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40 それでもいいんですか?

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 悩んでる時って、やっぱ暗くなるよね?
 前世の俺は元々明るい方だった。クラスでも冗談ばかり言ってて、アニメが好きで、絵を描くと皆んな寄ってきた。
 でも段々それをオタクと言われるようになって、俺自身もアニメも漫画もゲームも好きで、そっち寄りの人間になっていった。
 友人もそういう奴等ばかりになって、いつの間にか暗い奴って思われるようになった。
 でも特にそれで悩むこともなく、仲間内では相変わらず明るい方で、集まればはしゃいで騒ぐ方だった。
 まぁ見た目がチビでデブで狸顔で、モテたためしは一切無い。
 そんな前世だったんだけど、今世はどうもそうはいかないようだ。
 こんな細目のネズミ顔のどこがいいんだろうか。


 俺は今必死にファバーリア侯爵と距離を取っている。いや、逃げている。

 ハンニウルシエ王子を捕縛した後、俺達はさっさと隣国を出た。一応城を制圧したのは必要な情報を集める為と、貴重なスキル持ちを捕まえる為だったらしく、こんな他国の中途半端な土地を制圧したってどうにもならんというルキルエル王太子殿下の一存で素早く引き払ってきた。
 行きも帰りも殿下の『絶海』を通ってくるので安全で早い。
 自国に帰ってからは、ファバーリア侯爵は宣言通り自領に帰る準備を始めた。
 こうやって領地に帰るのが遅れていってるんだなぁとしみじみ思う。
 なにしろこの国は王太子自身が率先して戦争に出てしまう為、その側近の黒銀白銀騎士団は追随するしかなく、休まる暇がない。
 普段は大人しく殿下の命令通り動いていたファバーリア侯爵も、今回ばかりは無理矢理休みを取ったらしい。

 そして俺はファバーリア侯爵と共に領地に戻り、ソフィアーネを捕える一部始終を見守ろうと考えていたわけだけど、その後を考えると怖くなって逃げ回ってしまっている。
 俺の過去を話そうと思っている。
 それでもしかしたら嫌われるかなぁとか思っている。
 ファバーリア侯爵は初恋の人だ。
 あの顔で逞しい腕で抱きしめられて、あっさり恋に落ちるとか!
 単純な自分が恨めしい。今でも見かければドキドキしてしまう。あの見た目はいかんよ。目に毒だよ。
 嫌われたくないなぁと思ってしまうんだよ。
 
 ファバーリア侯爵は何かと声を掛けてくれるし、一緒に過ごそうとしてくれるんだけど、俺がそのプレッシャーに負けて逃げ回っている。

「そのように逃げ回っていても何も解決しませんよ。私にも話せないことですか?出来れば相談にのりたいのですが。」

 逃げ回る俺の側にはソマルデさんがついてきている。この人どこに逃げようがついて来れるので撒くのは諦めた。

「……………うう、話すならファバーリア侯爵に一番最初に話します。」

 ソフィアーネの問題が解決したら話そうと思ってたのに、それよりも先に話し合おうとする侯爵と会う勇気がない。嫌われたらと思うと怖くなって、真正面から侯爵を見れないのだ。
 ソマルデさんが溜息を吐く。

「それは構いません。お二人は二重血判まで済ませた夫婦なのですから、重要な話しならばそうされるのが宜しいかと思います。」

 ソマルデさんは俺がまた自殺しないか心配なんだと思う。
 俺が自殺したことはソマルデさんしか知らない。
 記憶を失くしていたことは、今やほぼ全員知っているけど、何故失くしたのかは俺しか知らない。
 ソマルデさんにも話していないことがある。
 
 今はまだ王都でファバーリア侯爵の残務処理が済むのを待っている。終われば直ぐに出発することになっていた。
 
 待っている間、ソフィアーネなのかボブノーラ公爵なのかは分からないけど、刺客の数が大変なことになっている。
 俺とソマルデさんは今、王都の外れにやって来ていた。王宮の中にいるとファバーリア侯爵に見つかってしまうので日中は外に出ることにしたのだ。
 町に買い物に行くという口実で出ているわけだけど、騎士団の仕事は免除されてしまった。ファバーリア侯爵が妻にそんなことさせたくないと堂々と宣言してしまった為だ。
 ちょっと恥ずかしくて王宮にいられない。
 ファバーリア侯爵の妻はどうしようもない悪妻だという噂があるのに、こんなとこに何故騎士として在籍していたのかと、周りは皆んな騒ついた。
 王都には貴族も大量にいるのだ。
 俺宛に色々な招待状が届くようになり、騎士の宿舎にはとてもじゃないけどいられなくなって、帰還した翌日にはファバーリア侯爵家所有のタウンハウスで寝泊まりしなければならなくなった。ソマルデさんも当たり前のようについて来ている。
 色んな人間が悪妻ユンネ・ファバーリア侯爵夫人のことを知りたがっている。
 そしてボブノーラ公爵家は俺の命をあからさまに狙っている。
 生きていると都合が悪いのは分かるけど、もう遅いんじゃないかなと思う。
 今更俺が刺客の手によって死んだとしても、ファバーリア侯爵はソフィアーネの所業を知っているのだ。

