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 ソマルデは嫌な予感がして主人が戻るのを廊下で待っていた。
 こういう時は当たる。『剣人』スキルの所為かは分からないが、昔からソマルデは勘が良かった。
 暫し考えて主人の部屋へ入り、置いていったポーチを手に取った。
 王太子殿下との晩餐には武器を携帯することは出来ないので、部屋に置いていったのだが、持たせるべきだったと後悔する。もしくはついて行って扉の外で待機しておけばよかった。
 何となくそんな気がした。
 ポーチの蓋を開き中の物を取り出す。
 
「離婚届が………。」

 血判が滲み出している。
 誰かがユンネ様と血の契約を行おうとしているのだ。
 ソマルデは急いで部屋の外に出た。
 
 向かう先は晩餐が行われているはずの部屋だったが、その前にある廊下で、いるはずの無い人達に出くわす。

「王太子殿下…。」

 エジエルジーン様とアジュソー団長もいた。
 兵士達が忙しなく動き回り物々しい雰囲気だ。

「ソマルデ、すまない……。」

 漆黒の目を伏せてエジエルジーン様が謝ってきた。

「…………何があったのです?」

 何となく予想がつく。

「ユンネ・ファバーリアは連れ去られた。『黒い手』だ。知ってるか?」

 答えたのはルキルエル王太子殿下だった。
 ユンネ様が本名で呼ばれていると言うことは、身元が明かされているということだ。
 
「ご存知でしたか。そんな気はしておりました。『黒い手』は隣国にいる王子殿下ではなかったでしょうか?」

「そうだ。ハンニウルシエ第五王子。隣国に我が国の貴族を誘拐した責任を追求したところ、奴が主犯だと早速返事が来たぞ。スヴェリアン元公爵と共謀したのも奴だそうだ。サノビィスの『危険察知』はスキル相手には動かない。気付けなかった可能性がある。」

 スキルには手紙や文字を直接遠方に送るものもある。隣国にはそれを使用して確認したのだろう。

「では早速討ちに行っても宜しいでしょうか?」

 ソマルデは直ぐにでも向かいたいところだった。何しろユンネの血判が滲み出している。

「待て。私も行こう。」

 エジエルジーンが共に行こうとする。
 ルキルエルははやる二人に手を出して止めた。

「はぁ、お前達待て。単身突っ込むつもりか?俺が道を繋ぐから少し待て。馬で駆けるより俺の『絶海』の方が早い。」

 そう言ってアジュソー団長に指示を出す。『絶海』で近道を作り騎士団ごと乗り込むつもりだ。騎士団員に招集をかけなければならない。
 
「黒銀はワトビ副官が戻っていないだろうから、白銀に来てもらう。黒銀はここで待機。」

 慌ただしく騎士達が動き出した。
 ソマルデが眉を寄せて考え込んでいるのをエジエルジーンは目敏く見咎めた。

「何かあるのか?」

 ソマルデが慌てる姿は珍しい。特に戦闘に関しては逆に頭の中が冴え渡り冷静であるはずなのに、今は酷く急いでいる。
 少し逡巡して、ソマルデは離婚届をエジエルジーンに渡した。
 エジエルジーンは畳んであった契約書を怪訝そうに受け取り、カサカサと開く。
 漆黒の瞳が大きく見開かれた。

「………………離婚。」

 固まってしまった。

「エジエルジーン様、ショックを受けるのは分かりますが、今はそれより血判の方を見て下さい。」

 言われてノロノロと押された血判を見る。
 くっきりと押されていたであろう血の指跡が、水を落としたようにユラユラと揺れ滲んでいた。

「誰かが上書きしようとしているのか?」

 ソマルデは恐らく、と頷く。
 エジエルジーンはギリッと歯軋りした。掴んでいた契約書に皺がよる、

「……………殿下、白紙の契約書はありますか?」

「執務室にある。」

 言われてルキルエルは先に歩き出した。エジエルジーンの意図を汲み取ったからだ。
 執務室に行く途中、エジエルジーンは皿とナイフを持ってくるよう近くにいた騎士に命じる。
 着くと同時にその騎士は皿とナイフを持って来て、エジエルジーンの指示に従いテーブルの上に置いた。
 ルキルエルが皿の上に白紙の契約書を置く。
 エジエルジーンはユンネの血判が押された離婚届をビリビリと破り出した。
 ソマルデとアジュソーはその様子を黙って見ていたが、我慢できずにソマルデが口を開く。

