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46 優しい人
しおりを挟むガラガラと落ちて行くドゥノー。
腕の中には布で隠すように抱き込んだ俺のノルゼ。
「ドゥノーーーーっ!ノルゼーーーーーっっ!!」
まだ王都へは後半分というところで俺達はヒュウゼに見つかった。
「まさかドゥノーと子供作ってたなんてな。男爵家も監視してたのにどこに隠れてたんだ?」
斬りつけられたドゥノーは崖の下に落ちていった。
そんなっ!
そんなっっっ!!!
ガンっと衝撃が走る。
背後から殴られて、俺の意識は薄らいでいった。
「おいっ!怪我をさせるな!」
近くでヒュウゼの怒鳴り声が聞こえるけど、そんな事どうでも良かった。
俺も一緒に落ちて…………、ノルゼ、ドゥ……ノー………………。
谷底へ伸ばした手を取られてしまう。
落ちようと傾けた身体は引き上げられ、俺の視界は暗くなっていった。
なんでいつも思うようにいかないのか。
なんでいつも悪い方にばかりいくんだ。
薄らいでいく意識の中、ヒュウゼに抱き締められたことを理解したが、その生温かさに吐き気がした。
触るな!
………………もう、触らないで………。
目が覚めると俺はナリュヘ家の屋敷にいた。
部屋の中は立派だったけど、窓には鉄格子と外から鍵のかかった扉。
「ユンネは隠れるのが上手だね。ずっと探したんだよ。外に出れば家門の奴らが殺しにくるからここにいるんだ。」
きっと家門の中でも様々な思惑が動いているんだろう。
俺はほぼ一年間学校に通っていなかったにも関わらず、何故か卒業資格を持っていた。
ヒュウゼが言うには俺に卒業したという実績があった方がヒュウゼと結婚しやすいらしい。
ヒュウゼは平民としてのユネを求めている。
俺の意見は全く無視だ。
一年ぶりに学校に出てきた俺に、皆んな不審な顔をしている。
そりゃそうだろう。普通なら退学かよくて休学扱いの復学だ。
学校の制服を着て卒業証書とバッチを受け取り、俺は卒業してしまった。ちっとも嬉しくない。
「ユンネ、一応ファバーリア侯爵家に挨拶に行くことになってるから。」
式の終了後ヒュウゼが話し掛けてきた。
「………………なんで?」
「ソフィアーネ様からユンネの離婚も近々成立するだろうから、いつでも血判が押せるように屋敷に滞在していて欲しいらしい。血判押すまでは生きている必要があるから大丈夫。その代わり離婚の血判押す日は俺も参席するから。」
俺の返事なんていらないのだろう。
有無を言わさず馬車に乗せられた。
「離婚が済むまでは大人しくいるんだ。下手に騒いで他の家門の奴らに騒がれても困るから。いいかい?」
俺は適当に頷いた。
「あまり喋ってくれないね。早く二人で一緒に暮らしたい。」
ゾワリとする。
二人で?
「………………はっ、一緒に?」
「そうだよ。ドゥノーなんかよりも幸せにするからね。」
心が無になる。
あの日から落ちていくドゥノーの姿が焼き付いている。腕に抱かれたノルゼがどうなったのか、頭から離れない。
「…………ヒュウゼは赤ちゃんの顔を見た?」
「子供の?いや、見てないよ。見たくなかったし。」
ふ、ふふふ、はは。見れば一発で分かっただろうに。お前の子だって。
ここで言ったらショックを受けるのかな?こいつ。
それとも、平気かもしれない。
俺はヒュウゼを見たくなくて窓の外を見た。
ノルゼはヒュウゼに似ていた。顔は俺に似ていたけど、髪の色と瞳の色がそっくりだったのだ。
ヒュウゼを見れば思い出して悲しくなる。
あの高さから落ちて生きているとは思えなかった。
ヒュウゼは落ちたドゥノーを見捨てて帰ってきている。
絶望的だった。
こんなやつが父親でも、俺はノルゼのことを愛していた。
ドゥノーはこの世界に来て、一番の友達だった。
こいつは俺の幸せを奪った………!
