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47 ファバーリア侯爵領へ
しおりを挟む次の日の午後、俺達は予定通りファバーリア侯爵領へ主発する為、王宮内の広場に集まっていた。
何故かというと、ルキルエル王太子殿下の『絶海』で領地まで送ってもらう為だった。
送ってやる代わりに執務をこなせと言う無茶振りに、渋々従った結果だ。
ついでにソフィアーネの父親、ボブノーラ公爵もどうにかしてやると言われてファバーリア侯爵も折れたらしい。王家の勅命があるのとないのでは効力がかなり違うので、そこはあった方が良かったようだ。
俺とファバーリア侯爵が馬車から広場に降り立つと、足音と共にガバリと抱き付く存在がいた。
「ううっ、元気なってるっ、元気なってりゅ~~~!」
泣きすぎて滑舌が悪くなったミゼミだった。
「へ?うん?ミゼミ?」
瞼が腫れて顔がパンパンになっていた。げっそり顔なのに浮腫んでいるので心配だ。
その後ろでは、本当にげっそりとしたアジュソー団長がついて来ていた。
「はぁ、良かった。今日また大泣きならもうどうしようもなかったところだよ。」
何があったんだろう?
「本当、良かったです。黒銀団長様のところで落ち着いたんですね。」
ラビノアも見送りに来ていた。
でもミゼミもラビノアもなにやら軽装だ。ラビノアはいつも長い裾のドレスを着ているのに、今日は膝下程度の動きやすいものにブーツ姿。本当に性別男かと不思議になるくらい似合っている。
と言うか疲れた顔のアジュソー団長も王宮で着ている騎士服ではなく、私服に着替えている。
「うん、おかげさまで………。皆んなもどこか行くの?」
「そう、お前について行くと言って聞かない二人のお守りで僕まで……。」
アジュソー団長が疲れた顔でラビノアとミゼミの代わりに教えてくれた。
俺についてくる?
「でも俺達の目的は………。アジュソー団長は兎も角二人は危なくないですか?」
王家の勅命があるとはいえ、何が起こるか分からない。
俺達が固まって話しているとルキルエル王太子殿下が近付いてきた。
「危ないからお前達にはイーエリデ男爵領に行ってもらおうか。」
「ええっ!?なんでぇ!?」
「そんなっ!」
殿下は俺たちについてこようとしたラビノア達の行き先を、ノルゼがいる男爵領に変更して行けと言ってきた。ラビノアとミゼミが声を揃えて文句を言う。
「俺がそこまで『絶海』で送ってやる。それにソマルデの行き先はそっちだぞ。」
「ゔ、そんな………!でも、でも!」
ラビノアが苦悩していた。俺が心配だけどソマルデさんの側にもいたいんだろうな。
「やっ、いえいえ、私はユンネ君にぃ!」
「あ、はいはい、ソマルデさんの方に行って?そんで俺の子が無事か確認してよ。俺もファバーリア領地の方が済んだら直ぐ行くから。」
なんか苦悩してるからソマルデさんの方に行ってもらおう。
ソマルデさんがちょっと渋い顔したけど。
こんな可愛い年下に好き好き言われるの嫌なんだなぁ。
ラビノアを見守っていたら、顔の横に気配を感じた。
「皆んな男爵領に行くならユンネも一緒に行ったらどうだ?」
「うひゃあっ!」
俺の後ろで静かに静観していたファバーリア侯爵が、スッと腰を屈めて俺に囁いてきた。本人的には囁いたつもりはないんだろうけど、耳元で言われた俺は叫んでしまった。
ファバーリア侯爵はびっくりした顔をしている。
「……ぅぉ、す、すみません…。でも俺も当事者ですし、一応夫人だし……。」
「子供が心配だろう?君を助けてくれた友人も崖の上から落ちたのなら酷く怪我をしたんじゃないか?早く行って様子を見るといい。ルクレー子息とミゼミ殿もいることだし、一緒に行ったらどうだ?」
そういわれてしまうと、ノルゼが心配な気持ちを必死に抑えているのにグラグラと揺れてしまうじゃないか。
ファバーリア侯爵は俺を安心させるように微笑んでいる。
今のファバーリア侯爵なら大丈夫……、だよね。
俺の心配なんて余計なお世話な気もするし。
ソフィアーネが捕まるところを見たいかと言われると、別に見たくはないのが本音だ。
俺が心配なのはファバーリア侯爵が闇堕ちすることだけだ。でも俺生きてるしね。
「お屋敷でいきなり滅多切りとか、しないですよね……?」
恐る恐る尋ねる。
ファバーリア侯爵が可笑しそうに笑った。
「いや、ソフィアーネは王都に連れ帰る必要があるからそんなことしない。」
それもそうか。なら、大丈夫かな?