「まさか血判の二重掛けをされるつもりで?」

「流石に相手の同意は必要じゃないか。」

 ソマルデの難色に、アジュソーも口を出したが、エジエルジーンの無言の圧に口を閉ざした。

「盗られるくらいなら縛り付けた方がましだ。」

 ユンネの血判の部分だけ切り取ったものを、皿に乗せた白紙の契約書の上に乗せる。
 一緒に持ってこさせたナイフの刃を握って、グッと力を入れると、握り込んだ指の隙間からボタボタと血が流れ出す。
 ユンネの血判の上にエジエルジーンの血が滴り、ユンネの血判と白紙の契約書に真っ赤な血が染み込んでいった。

「ふぅーーーん、ついさっきまで合わせる顔がないと悩んでいた人間のやる事じゃないな。」

 呆れた顔でルキルエルがぼやいている。
 今日はエジエルジーンとユンネの関係を取り持つつもりでいたのだが、悪化したような気がしてならない。

「悩むくらいならさっさと謝りに来てもらいたかったですね。」

 ソマルデが嫌見たらしく文句を言う。仕事に関しては何事も卒なく熟すくせに、私事はてんでダメなのがエジエルジーンだった。
 
「…………私が不甲斐ないのは理解しています。ユンネに会ったらちゃんと命をかけて謝ります。」

 ソマルデは自分の主人が命をかけてもらいたがるだろうかと首を傾げたが、二人の問題なのでとりあえず頷いた。
 エジエルジーンが不器用なのは今に始まったことではないのだ。


 その時バタバタと足音が近付いてきた。
 バタンと勢いよく扉が開く。

「ユネ君が攫われたと聞いたのですが!」

 ラビノアがミゼミを連れて部屋に飛び込んでくる。夜中に騒ついている騎士達を不審に思い尋ねると、ユネとボブノーラ公爵令息が攫われたと説明を受けて急いで走って来た。
 
「そうだ。行くか?」

「行きます!」

 王太子殿下の問い掛けに、ラビノアは迷わず返事をした。アジュソー団長がお守りが増えると嫌な顔をする。
 この様子だと全体指揮をとりつつ非戦闘員を連れて行くのが自分になりそうだと目に見えていたからだ。
 ツンツンと騎士服の裾が引っ張られる。

「ミゼ、行ってい?」

 後ろからミゼミがお願い、と見上げていた。

「…………………。」

 ミゼミは『隷属』を持っている。だが戦闘能力は皆無だ。本当は連れて行きたくない。どう考えてもお荷物だ。
 どうやらそれを理解して、恐らく世話をしてくれる人間を選んでアジュソーに頼んできたのだろう。『隷属』スキルは場の空気も読めるのか?
 
