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42 ユンネの過去

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 十三歳でファバーリア侯爵家に嫁いできて、案の定ボロい離れの屋敷に俺は詰め込まれた。
 知っていたのでショックは少なかったけど、ソフィアーネにムカつきながらも使用する部屋だけは片付けていく。
 全く使われていない屋敷は埃だらけだった。
 寝る部屋だけでも気持ち良くしたいと丁寧に片付けた。大きな窓を開け放てば立派な広いベランダがある部屋だ。主賓室だろうと思う。どうせ誰もないんだから、俺が使ってもバチは当たらないだろう。

「本邸が見えるんだ?」

 本来ならユンネがいるべき場所。
 でも漫画のシナリオ通りに俺はここにいる。
 どうやって話を変えれば俺は生き残れるだろうか。家の為に嫁いでは来たけど、ここからは一人で頑張らなければならない。十八歳が過ぎて一方的に離婚され殺されるのなんて真っ平ごめんだ。

 だけど離れでの暮らしはカツカツで、俺にはほんの僅かなお金と、直接自分で本邸の厨房へ食べ物を分けてもらいに行くだけの権利しかなかった。
 
「無理ゲー。」

 いっそのこと家出する?逃げてみる?
 しかしソフィアーネがつけた監視の目が厳しかった。
 その生活が結局十五歳の騎士学校に入学するまで続いたのだ。






「こんな感じで最初は始まったんです。」

 俺の説明にファバーリア侯爵は真っ青だ。
 前世のこととか、漫画のことははぶいて、その時の状況だけを説明した。

「……すまない、そんなことになっていたとは。」

 まぁ、俺もこの時侯爵に連絡手段もなかったし、侯爵は遠い地で戦争してたんだから、仕方ないと思ってはいた。
 終戦して帰ってくるまではファバーリア侯爵にはコンタクトは取れない。でも帰ってきたら直接王都に行ってでも話を聞いてもらうつもりだった。
 決して話を聞いてくれないような横暴な人ではないのだから。
 


「君の名を使ってソフィアーネは………。」

 エジエルジーンは首を振った。今更いろんな言い訳をしても遅いのだ。ユンネ・ファバーリアの名で届く領地の話を鵜呑みにしたのは自分だ。
 他の側近達が消され、連絡手段を全て封じるのはソフィアーネ一人の力ではないだろう。公爵家が絡んでいるのだ。

 エジエルジーンは立ち上がった。
 
「少し待ってくれ。」
 
 扉に行き少し開けて廊下を覗く。
 いると思ったのだ。

「ソマルデ、お茶の用意を。」

 目で非難するとにっこりと笑ってお辞儀した。
 ソマルデが奥に消えていくのを見届けてソファに戻ると、ユンネがちょっと笑っていた。
 ユンネがソマルデに懐いているのが悔しい。

「………ソマルデはどこまで知っている?」

「ほぼ知りません。個人的に調べてる分は分かりませんけど。」

 そうか、知らないのか。

「ソマルデには君の子供の保護に向かってもらうつもりだ。」

 ユンネがちょっと驚いていた。

「保護………ですか?」

「そうだ。言っただろう?引き取りたいと。」

「そうですね……。」

 嬉しそうに笑ったのを感じ安堵する。

「でも俺の話を聞いて、本当に一緒に育ててくれるのかをもう一度考えて下さい。父親の名前を聞いて、それでもいいのなら………。」

 笑顔を引っ込めてユンネは懇願した。
 引き取ってくれると言ってくれたのは嬉しい。でも父親が誰なのかをちゃんと知ってから答えを出してほしい。そう請われて頷く。

「父親か……。分かった。」

 血判による婚姻の契約には、産む側と産ませる側がはっきりと明記される。ユンネは産む側だ。それは双方の家で話し合った結果だったが、まだ十三歳という年齢から説明を出来ずにいた。
 十八歳の成人を迎えてから、ちゃんと説明する予定だった。勿論十三歳相手に初夜をするなんて有り得ない話だ。
 それを自分の不在時にとは思うが、ユンネに怒りは湧かない。ただただ何も出来なかった自分に腹が立つだけだった。
 父親が誰であろうと気持ちは変わらないが、今はユンネの気が済むように話を聞くことにした。





 ユンネが通ったのはこのファバーリア侯爵家が経営する学校のうちの一つだ。騎士の育成の為に数代前の当主が始めた学校で、領地の中では一番古い。
 経営自体には家門の一つナリュヘ家が担っている。
 ユンネも一応そのことは知っていたが、ここには平民のユネとして入学した為、素知らぬふりをすることにしていた。
 自分がユンネ・ファバーリア侯爵夫人だと言っても、誰も信じないだろう。
 ソフィアーネは夫人が仕事をせずに遊び呆けているので、自分が代理をしているのだと周知させていた。ユンネは表舞台に立ったことが一度もなかった。
 漫画の中ではユンネはずっと離れの屋敷にいて外に出たことがなかった。
 でも今のユンネは外に出た。
 まさか騎士学校に入れられてしまうとは思わなかったけど、堂々と学校に通えるのだから良しとしようと思っていた。
 
