42 / 98
42 ユンネの過去
しおりを挟む十三歳でファバーリア侯爵家に嫁いできて、案の定ボロい離れの屋敷に俺は詰め込まれた。
知っていたのでショックは少なかったけど、ソフィアーネにムカつきながらも使用する部屋だけは片付けていく。
全く使われていない屋敷は埃だらけだった。
寝る部屋だけでも気持ち良くしたいと丁寧に片付けた。大きな窓を開け放てば立派な広いベランダがある部屋だ。主賓室だろうと思う。どうせ誰もないんだから、俺が使ってもバチは当たらないだろう。
「本邸が見えるんだ?」
本来ならユンネがいるべき場所。
でも漫画のシナリオ通りに俺はここにいる。
どうやって話を変えれば俺は生き残れるだろうか。家の為に嫁いでは来たけど、ここからは一人で頑張らなければならない。十八歳が過ぎて一方的に離婚され殺されるのなんて真っ平ごめんだ。
だけど離れでの暮らしはカツカツで、俺にはほんの僅かなお金と、直接自分で本邸の厨房へ食べ物を分けてもらいに行くだけの権利しかなかった。
「無理ゲー。」
いっそのこと家出する?逃げてみる?
しかしソフィアーネがつけた監視の目が厳しかった。
その生活が結局十五歳の騎士学校に入学するまで続いたのだ。
「こんな感じで最初は始まったんです。」
俺の説明にファバーリア侯爵は真っ青だ。
前世のこととか、漫画のことは省いて、その時の状況だけを説明した。
「……すまない、そんなことになっていたとは。」
まぁ、俺もこの時侯爵に連絡手段もなかったし、侯爵は遠い地で戦争してたんだから、仕方ないと思ってはいた。
終戦して帰ってくるまではファバーリア侯爵にはコンタクトは取れない。でも帰ってきたら直接王都に行ってでも話を聞いてもらうつもりだった。
決して話を聞いてくれないような横暴な人ではないのだから。
「君の名を使ってソフィアーネは………。」
エジエルジーンは首を振った。今更いろんな言い訳をしても遅いのだ。ユンネ・ファバーリアの名で届く領地の話を鵜呑みにしたのは自分だ。
他の側近達が消され、連絡手段を全て封じるのはソフィアーネ一人の力ではないだろう。公爵家が絡んでいるのだ。
エジエルジーンは立ち上がった。
「少し待ってくれ。」
扉に行き少し開けて廊下を覗く。
いると思ったのだ。
「ソマルデ、お茶の用意を。」
目で非難するとにっこりと笑ってお辞儀した。
ソマルデが奥に消えていくのを見届けてソファに戻ると、ユンネがちょっと笑っていた。
ユンネがソマルデに懐いているのが悔しい。
「………ソマルデはどこまで知っている?」
「ほぼ知りません。個人的に調べてる分は分かりませんけど。」
そうか、知らないのか。
「ソマルデには君の子供の保護に向かってもらうつもりだ。」
ユンネがちょっと驚いていた。
「保護………ですか?」
「そうだ。言っただろう?引き取りたいと。」
「そうですね……。」
嬉しそうに笑ったのを感じ安堵する。
「でも俺の話を聞いて、本当に一緒に育ててくれるのかをもう一度考えて下さい。父親の名前を聞いて、それでもいいのなら………。」
笑顔を引っ込めてユンネは懇願した。
引き取ってくれると言ってくれたのは嬉しい。でも父親が誰なのかをちゃんと知ってから答えを出してほしい。そう請われて頷く。
「父親か……。分かった。」
血判による婚姻の契約には、産む側と産ませる側がはっきりと明記される。ユンネは産む側だ。それは双方の家で話し合った結果だったが、まだ十三歳という年齢から説明を出来ずにいた。
十八歳の成人を迎えてから、ちゃんと説明する予定だった。勿論十三歳相手に初夜をするなんて有り得ない話だ。
それを自分の不在時にとは思うが、ユンネに怒りは湧かない。ただただ何も出来なかった自分に腹が立つだけだった。
父親が誰であろうと気持ちは変わらないが、今はユンネの気が済むように話を聞くことにした。
ユンネが通ったのはこのファバーリア侯爵家が経営する学校のうちの一つだ。騎士の育成の為に数代前の当主が始めた学校で、領地の中では一番古い。
経営自体には家門の一つナリュヘ家が担っている。
ユンネも一応そのことは知っていたが、ここには平民のユネとして入学した為、素知らぬふりをすることにしていた。
自分がユンネ・ファバーリア侯爵夫人だと言っても、誰も信じないだろう。
ソフィアーネは夫人が仕事をせずに遊び呆けているので、自分が代理をしているのだと周知させていた。ユンネは表舞台に立ったことが一度もなかった。
漫画の中ではユンネはずっと離れの屋敷にいて外に出たことがなかった。
でも今のユンネは外に出た。
まさか騎士学校に入れられてしまうとは思わなかったけど、堂々と学校に通えるのだから良しとしようと思っていた。
