氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 

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20 仕方ない、次は殿下だ!

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 新たなる事実を知り、もうコレは王太子殿下しかいないと俺は悟った。

 ルキルエル・カルストルヴィン王太子殿下、二十一歳。長い銀の髪は光を反射して輝き、鋭い赤い瞳は字を追う為に流れるように動いている。
 一つ一つの所作も美麗で華やかだ。生まれながらの王族といった感じだ。
 これで最強のスキル『絶海』を持っている。無敵じゃなかろうか。あ、でも昨日の勉強会からいくと『回復』、『隷属』、『剣人』スキルには負けてるのか?俺の『複製』よりは凄いけど、王子様なのになんか可哀想だ。……いらんお世話か。

 殿下のスキルはラビノアの『回復』よりも下位になるが、あっという間に耐性を身につけたらしい。
 元々ラビノアの『回復』スキルに目をつけていたので、給仕をさせながら『回復』入りお茶を飲んで耐性強化を計っていたとかなんとか。依存性に気付いてたんなら、もっと周りに周知して、ラビノア本人にも注意させとけよ。
 だから漫画でもラビノアを側に侍らせてたの?
 それでも地下牢でラビノアが爆発させた『回復』は強力だった為、力負けして一瞬意識を持っていかれてしまったと悔しがっていた。
 なんでか俺のお見舞いに来るものだから普通に話し相手になるくらいにはなってしまった。
 決してお友達とは言えません。
 なんかこの人の会話の端々に、要らないものはザックリバッサリ切り捨てますよと感じさせる冷酷さが見えるんだもん。怖いよね?
 きっと俺も飽きてそれこそ失敗して不敬でも働いたら、『絶海』の海に沈められちゃうんだ。

 今日は何でか俺はお呼ばれしました。
 ウロウロする体力があるならこっちに来いと言われてしまった為だ。何で俺がウロウロしてると知っているのか。

 殿下が待っていると言う応接室に向かったのだが、入ってびっくり、その有様に言葉を失った。
 キラキラ、ビカビカ、目に眩しい。

「来たか。」

 遅いと文句を言われてしまった。いや、ちゃんと時間指定通りだよ。なんせソマルデさんが案内してるんだから。

「おはようございます、殿下。」

 部屋の中には多種多様な衣服と、装飾類、靴、帽子などの小物類、香水とか用途不明な物まで大量に広がっていた。
 持ってきた商人が数名とその使用人らしき人達も大勢いて、この城で一番広い応接室と聞いていたけど、物と人で溢れかえっていた。

「ユネも手伝え。」

「えっと、はい!何を手伝いましょうか?」

 これって漫画でも出てきたラビノアへのプレゼントを買い付けるシーンじゃなかろうか。
 地下路で涙を浮かべて必死にルキルエル王太子殿下を助ける主人公ラビノアを見て、殿下はそんなラビノアを愛しく思うようになる。
 自分だけのものにしたい。その執着は激しくなり、ルキルエル王太子殿下によって城に閉じ込められたラビノアは悲しくなる。
 部屋で気落ちするラビノアを前に、今まで他人に対して愛情を持ったことのなかった王太子は、なんとか元気つけたいと商人を呼んで買い物をさせようと考えるのだ。
 貴族とは言ってもただの男爵家の子供、しかも今はたんなる給仕係の主人公ラビノアはこんな豪華なドレスや宝石類なんて見たことも触ったこともなかった。
 惜しげもなく与えられるプレゼントに、ラビノアはどうしたらいいのか分からず戸惑う。
 そんな無私無欲なラビノアを、更に王太子は愛しく思う……………………っっっていう場面ですよね!?
 ああ、ルキルエル王太子殿下!貴方ならやってくれると信じてました!
 だって部屋の中のソファには、ちゃんとラビノアがいるもん!!
 買ってあげてるんですよね!?ラビノアにプレゼントあげちゃうんですよね!

 俺は漫画の進行が上手くいっていることに嬉しくなり、ウキウキと返事した。
 何でもお手伝いしますよ!

「……意外だな。興味あるのか?何か欲しい物があるのか?」

 ん?俺?俺は要りませんけど?
 どうやらあんまりにもハイテンションで返事してしまった為、このキラキラ商品を見て喜んだんだと思われてしまった。
 違う違うと首を振ったら、手を取られてしまった。
 ん?うぇ?おお?おや?おやおやおや?

「ピアスは開けてないのか。じゃあネックレスか?」

 なんか勝手に選び始めた。

「あぅ、あの、俺はいいです、けど……。」

 ソマルデさんの方を見て、これ断っても良いんだよね?助けて!と目で訴えながら、恐る恐るお断りする。

「騎士でも階級が上がれば夜会なんかにも出る。いくつか持っていた方がいいだろう。」

 いえ、俺はそのうち今年中にでも退団して離婚して田舎に引っ越す予定なので、階級が上がる未来はありませんけど?
 とは言えず、無造作に俺の装飾品が選ばれていく。ついでに布地とデザイン画まで付け足されていた。

「顔がさっぱりしてるからな……。華美なものよりシンプルなものか?」

 そ、そ、ソマルデさぁん~~~!
 ソマルデさんは諦めろと目が語っていた。
 商会の代表みたいな人が大きな四角い艶々の盆を持ってきて、その上にどんどん宝石の入った箱が積み上げられていく。

「はぅ、や、やめましょう!俺には勿体無いですよ!」

「これは褒賞だ。お前がそこの老騎士に俺を庇うように言っただろう?王都に帰ったらちゃんとした物を用意するが、その前に個人的に受け取れ。」

「え!?じゃあ俺じゃ無くてソマルデさんにあげて下さい!」

「そこの老騎士はやると言ってもお前に回すと思うが。」

 ソマルデさんがニッコリと笑った。
 
 と言うことで、俺まで色々買って貰ってしまった。
 ラビノアは?
 殿下、ちゃんとラビノアの分買いましたか?
 疲れてラビノアの方を見ると、当のラビノアはソファでくつろいでのんびりとお茶を飲んでいた。

「お疲れ様です、ユネ君。良かったですね!」

「あう、いや、俺はお手伝いに来たはずなのに……。」

「うふふふ、殿下もユネ君にプレゼント出来て嬉しそうですから、良いと思います。」

 そこまで恩義を感じなくても良いと思うんだけどね?俺は特に何もやってないし、何なら倒れて気を失っただけなのにぃ!

「ラビノアは買って貰ったの?」

「あ、はい、私は普段着数着と王都に凱旋した時の衣装や謁見の衣装とか装飾を頂きました。」

 ラビノアが指差す方には、ラビノア用の買い物が固められていた。衣装というか布地やレース、リボンが見えるので、採寸して作るのだろう。あと普段着が普通に長いスカートなんですが?

「ラビノアはずっとスカートはくの?」

「ダメですか?」

「んーん、似合ってるから良いと思うけど。」

「ふふふ、私もそう思います。」

 そっか、ラビノアは義姉の意地悪で女装メイドになったわけではなくて、元から男の娘おとこのこなんだね。
 逆に今からズボン履いて男の格好されても違和感しかないかもしれないしね。今もなんでかメイド服のままだし。

 俺とラビノアの分はもう決まったのに、まだ何か買っている王太子殿下。
 俺はどっと疲れてラビノアの隣に座りました。
 殿下が未だに立って買い物してるけど気にしません~~~。

 ノックがして旦那様が入って来た。
 俺達を一瞥して真っ直ぐルキルエル王太子殿下の方へ歩いて行く。
 何か口頭で報告してから俺達が座るソファの方へやって来た。

「来てたのか。」

「はい、呼ばれて来たんですけど、何したら良いのか分かりません。」

 旦那様もラビノアには見向きもしないんだよなぁ~。隣にはちゃんと主人公ラビノアがいるのだ。
 ちょっとくらい笑顔を見せても良いと思うのに、旦那様の顔は無表情のままだし、話しかけることもない。
 ラビノアのスキルに薬物中毒級依存性があるなんて盲点だよ。旦那様もアジュソー団長ももう無理なのかなぁ。
 漫画ではきっと手遅れ状態になってたんだろうな。そして耐性がついた頃には大好きになってたと…。
 ここはやはりルキルエル王太子殿下に頑張って貰って、俺の覗きを完遂させていただかなければ!
 
「怪我の方はどうだ?」

 フンッと意気込んでたら旦那様に尋ねられた。

「あ、はい、だいぶ良いんですけど、頭洗いたいです。痒いです。」

 そう、俺は王都を出てから頭を洗えてません!
 アジュソー団長のお風呂には入れなかったしね。
 濡れた布でソマルデさんが毎日拭いてはくれるけど、やっぱり石鹸で洗いたいです。
 旦那様は俺の頭を見てから、ソマルデさんの方を向いた。

「ソマルデ。」

 ソマルデさんは俺が買うであろうお盆の上の商品を見ていた。傷が無いかとか、衣装のデザインとかをチェックすると言ってたけど、執事さんってそんな事までするの?足りない小物類を勝手に足してるけど、それいいの?

「はい、何でございましょう?」

 二人が何やら話し始めた。
 瓶とかが並んだスペースに移ってしまったけど、俺はどうしよう?

「ユネ君、ごめんね。」

 ラビノアは会う度に謝ってくる。ラビノアもまさかあそこまで『回復』スキルが暴れると思っておらず、それによって俺が気絶したことを気に病んでいた。

「もう何回も謝ってくれたから大丈夫だよ!痛いってのより治りかけで痒いだけだし!」

 今なら聞いても良いだろうか?周りを見回すと皆んなそれぞれ忙しそうに動いてるし、俺達を気にしている存在はいない。

「ね、それよりさ、気になることがあるんだけど…。」

「何でしょう?」

「ラビノアって少しずつ皆んなに『回復』かけてるの?」

 ラビノアがハッとして、少し申し訳なさそうな顔をした。

「あ……、はい。そうなんです。まさか『回復』で皆様がおかしくなるなんて知らなくて…。」

 そうか、知らなかったんだ。

「んーと、じゃあ良かれと思って紅茶に混ぜてたの?」

 ラビノアはコクリと頷いた。

「はい、私の亡くなった母は父と仲が悪く、幼い頃の私は母と共に別邸に住んでいたんですが、その所為か私はスキル判定をしてもらっていません。なので自分に『回復』が出来ると知ったのも大きくなってからで、その頃には母も死んで、父は義母と再婚していました。ですが義母と義母が連れて来た姉とは折り合いが悪く、私は一人でずっと別邸に住んでました。なので貴族としての教育は御付きの乳母が基本的な事だけ教えてくれましたけど、スキルについては何も知らなかったのです。」
 
 ……………うわー、俺これ聞いて良いのかな?
 この話ってルキルエル王太子殿下にする話じゃなかったっけ?

「あ、待って待って、その話って殿下には……。」

「ふふ、殿下にはルクレー男爵家について説明する際、話してますよ。」

 そ、そっか。だったら大丈夫かな?
 こうやってお互いの過去を話しながら、二人は親密度を増していってたはず。きっと殿下の親密度も上がった、はず?

「じゃあ、今度からは気をつけながら使うの?」

 そして王太子妃に向けて今後ルキルエル王太子殿下と仲を深めていくと………。確認したい。ゴクリと喉が鳴る。

「はい、好きな人にだけ使います!」

「好きな人って……?」

 ルキルエル王太子殿下はラビノアの『回復』に対して既に耐性があると聞いている。だからいくら使ってもまぁ、大丈夫。
 これはもう………!

「はい!『剣人』スキルだからか、いつも平然とされてるんですもの!大丈夫なはずです!」

 ガクーーーーーーー!!
 それ、ソマルデさんじゃん!!!
 ちっがーーーーう!と、叫びたかった…。








 ラビノアは隣でアワアワと狼狽えるユネに笑い掛けながら、彼の状態を観察した。
 
 ラビノアが地下牢で『回復』を爆発させた時、揺らぐユネと視線が合った。
 気付いているのだろうか。たった一人だけ違う表情をしていた事に。
 今にも泣きそうな悲痛な表情は、恍惚とする人達の中でも浮き彫りになっていた。
 真っ白な布地の中に、たった一つだけの悲しみ。
 だから気付いた。
 ユネには心にかせがある。
 時々いるのだ。心を押し殺して閉じ込めている人が。
 そんな人はいつか心が壊れてしまう。
 その先にあるのは狂気か死か。
 いつも明るいユネにそんな物があるなんて思いもしなかった。
 ラビノアはスキルの所為か、人の心が少し分かる。
 全員とかいつでもとかではないが、その人の感情の波が大きく揺らいだ時に分かるのだ。

 ああ、ユネには暗い部屋がある。

 そう感じた。
 壊してはいけない!そう叫ぶ悲鳴が聞こえた。
 だから慌てて『回復』を抑えたのだ。
 多分ラビノアの『回復』でユネの中の何かを壊そうとしている。過ぎた治療は毒になる。良かれと思った親切が不親切になるように…。きっとそういう事だ。

 ここ数日ユネのお見舞いに行って、彼の暗い部屋がまた壊れないか確認していたけど、今の所大丈夫そうだ。いつもの明るいユネだ。
 あの悲しみは何だったのか。
 気になるがユネ自身も理解していなさそうに感じる。
 
「ユネ君、私の『回復』は残念ながらユネ君には使えませんけど、困った事があったらいつでも相談して下さいね。」

 せめて寄り添うくらいはしてあげたい。
 
「わ~~~、ありがとう~。その時はよろしくね!」

 ほにゃっと笑うユネに、ラビノアも優しく微笑んで勿論ですと応えた。









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