「こういうのを悪足掻わるあがきって言うんだよね。」
 
 俺はやって来た刺客の肩にトン…と降り立ち、頭に円月輪を乗せてあげた。まるで王冠だ。
 ヒラリと飛び降りて遠去かると、刺客の首が吹っ飛んだ。
 
「ウゲェ。」

 自分でやってて気持ち悪いな。

「これで何人目でございましょう。」

 ソマルデさんは別の刺客を真っ二つに切った後だ。シュンと剣を一振りして血を吹き飛ばし鞘に収める。

「何十人目だよね。」

「公爵を切りましょうか。誰にも悟られずにやれる自信御座いますよ。」

 自信たっぷりに言うけどダメだから。

「うーん、とりあえずソフィアーネとその親は法的手段で処分したいです。」

「かしこまりました。」

 そんな残念そうな………。
 漫画のシナリオとは違う未来を作ってみて、状況改善を試みたい。
 行きましょうと促してソマルデさんと一緒に路地を出た。
 刺客の死体はルキルエル王太子殿下が付けてくれた影が処理してくれる。本当は護衛用なんだけど、今では立派な死体処理係だ。

「二重血判ってどっちかが死なないと解除出来ないんですよね?」

「最も早い解決法となると、そうですね。」
 
「そうですよねぇ~。」

「…………自死はおやめください。」

「ははっ、しませんよっ。」

 うん、もうしない。
 
 でも心の準備がなかなか決まらないんだよねぇ。
 そうやって歩いていて、目の前に光の粒子が現れた。
 これは…………!
 胸がドキドキと高鳴った。
 光は集まりだし一枚の封筒に姿を変えていく。

「そんなっ!」

 涙が滲んでくる。

「これはスキルでの手紙でしょうか?」
 
 突然現れた光に警戒したソマルデさんが、俺のすく側に立って庇いながらも、光が薄れヒラリと落ちそうになる手紙を空で受け止め俺に渡してくれた。
 封じ込めた記憶の中に残る、友達のスキル。
 
 震える手で封を切り、中の手紙を読んでいく。
 ポロリと涙が落ちた。
 そう、そんなんだ。

「良かった…………!」

 心の声が歓喜となって零れる。
 俺は決心した。
 逃げ回らずに告げよう。そのつもりだったじゃないか。
 手紙を胸に抱いて俺は心を決めた。




 心の準備が出来ないまま、逃げ回ってたのが悪いんだよね?
 ファバーリア侯爵は俺と三重血判したいとまで言ったくらいだ。死が二人を分つまでの決定版だ。
 俺にそんな価値は無いと思うんだけど……。
 蔑ろにされた可哀想な子供に同情してるだけと思うんだけどなぁ。
 なんていうか根っこが優しいんだよね、この人。
 俺は現在ファバーリア侯爵に捕まっていた。

「どうして逃げるんだろう?」

「……………ご、ごめんなさいです。」

 俺の両手はファバーリア侯爵に拘束されている。両手首を掴まれて、ソファに押し倒されるとか!
 力強いな……!ビクともしない。
 
 夜になり帰宅したファバーリア侯爵は、真っ直ぐに俺の部屋にやって来た。
 今日は逃げるつもりがなかったのに、逃さないとばかりに拘束されてしまった。

「私は昼間は仕事に出ていてほぼ不在なのだから、この屋敷で大人しくしていてはくれないか?」

 いや、貴方が突然帰って来て俺を捕まえようとするから逃げてたんです。話す勇気が出なかったんです。
 あと顔が近いです。
 お腹あたりからズッシリ体重かけて動けないようにされてるけど、それがまたちょっと………、緊張するね!
 
「私のことが嫌いなのは仕方ないが……。安全な場所にいて欲しい。」

 ……………!
 そんな綺麗な顔で悲しそうな顔を作られると弱い。
 
「わ、わかりました。逃げないので手を離してもらえませんか?」

 とりあえずこの体勢はいかん!
 
「……………ダメだ。」

 なんで!?
 俺の動揺を侯爵はフッと笑った。
 顔が近付いてきて、コツンと俺と侯爵の額が当たる。

「最近………、ずっと苦しそうだったが、こうやって近付いた方が前のユンネに戻るんだな。」

「俺は前も今も同じ人間です。」

 目の前の漆黒の瞳はキラキラと綺麗だ。

「私はユンネに謝りたい。慈悲を乞い許しを得たい。」

「…………許しを願うのは俺の方です。」

 ファバーリア侯爵の瞳はずっと俺を見下ろしている。一瞬も視線がずれない。

「何故そう思う?詳しく話をしたい。」

 俺の唇は震えた。
 言ってしまえば楽だろう。
 だけどその後なんと言われてしまうだろうか。

「………騎士学校時代のことか?死亡者が多かったな。ソフィアーネの仕業だろう?それくらい私はどうも思わないが……。それとも、行方不明になっていた期間に何かあったのか?出来ればその時のことも聞きたい。」

 ファバーリア侯爵の言葉は真っ直ぐだ。
 きっと俺に嘘をつかないで正直に話そうとしてくれている。
 侯爵は会うたびに俺に謝ってくれる。
 出来るだけの事をしてくれようとする。
 この屋敷でも俺のことを悪くいう人間は一人もいない。徹底されていた。

「俺、俺は………、侯爵を裏切っています。本当は離婚して縁を切るべきだったんです。」

「一度目の血判の時であろうとも、それはしない。」

 漆黒の瞳が真摯に見つめてる。
 
「本当ですか?」

 本当であって欲しい。

「本当だ。」

 じゃあ………。

「俺が子持ちでも?」

 ファバーリア侯爵は息を飲み込み目を見開いた。






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