「アジュソー団長は懐かれたな。任せたぞ。」
 
 赤い目を細めて面白そうに見ながら、王太子殿下が勝手に許可した。

「え゛。」

「やったぁ~~!」

 ピクニックじゃないんだぞ!?と叫びたかったが、アジュソーの上司から許可が出てしまった為受けるしかない。

「…………御意。」

 アジュソーはそのままミゼミを連れて白銀騎士団員へ指示を出しに向かった。


「殿下、『絶海』を開いたら私とソマルデで先行します。」
 
「馬は入れんぞ。走って行くつもりか?」

「はい。鎧は邪魔になるの外していきます。」

「いいだろう。ここで開く。真っ直ぐ走れば着く。せいぜい二重契約したことを詫びて許しを乞うんだな。」

 ドプンと床が沈む。

 ルキルエルがエジエルジーンへ巻いた紙を放り投げた。

「ハンニウルシエ王子がいるとされる城の図面と兵士の配置図だ。アジュソーが最近とってきたものだから間違いないだろう。」

 エジエルジーンはそれを一瞥いちべつし、ソマルデへ渡した。ソマルデもザッと目を通すとルキルエル王太子殿下へ丁寧に返す。
 床の中へ沈む僅かな時間に記憶する術は、ソマルデが叩き込んだものだ。
 揺らぐ海となった床の中へ、エジエルジーンとソマルデは沈んでいった。
 
 赤い瞳は消えたソマルデの姿を追うラビノアを捉えていた。
 美しいが男だ。
 珍しい『回復』スキルを持っていることに早々に気付き、手元に置くようにしていた。出来るだけ管理しておきたかったからだ。
 ふむ、とルキルエルは考える。
 
「ラビノアはあの老騎士を慕っているのか?」

 ジッとソマルデが消えた床を見つめていたラビノアは、尋ねられて驚き顔を上げた。見られていると思っていなかったのだ。

「……はい、慕っております。」

 少し頬を染めながらはっきりとラビノアは答えた。
 ニヤリとルキルエルは笑う。

「そうか。あの老騎士は落とせるのか。俺としては子を儲けることが出来るのかが気になるんだが。」

「こ、…子ぉ!?」

 ラビノアは真っ赤になって叫んだ。
 突然そんなことを言われれば、誰だって驚く。

「何を驚くんだ。好きならそこまで考えないのか。あの老騎士はいくつだ?」

「ろ、六十七と聞いておりますけど……。」

「…………六十七か……。厳しいか?」

 眉を寄せてルキルエルは考える。まずは生殖能力があるかどうかを調べる必要があるだろうか。

「たとえっ…!」

「ん?」

「たとえ、子を作れない年齢だとしても、私は……。」

 ルキルエルは顎に手を当て考えた。ラビノアのスキルは『回復』だ。普通なら傷や病気の治療に役立つスキルなのだが、ラビノアの『回復』は依存性がある。脳に働きかける何かがある?それは脳だけではなく、違うものにも影響出来ないのか。
 いやいや、『回復』とはそもそも何に作用しているのだろうか。
 これは医術に関することで、スキルがある所為かこの国の医術は発達していない。民間では薬学が一般的だが、金を持っている貴族はもっぱらスキル頼みだった。
 東側の国にはそちら方面の学問が発達した国がある。その国と合同で研究できないものだろうか……。
 その前にラビノアには是非子を儲けて欲しい。
 『回復』と『剣人』なんて組み合わせ、どんな結果が産まれてくるのかが気になる。

「あ、あのぅ……、殿下?」

「よし、老騎士の生殖器に『回復』をかけてはどうだ?」

「え?」

 ラビノアは絶句した。何を言っているのだろう、この方は。
 
「是非、実行してみてくれ。後で結果の報告を頼む。」

 それだけ言って王太子殿下は去って行ってしまった。

 せ、生殖器に?
 ラビノアも一応性別男だ。同じものがついている。
 ここに、………ここに!!
 も、もし、ソマルデさんのおちんちんに『回復』をかけたら?さ、触ってもいいの、かな?
 もしかしたら軽蔑の眼差しで冷淡に見つめられてしまうかもしれない。
 でもそれはそれで…………!

「………っは!ダメよっ、ダメ!私ったらなんてはしたない!!」

 ラビノアはブンブンと頭を振って気を鎮める。
 うう、どうしましょう~。
 王太子殿下が仰るのだから、少しだけ、少しだけなら………!
 絶対にやらないという選択肢はラビノアの中には無かった。






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