「…………えと、じゃあ、お言葉に甘えて。」
「ああ、そうするといい。終わったら迎えに行くから。男爵領はそう遠くないから直ぐにつけると思う。」
ファバーリア侯爵はにっこりと笑ってくれた。
その笑顔をホケッと見上げてしまう。こういう風に笑うのって珍しいな。満面の笑顔の破壊力がヤバい。
そのやりとりをソマルデさんがジッ見ていたし、なんならルキルエル王太子殿下とアジュソー団長も半眼になって見ていたのがよく分からないけど。
「ソマルデ、ユンネ達をよろしく頼む。」
ファバーリア侯爵から頼まれたソマルデさんは「勿論です。」と頷いた。
手を振って消えていくユンネ達をスキルで送って、ルキルエルはエジエルジーンの方を向いた。
イーエリデ男爵領は国内だし着くまでそう時間はかからないだろう。
ユンネをイーエリデ男爵領の方へ行かせたいと言ったのはエジエルジーンだった。ソマルデの調査は時間がない為簡単な物になったが、ユンネの友人の現状が書かれていた。
後から知れば悲しむし、ラビノア達が一緒に来たがっているのなら纏めて全員そちらに行くのが最善だろうということだった。
「お前の満面の笑顔なんて久しぶりに見たぞ。」
揶揄いまじりにエジエルジーンへ野次を飛ばしてみたが、先程までユンネに向けていた笑顔はスッと消えていた。
黒銀騎士団長は基本無表情なのだが、妻の前ではその表情も柔らかくなるらしい。
「殿下、私もお願いします。」
「まあ、そう急かすな。どうせなら集まってからの方がいいんだろう?」
ファバーリア領本邸では、今日の午後から一族が集まり議会を開く予定になっていた。
しかも当主不在で行うという。
今までは戦時後も他国や自国内をあちこち飛び回るルキルエルに合わせて、自領は一族に任せきりになり、最終的な判断だけをやることが多かったが、今後は参加する旨を通達していたにも関わらず勝手に開催するつもりらしい。
黒銀騎士団副官ワトビから連絡が入り知ったが、その事にエジエルジーンの中で怒りが湧いている。
ルキルエルはユンネ・ファバーリアの過去の話を報告書としてエジエルジーンから提出してもらっていた。
本来は個人的なことなのでエジエルジーンも渋い顔をしたが、ボブノーラ公爵家を追い詰めるためにも情報を集めなければならなかった。
予想通りファバーリア侯爵家の家門の一部が離反しようとしている。
ファバーリア侯爵家は古参貴族だ。歴史は古く一族が持つ力も巨大だ。
それを纏めるのがファバーリア家だが、エジエルジーンはこれを機に一掃しようと考えている。
反逆者は一族郎党斬首だ。
だが数が多い。
「捕まえる許可は出したが、どうするつもりだ?」
エジエルジーンの宙を眺めていた漆黒の瞳が、ルキルエルに向けられる。
笑っていないのに、目だけが笑みの形に作られた。
ワトビは任せたぞと丸投げされてファバーリア領地にやってきていた。
お家騒動とはいえファバーリア侯爵は黒銀騎士団長だ。上司が領地で失墜するなんてとんでもない話だ。なので今回事態の収束に向けて騎士団の派遣が認められた。
ワトビの上司が失墜するような人間でもないとは思うけど。
本日は午後から本邸にある一番広い会議室に、一族当主達が集まっていた。
エジエルジーンに従う者もいれば、離反しようとする者もいる。
およそ半々。
ワトビは離反者の洗い出しの為に走り回った。エジエルジーンは一族の当主なので問答無用で首を刎ねることも出来るだろうが、なるべく領民に証拠を見せて反逆者の処罰を正当化してみせたいと言われ、その証拠集めの為に奔走した。
エジエルジーンのいつにない良識的な姿にワトビは驚いたが、どうやら妻の為にやるらしい。
黒銀騎士団長は戦争に出ると噂どうりの氷の騎士団長様なのだ。
容赦がない。
敵なら慈悲を求め白旗を振っても、利用価値がないお荷物と判断するばアッサリと殺す。
てっきり一族家門の人間とはいえ離反する者は首を刎ねるかと思ったのに、珍しく慎重なのだ。
でもコイツら絶対ただでは済まないだろうなぁ。
絶対に逃すなと厳命されている。
会議室には一族の者しか入れないと入室を断られたので、ワトビは扉の前の廊下で待機していた。
全員欠席なく入ったので、後は団長が来るだけである。
数分もしないうちに扉の反対側の壁が波打つのを感じた。ゆらゆらと揺れて壁紙の模様が歪む。
ワトビの上官、エジエルジーンが一人出てきた。
「あれ?お一人ですか?」
エジエルジーンの妻ユンネとそのお付きなのかなんなのか分からないソマルデも来ると聞いていたのに、出てきたのはエジエルジーンのみだった。
「少し予定外ができて別の場所に向かった。」
「ふーん、了解です。でもその方が良かったでしょうね。」
ワトビは和やかに頷いた。何もキツイ場面を態々見る必要はないと思うからだ。
あの老騎士なら兎も角、優し気なユンネには可哀想だ。戦闘は強くとも必要のない殺生はしたがらないだろう。
「全員揃っているか?」
「はい。例のお嬢さんも何故かいそうですよ。」
「この会議室は奥に通路が繋がっている。」
ソフィアーネは昔からこの本邸に遊びに来ていたので、通路を知っているのだろう。会議室につながる通路は特に秘密でもなんでもないのでソフィアーネが知っていてもおかしくはない。
「行くぞ。」
エジエルジーンは会議室の両扉を勢いよく開いた。
中にいた各家の当主達が一斉に振り向く。
その奥にはとても部屋に監禁されていたとは思えない着飾ったソフィアーネが悠然と椅子に座っていた。
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