俺はノルゼのことをヒュウゼには言わない。
ノルゼが例え死んでいるとしても、あの子にこんな碌でもない父親がいたなんて事実消してしまいたい。だから、ヒュウゼには言わない。誰も知らなくていい。
俺の小さな幸せだったノルゼは、俺だけの子供であればいい………。
ヒュウゼはソフィアーネに対して、俺に子供がいることを言わなかった。
その証拠となる子供を崖下に落としてしてしまったからだ。まだ直ぐに崖下から死体を持ち帰れば良かったのだろうが、それすらして来なかった。
立場的に指摘されて悪印象を与えることを避けたいようだった。
「必ず迎えにくるから待ってて。」
そう言い残し去っていった。
待つつもりなんてない。
「…………お望み通り学校を卒業できたようで何よりだわ。今後はまた離れで大人しくしていてちょうだい。ちょうどいい引取り手も見つかったようだし。」
「………………。」
ヒュウゼのことを言っているのだろう。
俺は自分の少ない荷物を持って、昔使っていた離れに移り住んだ。
学校の制服から着替えもせずに、円月輪を取り出し机に並べる。
刺客に備えて準備していた武器だけど、結局これを使ったのはイーエリデ男爵領で食糧となる狩をした時だけだった。
だから取手の部分の細工の中身は空っぽだ。
夜になり、屋敷の武器庫に忍び込んで火薬と毒草を盗んでくる。
「量が分からないな………。」
仕掛けの仕組みはドゥノーが考えてくれたけど、分量は使いながら調整していくつもりだった。
「ま、いいや。いっぱい入れとこう。」
軽く考える。
どうせ皆んな死ぬんだから、目一杯入れてしまおう。
死んじゃえばいいんだよ。
元凶がいなくなれば、もう俺は苦しまない。
ファバーリア侯爵も煩わしい奴等がいなくなれば、悪妻の噂に惑わされることも、それを知らなかったと苦しむことも、もしくは騙されたままでいることもなくなるよね。
ここは漫画の世界だけど、俺はちゃんと生きて考えているのに、話は決められた通りに進んでいく。
ただ対して語られていなかった部分の内容が変わっただけだ。
離れにずっといたのが、騎士学校にいたというだけ。
少しずつ変えていけば、未来は変わって行くだろうと思ったのに、なんにも変わらない。
悪妻は悪妻のままだった。
俺は無駄に足掻いて身体と心を傷付けて、やっぱりここに戻ってきただけだった。
ソフィアーネが離婚届を持ってきて、血判を押せというのを待つつもりはない。
最後の足掻きだよ。
全部、全部、失くしてしまおう。
俺は真っ赤に染まる夕焼けの中、アーチ上のベランダに腰掛けた。
ここに来て数日経ったような気がするけど、よく覚えていない。
騎士学校の制服のまま、寝食も忘れて考え込んでいた。
円月輪は用意した。
後は実行に移すだけ。
だけどそれはソマルデさんに止められてしまった。
ちゃんと法で裁いて明らかにしないと、侯爵夫人が大量虐殺をしたということになり、ファバーリア侯爵家の評判が落ちてしまうと言われた。
それもそうか……………。
冷静さを失ってファバーリア侯爵に迷惑をかけるところだった。
望んだことではないけど、不貞を働いてしまったから、少しでも侯爵に何か償いたかったのに。
初恋は特別だと思うけど、初恋も何も俺は好きな人がその後いたためしがないので、俺の恋はファバーリア侯爵で全てだ。
嫌われるのはやっぱり嫌だし、印象悪いまま死ぬのは悲しいかもしれない。
ソマルデさんは一緒に王都に行こうと言ってくれたけど、俺は死ぬつもりだったから毒を飲んでしまった。
円月輪に入れた毒と同じ物だ。
内臓が焼けるように痛い。
痛いけど、心の傷に比べればなんてこと無かった。
だから意外と平気だ。
平気だったけど、残念ながら毒は効いているので、ソマルデさんの前で倒れてしまった。
ああ、ままならない。
でもここで俺が死んだら、続編で侯爵と会うこともないし、侯爵が闇堕ちすることもない。
ユンネに情を持たないのだから。
それだけは………、救いかもね。
死の淵に立たされながら、ソマルデさんの献身的な看病を感じていた。
なんでこの人こんなに一生懸命なんだろう?
