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25 貴方を主人と決めた時①

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 ソマルデは幼い頃から自分のスキルに悩まされて生きてきた。
 産まれた時から『剣人』というスキルはあらゆる人間の目に止まった。
 決して両親含めて家族は嫌な人たちではなかった。皆善良で優しく、だからこそソマルデを守り庇い傷付いていった。
 村の村長も、領主も、大したことない下級貴族も、地位ある上流貴族も、皆ソマルデに近寄って来た。
 赤子の頃から連れ去られそうになり、逃げるように居場所を転々とし、国に報告義務がある為逃げ切れる事が出来ない。
 自国のスキル保有者を他国に渡らせることは禁止されている為、国の中を逃げ続けた。
 ソマルデが漸く剣を持てるくらいに成長した時には、両親も先に生まれていた兄弟も、皆疲れ果てていた。

 ソマルデが剣を持ったのは僅か三歳の頃。
 身の丈より長い剣を振り回して、足りない腕や背の高さは、立地を利用して戦った。
 誰にも教わることなく振るう剣は、間違いなく誰よりも強かった。
 敵の剣技は見ただけで吸収し、耳も目もいい為、常に戦いは有利だった。
 だからソマルデは己の剣で金を稼ぐことにした。
 ギルドに行き、任務を達成してお金を貯めた。
 そして家族に自分を置いて他国に渡るよう伝えた。
 稼いだ金を全て渡して。
 家族はボロボロになっていた。
 ソマルデを庇い、定職にも就けずに移り住む日々は、過酷だった。
 貴族や有力者にも狙われた。
 人質として上の兄達が連れ去られることもあった。
 国が庇ってくれるかと言えばそうでもなく、国を頼るなら国の為に動く道しか残されていない。
 だから自分を捨てて、家族にスキル持ちなんていなかったことにして、新しい人生を歩んでもらう為に、お金を稼いで全て渡した。
 ソマルデの家族は最後まで反対した。
 出ていかないなら自分は命を断つと脅して、漸く皆んな頷いた。
 泣く泣く国を出ていった家族とは、その日が最後だった。それはソマルデが七歳の時だった。


 それからはソマルデは一人で生きる場所を転々とした。
 戦う力も生きていく力も自分にはある。
 ないのは共に生きる人だけだ。
 
 時々スキルを持つのだという人達にもあった。
 平民には少なく、殆どが貴族だった。
 貴族のスキル持ちは皆自尊心が強く、平民のソマルデを下に見ていた。
 仕方がないから家紋に入れてやろうと何度言われたことか。
 平民の血が嫌なら声などかけるなと何度言い返したか。
 力づくで言いなりにしようと兵士を向かわせる貴族も多かった。
 
 そんな生活が十五歳まで続いた。
 そしてファバーリア侯爵領で、当時の侯爵夫婦と出会った。そんな生活は大変だろうと、仕事を斡旋するから侯爵家の屋敷で働いてみないかと言われた。
 王族に連なる侯爵家ならば、働いている間は他家も口出し出来ないからと。嫌になったら出ていっていいとも言われ、普通のごく一般的な契約書だけを見せられて働いてみることにした。

 なんとそこで六十歳まで働くことになるとは思わなかったが、思いの外侯爵家は居心地が良かった。
 代々の侯爵家当主は皆淡白で、スキルにあまり頓着しない騎士らしい資質の人達だったのもある。
 最後に剣を教えたエジエルジーンが当主になるまでは流石に勤めきれないと、六十歳で切りよく退職した。
 侯爵家からはいつでも帰ってきて欲しいと言われたが、ソマルデはまた一人旅に出てみようと思った。
 長くファバーリア侯爵家にいて、六十を超えたソマルデに価値を見出す者はほぼいなくなった。
 
 風の噂でファバーリア侯爵家当主が戦死したと聞き、急いで侯爵家に向かった。
 葬儀にはなんとか間に合ったが、隣国との戦が激化していると言って、エジエルジーンが急ぎ戦場に戻らねばならず、侯爵家当主とは思えないかなり簡略化された葬儀になっていた。

「ソマルデ、来てくれたのか。」

 エジエルジーンは相変わらず無表情にソマルデを迎え入れた。
 
「まだまだ先のことと思っておりました。」

 当主の死も、エジエルジーンが侯爵家当主になることも、本当に急なことだった。

「私は直ぐに王太子殿下の下へ戻らねばならない。そこでソマルデに頼みたいのだが、新しく迎える妻の補佐をやってくれないだろうか。」

 侯爵家には沢山の使用人も側近もいる。ソマルデが自ら手塩にかけて育てた人材だって大勢いるのに、エジエルジーンはソマルデにそう頼んできた。

「私は退職した身です。侯爵家には大勢の頼もしい部下がおります。」

 そう言って辞退した。エジエルジーン様は特に非難するわけでもなく、そうかと言ってすんなりと身を引かれた。
 その時受けておけば良かったと後悔したのは、迎え入れた侯爵夫人に初めて会った時だ。