 ユンネの平凡な容姿は周りに上手く溶け込んだのだが、漫画の世界とは違う部分があった。
 違ったのはソフィアーネが用意した平民の戸籍だ。
 ソフィアーネが用意した戸籍には平民のユネであることは同じだったが、スキル『複製』を持っていると記載されていた。
 態とだなと思った。
 平民でスキルを持っていれば何かと危ないのだ。
 スキルは自己申告するか目の前で使って見せなければバレることはない。なのでユンネは黙っていた。


 なのにユンネがスキルを持っていることが何故か噂になった。
 ソフィアーネが噂を立てたのだと思った。
 スキル持ちの平民が危ないというのは、貞操の危機もだが、無理矢理血判の契約をさせられてしまう可能性があるからだ。
 貴族ならば家の力で守られもするが、平民が貴族に勝てるわけがない。
 スキルのない者は血判の契約効果は薄いのに、スキルを持つと何故かこの契約のしがらみが強くなる傾向がある。
 もし奴隷のように使われる契約でもされれば問題だった。
 だから学校でも寮でもずっとユンネは逃げ回る生活が続いた。






「と言っても俺は侯爵と婚姻の血判を押していたので、誰かに無理矢理契約させられそうになっても大丈夫ではあったんです。ソフィアーネの狙いは俺が死ぬか本当に不貞を働くかを狙っていたんだと思います。」

 目の前に出された紅茶を飲みながら、ユンネはそう言った。
 先程ソマルデが素早くお茶を淹れて立ち去っていったが、廊下で待機していそうだ。
 
「ソフィアーネの狙いがそれだとしても、ソフィアーネが侯爵夫人になれるわけじゃない。ユンネをそこまで追い詰めファバーリア侯爵家の財産を食い潰す理由が分からないな。」

「ファバーリア侯爵が好きだったとか?」

「それはない。それなら元々婚約していたのだから、普通に結婚したら良かったんだ。」

「それもそうですね。」

 ソフィアーネの考えていることはわからないが、そのままユンネの話を続けさせることにした。







 そんな生活を辟易しながら続けていると、ある日同学年の生徒に声をかけられた。

「君がユネ?」

 金髪というには少し燻んだ色の髪を短めに切った生徒だった。背は高く、まだまだ成長途中だが、将来は体格が良くなりそうな逞しさがある。明るい水色の瞳が特徴的で、太陽の光が当たると仄かに光っているように見えた。

「そうだけど?」

「そっか。俺はヒュウゼ・ナリュヘ。同じ学年だ。」

 ユンネは少し驚いた。ナリュヘ家といえばファバーリア侯爵家の家門の一つで、この騎士学校の運営を任されている一族だ。
 ヒュウゼとはこの騎士学校の学園長の息子で後継者の名前だった。

 学園長の息子ヒュウゼが側にいるようになって、俺の周りは大分落ち着いてきた。
 流石に学校の中では学園長の息子に逆らう奴は少ない。
 ヒュウゼは気さくで話しやすく、明るい性格をしていた。
 うわーーー陽キャだ~~とまじまじと言ったら不思議そうな顔をされてしまった。
 
 ヒュウゼはスキル持ちだった。スキルは『風雷』という戦闘系のスキルだ。名前の通り風と雷を使えるらしく、将来有望なんだと言っていた。
 ヒュウゼには婚約者がいた。
 ドゥノー・イーエリデ。緑色の髪と黄色い瞳が特徴の大人しめな男子だ。同じ学年で、紹介された時性別が男性で密かに驚いた。やっぱりここはBLの世界なんだなぁと。自分もファバーリア侯爵と結婚しているわけだし、主人公ラビノアも男だ。
 そうなるんだなと一人納得した。

 俺達は大概この三人で行動するようになった。
 この世界に来て初めて友人ができたのだ。

「僕のスキルは『風の便り』なんだよ。」

 ドゥノーもスキル持ちだった。

「なんか可愛らしいスキルだね。」

「手紙を運ぶだけだよ。『風の便り』って名称も噂話って意味だし、大した事出来ないんだ。噂話程度になるくらいの少しの内容しか送れないんだよ。」

 ドゥノーの家は男爵家で、小さな領地を持っているらしい。俺がスキルを持っていることを教えると、噂で知っていただろうに自分もだよと教えてくれたのだ。ドゥノーは騎士学校に来れるとは思えないくらい柔らかい物腰の男子生徒だった。
 実際頭はいいけど剣技は下手くそでなんでこの学校に来たのかと思ったら、ヒュウゼの為にきたらしい。婚約者のことが大好きだと恥ずかしげに言っていた。
 自分は夫がいるけど一度しか会っていない。仕方ないこととは理解してても、願えば一緒にいられるドゥノーのことが羨ましかった。


 俺達は三人仲良かった。出来ればずっとこの関係でいたかった。
 そのうち二人は結婚するだろうから、友人として祝いたいと思っていた。

 ヒュウゼがあんなことを言い出すまでは。




「俺、ユネが好きなんだ。」








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