俺は必要ない人間だよ。
ファバーリア侯爵の悪妻だ。
離婚されて、素性を伏せてファバーリア侯爵に会って、殺されて、優しい侯爵を闇堕ちさせちゃうんだよ。
なんも良いところがない役回りだ。
どうにかしようなんて思うからいけなかったんだ。
もう手の打ちようがないよ。
何が起きても自分の力で解決しようと頑張っていたけど、命を捨てても良いと思うくらい力尽きてしまったよ。
誰にも言えないじゃないか。
ここが物語の中だなんて。
汗を流しながら駆けずり回る人を見る。
目が開いているわけではない。なんとなく感じる感覚だ。
この人は一生懸命俺を生かそうとしている。
名前を呼んで、死なないでと言ってくれている。
…………もう一度だけ、頑張ってみよう。
今度は何も知らない俺で。
ノルゼとドゥノーの死は、とてもじゃないけど乗り越えられる気がしないから、何も知らない俺の頃にまで戻って、この世界を生きてみよう。
それで立ち上がれるなら、頑張ってみよう。
俺はこの漫画『女装メイドは運命を選ぶ』を面白いと思いながら読んでいた頃まで記憶を封じた。
まだ主人公ラビノアの青い瞳がウルウルとしている絵に興奮していた頃だ。
あの頃の俺ならきっと…………。
きっと、この世界を、素晴らしいものに感じる…………………。
話し終えた俺は自分の話が伝わっただろうかと不安に思いながら侯爵を見上げだ。
前世の話とか漫画の話とか入れないよう話すつもりでいたけど、ところどころ入ってしまっていたと思う。
自分でもどこまで話せばいいのか分からなかったのだ。
黒い瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。
この人はいつもこうやって見てくるなと思う。
迷いなく正直だ。
長く逞しい腕が伸びてきて、優しく俺を抱き締めてくれた。
ヒュウゼとは違う、労わるような柔らかい抱き締め方に、俺は思わず侯爵の胸に額をつけてしまう。
暖かいと思う。
優しさが暖かい。
背中を摩る力も少し強めなのに全然嫌じゃなかった。自然と口角が上がってしまう。
「…………もう、死を選んでしまわないように、私を頼って欲しい。君がこんなに苦しんでいたなんて、私は自分が不甲斐ない。」
震える声が頭の上から聞こえ、俺は慌てて見上げた。直ぐ側に一目惚れした顔があって、ふぐっと息を止める。
「………そこは、侯爵の所為とか思ってないし、そんな自分を責めないで下さい。」
なんとかそれだけ言うと、サラサラとシルバーアッシュの髪を振って違うと言った。
「私はユンネの夫だ。これからもずっとそのつもりだ。妻の幸せを守れもしないくせに、騎士団長なんて烏滸がましい。」
侯爵って思い込んだら深みにハマる人なのかな?
どうしよう。
とりあえず話を戻して、子供の父親を明かしたので、それでも引き取りたいか聞いてみよう。
「あ、あのっ……。それでですね、俺はノルゼが死んでしまったと思い込んでいたわけなんですけど、生きていたようなんです。友達のドゥノーが怪我を負ったけど二人とも無事だったらしくて。」
ドゥノーのスキル『風の便り』はお互いが認識しあっていないと発現しない。俺が記憶を封じ込めた所為で今まで届かずに、どうやら何度も送っていたらしい。
「無事で良かったな。」
微笑んでそう言うファバーリア侯爵の笑顔は、俺の目には眩しい。
ぱあぁと輝くものだから、何を聞くつもりだったか忘れそうになる。
「…………っは!輝きすぎて意識飛ぶところでした。」
「ん?」
「いえ、それでですね、ノルゼの父親はヒュウゼ・ナリュヘなんです。…………それでも、」
「それでも構わない。君の子だ。さっきの話しでも言ってたじゃないか。君だけの子だと。後のことは任せて欲しい。」
俺はずっと抱き締められて背中を撫でられていた。
近くにはモロに好みの顔もある。
どうしよう、この人優しすぎて気絶しそうかも。
どうしよう、どうしようと頭の中でぐるぐると思考していたら、ソマルデさんが扉をノックして入ってきた。
「さぁ、ミルクティーをお持ちしましたので飲んだらお休みくださいませ。」
「…………ソマルデ…………。」
ファバーリア侯爵がさっきまで微笑んでいた顔を少し顰めたけど、ソマルデさんによって連れられて行ってしまった。
扉を出ながら「もう少し一緒に…。」と文句を言う侯爵と、「何事も引き際というものがあります。」と言うソマルデさんの会話が廊下の向こう側に消えていき、可笑しくなって吹き出した。
久しぶりに心から笑った。
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