 一応、頼まれた時に大まかな身辺調査書を見せてもらっていた。

 スキル持ち………。

 ソマルデはスキルを持つ貴族が嫌いだった。
 鼻持ちならない人間が多く、平民というだけで下に見てくる。
 ユンネ・ベレステ子爵家次男。
 貴族か………。どんな子供でも貴族の子は貴族。
 今までファバーリア侯爵家にはスキル持ちが産まれることも、スキルを持つ者を妻に迎えたことも無かった。
 だが今回は時期が悪い。
 確かに長年執事長として勤めたソマルデが補佐に就けば、ユンネ・ベレステ子爵家次男の立場も経営も揺るがないものになるだろうが……。
 ソマルデは碌に知りもしないユンネ・ベレステに仕えるつもりはない。
 だから直ぐにファバーリア侯爵領を離れ、また自由気ままに旅をすることにした。


 ソマルデがファバーリア侯爵夫人の噂を聞いたのはそれから四年以上の月日が経ってからだ。
 隣国の戦に巻き込まれるのを嫌って、国の反対側を旅していた為、辺境の地にいたソマルデの下に噂が流れてくるのに、かなりの時間がかかっていた。
 ファバーリア侯爵夫人は悪妻?散財家で男遊びが好き?毎夜パーティーを開き、領地の財政を圧迫している?
 確か資料を見た時は十三歳だった。顔は分からないが、真面目で勉強家と評価されていたはず。
 そうなると今はまだ十七歳だ。
 この国の成人は十八歳。
 成人前の子供がそんな暮らしを?

 ソマルデは気になって急いでファバーリア侯爵領の屋敷へ向かった。
 そこにいたのはソフィアーネ・ボブノーラ公爵令嬢。我が物顔で屋敷に住み着き、侯爵夫人でもないのに久しぶりに訪れたソマルデを迎え入れた。
 ソマルデはこの屋敷に長く居たので、勿論ソフィアーネ公爵令嬢のことも幼少期から知っている。
 この女がスキル持ちを嫌っていることも。

「ファバーリア侯爵夫人に面会を申し入れたのですが?」

「本日はどこかにお出掛けになられているの。私が代わりに対応致しますわ。本日はどのようなご用件かしら?」

 ソマルデはすっかり様変わりした使用人達や調度品の数々をそれとなく観察する。
 これは、ソフィアーネの趣味だ。

「直接お会いしたいのですが。」

「では、申し訳ありませんが諦めていただくしかありませんわ。噂をご存知ないのかしら?侯爵夫人は毎夜お出掛けになられていらっしゃらないの。今日もどこに遊びに行っているのかしら。」

 ソフィアーネは困ったわと頬に手を添えた。
 話にならないとソマルデは挨拶もそこそこに屋敷を去った。
 ソマルデが残した部下達がいない。
 町に戻り噂の真偽と部下達の安否を確認した。
 まずユンネ・ファバーリアの姿を知る者がいない。誰も知らないからどこにいるのか分からないのに、噂だけは広がっていた。
 ソマルデが育てた部下達はこぞって行方不明。
 消されたのか?
 エジエルジーン様は漸く終戦し、帰還できるかどうかという時。おそらくこの領地の有り様を知らない可能性があった。
 戦争は終わった後も大変で、安定するまで時間がかかる。いつ戻れるかわかったものではない。
 
 それからソマルデは単独でユンネ・ファバーリア侯爵夫人について調べていった。
 その頃には既に冬が過ぎ、春が近付こうとしていた。

 屋敷の奥まった場所に使用人ではない人が住んでいる。
 
 使われていない古い離れだ。ソマルデだってそこが使われているのを見たことがない。
 だが、姿を見せなかった夫人はそこにいるのではと思った。
 可能性は全て当たっていかなければ。
 
 

 夕方という時間は忙しく、喧騒の中に音も気配も隠れがちだ。
 だから静かな夜ではなく、橙色の夕焼けの中、ソマルデは屋敷に忍び込んだ。
 ソマルデがいた頃ならこんな簡単に侵入なんて許さないものだったが、今の屋敷にあの鉄壁さは一切うかがえない。
 
 二階の窓が開いている。

 アーチ状のベランダに、一人の青年が腰掛けていた。
 短く切った白っぽい髪が見える。服装は質素でマントを羽織っていた。まるで騎士のようだ。
 あれは、騎士学校の制服?
 見上げた空は赤く焼け、一人座る彼が孤独に見えた。

 玄関の扉を叩いても返事はない。使用人がこんなところに配置されるはずもなく、無人なのだろう。
 屋敷の中は寂れて埃だらけだった。
 ソマルデは勝手に中に入った。鍵は開いていた。

 彼がいたベランダのある部屋に入る。
 ここは主賓室だ。屋敷の中で一番広く、景色の良い部屋。窓の向こう側には大きな本邸が見える。
 開けた扉の中は燭台が一つもなく、シンと静まり返っていた。

「勝手に入ったことをお詫び致します。」

 ソマルデが入ってきたことに気付いているだろうに、ベランダに腰掛けた人物は身動き一つせずに本邸を見ていた。
 白か灰色か分からないが、夕焼けに染まって髪の色が橙色に燃えていた。
 
「大した屋敷でもないから勝手にいいよ。」

 静かな声で返事を返してきた。
 振り返った顔は細目の平凡な顔立ちをしていたが、優し気だった。
 
 これがソマルデが初めてユンネ・ファバーリア侯爵夫人に会った瞬間だった。









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