ユンネの平凡な容姿は周りに上手く溶け込んだのだが、漫画の世界とは違う部分があった。
違ったのはソフィアーネが用意した平民の戸籍だ。
ソフィアーネが用意した戸籍には平民のユネであることは同じだったが、スキル『複製』を持っていると記載されていた。
態とだなと思った。
平民でスキルを持っていれば何かと危ないのだ。
スキルは自己申告するか目の前で使って見せなければバレることはない。なのでユンネは黙っていた。
なのにユンネがスキルを持っていることが何故か噂になった。
ソフィアーネが噂を立てたのだと思った。
スキル持ちの平民が危ないというのは、貞操の危機もだが、無理矢理血判の契約をさせられてしまう可能性があるからだ。
貴族ならば家の力で守られもするが、平民が貴族に勝てるわけがない。
スキルのない者は血判の契約効果は薄いのに、スキルを持つと何故かこの契約のしがらみが強くなる傾向がある。
もし奴隷のように使われる契約でもされれば問題だった。
だから学校でも寮でもずっとユンネは逃げ回る生活が続いた。
「と言っても俺は侯爵と婚姻の血判を押していたので、誰かに無理矢理契約させられそうになっても大丈夫ではあったんです。ソフィアーネの狙いは俺が死ぬか本当に不貞を働くかを狙っていたんだと思います。」
目の前に出された紅茶を飲みながら、ユンネはそう言った。
先程ソマルデが素早くお茶を淹れて立ち去っていったが、廊下で待機していそうだ。
「ソフィアーネの狙いがそれだとしても、ソフィアーネが侯爵夫人になれるわけじゃない。ユンネをそこまで追い詰めファバーリア侯爵家の財産を食い潰す理由が分からないな。」
「ファバーリア侯爵が好きだったとか?」
「それはない。それなら元々婚約していたのだから、普通に結婚したら良かったんだ。」
「それもそうですね。」
ソフィアーネの考えていることはわからないが、そのままユンネの話を続けさせることにした。
そんな生活を辟易しながら続けていると、ある日同学年の生徒に声をかけられた。
「君がユネ?」
金髪というには少し燻んだ色の髪を短めに切った生徒だった。背は高く、まだまだ成長途中だが、将来は体格が良くなりそうな逞しさがある。明るい水色の瞳が特徴的で、太陽の光が当たると仄かに光っているように見えた。
「そうだけど?」
「そっか。俺はヒュウゼ・ナリュヘ。同じ学年だ。」
ユンネは少し驚いた。ナリュヘ家といえばファバーリア侯爵家の家門の一つで、この騎士学校の運営を任されている一族だ。
ヒュウゼとはこの騎士学校の学園長の息子で後継者の名前だった。
学園長の息子ヒュウゼが側にいるようになって、俺の周りは大分落ち着いてきた。
流石に学校の中では学園長の息子に逆らう奴は少ない。
ヒュウゼは気さくで話しやすく、明るい性格をしていた。
うわーーー陽キャだ~~とまじまじと言ったら不思議そうな顔をされてしまった。
ヒュウゼはスキル持ちだった。スキルは『風雷』という戦闘系のスキルだ。名前の通り風と雷を使えるらしく、将来有望なんだと言っていた。
ヒュウゼには婚約者がいた。
ドゥノー・イーエリデ。緑色の髪と黄色い瞳が特徴の大人しめな男子だ。同じ学年で、紹介された時性別が男性で密かに驚いた。やっぱりここはBLの世界なんだなぁと。自分もファバーリア侯爵と結婚しているわけだし、主人公ラビノアも男だ。
そうなるんだなと一人納得した。
俺達は大概この三人で行動するようになった。
この世界に来て初めて友人ができたのだ。
「僕のスキルは『風の便り』なんだよ。」
ドゥノーもスキル持ちだった。
「なんか可愛らしいスキルだね。」
「手紙を運ぶだけだよ。『風の便り』って名称も噂話って意味だし、大した事出来ないんだ。噂話程度になるくらいの少しの内容しか送れないんだよ。」
ドゥノーの家は男爵家で、小さな領地を持っているらしい。俺がスキルを持っていることを教えると、噂で知っていただろうに自分もだよと教えてくれたのだ。ドゥノーは騎士学校に来れるとは思えないくらい柔らかい物腰の男子生徒だった。
実際頭はいいけど剣技は下手くそでなんでこの学校に来たのかと思ったら、ヒュウゼの為にきたらしい。婚約者のことが大好きだと恥ずかしげに言っていた。
自分は夫がいるけど一度しか会っていない。仕方ないこととは理解してても、願えば一緒にいられるドゥノーのことが羨ましかった。
俺達は三人仲良かった。出来ればずっとこの関係でいたかった。
そのうち二人は結婚するだろうから、友人として祝いたいと思っていた。
ヒュウゼがあんなことを言い出すまでは。
「俺、ユネが好きなんだ。」
4,809
お気に入りに追加
6,164
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる