭教師の契約書をそれっぽく持って、誰にも表を見せずに自分が当主代理だと言った。
ソフィアーネの公爵令嬢という立場のおかげで誰も契約書を改めようとする人間がいなかった。
ソフィアーネが強く出れば誰も逆らえない。
それでも疑問視していた人間は全て片付けていった。
ソフィアーネがファバーリア侯爵本邸の実権を握ったと知ったボブノーラ公爵が手を貸してくれた。
この家なら余る程のお金がある。
甘言に釣られて寝返る離反者が増えていった。
エジエルジーンが帰ってくる前に、ユンネ・ファバーリアと離婚させ、大多数の家臣の合意を得てエジエルジーンの妻になればいいと思った。
エジエルジーンにスキルが無いのはもうどうしようもないが、そこらへんの小さな弱小貴族に嫁ぐよりはいい。
今日家臣達の票を集めてエジエルジーンに突きつければ、流石の彼も家臣達を宥める為に合意すると思った。
そうすれば自分は侯爵夫人となり、侯爵家を乗っ取ろうとした事実も、侯爵家の財産を使った事実も無かったことになる。
父親ともそう話し合った。お金に困窮しているボブノーラ公爵家を金銭的に支えれば、今まで蔑ろにしてきた父親もソフィアーネを見直すだろうと思ったのに!
なかなか離婚する気にならないエジエルジーンにも、なかなか死なないユンネ・ファバーリアも、思い通りにならない。
黒銀騎士団がやってきてソフィアーネ達を閉じ込めるし、何故かもう本邸にエジエルジーンが帰ってきてしまった!
エジエルジーンは目に憎悪を浮かべるソフィアーネを見下ろした。
小さな頃から知っている。
本当に、なんでも理解していたが、後先考えず身を滅ぼす行為をこうも平然とやる程、頭が悪いとは思っていなかった。
エジエルジーンにとってソフィアーネは可哀想な子ではあった。
従姉妹だし元婚約者。
この屋敷に迎え入れ、仕事を与えたのは慈悲だった。
「………私も甘いな。仕事と割り切り情をかけるべき人間ではなかった。」
エジエルジーンは首から鎖を取り出した。
チェーンを外し、下がっていた指輪を取って、左手の中指にはめる。
黒色の宝石がはまった指輪だった。
ワトビは部下と今回捕縛されなかった家臣達を連れて会議室を後にする。
ここにいては巻き込まれると知っているので、エジエルジーンが立ち上がった時には指示を出し出てしまった。
「ソフィアーネには選ばせてやろう。『魅了』と『夢魔』、貰うとするならばどちらのスキルが欲しいか?」
突然尋ねられた内容に、ソフィアーネは怪訝な顔をした。
「なに……?」
「欲しかったのだろう?スキルが。」
エジエルジーンはボブノーラ公爵家の内情を理解していた。ソフィアーネがスキルが無いことで親からの愛情を受けとれなかったことも、その根本的な問題となったスキルを憎む気持ちと求める気持ちが混同していることも。
だからソフィアーネに似合うスキルを与えよう。
さあ、どちらがいい?
エジエルジーンの黒い瞳が、底のない暗闇となってソフィアーネを捕らえていた。
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